時給1,050円の神様 ②

「おい、あれは何だ?」

 店に設置しているATMのことを自称神様に質問された。

「あれか、あれは銀行の代わりに現金を出し入れする機械だ」

「あそこにはお金が詰まっているのか?」

「そうだ」

「下界には便利なものがあるのだなあー」

 奴は興味深くATMを眺めていたが、やおら呪文のようなものを唱え始めた。すると、ATMから現金がどんどん溢れ出してきた。

「うわっ。止めろ! 何をしたんだ?」

「ATMの神を召喚したが、戻しておこう」

 再び、現金がATMの中に吸込まれていった。

「おまえはマジシャンか?」

「俺は神様だ。今のはATMの付喪神つくもがみを召喚したせいだ」

「ATMにも神が宿ってるのか?」

「そだ。八百万やおよろずの神々はいろんなものに宿っているのだ」

「ふ~ん。そんなにいっぱい神様がいるのに、世の中から犯罪がなくならないのはなぜだ? 俺みたいな貧乏人は神様にも見捨てられてるのかよ! 神様なんか信じるもんかっ!」

 ムシャクシャして俺は毒づいた。 

「――おまえは、いつも願かけしているだろう。三丁目の天満宮てんまんぐうに」

「えっ!?」

 いきなり、それをいわれて俺は言葉に詰まった。

 天満宮は天神様(菅原道真公)をお祀りする神社で学問の神様なのだ。

「……何で? おまえが知ってるんだ」

「神様だからなあ」

 奴はしたり顔で俺を見ていた。


 俺は漫画家になりたくて高校生の時から、ずっと出版社に投稿や公募を続けてきたのだ。

 大学を卒業してからも、漫画家になる夢が捨てられなくて定職にもつかずに、時給1,050円深夜のコンビニでバイトしながら、漫画を描き続けていたが……もう限界だった。

 同級生たちが会社に勤めて、恋人を見つけて結婚していく中で、いつまでも夢を追い求めてフリーターをしている自分が惨めに思えてきたのだ。

 こんな息子のことを両親も心配しているようだし、早く安心させてやりたいという気持ちもある。今年もダメだったら、いい加減に諦めて就職しようと考えていた。

 郵便局から原稿を送ったその足で、いつも近くにある天満宮にお参りしていたのだ。今度こそ入選しますように、神頼みで天神様に縋っていたことを……見抜かれて俺は狼狽ろうばいしていた。

「たった五円の賽銭で売れっこ漫画家になりたいとか、ずうずうしいのだ」

「……やっぱ、賽銭の額が少ないとダメなのか?」

「そんなことはない。本人の熱意と信仰心だ。それよりもおまえの努力だなあー」

「俺なりに努力はしてきたつもりだ。けど、才能があるかどうかは自分では分からないし、社会が評価することなんだ!」

「努力する者にこそ奇跡は起きる」

 奴のその言葉にハッとした。

 最近、自信喪失していた俺には胸を打つ言葉だった。それは嘘でも信じていたい言葉だから……。

 

 ――その時だった。

 突然、乱暴にドアが開いて数人の目出し帽を被った奴らが入ってきた。手に段ボールを持って、陳列棚から片っ端に商品を放り込んでいく。こいつらはコンビニ荒らしの万引き団だった。近くにある他店のコンビニもやられたと情報は聴いていた。

 俺はすべもなく右往左往うおうさおうしていた。ヘタに止めようとして殴られた大損だし……。

「あいつらは何だ?」

「泥棒だけど、危険だから手出しすんなっ!」

 俺はカウンターの下にある通報ボタンを押した。

「見逃すわけにゆかぬ」

 奴は眼を瞑って呪文のようなものを唱え始めた。すると、万引き団の動きが止まった。まるで静止画像のようだ。ややすると、ビデオテープを巻き戻したみたいに段ボールの商品を全て棚に戻して、後ろ向きに万引き団が出て行った。

 俺は茫然とそれを見ていた。

「……な、何をやったんだ?」

「神様だからなあ」

 ニヤリと奴が笑った。

「お、おまえって、本物の神様だったのか?」

「最初から神様だと俺はいってたろ」

「……いろいろ無礼なこといったし、神罰が俺に当たるんか?」

「いいや。おまえの意見は神無月かんなづき出雲いづもであるKAMI会議で発表させて貰うから」

 何処からともなく雅楽ががくの調べが聴こえてくる。


 奴が制服のポケットから携帯を取り出した。あの古式床しい音色は着メロだったのか――。

 どうやらメールが送信されたようで、チラッと見てから、

「グランマから、そろそろ帰ってこいとメールが届いたから、俺帰るわ」

「えらい急だなあー。俺、おまえのこと神様っていうより友達みたいな感じがした」

「そか。おまえと話ができて楽しかったぞ。人間界の勉強にもなったし」

「……俺、夢諦めないで頑張る!」

 深夜のコンビニ店員をしながら、もう少し漫画の公募頑張ってみようかという気持ちになってきた。新たな俺の決意を奴が優しい眼差しで見ている。

 そこにはスピリチュアルなオーラが漂っていた。

「うん」と俺の言葉に頷いてくれた。「じゃあー」と声がして、俺がまたたきをしたら、神様はそこに居なかった。

 ――なんだか、不思議な脱力感でしばし放心状態になっていた。


 と、俺の携帯にメールが届いた。


『努力する者にこそ奇跡は起きる。俺も応援してるぞ! ニニギ』


 それは、邇邇芸命ににぎのみことからだった。

 神様ありがとう! 携帯の液晶画面が涙でかすんでんで見えた――。 


                   *


 これが神様と名乗る男と知り合った時の話だが、漫画のように奇跡とはそう簡単には起こらないものだ。

 ただ、努力は少し認められて、一年後、漫画家の登竜門といわれる公募で見事に入賞を果たした。初めての週刊誌の連載漫画では予想以上の反響があり多くのファンの心を掴んだようだった。

 そして、俺は……ああ、もうこんな時間か。

 今から俺が原作のアニメが始まるんで、この辺で失礼します。

 邇邇芸命とは今もメール交換しています。だから、俺の漫画には神様の意見もちゃんと反映されているんだ。


 アニメーション『ミラクル★ニニギ 天孫降臨てんそんこうりん』全国のTVで絶賛放送中でーす!



                 ― おわり ―

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