爆買い (3)
当初、本部は例え「転売グループだろうがなんだろうが、お客様には変わらない。一般のお客様と同じように対応する事」という姿勢を見せていた。ところが、おむつの購買合戦が予想以上に過熱して、店内でのトラブルが発生多くなってくると、
その対応を変えざるを得なくなってきた。
そして、現場からの声を吸い上げて、今までは封印していたワードが、解禁され
たのである。
『そういった行為はおやめください』
『防犯カメラで確認致します』
『警察呼びますよ?』
『余りにもルール、マナーをお守りいただけない場合、お買い物をお断りする
場合があります。』(最終奥義)
日本の小売り業では、こういう事を不用意に発言すると、却って大きなクレームに
発展するので、よっぽどの事が無い限り使用することは出来ない。
なので、前例踏襲型の日本の会社たる当社も、最初は『現場の皆さん。なんと
か頑張ってください!』という姿勢だった。しかし、おむつの配荷日に毎回トラブル
が発生して、一般のお客様にも迷惑が掛かる事態が多々発生するに及んで、『宝刀』
の使用を許可するに至ったのだ。
俺は、店舗指示の『強気で行ってもOKだが、やみくもな使用は避けろ』という
指示を当初守ろうとした。だが、おむつ争奪戦はヒートアップする一方。
俺は決断した。刀を鞘から抜いた。
……効果は驚くほど抜群だった。
向こうも、こちらが強気に出て『出入り禁止』なんて処置を取った日には、貴重
なおむつの供給地点を一か所失う事になる。そうなると、数が揃えられなくなって
『鞭』が待っている。 そして、彼らは歴戦の戦士である。常に『最悪の事態』を
想定して動く。もし、そこの店長がブチ切れて『中国人は入店お断り』って処置を
取ったら、他の中国人グループからも制裁を受けるだろう。内ゲバルトの恐怖。
実際、そんな事はしないし出来っこないんだが、中国で反日運動が激しかった
時、中国では『日本人客お断り』の貼り紙が貼られた小売店やレストランが存在
していたらしい。なので彼らは、(中国がやったんだから、下手したら日本人も
同じことやるかもしれない)という想像を巡らし、店舗の指示を遵守する。という
賢明な判断を選択したようだ。
それはそうだろう。今までは物言いたげな顔をしながらも、グッと耐えた表情
で、ギリギリ礼儀正しい態度を取っていた従業員が、ある日を境に突然、
『おやめください』『このままだと、営業妨害になるので警察呼びますよ?』
『ルールは守って下さい(さもなくば……)』
と強気なセリフを吹っ切ったように言い出したのである。しかもカクヨムドラッグ
チェーンの店長全員が。
嬉しそうに。生き生きと。
あ。俺?
ええ、使わせて頂きましたよ! どんくらいかって?
伝家の宝刀抜きまくりで、鞘に納めるのが面倒くさくて抜き身でぶらさげる
レベルで。ええ有効活用させて頂きました! さすが妖刀。切れ味抜群っすね!
中国人グループの各員は、(店の接客方針が変わった!今までの調子でやって
たら本気で出入禁止食らうかもしれない)と即座に理解して、余り無茶な行動は
取らなくなってきた。
ただ、『ダメモト精神』は発揮している。ただでは引き下がらない。なので、
取りあえず、一回購入してから荷物を隠し、上着を着替えて再び列に並ぶので
ある。
『店が強く出てたら引けばよい。ダメでもともと』
バイタリティー精神ここに極めり。
防犯カメラと言うセリフを聞いて、微妙に緊張感を醸し出すご婦人客。しかし
うごかない。ワンチャンス狙っている。しかしこちらは宝刀の柄に手を置いて
いる。宝刀の使い方は各店長によって違う。ちなみにキャバ店の岩倉店長は、
かなり強気な使用法を取っていると言った。
「青野店長。動かない中国人は無視すれば良い」
「え?どういう意味?」
「どうもこうも、そのお客さんに説明を充分に行ったと判断したら、次のお客さん
の接客をすればいい」
「そのお客さんを無視して?」
「しゃあないやろ。ちゃんと説明したんだから。それでも動かなかったら『警察
呼びますよ』で、ジエンドや」
岩倉店長。その強引さは女性を口説く時も使ってそうやね。そういった決然とした
態度を取れるのが凄い。
俺は、その話を聞いてからは、そのお客さんが二回並んでいるという確信があった
ら、それを告げた上で、次のお客様の接客を行うことにした。
……今回のご婦人客。確実に二回並んでいる。おむつの転売ブームが完全に下火にな
った今だから種明かしをするが、『顔を隠し、上着を変えているのに、なぜ確信を持
てるのか?』というと、
『財布を変えていない。一回目と同じ』
『指輪、腕時計を外す人は稀有だから、一回目に見て覚えておく』
『靴が同じ』
……皆さんも使っていいよ! この技術! って、気が付きますよね......。
自慢げに言う事でもないか。
しかも、使い所あるのか? こんなテク......。
顔を隠しても分かるもんです。特に『靴を履き換える』という手間を取る人は
まずいなかった。ただ、下手に手の内をバラすと向こうも対応してくるので、
俺は彼女に対して、自信満々の顔をして違う事を伝える。
「申し訳ありません。顔を隠されても、鼻と手を見れば分かるんです。先ほど
並ばれましたよね?」こんないい加減な説明でも、相手の眼を真っすぐ見て、堂々
と言ってのけると、向こうは納得してしまう。
彼女は、嫌でも眼に飛び込んでくる『紫色のサンダル』のつま先で床をつつきな
がらも不承不承横に半歩ずれた。その色は一度見たら忘れないからね。
無視作戦は採用しなくて済んだ。
やっぱりアレをやるのは、こっちも嫌な気がするので俺はホッとした。
彼女が『頑として動かない作戦』に失敗したとみるや、後ろに並んでいた中国人
男性が、彼女を押しのけるようにして、レジの前に立ちサッカー台におむつを置く。
俺とご婦人客の成り行きを見て、居直りが出来ないと判断したら、レジ待ちの
時間がもったいないのだろう。彼らは各々おむつを二個づつ手にぶら下げて、
駐車場に急ぐ。そして車に荷物を積み始めた。
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