ドラッグストアのおとぎ話

「店長!冷凍オレンジジュースとガソリンからだってナパーム弾は作れるんです 

 よ!」

岡田が興奮しきり。俺は答える。


「ファイトクラブでも観たん?」

「観ましたっ!」

「あれ、嘘やで」

「え」

「あれ、最初のセリフの内容は『分かる人間が推理すると、本当にナパーム弾が作

 れる』っていう材料だったんだけど、念のため当局がNG出してん」

「まじすか?」

「まじすよ」

「つまり、冷凍オレンジジュースとガソリンからナパーム弾は……」

「作れない」

「あああああっ!! まじすか?!男の冒険心を弄びやがって!ハリウッドが!信じ

てたのに!こういう純粋な少年の気持ちを、偉い人は分からんですよぉぉぉぉ!

クソ当局が!」


黙れ。ガンダマー。


というより、お前はナパーム弾の作成方法を知って何をするつもりだったんや。




 俺は、先日の岡田とのやり取りを思い出していた。今日は一か月に一回の店長会

議。昼食後の最初の時間は大阪府警警備部外事課の皆さまが、『○○国際会議に於

けるテロ対策について、薬局及びドラッグストアの皆様へのお願い』という議題で、

講義を行っていた。

 講義と言っても、原稿を読み上げるだけの退屈なものでは無い。実際の接客の注

意点なんかを分かりやすく説明するために、漫才(コント形式)で演じてくれるの

である。...コントの内容は、素人が演じるレベルである。笑いどころは外しまくっ

て、『いわゆる気恥ずかしくなる笑い』が起きてしまう事もしばしばだったが、

原稿を読み上げるだけの講義に比べて、皆の集中度は段違いに違うし、頭に入って

くる。そして、ごくたまに単発で大受けするネタを差し込んでくる。


 大受けした時は、見ている警察の方も演じている警察の方も、明らかに嬉しそう。

嬉しいに決まってますよね。大阪人の性。


 驚くのは、そのコントが相当練習したであろう。というのが、こちらにまで伝

わってくることである。『ウケた、ウケなかった』はともかく、やはり練習を繰り

返しているものは、ちゃんと伝わるし、こちらも観れるのである。

 警察なんて忙しいの極致だろう。そんな中、周知の手段としてコントを選び、観

ている人間の集中力を最後まで切らさないクオリティまで仕上げているのに、俺は

素直に称賛する気持ちになった。...これでもう少し笑えれば……いや多くは望むまい。


 コントが終わってからは、スライド(パワーポイント)を使った講義に変わる。こ

ういう周知は、以前からもしょっちゅうある。本部からも注意喚起の通達が来るし

店舗にも時々警官が立ち寄って、テロに使われるであろう爆弾の原料となる薬品を

取り扱っているか確認に来たりする。

 

 現在、いわゆるドラッグストアチェーンには、一般の人が知っているような『典

型的な爆発物の原料や、劇薬、毒物』は取り扱っていない。調剤薬局は、その性格

上、少し取り扱っているが、その保管は厳重で、例え幾重ものセキュリティを突破

して盗難しようとしても、逃げる前に警備会社が警察を召喚しながら駆けつけてく

るだろう。(警備システムの作動状況で、警備会社は単独ではなく警察を呼んで、

一緒に現場に向かう事も多い。ちゃんと連携しているんですね。)


 ただ、一般店舗にも『その薬品を【自主規制】して、【自主規制】すれば、手製

爆弾が作成できてしまう』というのが幾つかある。外事課の皆さまの講義内容も、

特にそれの販売上の注意や、不自然な大量購入者に対する接客上の注意点のお願い

がメインだ。

 スライドは、実際にドラッグストアで販売している商品を原料として作成された

と思われる手製爆弾で起こされた海外テロ事件の現場写真を紹介する。写真は

ニュースなどで報道される一般的なものが多いが、時々、普段見ないような角度か

ら撮られた写真もあり(グロくはないが緊迫感が伝わる)、さすが警察提供の

写真だと思ってしまう。


 講義する警察官は最後に「薬局やドラッグストアの方からの通報で、日本国内で

も、実際に密造の爆発物作成者を逮捕出来たり、未然に防げたりするケースが

にあります。少しでも不審な事があったら、ぜひご連絡下さい」と言って

講義は締めくくられた。 

 大規模なテロは、過去にサリン事件があったが、ここ何年かは大規模なものは起

きていない。『起きないのが当たり前』という、変な日本人の社会通念があるし

実際、他の国よりは起きにくいのかもしれない。ただ、起きてしまってからでは

遅いのが、こういった治安を揺さぶるような事件である。


 店に帰ったら、今日の講義内容を岡田にも伝えておかないといけないな。と俺は

思った。というか、あいつは映画ファイトクラブの『冷凍オレンジジュースとガソ

リン』ネタを信じていたレベルだけど大丈夫なんやろうな……。

 ウチの店舗(というかどのドラッグストアにも)で品揃えされている、【自主規

制A】と【自主規制B】と【自主規制C】は爆弾の原料になるんやけど、分かって

るやろうな?


 突然不安に駆られた俺は、講義が終わった警察の人が片づけをしている間に

取られた僅かな休憩時間中に、警察が配布した資料を携帯電話で撮影し、

写真と共に

 

『これらの商品を不自然に大量購入しようとしたお客様には、使用目的を訊く。

人相を覚えておく。断れるなら大量購入は断る。これは以前にも本部から通達が

あったが、今日警察の講義でも周知徹底された。大丈夫だよね?』


とう内容のメールを送信した。


暫くして、岡田から返信が来た。


『お疲れ様です! いやぁすみません! 知らなかったです! 【自主規制A】で

爆弾作れるんですね! 店長、作り方知ってます?!』


……てめえ、すぐそばに警察官いるから通報してやろうか?


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