薬を売る資格

 夏の盛りも過ぎ、夕方には大分過ごしやすくなった日が続いた、そんなある日。

俺はいつものように店舗PCで、本部からの指示を確認していた。

指示を確認していると、『20XX年 医薬品登録販売者資格試験について』という

見出しの指示があった。

 俺の店舗には、今年は登録販売者資格試験を受験する人間はいない。この資格試

験関連は、受験者がいる店舗を対象に一年間、色々な情報を流し続けている。


 自分の店舗では受験者がいないので、いつもはこういった情報は適当に読み飛

ばしていた。ただ、季節は夏の終わり。この資格試験は夏の終わりから秋に掛け

て、全国の都道府県が各スケジュールに沿って一~二か月に掛けて試験が実施され

る。 この業界では、暫くの間は『悲喜こもごもの試験シーズン』なのだ。

 この資格試験に合格して、『医薬品登録販売者』の資格を取得し、店舗での実務経験が規定時間以上に達していた場合、府庁、県庁で『販売従事者登録』というのを行うと、晴れて店舗で薬の接客が出来る。この制度は2009年からスタートした、比較的新しい仕組みだ。


 この登録販売者制度が出来るまでは、薬局、ドラッグストアに常駐しなくては

いけない資格者は薬剤師だった。必ず一名は営業時間中には居ないといけない。

 年中無休で営業しているのがデフォルトの日本の小売業。常駐させようとする

と、一店舗に最低二名は配属させないといけない。なので、この制度が出来るまでは

この業界は、慢性的な薬剤師不足に陥っていた。転職サイトなんかで、薬剤師が

普通の転職対象とはちょっと違う好待遇、高待遇で常時募集していたのを見た人も

多いだろう。(今も高待遇だが、昔はちょっと凄かった)

 ドラッグストアは出店競争が相次いでいる業界。若い資格者や中年の働き盛り

の資格者なんて、そう簡単に確保できない。……そうなるとどうなるか?


 第一線を退いた方々がアルバイトとして勤務するのである。これが『壮年』く

らいの御年齢ならまだ全然オッケー。薬剤師の人材が払底しはじめると、老齢と

いっても良い位の……いや、はっきり言うと、もう無理だろ? ほんとに出勤で

きるの?というくらいのおじいちゃん、おばあちゃんが勤務することになる。


 売り場で立っている事もしんどい彼、彼女らは、カウンターの後ろにある椅子

に座り、製薬メーカーから送られてくる業界冊子を読破したり、○○市便りとか

を毎日熟読して、薬の接客が入るとよっこらしょと立ち上がると対応する。

 こんな勤務形態で、アルバイトor嘱託社員の契約でも新人社会人以上の給料を

貰っていた。凄い。流石上位資格。


 でも、この方たち、資格を取ってから月日も経っている。引退してからも時間

が経っている。しかし市販薬のラインナップは年々変わっていく。そうすると、

どうなるか? 流石に説明できないという事は無いが、丁寧な説明を言うのが

出来なくなってくるのである。これは一つの大きな問題である。

 もう一つ、この薬剤師常駐制度には問題があって『薬剤師の指導の下で

従業員も薬の接客をしても事実上黙認』されていたのだ。 なので、薬剤師が

別のお客様の接客して手が離せない時、無資格者が薬の接客を平気で行っていた。


 しかも無資格者の癖に白衣を着用することが許されていた。俺は、この業界に

就職するまで、『少なくと白衣を着用している人間は、なんらかの資格を持って

いるのだろう』と考えていた。

 だが、就職して研修が終わり店舗に配属されて渡された制服はエプロンで無く

白衣だった。……いいのか?この業界?俺、ずぶの素人やで? もちろん業界も

この状態が良いとは思っていなかった。なので、いわゆる『業界内資格』なる

ものが存在した。


 これは、社内で取得義務があるわけでは無かったが、取得すれば、僅かながら給料も上がるし、自分自身も基本的な医薬品の知識を得ることが出来る。この資格制度は一年に渡って、通信教育(自習してレポート提出)し、レポートを全提出した者は最後に試験を受け、合格すると資格習得と認められる仕組みだった。


 これがドラッグストアチェーン協会が主宰する、『ヘルスケアアドバイザー』と名

付けられた業界内資格だった。そしてこの資格証は、着用出来るバッジと、資格証

と、戦争の英雄が軍司令から授与されそうな、巨大な装飾盾風な金属板に資格証明が

記されたプレート。……邪魔だからいらんちゅうねん。これは部屋の押入れに押し込まれることになる。


 ひとつ嬉しかったのは、このバッジ。なかなかデザインがカッコよく、白衣の胸ポケットに付けると結構映えるのである。俺は、バッジが送られて来たその日に、

子供のように喜んで、胸ポケットにバッジを付けて店内の作業に勤しんだ。

 そして昼食時、俺は白衣を脱いで胸ポケットを何気なく見ると、そこにあるべき

バッジは消え失せて、バッジについていた安全ピンだけが残っていた。どうやら、午

前中の納品品出し作業中に、外れてどっかに行ってしまったらしい。


かっこいいバッジ。一日だけの命だった。


……その後、ちぎれたバッジ部分はアルバイトスタッフの手によって、変わり果てた姿で発見救出されたが、修理することも出来ず、装飾盾と共に自宅の押し入れに眠る事になった。

 バッジの再発行も出来るのだが、再発行料がかなりの高額で、俺は震え上がって断念した。

 俺は思った。『あの大げさな装飾盾の資格証明いらんから、その分、バッジの再発

行料安くして……』本当に切実に思った。

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