薬を売る資格(5)

 受験当日。俺は何かあったら困るので、アホみたいに早い時間の新幹線に乗車し

た。電車内には、明らかに受験生と思われる乗客がちらほら見えた。他社の人らし

く見覚えのある顔はいなかったが。他社の人も、そこの本部に『絶対に遅刻という

しょうもないことはするな』と言われていたのだろう。俺の会社も、再三それは

言っていたが。


 暫くすると、俺の会社の人間も車内に乗り込んできた。向こうはこちらに気が付

くと、「お!」という顔をして隣に座る。俺はその彼と道中、試験や仕事の事の

他愛のない会話をしながら過ごした。


 受験は名古屋郊外にある、ホールみたいなところを貸し切って行われた。兎に角

受験生の数が多いからである。俺の見知った顔も大勢いた。みんなリラックスして

雑談していたが、稀に必死な表情で参考書を読んでいる人間もいた。

 難易度的には、全く問題ない試験である。今まで医薬品販売に従事してヘルスケ

アアドバイザーの資格を取得していれば尚更である。なので、受験会場で青ざめて

いるのは、受験勉強の時間を取れなかった、取らなかった人だろう。

……取りあえず頑張って……最後まで。


 試験が始まった。試験内容は予想通りの難易度で、資格者の頭数を揃えたい。と

いう意図もあってか、意地悪な問題も少なく悩まずに解けた。問題用紙にも自己採

点用に解答を書き込んでおく。

 ここで問題が起きた。問題用紙は持ち帰り可能であるが、持ち帰ることが出来る

のは途中退席せず、最後まで試験会場にいた時のみと定められていた。試験は分野

ごとに休憩を挟む形式になっていたので、途中退席して会場外で休憩したり、次の

分野の勉強をしたり出来るようになっていた。


 ただ、問題用紙を持ち帰りたいときは、ずっといなくてはならない。試験難易度

が思ったより易しく、俺は(というか多分受験生の大半)、どの分野も最初の20分

位で解答を終え、見直しも終え、後はひたすら待ち続けるという忍耐を強いられた。

 試験の緊張感とか合格できるか?という緊張感という記憶は殆どなく、『早く

時間よ過ぎてくれ』という思いしか残らなかった資格試験だった。


試験終了後、自己採点を行った。例の分野別最低点をクリアしたうえで、全体の

七割以上の得点で合格。俺の自己採点の結果は120点満点で110点。合格でしょう。

 というか、一問一点の120問出題で10問間違えてるのか。満点取ってる人も何人

か居たから、試験時間中に、暇だとかほざくのは少し吹き上がった態度でした。

反省しています……。


 正式な合格発表があった。俺も自己採点通り無事合格していた。同時に本部から、

販売従事登録を各自で行うよう指示があった。


 そして、販売従事登録制度が稼働する日に合わせて、社員の制服にも差別化が図

られた。 今までは薬剤師だろうが無資格者だろうが、一律に白衣を着用していた

のだが、大阪府のルールでは『薬剤師、登録販売者のみが白衣着用可能で、

それ以外の従事者の白衣着用は禁止する』と改正された。(これは各都道府県ルー

ルが違います)


 これによって、受験資格のない実務経験時間数の新入社員は、白衣からブルー衣

に制服が変更になった(実務経験に関しては当時のルールです)。このブルー衣、

今回の法改正に合わせて新しくデザインされているので、白衣よりもシルエットが

微妙にカッコいいのである。あれいいな。俺もあれ着たらオシャレゴリラになれる

やん!


 こうして、『大改正』とよばれた改正薬事法の目玉である、登録販売者制度が

スタートした。当初は混乱が予想されたし、新しい制度が発足する時に起こる

細かいトラブルもあったが、現在では軌道に乗ってるのでは無いかと思っている。

 やっぱり、社内教育だ業界資格だといっても、統一した教育も試験も無い無資格

者が医薬品の説明を行うという事態が有り得る、というのは正していかないと

いけないとは思う。


 実際、第一回試験は無資格とは言え、経験も勉強もしてきた人間の割合が多いか

ったので、合格率が70%近くという高いものだったが、最近では40%から50

%に落ちてきているそうで、これは『医薬品の知識を全く知らない人間が、準備を

ロクにせずに受験すると不合格する難易度』と考えれば、妥当な所だと思う。


(逆に『そこそこ勉強すれば合格してしまう医療系の資格』ってどうよ?って意見も当然ありますし、この辺はずっと議論されています。これは個人的に否定できない部分でもあります)


 合格者も、市販の医薬品がどんどん新しくなっているので、知識の吸収と勉強は

続けて行かなくてはいけないとは思う。市販薬の誤った服用でお客様が、死亡する

といったケースはめったに無いが、体調不良や副作用のリスクなんてのは、普通に

ある訳だし。


 あ、そうそう。妻にも、試験合格と無事販売従事登録が完了した事を伝えた。妻は

試験合格したのをねぎらって、焼き肉屋で慰労会をしてくれた。ええとこあるやん。

 ただ、俺が合格した事はさておき、販売従事登録証に記載されている大阪府知事の名前が、当時大きな話題になっていた、


『橋下 徹』


になっている事に、何よりも興奮していた。ミーハーか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る