薬だって売ってます。(4)

 かと言って、お客様に今みたいな内容を時間をかけて説明しても仕方が無い。お客様が言う、『治る』は風邪の諸症状に『効く』という意味で言っている場合が多いから。

俺は、薬の使用者が『アタシのアレ』。念のため確認する。

「お客様の、旦那様という意味でよろしいですか?」

「あら、違うわよ。息子よ。もう30過ぎ」やっぱり確認しといてよかった。

息子さんの方が持病を持ってる可能性は少ないんだけどね。

「息子さん、食べ物、薬のアレルギーや持病でお薬飲んだりされてます?」

「だいじょーぶよ。いま、風邪でしんどいだけ」

「息子さんは、どんな症状が一番辛いって言ってます?」

「のどの痛みと熱ね。」

「では、風邪薬ていうのは大きく分けて二種類ありまして、沢山量が入って、比較的値段が安い、常備薬扱いなのと、3~4日分入っていてお値段が高めのがあります。

同じ「のどの痛みに」と書いてあっても、高い方がのどの痛みに効く成分の量が多かたり、種類が多かったりしますので、効き方が違ってきますよ。

「へー、3~4日分ね。」

「まぁ、普通の風邪なら3~4日安静に寝ていれば治るというのを前提にしているんですよ。風邪薬で辛い症状を抑えるのは、身体をゆっくり休めるようにするという理由もあるんですよ。」

「へー」


 それが、風邪薬の本来の役目。高熱が余りにもきつかったり、喉が晴れ上がり過ぎて、唾を飲み込むのもシンドイ、と言うときには布団に入っても、ロクロク寝られやしないんで、薬で症状を抑えて身体を休みやすくするという意図で作られているのである。

 ただ、日本人の場合は『働きながら治す』という荒業的行為で治すのが一般的な手法なので、『仕事に差し支える風邪の症状を抑える』という目的で使用されていることが多い。気がする。……てか、そうでしょ? 風邪なんて気合いだ!って風潮、まだ残ってますよね? 流石にインフルエンザとノロウィルスは、出社すると『バイオテロ扱い』になってきてるけど(これは一歩前進)


 医師が出す風邪薬も、抗生物質なんかを除くと基本的なコンセプトは一緒。ただ医師が出す薬が、市販に比べて段違いに効くのは、薬の種類が違うのもあるが、何よりも一回分の服用する成分の量が違う。

 冗談で、「市販の薬に入っている薬効成分が耳かき一杯なら、医師が出すのはティースプーン一杯くらい入っている」と仲間同士で言い合う事がある。もちろん、この冗談はイメージであって、正確ではないが、薬や身体に関して知識のない一般の人がセルフで買える市販薬は、中に入っている薬効成分は服用事故を減らすために、かなり量が減っていると考えてもらって問題は無い。


「じゃぁよ、市販の薬、一回2カプセルって書いてあるのを4カプセル飲んだら、倍効くんだろ?」と思った、大阪のオジサン再び。

市販薬は、『一回服用量2カプセル』なら、2カプセル飲んでもらうというのを前提に、トータルの分量とかバランスを考えられているので、倍量飲むと、一回の服用制限量を超える成分が出てきたり、胃や肝臓、腎臓に負担を掛ける可能性があるので止めといてくださいな。いわゆる「副作用」の出現確率があがってしまうのである。


「じゃぁ、のどの痛みに一番効く風邪薬頂戴」

「では……少しお高くなりますがこれですね。」俺はパッケージにデカデカしたフォントで「のどの痛みに!」と書かれている風邪薬をお勧めする。

 基本的に、パッケージに一番大きく書いている売り文句が、その風邪薬(に限らず)の一番の売りだと考えてもらって間違いない。こと医薬品に関しては、効果が無いのにパッケージに記載するのは、かなり重大な法律違反になるので、そこは信用して貰って大丈夫。

「息子も仕事があるから、エエほう買っとくかな。分かった。にぃちゃん、おおきに」 「いえいえ、お大事に」



                   ◇



 販売強化のビタミン剤を売りたいがために、その日俺は医薬品売り場に常駐する時間を長めに取った。夕方、初老男性のリーマン客が来店される。

「これから飲み会なんだけど、最近二日酔いになりやすいんで、先に飲んでおくような薬ある?」

二日酔いですね。


 実は、飲めば大抵の人に(全員とは言わないけど)二日酔い予防の効果を与える薬がある。本来は疲労回復の薬として販売されているんだけど。

 その薬は、年末年始に良くTVCMをやっている。そのCMの内容は、どう考えても『二日酔い予防』を宣伝しているのに、俳優さんも女優さんもナレーターも、意地みたいに『二日酔い予防に!』とは言わない。そこまでやるなら……もう言っちゃえよ。って感じだけど、信念でも持っているかのように言わない。いや、『法律遵守』って信念に基づいているんですけどね。


 法律のどの部分かと言うと、薬の裏面に書いてある『効能・効果』以外の事は宣伝・告知してはならないのだ。ギリギリの表現をするくらいメーカーは二日酔い予防の効果に自信があるのに、なんで効能効果に記載していないのは謎だが。(想像はつくけど、ちゃんと確認出来なかったので書かないでおきます。すみません……。)


俺は、その男性客にそのドリンクを勧めた上に、

「飲み会から帰ってきたら、帰り道のコンビニに寄って貰っても良いんで、水分とビタミンCを補給出来るものを買って、飲んでおいてください。コンビニの100%のグレープフルーツジュースでも良いです」

「へー、それはどうして?」

「肝臓がアルコールを分解する時に、大量の水分を必要とするんです。また、ビタミンCはアルコールの分解の手助けをしてくれるんです。もし、ご自宅に奥様が肌の健康を気にして、ビタミンC剤を飲んでらっしゃるのなら……」


 と、俺は売り場の、露骨に美肌をイメージしたビタミンC剤を手に取る。そして箱の裏面の効能書きをお客様に指し示す。

「ほら、ここに『しみ・そばかす・日やけなどの色素沈着症』って書いている下の方に……『二日酔い』って書いてありますよね。この書き方だと二日酔いにかかったあと、ってイメージになるんですが、飲み会の後、服用して貰えれば二日酔いになる可能性は減らすことは出来ますよ。もし二日酔いになっても、服用して貰えれば早く治まりますよ」

「お、嫁がこれ飲んでるわ。飲み会が終わって帰宅したら、飲むようにするわ。おおきに」

男性客は喜んで帰って行った。


そして閉店前、俺はレジで北山君と少し雑談をしていた。

「今日は薬の接客が多くて、久しぶりに薬屋で働いてるって気になったわ」

「確かに薬も売れますが、売れるメインは日用雑貨ですもんね」


その時、若いカップルが急ぎ足で入店してきた。レジ付近で二人が何かを囁きあっていて、その後、二人は俺の所に来る。

男性の方が声を掛け来る。

「あのー、ここにDVDの生ディスクなんて……置いてないですよね……」

「すみません、ここ、薬屋さんですもんね」彼女も横から「的外れな発言してごめんなさい」といった感じのフォローを入れてくる。


御心配なくお客様。


あるんだな。これが。


ここは薬屋だけど、風呂の蓋から、スマホの急速充電器まで売っているから。

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