爆買い (5)
彼は、ぶらぶらといった気負いが無い感じで、中国人グループに近づくと
彼らに声を掛けたようだ。一斉に彼を見る中国人達。
遠目からでも、彼がゆっくりと全員を見回しながら何か話しているのが見えた。
暫くすると、中国人グループの各メンバーは輪をほどき、三台の車に分乗し
駐車場を出ようとする。またもや『皇帝の声』発動だよ。
声を掛けた彼は、駐車場と道路の合流地点に立つと、車を誘導する。そこまで
してくれるんか。
彼の誘導によって、三台の車はつつがなく道路に出ると、そのまま走り去った。
……やれやれ、やっと出て行ってくれた。あの人のおかげだな。俺がホッとして
車を見送っていると、彼が戻ってきた。
「ほんとすまんかったね、店長さん。ちゃんと言って聞かせといたから」
彼は相変わらず、軽い笑顔に柔らかい関西弁でこちらに声を掛けてきた。
「いえ、こちらこそ、ちょっと困っていたので助かりました」
「あいつら、他の店で店内で喧嘩始めた事もあったらしいが、店長さんとこは
そういうのは無い?」
「ああ、ウチの店では大丈夫ですよ」
「ちょいちょい寄らせてもらうから、なんかあったらゆうて下さいね。で、『陽気』
の在庫はまだありますか?」
彼の「ありますか?」の部分の発音は、イントネーションを上にあげていく関西弁
のそれだった。自然な発声なので、関西に長く住んでいるのは確かだろう。中国人
か日本人かどっちなんだろう?
どちらでも関係ないと言えば関係ないのだが、今までおむつ争奪戦に登場するの
は、自分の周りでは中国人ばかりだったので、多少の好奇心はあった。実際、
おむつを中国へ大量に流通させて利益を得ているのは、中国の組織だし、この
組織が牛耳っている限り、新しい販路を構築するなんて不可能だろう。
もし、販路の新規開発なんてそんなチャレンジブルな事をし始めたら、彼らは
実力で対抗してくるだろう。なので、俺はおむつ争奪戦に関わっているのは中国人
のみ。と考えていたのだ。そう思っていたときに彼の登場。グループのリーダーが
日本人で、中国人を使って買い付けしてる?まさか? それとも単純に組織の
下部グループのリーダーが日本人?ありえる…だがしかし…などと、俺の心の中は
彼に対する好奇心で渦巻いていた。
なんといっても、現場要員とは言え中国人の買い付けグループを一声で従わせ
る『皇帝の声』の持ち主なのである。興味が沸かない訳ない。
「人気のサイズは売り切れていると思いますが、『陽気』の在庫は少し残って
ますよ」
俺は、彼に対して想像を巡らせながらも、愛想よく答えた。何といってもトラブル
を一発で鎮めてくれたのだ。
「おおきに。ちょっと見させてもらうね」彼はゆっくりとおむつ売り場の方に
歩み去っていくと、暫くすると『陽気』を二個ぶら下げて戻ってきた。
「やっぱり、テープ式のLは完売?」
「そうですね。一番人気です。すぐになくなりますね。朝一番で」
「ああ、店長さんとこにも、あのグループくるんや。彼ら、把握してるんかな?」
彼は、笑顔を絶やさずに聞いてくるが、明らかに探りを入れてくる。やっぱり第二
次グループは正確な情報を得られて無いようだ。
「把握していると思いますよ。彼らの動き見てたら入荷日分かると思いますよ」
「なるほどねぇ。いまんところ入荷日はパターン化されてるん?」
「今のところは変更されたことないですよ」
さすがに自分の口から、入荷曜日を言う気は無かった。ただ、トラブルを鎮めて
くれた事実があるから、無下に『答えられない』と突っぱねる事も出来なかった。
(こういう交換取引の上手さって、やっぱり普通のリーマンじゃ無いよな)
俺は心の中でそう思った。ただ『助けてくれた』という『借り』は作ったが、
弱みを握られているわけではないから、あんまり無理な事を言われたら、それは
『答えられない』と断ろうと思っていた。
「なるほど。店長さんおおきに。じゃ、またなんかあったら俺が来た時にゆうて
な。ちゃんとするから」
彼は、こちらの心見透かすようにあっさりと引いた。相変わらず軽い笑顔を浮か
べながら。彼にかかれば、俺の心の中なんて手に取るように分かるんだろう。
おむつをぶら下げて店を出る彼。駐車場に止めてあるバンに乗り込むと車を出し
た。車を道路に出す時、当店の駐車場では一旦、車の姿勢を大きく変えないと
いけない。レジから自動ドア越しに見ていると、姿勢を変えた彼のバンの後部が
俺の視線正面に飛び込んできた。兵庫ナンバーだった。
(兵庫か。港も多いし海運とか倉庫関係の仕事の人かな?)
俺は、確証も無い想像を巡らせた。
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