爆買い


 最近は、毎週火曜日と金曜日の朝が戦争だった。

なぜかって? 沢山の中国人が来店されるから。

……(お客様が来店されるってのは良い事だ。でもね…。)


 出勤時、俺はそんなことを考えながら、店舗への道を歩いていた。遠目に店が見え

てくる。やはり、既に二~三人の中国人男性が店の前で待機している。

 煙草を吸いながら店の前にいた彼らは、俺の方を見ると「今日、入ってる?」と

人懐っこい笑顔を浮かべながら上手な日本語で話しかけてくる。


「たぶん入荷していると思いますよ」(知ってるくせに…)俺は答える。

俺は店舗のドアを解錠して、店舗に入るとトラックホームを確認する。...あった。

彼らのお目当ての宝。フラワーキング社の赤ちゃん用紙おむつ「陽気」が大量に

積まれている。

 俺は入り口で待っている中国人に声を掛ける。「入荷してます。開店まで待って

下さいね。一人二つまでですよ」中国人は笑顔で煙草を持つ手を挙げる。

早速、携帯電話を取り出して仲間に連絡を始める人もいる。


 そう。中国人による話題になった『爆買い』である。日本製の家電の大量買いや

日本への観光が激増したのが有名だが、次に話題になったのが、日本の生活用品

の大量買い。中でも「確実に現金化出来る紙おむつ」は購入の手軽さも相まって

中国人による争奪戦が行われるのである。


 当初、店舗も会社も「儲かりますなー」と歓迎していたが、こういう「確実に金に

なる話」というのは、日本だろうが中国だろうが世界共通で「やり過ぎ」に

発展していく。軽トラで乗り付けて「乗せられるだけくれ」とか、仲間で連絡を

取り合って、店舗内に中国人のお客様が三十人(誇張では無い)が集結して

「売り切れた」と説明しても納得せず、勝手に倉庫に入ろうとしたりと言う事案まで

発生した(これは中国の方の名誉のために書きますが極端なレアケースです)

こうなってくると、会社も店舗も『売れるのは嬉しいが、困ったな』となってくる。


 そして、遂には商品の供給が間に合わなくなり、商品の発注をしても入荷せず

確保できた商品を本部が各店に割り振る、配荷制になってしまった。

 で、俺の店の配荷日が毎週火曜日と金曜日で、前日の閉店前に本部からの連絡で

入荷するおむつの種類やサイズ、配荷量なんかが知らされるのである。


 このシステムが稼働し始めた当初、俺は商品を一度に陳列せず、少しづつ陳列して

自分が決めた数が売り切れると、来店された中国人のお客様には「すみません

今日売り切れたんですよ」とか「今日は入荷していないんです」と説明していた。

 なぜかというと、商品が売れるのは喜ばしいが、中国人のお客様の購買意欲は凄ま

じく、開店一番からベビー用品のおむつ売り場に殺到する。

 そして、彼らが事を成し遂げて引き揚げた昼前に、日本の若いママさんが家事を

一段落させて「サァ、家の事も片付いたしドラッグストアでおむつ買わなきゃ。

花子ちゃん、ドラッグカクヨムいこーねー」と微笑ましい言葉を生後三か月くら

いの赤ちゃんに掛けながら、当店に来店される。


ところがですよ! ところが!


ベビー用品おむつ売り場は、餓狼の群れに襲われた牧場みたいになっている。


 一番人気のフラワーキング社どころか二番人気三番人気のメーカー品もあらかた

売り切れている。ボコボコになった売り場の前で、赤ちゃんを抱えて呆然と立ち尽

くす若いママさん。

これは由々しき事態ですね!(義憤)

 そういうことが頻繁にあるので、これは贔屓かもしれない、公正ではないかも知れないが、商品の陳列量を調節して少しでも在庫を持たせようとしていた。


 しかし、彼らは俺よりも一枚上手だった。ある火曜日。おむつの入荷日だ。早番で

出勤すると、店の前に中国人が待機している。

 そのころになると、毎朝、中国人が待機しているケースが増えていた。そしておむつが入荷しているか尋ねてくる。俺は、その質問にいつも適当に答えていた。

 ただ、その日は違った。まず待機している中国人の数がいつもの一~二人で無く、六人くらいいるのである。そして、偵察部隊が愛用する原付や自転車で無く、すでに軽トラやバンが駐まっているのである。準備万端って感じである。


 俺の姿を見つめるや否や、彼らは「今日、おむつ入荷してるでしょ?」

「さぁ、最近入荷が不定期なのでどうでしょうか?」俺は適当にはぐらかした。

「いや!絶対入荷しているから!絶対に売ってよねッ!」かなりキツイ口調。

俺は少しムッとして

「なんで入荷してるって分かるんですか?」と訊き返した。

「トラックが来て、おむつを店内に入れているのを見たから!」

「それって、何時くらいですか?」

「……ずっと見てたから! 分かる!」小学生か。


……外から監視してた訳では無いようだ。


 ただ、彼らは正確に入荷日を把握している。更に恐ろしいのは、開店してからだ。

 いつものように俺は入荷数全部を彼らに売らず、少し在庫を持とうとした。しかし

彼らはおむつの入荷数を正確に把握していた。


「『陽気』のテープ式のLサイズはまだあるはず!」一人の中国人が詰め寄る。

 周りの中国人は、皆、おむつを二個づつぶら下げて駐車場に急いでいる。次の店に

出撃するためだ。

「『陽気』のLサイズは7ケースあるはず!知ってるんだ!」

 品出しが間に合わないので店内に直接出された『陽気』のLサイズの段ボール箱。

その空箱を数えて彼は言葉を続ける。


(すげぇ。入荷数まで把握している……)俺は驚愕した。彼が決して折れないので

俺は『在庫を見落としていた』と言うことにして、倉庫から在庫を出すと販売した。

開店に出遅れ気味だった彼は、見事お目当ての『陽気』をゲットして、意気揚々と

店を出た。


間違いなく情報が洩れている。


 どこから漏れているかなんて、商品が製造されて店頭に並ぶまで、大勢の人が関わっている流通業。分かる訳ない。

 正直、『各店舗の店長の誰か』って可能性だってあるのだ。本部連絡があるのは

入荷日前日の夜である。それを読んでから彼らに連絡したって充分間に合う。

 俺は、『誰が漏らしたか』って言う事より、『そこまでしておむつを獲得したい』

という彼らの努力の方に体が震えた。

 情報を得るのだって、勿論ただじゃないだろう。小遣い程度だろうが、謝礼は支払

っているだろう。彼らからしたら、謝礼程度の出費より、『情報獲得』に伴う、

『購入活動の効率化』『購入予定数に目安がつく』メリットの方が遥かに高いのだろ

う。 


……そう。これはまさにビジネス...いや戦争なのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る