薬を売る資格(2)

 そんな業界内資格はあったが、所詮業界内の資格。しかも習得義務もない。当時の

ドラッグストアの店舗内では無資格者が平気で接客し、企業がアリバイ作りで掻き集めた薬剤師の方は、御老体に鞭打って業務に励むという(全部ではないがこういう店

舗は結構多かった)制度的に限界を迎えた状態。


 実際、『ドラッグストア』という形態の小売店が、ここまで拡大するなんて想定し

てなかった時代に制定されている法律に基づいて運営されているのである。無理が

出てくるのは当たり前である。

 そこで2009年、改正薬事法に基づき薬剤師とは別に『(医薬品)登録販売者』と

いう資格が作られた。この改正薬事法は2014年に更に改正され、『薬機法』と略称

も変更された。


正式名称は『医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律』

という。ラノベの題名みたいですね。


 この改正薬事法の目玉が、登録販売者制度で『一部の薬を除き、薬剤師が不在でも、登録販売者が居れば薬を販売することが出来る』という、過去の制度をぶち壊す衝撃的な改正内容。実務期間が長くなり薬の接客に不安が無くなっても、所詮は『無資格者』だった俺も、胸を張って『資格者』になるのである。


 この改正、当時は『俺も資格者になれる。嬉しい。』という気持ちより、『こんな

んええんか?乱暴やな』という気持ちの方が強かった。ただ、小売りの薬局、ドラッ

グストアで『専門知識を持つ薬剤師が、薬の接客をする』という当たり前の事が

薬剤師不足で満足にできず、また無資格者が分かったような顔で接客する。という

事態が普通に発生している現実がある。そしてこの事実は今後も解消される事は無い。


 こう言ったことから、国は『既成事実の追認と、国としての最低限の医薬品販売責

任を担保する』必要に迫られて、この制度を作ったのだろう。(噂レベルになると

薬剤師不足に悩まされたドラッグストアの社長が、それを解消するために国に働き

かけたってのもあります。筋は完全に通っていますが、もちろん真偽は不明です)

 

 一部の薬を除く、と言っても販売されている市販薬の九割以上は薬剤師無しでも販

売できるという凄まじさ。そうなると、気の毒な話ではあるが、老後の小遣い稼ぎで

アルバイト契約していた御老体の薬剤師の皆さまは契約延長出来なくなってしまう。


 もちろん一方的に契約解除なんて出来ないので、一年に一度の契約更改時に『今後

はレジも打って貰いますし、売り場に立ってもらいます。品出しもして貰います。

つまり、一般のアルバイトスタッフと同じ業務内容を遵守して頂きます。今まで

黙認していたカウンターの後ろに座って、『○○市便り』を熟読するのは禁止です』

となるわけである。気の毒だが出来っこないですよね。70歳超えて、杖ついて出勤

する人も居た位でしたから。


 もちろん、気の毒な話だが告知される側も、国の法律自体が変更という事態なので

現実を粛々と受け入れて、基本的には退職という道を選んだ。

 次に標的になったのは、薬剤師の中に極一部存在していた、『私は薬剤師ですから

! 貴方がたみたいな無資格者とは違うんです!』と言う態度を取っていた特権階級

を自らアピールしていた人。

 

 こんな人、ドラマか漫画にしかいないと思っていたが、ごく少数ながら確実に存在

していた。もちろん、こんな人は他の薬剤師からも嫌われていて 『ああいう人が

いるから、薬剤師が悪く言われるのに……』と煙たがられていた。

 ただ本人は、そう言ったことを全く気にせず、何かあったら『あたし(俺)、

辞めようかなぁ?』と発言したり、昼休み中にわざと転職サイトを見て、『ここ条件

良いなぁ??』と、ほざ……おっしゃったりする。

 そう。薬剤師は引く手あまた。好条件を求めて転職を繰り返す人は一定数存在した

し、こういった態度を取る人間は、特に転職を繰り返す傾向が強かった。


 俺は、ある店で店長をしていた時、そんな人と一緒に勤務した事があった。そして

その薬剤師が、事あるごとに「転職しちゃおうっかなぁ?」と聞こえよがしに言って

くるのに腹が立って、「どこでも転職したらええやろ!」と言い返した事がある。


 そんな事を言われたことが無い彼は、ハッと顔色を変えると黙り込んだ。ようし、

静かになったな。と思っていると、その日の閉店前に本部の薬事部の人が慌てたよう

に来店すると、その彼と面談を始めた。何事か。と思っていると、その薬事部の人間

が俺を呼ぶ。そして、「彼曰く、今日の昼に店長から暴言を吐かれたと連絡がありま

した。事実ですか?」と緊張した顔で言ってくる。


 彼は重ねて「『お前なんて辞めちまえ』って言ったらしいですが本当ですか?」と

聞いてくる。俺は答えた。

「彼が『転職したい』と言ったから『そこまで言うなら転職したら?』と答えただけ

です。紳士的に」

「……紳士的に?」

「ええ。紳士的にです」俺は胸を張った。

「彼が言ってる内容と違いますね……」


さぁ、真実はどっちだ。

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