爆買い (2)

 開店前。俺は作業を行いながら、店内から外を見る。バーゲン前かゲームの新初売

の時のように、店の前には中国人が集結している。

 もちろん、携帯電話で仲間を召喚しているので、最初の数人から、十人以上に増殖

している。


『お一人様サイズ・メーカーに関わらず、合計2個まで』


 俺は、このルールを徹底していた。少しでも緩めると、「個数制限ないんでしょ?

軽トラ一杯分くれるまでここを動かない」という極端な人が来たり、売り場でおむつの奪い合いで中国人同士で争いが起きたりするのだ。

 俺は二台あるレジの一台に入る。そして適当にネットで翻訳した、『紙おむつ』を

意味する『尿布』と書いた紙をレジに貼る。


『おむつ清算用専用レジ』という意味だ。『おむつ』を意味する中国語が、漢字で

『尿布』って書くのなんて、全く知らなかった。この仕事を始めて、この『爆買い』

が無ければ、永遠に知らなかっただろう。謝々! 中國! (やや投げやり)

『なんで専用レジにするの?』って? 

 朝一番で、集結する第一陣は、情報を入手し連絡を取り合い、軽トラやバンを

使用して開店時から、各店舗を巡回する、まさにプロチーム。

そのシステマティックな動きは驚嘆に値する。

だから、この専用レジは彼らに対するモノではない。


 実際、彼らは、『情報入手』や『情報から得られた知識に基づいた』行動は、

若干、しつこい部分があったが、『兎に角、数を調達する』という理念に基づいて

うごいているので、こちらの指定したルールは比較的従ってくれる。

 変にごねてトラブルになると、次の店に行くのが遅れて、別のグループにおむつ

を買われてしまう可能性が高いからだ。


 なので、『一人二個まで』のルールも守ってくれたし、レジに並んでる最中に

お金を準備してくれるし、袋詰めも自分たちでしてくれる人が多い。

(店内に置かれた『陽気』の空箱は大人気で、すぐに無くなる。再梱包に使用

するのだろう)


スピード! スピード! スピード!


 俺は彼らを見ると、ビジネス専門書に書かれてありそうなセリフをいつも

思い出していた。本当に動きに無駄が無い。


 そう。専用レジを指定した理由は、彼らに対してではなく、開店して少し経って

から来店される「第二陣」のグループのためだ。どうもこのグループは

 第一陣と比べて情報の精度が悪いらしく、彼らよりも動きが後手後手に回っている。やっぱ情報って大切だわ。露骨に差がついている。そら日本も戦争に負けるわ。

 で、彼らは第一陣が(個数制限によって)、買い切れなかった残りを購入する

のであるが...。


「あ、お客様、さっき買われましたよね?」俺は中国人の御婦人に声を掛ける

「!!……××!」無言で首を振る女性客。彼女は、原付ヘルメットにマスクを

して顔を隠している。

「いやいや、さっきお買い上げ頂きました。一人二個までです。」

「違う。買ってない。」

「いえいえ、上着を変えてますがさっき来られましたよね?一人一日二個まで

です。お売りできません。」

レジから動こうとしないご婦人客。

「防犯カメラ一緒に観ますか?ルールは守って下さい」

後ろに並ぶ長蛇の中国人の列。彼らは、じっと成り行きを見守っている。


そう。これが専用レジを作った理由である。


 第二次グループは、一人二個までのルールをなんとか掻い潜ろうとする人が

多いのである。情報戦で出遅れているのである。店舗を変えるより、目の前に

ある商品を一個でも多く買おうとするのだ。

 そして、俺がここで折れて販売してしまうと、どうなるか?


 後ろで待っている中国人のお客様は、彼女が二回目の購入と言う事を知っている。

なので、『彼女、二回目だよ?じゃぁ俺も良いよね?』となってしまうのである。


 俺は、過去にそれをやらかしてしまったことがあった。その時は、レジ二台制で

運用していたが、なんと両レジとも、ごねるお客様だったのだ。

 レジが完全にストップしてしまって、中国人客のみならず、一般のお客様にも

迷惑が掛かる。仕方なしに販売すると、待ってましたとばかりに他の中国人が

「じゃぁ、俺達も」となって、秩序が崩壊し混沌の勃興になってしまうのだ。

 レジ前で繰り広げられるカオスとオーダーの戦い。ただしオーダー側は

著しく不利な模様。


 それを教訓として、『おむつ専用レジ』を設置して、一般のお客様は、もう一台

のレジを利用して貰う事になった。

 また、レジを一台にすることによって、二回目の購入を狙う人が「レジを変えて

並ぶ」と言う事を予防する効果もあった。

 スーパーの個数制限の特売品買うとき、皆さんもやったことあるでしょ?レジを

変えて並ぶこと。スーパーはレジの数多いから気が付かれにくいし、従業員も、

二回くらいなら何も言ってこないけど。


 中年女性客は頑として動かない。昔はそうなってしまうと、こちらも途方に

くれてしまうし、向こうもそれを狙っている感がありありだった。

ただ、今の俺は...俺たちは違う! 本部より「宝刀」を下賜されたのだ!


 他の店舗からも、『ルール違反・ごね得を狙う中国人への対応』に関して

切実な声が上がっていた。

 向こうだって必死である。『確実に換金できる商品』。そして中国本土には

「日本製紙おむつを大量に集めて売りさばく」という組織があるらしい。

 これは世界共通。儲け話は組織化されたグループが介入してくる。


 この組織は、以前から存在していて強力な販路を持っていて、やめられなく

なるくらい元気になったり、気持ちよくなれる薬を売ってくれたりもします。

当然、その営業姿勢は、やや強気で地域の皆さまからも恐れられている。

日本にも、こういう組織がありますね。

ハイ。儲け話には、そういう組織が必ず絡んできます。


 どうやら買い付け部隊は、そこから指示されて商品を集めているらしい。彼らは、金の支払いも良いんだろうが、ノルマも、当然あるんだろう。

 で、ノルマが達成できなかった場合、叱咤はウチの軍曹の拷問の比じゃないだろう。なんたって本職(もしくは本職と付き合いのある下部グループ)なんだから。

 だから、買い付け部隊の眼の色は違う。要は結果やで店長! 多少うざがれよう

が嫌われようが、おむつをゲットした人間が正義なんや!

『飴と鞭』があるなら、俺は飴を舐めたいんや!鞭はゴメンや!


 でもね。こっちは「必死」に付き合えないの。残念ながら。当事者ちゃうし(本音)寧ろ困っている。そして、本部に「どうしたらいいですか?」と質問を投げる。

そして授けられた、『中国人転売グループの対応について』と言う題名と共に

メール送信された、宝刀の名前は……


……妖刀 『強気で行ってOK』(なお、使用の際は、別添のFAQを熟読して下さい)


だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る