爆買い (4)

(やれやれ……一段落か……)


 俺はホッとして、レジから駐車場にいる彼らを見る。第二陣グループも、プロ集

団の第一次グループほどではないが、役割分担があって、バイクに載った偵察係が

いた。彼は一番最初にレジに並び、精算が終わると荷物を車に放り込んで、別の店

におむつの在庫があるかバイクを駆って偵察に走るのである。


 本隊のレジを終わるころに、彼は次の店の在庫情報を携帯電話で連絡してくるので

ある。このグループの偵察員は若い大学生ぐらいの男性で、少し改造を施した目も醒

めるようなスカイブルーに塗られた原付に乗っていた。

 そして、若い男性が運転する原付特有の命知らずの高機動な走行と、車体の色から

俺も含めて近隣の店長は、彼の事を『(ブルー)インパルス』と呼んでいた。


 第二陣グループは駐車場で煙草を吸いながら、インパルスからの連絡を待つ。

余り広くない当店の駐車場。三台の車が占有しつづけるのは、正直言ってやって欲し

ない。俺は乱れたおむつ売り場を整理しながら(早く出てくれないかな……)と

じりじりしていた。

 今日は、他店の在庫状況が思わしくないらしい。彼らは喫煙しながら談笑を続け

インパルスからの連絡を待つ。ひたすら待つ。それを観察する俺。


……と、一人の中国人が立ち上がると、店内に入ろうとした一般のお客様に何やら

話しかけている。めっちゃ良い笑顔で話しかけているので、知り合いかと思ったが

違うらしい。ただ、遠目からの判断でも、雰囲気的に脅してるとか、そう言う感じ

では無かった。


 話し終えた日本人の一般のお客様が入店すると、真っすぐおむつ売り場に行くと

僅かに残っている『陽気』を二パック手に取るとレジの前に立った。

 少し疑問を覚えながらも、別にルール違反では無いので精算する。そのお客様

はすぐに店外に出ると、さっき話していた中国人におむつを渡すと、その中国人

は相変わらずめっちゃ良い笑顔を崩さず、その一般のお客様にお金を渡している。

 おむつを渡したお客様は、中国人に「え?いいの?」みたいな態度を見せる。中

国人は「いいんですよ。いいんですよ。」といった感じで、手を振っている。様子

を伺っていた仲間の中国人が「上手いことやったな」という顔をすると、早速

立ち上がって、店内に入ろうとする一般のお客様を物色し始める。


 何ちゅー人たちだ! そのバイタリティに感服するわ。まさか謝礼を渡して

無関係の人に買ってもらうとは。盲点すぎる手法だった。他の中国人も一斉に

入店するお客様に声を掛け始める。一部の中国人は店内に戻って、買い物をして

いるお客様に声を掛け始める。

 午前中のドラッグストア。お客様は女性ばかり。いきなり中国人男性に声を

掛けられて露骨に驚いたり、嫌がってる人もいる。


止めなければ。


 警察犬のような謎の使命感に燃えた俺は、「他のお客様に迷惑になる行為は

止めてください」というセリフを心の中で一度復唱すると、宝刀を振りかざし

ながら彼らの中に飛び込んでいった。

 当店の今日の午前中のシフトは、女性ばかりで男性は俺だけ。女性スタッフに

この役目を負わせるのは重荷だろう。北山君がいれば良かったのに。

彼の威圧感は相当だから。ゴリラが正面を守り、背後はオッコトヌシ様がカバーす

る。最高のコンビだと思わないか? ブラザー。


 しかし、彼はいない。彼は今頃、下宿で口を開けて寝ているか、大学の教室で

口を開けて寝ているかだろう。彼はいつも眠いと言っていたから、場所が違えど

いずれにせよ寝ているだろう。口を開けて。

 俺は、1対10という絶望的な戦力差をもろともせず突撃する。旧日本軍の兵隊

の皆さん、今、貴方がたの気持ちが分かりました。安らかに眠って下さい。鎮魂。


「え?あかんの? 俺達、買い物頼んでるだけなんやけど」

