薬だって売ってます。(2)
若い男性客は、そもそもサプリメントを買うつもりの『目的買い』で来店されたので、相変わらずこちらの説明に嫌がる風も無く、むしろ興味深げに聞いてくれる。
「それで、サプリメントと医薬品の違いって他には何かあるんですか?」
「消費期限内まで、その成分の含有量が保障されているのが医薬品です。安物のサプリだと、期限ぎりぎりだと、成分の含有量が減ってしまう商品もあるんです。
また、効能効果が記載出来て、表示分量を服用すれが、それに対する効果が期待できるのが医薬品です。サプリメントの方は……ほら、『毎日の健やかな生活のために……』とか『食事バランスの気になる方へ』とか、抽象的な表現しかできないんですが、こちらの……」と、俺は医薬品コーナーから、ビタミンB製剤を持って来て、箱の裏側を見せながら説明する。
「ここには、曖昧な説明ではなく、『口内炎、ニキビ、肌荒れ、肌のかぶれ等の諸症状の緩和』と書いてありますよね。これがもう一つの医薬品とサプリの違いです。
他には、医薬品のビタミン剤は、身体への吸収を良くするための誘導体というものが付加されているのが多く、これがサプリとの一番大きな違いです。」
「へぇ、そうなんだ。知らなかった。」
「最近では、大手の有名メーカーや医薬品メーカーが発売しているサプリメントでは、吸収率にかなり気を使っている商品も出ていますが、そういうのは、結局価格も医薬品のビタミン剤より『少し安い。』程度になってしまっています。
それであるなら、最初から医薬品のビタミン剤をお買い求めになった方が良いのではとお勧めしますが。」
「そうだね。結構疲れが溜まっているから、数百円の違いだったら医薬品の方にしておこうかな?」
「そうですね。そこでお勧めなのが、このD社のビタミン剤です!このビタミ」
よし。一個売れた。誰もが知っているメジャーメーカーの商品だし、効能効果も嘘は言っていないから罪悪感は無い。
ちなみに、医薬品のビタミン剤のラベルとかダサいしオッサン臭いじゃん! 生活意識の高い僕達私達は、ちょっと小洒落た容器やラベルに入ったサプリの方が良いんだよ。っていう……お若い年齢層のお客様っ! 実際に成分の身体への吸収率に命を掛けている商品もあります。……どれかって? ここで言っちゃったら、ステマならぬダイレクトマーケティングになるから言わない。
貴方がたが持っている、そのお洒落な林檎のマークが入った薄くてカッコいいノートパソコンで調べて見てください。すぐ見つかるから。ウチのパソコンなんて、分厚さは貴方がたの持っているパソコンの30倍はあるけどね!
そして、調べる過程で分かると思う。錠剤タイプのビタミン剤の身体への吸収率の悪さが。医薬品が誘導体やなんや入れて、少しでも吸収率を上げようと血道を上げているのが納得できるはず。
ちなみに「おお、じゃぁよ。一日2錠って書いてあるのを4錠飲めばええやん!」と大阪のオッサン的思考で素早く解決方法を見つけた、そこの貴方。
残念ながら、身体は、成分を一度に吸収できる量が決まっているんですわ。なんで過剰に摂取された分は、『尿』として排出されてしまう。
ビタミンC、Bなんかの水溶性ビタミン。ドリンク剤なんかを飲んで暫くして用を足すと、尿が独特の匂いを発して、色が蛍光の黄色に鮮やかに光っているのがソレ。
『綺麗な尿』鑑賞会をするつもりが無かったら、ただただお金の無駄。
でも、仕事が追い込みで「俺は疲れた時に、この『貴公子』と名付けられたドリンクの高い奴を2本ほど一気飲みしたら、元気一杯になるんや36時間戦えるんや!俺はずっとそうしてきたし、これからも変える気はない!」という歴戦の企業戦士の方、
それはそれで良いと思う。薬って服用者の暗示で効き方が全然変わってくるから。
だから医薬品の臨床実験なんて、渡した側も渡された側も「何に効くのか分からない」という状態で行うのが一般的らしい。これを二重盲検法というそうだが、専門外なので詳しい事は分からない。
分からないついでに書いておくと、渡す方が「何の病気(症状)に効くか分かって、相手(患者)が分からない状態」を単盲検法。これでも正確な効果が得られない事があるそうで(渡す人間が患者に無意識にヒントを与えると、驚くなかれ患者は暗示によってその薬の効果を増強してしまうらしい。凄いやん! 暗示力!)
ちなみに、渡す人間が「白衣を着ていて学術的な風貌(どんな風貌?)で信用に足りうる姿」か、「Tシャツによれよれの古着のジーンズを履いた、茶髪の軽薄な兄ちゃん」で比較すると、効果は学術的風貌の圧倒的勝利らしい。これは、まぁ、そんなもんだと思いますが。これは「白衣効果」というらしい。
そうそう、薬だろうとサプリだろうと飲み過ぎると、製剤を分解するために胃や肝臓にも負担を掛けるため、却って体にはあんまり良くない(ジャラジャラと大量な分量を、毎日継続的に飲んでる人、時々いますよね。年とったらどうせ大量の薬を飲まないといけないんだから、今から内臓に負担掛けなくても良いんでは無い?)
さて、ビタミン剤を販売していると風邪薬売り場からお声がかかる。中年の御婦人客だった。「お兄さんお兄さん。風邪ひいたんだけど、バシッとすぐに治る薬頂戴! 一番効くやつ!」
こういう質問を受けるのはしょっちゅう。「あのねー、昨日から熱が出て、咳も出て困っているのよぉ。それに効いてすぐに治るやつ。」
俺は、まず質問をする。
「お飲みになられるのは、お客様ご本人ですか?」
「……へ?違うわよ。ウチのアレ」
これはよくあるケース。薬を買うお客様は、誰がメインで使うかとか、言い忘れてしまっているし、特にそれが問題では無い。と考えている方が多い。
所が、医薬品と言う性質上、販売者側は、その情報が意外と重要。
飲む人が、高血圧だったり心臓病だったり糖尿病だったり緑内障だったり肝臓病、腎臓病、脳卒中治療中、クローン病、肝臓病、血液性疾患、前立腺肥大、妊娠中、授乳中、喘息、年齢なんか(ほ、他にもある)で、飲める商品、飲めない商品なんかが変わってくる。
そう、そしてなんかあったら『販売者責任』という専門用語っぽい責任を負わないといけないのである。だから、買いに来た人は、余り重要でない、と考えている事柄が、こちらにとっては必須情報だったりする。
訊くのを忘れたり思い込みで話を進めて、実は、飲む人が妊娠中の絶対過敏期だったとか、大人用の風邪薬を勧めたら、飲む人が15歳未満の小児だったとか恐ろしい事例がある。なので、会社の接客実習や研修では「まず最初に、『誰が飲むのか?』と必ず確認する事」とうるさい位指導してくる。
実際、買いに来る方も、(父親が風邪ひいたから)『すみません、風邪薬下さい』となってしまう人が圧倒的に多い。販売する事情なんて分からないと思いますので仕方が無いんですけどね。なので、こちらから聞くように徹底しているんですが。
でも、もし覚えていたら、こんどドラッグストアや薬局で、薬を買う機会があったら、「あ、飲むのはアタシ(俺、父、母)なんだけど、○○の薬を探しているんですが。」と非常に助かります。
そして、次のお客様の発言内容。
『風邪が治る薬』
残念ながら、その言葉通りの意味で『治る』と言う風邪薬は、現在の地球上では存在していない(はず)。
これは、ご存知の方は多いと思うけど。
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