薬だって売ってます。

 結局、ドリンク剤のお試し会は夏じゅうやることになった。それだけでも鬱陶しいのに、本部は他にも緊急のお試し会を差し込んでくる。

 A社のドリンク剤のお試し会が終わった後は、二週間に渡るD社のビタミン剤の販売強化週間だった。これは、皆さんが知っているような、大手メーカー製の製品。

 A社のドリンク剤みたいに、皆さんが見たことも聞いたことも無いような訳の分からない製品ではない。


 本部主導の販売強化週間。これは、例の『粗利の確保』の原則から繰り出される施策である。まず社長から営業本部長に『更なる粗利確保』の厳命が下される。

 営業本部長が商品部長に『粗利確保』の厳命を下す。そしてプレッシャーを受けた商品部長は、医薬品担当バイヤーに『お前の部署でも、○○○○万、利益を上乗せしろや。死ぬ気で積み上げろ』とハッパを掛ける。

 追い詰められたバイヤーは、メーカーの営業部と商談の機会を持つ。社長も、商品部長も、ブロック長も、店長も、岡田もみんな追い詰められている。日本のサラリーマン社会。一体誰が得をしているのか? デストローイ。


 メーカーの営業部長は、警戒しつつ商談の機会を持つ。ほら、ね。やっぱり原価の引き下げ要求だよ。

ただ、メーカーも無下に断ったりしない。条件を持ち出す。「○○○○万円(もしくは○億円)、商品を売ってくれたら原価引き下げまっせ! 気持ち良く○○%も!」

バイヤーは答える。「合点承知の助!おまかせください!お見せしよう!わが社の販売力を!」


 そして、緊急店舗指示が下される。軍曹が開戦を宣言する。兵隊たちは最前線で戦いを開始する。

 先週、あれだけ「このドリンク剤、夏バテに効きます! 入っている栄養素が違います!」と薦めまくっていたのに、舌の根が乾かぬ翌週に「お客様! このビタミン剤、夏バテでお困りならダントツでお勧めでしゅ」と違う商品をお薦めする。

 なお、再来週は第二次A社のドリンクお試し会の開戦の火蓋が切られるので、D社のビタミン剤なんてほったらかして、A社のドリンク剤を一推しする予定。


……なんだよ。それ。騙しじゃん。と思った貴方。ちょっと待ってほしい。本部も追い詰められているが、まだそこまで節操が無いわけでない。

 これが、A社の例の10本入りドリンク剤の次が、価格帯も一緒なF社の10本入りドリンクだと、現場の俺達も困る。(いや、それでも売るんですけどね)

ただ、D社のビタミン剤は錠剤だ。


「にぃちゃん、先週、A社のアンプル薦めとったんに、今週はD社のビタミン剤か。なんやそれ」

 販売強化週間の初日、おじさま客からの反撃。そんなことを言われても、俺も岡田もビクともしない。そんなことよく言われること。


「お客様、あれドリンクで、10本入りで980円。こっちは錠剤で30日分で1000円。90日分なら割安で2500円。先週お薦めしたドリンクは液体で、体内での吸収が錠剤に比べてかなり速いんで、効きが実感しやすいんですよ。でも割高ですよね。

錠剤は、吸収はドリンクより若干落ちるんですけどね、お安いんで、毎日継続して使って頂くと、結果的に疲れづらくなったり、風邪を引きづらくなったりするんですよ。要は使い分けです。夏もまだまだこれから。一か月分1000円でもお試し如何ですか?本当に疲れたり夏バテの時はドリンク飲まはったらいかがです?」(立て板に水)

「へー。そんなもんかいな。にぃちゃん。ホンマやろな?」

「はい」(真顔)


 これ、一応本当。

 ……あ、そういや医療関係者の方が、「そもそもドリンク剤に効果はあるのか?」と効果自体に疑問視している人もいるが、うちらとしては、厚労省から『医薬品』もしくは『医薬部外品』の指定を受けている商品、それに対して疑問を持つ余裕も、そもそも知識を持ち合わせていない。ほんと、得意げに『そもそも論』やめて!売ってるこっちが混乱するから!