中国人だって関西に長く住めば関西弁。その関西弁で言い返してくる。

「そのような行為は、お客様の買い物の妨げになるから止めてください。明らかに

迷惑と思っているお客様もおられます」

「じゃ、俺だけ止めるのは嫌だから全員に声かけてや。それまで俺はやめへん」


 彼は一見筋が通ってそうで、冷静に考えると滅茶苦茶な理屈を振りかざしてきた。

なんやねんそれ。そんなん無理やろ。俺の心の奥が段々と怒りで煮え始めて来た

その瞬間、一人の痩せた男性が店内に入ってきた。彼は店内の状況を落ち着き

払った眼で見て、それから俺の方を見た。

 俺も彼を見る。痩せた中年男性。よれよれのジーンズにジャンパーという冴えな

い恰好。そんなだらしない服装の割に、顔つきが精悍で目付きが鋭く、それが俺に

は、ひどくアンバランスに映った。彼は、俺の胸の名札にチラっと目をやると


「あ、店長さん? あいつら一般のお客さんに頼んでおむつ買おうとしてるん?」

と、顔つきとは裏腹に愛想良い口調で声を掛けて来た。中国語訛りが感じられない

綺麗な関西弁。その柔らかい言い回しは、兵庫もしくは京都在住か。


 一目で事情が分かったような口調で質問を投げて来たので、おむつ買い付け部隊

の関係者なんだろうが、日本人なのか?俺は少し混乱しながらも、彼の物柔らかな

口調に乗せられて、

「あぁ、そうなんですよ。買ってくれるの嬉しんですが、あれは少しやり過ぎで

止めようと思ってるんですが……」と答えた。すると彼は、軽い笑顔を浮かべなが

ら、「すまんね。迷惑かけて。すぐにやめさせるから」と言うや、中国人が三人

くらい固まっている所に行くと、よく通る声で何かを言った。中国語のようだった

が、先ほど俺に対する口調とは全く違う、氷でできた短刀のような声だった。

 

 ニタニタ笑っていた三人の中国人は、彼の言葉を受けていきなり顔をこわばら

せると、三人はすぐに店内の別々の方向に散らばると、仲間の中国人に何か耳打ち

し始めた。耳打ちされた中国人は例外なく痩せた男性を見る。そして彼を見ると

緊張と怯えが混ざったような表情をすると、黙って店外に出た。

 俺が様子を見ていると、彼らは店外で一般のお客様を待ち受けている仲間に近

づくと、店内を指差しながら耳打ちをする。その言葉を聞いた中国人もまた、大人

しく車に戻る。

 

 ……!!?……

 

なんなの彼の能力は!? 彼の特殊スキルは『皇帝の声』とかそんなたぐい?

最近ゲームしないから知らんけど……。一瞬で場を鎮めやがった……。

 その痩せた男性は駐車場の様子を伺いながら、こちらに戻ってくる。 と、彼は

足を止めて不愉快そうに眉をひそめる。俺は何事かと思い、同じようにガラスの

自動ドア越しに彼らを見た。

 駐車場の中国人グループは、車を出さずに話をしている。なんか争っている感じ

だった。おむつの個数か分配かでもめているのか?ここからでは様子は分からない

し、内部事情ともなると全く不明だ。でも、彼らが争っているのはよく分かった。


「あのアホどもが……。店長さんすまんね。すぐ車を出させるから」

彼は店外に出ると、たった一人なのに、10人ほどの中国人に向かって恐れること

無く歩み寄っていく。失礼だが小柄で痩せた彼の第一印象は『貧相』だった。本当

に失礼しました。今は違います。申し訳ございませんでしたぁ!

 中国人達に歩を進める彼は、正に『皇帝のような威厳』を身に纏っていた。

彼の推定レベルは58。特殊スキルは、『その場の諍いを瞬時に治める ”皇帝の声”

』 ……久々にゲームでも買おうかな。


あ、我が妻の声が聞こえる……


「へぇー、アンタ、エエ歳してゲームなんか買うんや」(威圧)


違うんです。モラグバル様! これは、今日あった出来事がきっかけで!


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