薬を売る資格(4)

 そう。人の事より自分の事である。この新しい登録販売者資格を取得しないと、今

後は、薬の接客業務が出来なくなってしまうのである。

 今までは、お役所は「薬剤師が常駐する店なら、無資格者が薬の接客を黙認して

いた(すみません超拡大解釈だったかもしれません。確認できませんした…)」

のだが、それを解消するための法改正である。今後、無資格者が薬の接客を行えば

お役所は「お前ら、なんで法律改正されたのか分かってないんか?!」と本気で

怒ってくるだろう。 


 つまり、受験資格のある社員は何が何でも資格を取得しないといけないのだ。店長が無資格者で、薬事法上の「店舗管理者」になれないなんて…そんなん情けなさすぎる…俺だってそんなの嫌だ。

 会社も、登録販売者の資格保持者の頭数を揃えるための努力は惜しんだりしない。

社内の薬剤師資格を持つ人間を講師にして、何度も勉強会を開き、外部業者と契約

して、外部講師による勉強会と模擬テストも実施することになった。


 この模擬テスト、採点は勿論、受験者の得意分野と苦手分野の分析や、苦手分野

の勉強方法なんかも記載している詳細な解説がついているため、かなり参考に

なった。やっぱり資格取得サポートの会社は凄い。まだ始まってもいない資格な

のに、それなりに「取得サポート」を商品化して展開できるんだ。


 で、この資格取得のため会社のサポート。かなりの費用が掛かっているのは間違い

ない。「業務で必要な資格は会社が無料でサポートしてくれるのは当たり前」と

いうのはリーマン社会では常識である。だが、全国チェーンの小売業の社員の大半

が同時期に一斉に受験するのである。サポート業者に支払う費用は莫大な金額に

なるだろう。


 そう考えていた時に、店舗連絡があった。題名は「登録販売者受験講習の費用に

ついて」...これは?! 慌てて中身を確認する。内容は俺が知りたい事全て書かれ

ていた。外部業者に支払うサポート費用は一人5万円掛かる。

 この金額は、妥当なのか安いのか。ただ、個人で業者サポートを受ければ、もっ

と高額になる気がしたし、少なくと『高い』とは感じなかった。こんなもんだろう。


 そして、次の文章を読む。登録販売者試験は『年一回の実施』だが、第一回に限っ

ては、資格者の頭数を揃える必要があるため、第一回終了後、間を置かずにすぐに

第二回目が、その後、実施地の都道府県によっては『第二回の追試』が実施される

予定になっていた。ちなみに受験日は都道府県によって、日程が別々なので、失敗

したり結果に自信が無かったら、他の受験地で受け続けるという受験行脚が可能で

ある。費用はめっちゃ掛かるが。

 その事についても記載されていた。受験料や交通費の会社負担は「一回目の受験

のみ」それ以降は個人負担となる。そら、そうなりますわな。


 一番気になる、受験勉強サポートの費用負担である。そこにはこう記してあった。

『第一回の受験で合格すれば5万円の費用は、全額会社負担で個人は一切の負担は

ありません。二回目で合格すれば、半額を個人負担して頂きます。三回目以降は

全額個人負担となります。きちんと対策すれば合格できる試験です。皆さん一回目

の試験で合格できるよう頑張ってください!』

......なんという正論! これは会社の言い分を否定できないですね!


 俺は、その夜に妻にこの話をした。新しい資格制度が出来る事、給与に手当てが

すこーし上乗せされる事、そして勉強会は休日利用なので、休日に半日外出する事

が増える事。…そして外部費用の負担ルールについても話した。


「つまり、それって一回目で合格すればええってことやんね」

「はい」

「じゃ、頑張りや。無料と5万じゃ天と地の違いやしな」

「はい」

「休みの日、ゲームばっかりしとったらあかんで」

「はい」

「個人負担になったら、あんたの小遣いからも一部個人負担やで」

「はい」

「自分の事やしな。自分の仕事で必要な資格なんやろ?」

「はい」

「頑張りや」

「はい」


青野家の首脳会談は、終始穏やかなムードで終了した。


 受験勉強は始まった。外部業者謹製の大量の参考書が宅配便で自宅に到着する。

俺は、通勤時間を利用して電車の中で参考書を熟読するのが日課になった。出題範

囲は『医薬品に関する分野』の他に、『人体の仕組み』『法律関係』『医薬品の

適正使用や安全対策』の合計四分野に分かれて出題される。


 で、各分野にも「最低点」が設定されていて、総合点が幾ら高くても、苦手分野

があって、その点数が極端に低いと不合格になる仕組みだった。ま、これは普通に

勉強していればクリアできるレベルの設定だったが。

 俺は、予想問題集や参考書を一読して『医薬品』に関しては大丈夫だと確信を

深めた。試験レベルは、例の『ヘルスケアアドバイザー』よりも、少し難易度が

上がっている程度だし、無資格とはいえ社内の勉強会に出席して、実際に薬の接客

を行っていたのである(当時の受験者の大半がこのケース)、逆に『医薬品分野』

の点数がボロボロだったら、非常にマズいだろう。どんな接客していたんだ。


 この試験の一番のボリュームゾーンである『医薬品分野』に力を割かなくても良

いのはラッキーだった。俺は一番苦手なうろ覚えだった『法律関係』に勉強時間を

割いた。通勤時間は往復2時間。休みの時は2時間勉強して3時間ゲームをするという

向学心に燃えた勉強態度。合格間違いなしですね!


 まあ、試験前は集中して勉強したい。そして集中できるのは電車の中だと気が付

いて、休日なのに通勤定期を利用して電車に乗り込み、電車内で勉強して店舗の

最寄り駅まで着くと、すぐに帰りのホームに移って帰りの電車に乗り込み、またも

や電車内で勉強しながら帰宅する。という勉強方法を取った。

 そして案外これが一番集中出来たりした。

 

 各都道府県の受験日が発表され始めた。俺は大阪在住なので、大阪で受験するの

かと思っていたが、日程ずらして愛知県で受験することになった。やったー新幹線

乗れるぞー! 

 これは理由があって、店舗が集中している地域で、その日社員が一斉に受験に行

くと、店舗で何かあったら応援対応が出来なくなるからという、もっともな理由

からだった。なので、ウチの地区も半分が大阪で、半分が愛知県で受験する

スケジュールになった。


 ちなみに愛知県で受験・合格しても、大阪府庁に『俺、登録販売者の資格を大阪

で使いたいんですよ!』という申請を行えば、大阪で登録販売者の仕事が出来る。

 この申請を『販売従事登録』といって、この申請を行い『販売従事登録証』とい

うのを貰え、そして従事登録を行った都道府県で薬の接客販売が出来るのである。

なので、資格取得に当たっては受験地は全く問題ないのである。とにかく合格すれ

ばよいのである。

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