 ただ、ビタミン剤とかドリンク剤はラベルに書いてある栄養素はちゃんと入っているし、岡田みたいに牛丼やラーメンばっかり食べている若い独身男性なら、飲んでいて損は無いと思うよ。

 ちなみに俺も独身時代から錠剤を飲んでいる。

 ……慣れない新社会人時代に、寝覚めが悪く休みの時は半日寝ているという時期があって、少しでも改善したくて、店舗のビタミン剤を購入して飲み始めたのだ。

 すると、普段そんなもんを飲んだことも無かったので、効果が露骨に出た。明らかに疲れにくくなって、朝も起きられるようになった。

断言する。あれは絶対に偽薬効果プラセボなんかじゃなかった。


あ、あと若い男性諸君ならあるだろう、たまの休みは寝ときたいから


「彼女とデートに行くのが面倒くさい」


という、女性が聞いたら、評価爆下げの振る舞いと、それを匂わせる発言。

「はぁああああ??? アタシとデートに行くより、家で寝てたいわけ?」はい。

彼女との仲も最悪でした……。もう、人生ってなんだろう...そんな事ばかり思っていた時期があったのですが……。

そんな時出会ったのが、このD社のビタミン剤!これを飲んでからとい


 ああ、あと市販のビタミン剤は化学合成だから、身体に悪いって話、聞いた人もいるかもしれない。俺は実際に疑問に思って、独身時代、風邪を引いて医者に行った時、質問したことがある。ずっと飲み続けていたし。

 その医者は、30代くらいの頭のよさそうな先生で、俺の話を聞くと即答した。

「あなた、一人暮らしで外食ばかりでしょ?」

「はい」

「万一、影響が出るとしても、もっと先の話です。自炊しない、結婚の予定がないなら、今の心配をして下さい」

「はい」

頭のよさそうな先生は、頭のよさそうな政治家的発言で、俺の質問を躱しやがった。

つまり、答えは分からない。って事なんだろう。

 で、俺は結婚してからも、疲れたときや風邪が流行る時期は、今でも飲んでいる。

流石に嫁の前では飲んでない。そんな挑戦的な態度、取れると思います?


 嫁の作る食事に抗議しているのと同然と受け取られるんですよ!

やれるもんならやってみ。俺は絶対にしないけど。

 ええ。勿論こっそり隠れて飲んでます。相手を慮る美しい日本の精神文化。

決して、嫁にビビっているわけではございません!ございませんから!


 ……そうだ、ビタミン剤の販売強化週間の話だ。この販売強化週間は、期間が長め。瞬発力勝負が好きな軍曹は食指が伸びなかったらしい。『D社ビタミン剤戦争』を開戦させることなく、指示メールには「本部予算を必達させる事」とだけあった。

本部予算は、そんな無理なものでは無く、意識して接客して販売すれば達成出来る種類のものだった。俺は少し気が楽になった。


 それでも、医薬品売り場になるべく常駐して、D社のビタミン剤を販売しようとした。そんな時、医薬品売り場から少し離れたサプリメント売り場で、若いリーマン風の男性が商品を物色している。

 俺は、声を掛ける。若い男性のお客様は、目的買いのつもりで来店されたのだろう。特にこちらに警戒することなく、「あ、外食がちで栄養バランス気になるんで、サプリでも買おうかと思ったんだけど。どれがいいのかな。」


「お客様、サプリメントで栄養補給も良いんですが、医薬品のビタミン剤もあるんです。お値段が若干高くなってしますんですが、サプリメントは、我々の分類上、あくまでも『食品』、ビタミン剤は『医薬品』。やっぱり効果に違いが出てくるんですよ」

「へー、そうんなんだ。サプリメントは食品扱いなんだ。」

俺は、お客様が手に取っている、ビタミンのサプリメントの裏面を差して説明した。

「勿論、栄養素は入っているんですが。ほら、ここに『一日、2~3粒を目安に、お召し上がりください』って書いてありますよね。」

「お、本当ですね。『服用』じゃないんだ。区別しているんですね。」

「そうなんです。他にも両者の違いがありますので、ご説明させて頂きますね。」


 俺は、外食がちで栄養バランスを気にしている男性客が、若いころの自分に重なって説明に熱が入りだした。お客様、これで貴方も休日に、彼女とデートを満喫できますよ!















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