コンクール狂想曲 (7)

「よぉーお、青野店長。ウチ、いくつ売ったか当ててみ」

彼は上機嫌。

「35箱やろ」

「お、なんや、驚かそうと思ったのに。もう知ってるんやな。店長とこナンボ?」

「ああ、軍曹に報告した時に聞いたわ。凄いな。こっちは27箱だわ。微妙」

「でも、40やったけ?目標。目標は達成しそうやん」

「まー、ここは目標行かんとやばいな。頑張るわ。それよりどうしたん?スタッフにミニスカート履かせたんか?」

「まぁ、ミニスカートで出勤してきたな。『パンクロックの姫君・プリンセス』は。」 

「なんかカッコいいな。『パンクロックの姫君・プリンセス』って」

「せやろ。『捕食者プレデター』は野性的やで」

そうでしょうね。

「で、その三人娘が頑張ったんか? 32箱やろ?どうやったん」

「言ったやろ、あの子ら凄いねん。一人で8箱づつ売りよった。流石に相当ラッキーな事もあったけどな。午前中、あんだけ声かけて売れなかったからチャラやろ」

岩倉店長は、嬉しそうにまくしたてる。

「それでな。後はセルフで5箱、他の社員が3箱売って32箱。午前中のと合わせて35箱や」

……確かにすごいけど。ちょっと待った。


「岩倉店長、自分はいくつ売ったん?」

「あ?俺? 俺は1箱や」

嘘やん。こっちは必死なのにぃ。

俺の沈黙に気が付いて、岩倉店長は言葉を続けた。


「店長店長、誰が売っても一緒やで。要は結果や」

確かにそうだ。お試し会に強いスタッフと言っても、教育しないとそこまで売れないだろう。と言うことは自分の分身を3人育て上げた岩倉店長が凄いのか。


 俺だけでなく、他店の店長からも『キャバクラ店』『キャバクラのマネジャー』とかいじられていた彼だが、裏を返せば女性の扱いが上手いと言う事でもある。

そして、彼の店のスタッフは全員女性である。

そう考えると、俺は素直に彼を称賛する気になった。


「確かに店長の言う通りやな。凄いな。感心する」

「なんやなんや、気持ち悪いな」

急な褒め言葉に、岩倉店長は苦笑していた。

「いやいや、意外と本気で言ってるんやけどな。……ところで店長、目標60やろ、そこまで狙うんか?」

「うーん、60は流石に厳しいかな。さっき言ったけど、彼女らの24箱は相当に運も味方してたしな。でも50は行きたいな」

「そっか、俺は40は必達するわ。でも店長とことウチの店は、売り上げ規模似てるからあんまり差をつけんでくれや。とばっちりが来そうや」

「青野店長ぉ。岩倉は50売ったぞ。自分、悔しくないんか? あぁ?」

岩倉店長は軍曹の物まねをしてきた。

「やめーや。ホンマに言われそう」彼の軍曹にそっくりな物真似に、俺は笑いながら答えた。


 さて、時刻は15時15分。16時までに最低3箱売って、残り10箱で夕方のピークタイムを迎えたい。俺は医薬品売り場に常駐して、接客をつづけた。

しかし、なかなか売れない。レジでも切り替え以外に試飲も行っているが、お客様の反応が鈍い。やばいな。売り上げ止まってしまった。

 そう思っている時、セルフで1箱売れた。よし。これは嬉しい。更に大谷さんが、マダム相手に化粧品をカウセリングしたついでに1箱販売してくれた。助かる。

 しかし、ここでまたもやピタリと売れなくなり29箱で16時を迎えた。

16時で、早番のスタッフは一斉に上がりだ。北山君、一乗寺さん、白川さんが勤務を終え、代わりに長岡さんが出勤してきた。


 その長岡さん、レジに入った瞬間に切り替えのチャンスが到来する。長岡さんは相変わらず美しい日本語と、爽やかな笑顔でオジサマ客に切り替えをお勧めする。

オジサマ客は、「ねぇちゃん、感じええなぁ。おっしゃ、ねぇちゃんがそこまで言うなら買うたる」と言って商品を変更してくれた。よっし。これであと10箱。

やるね。長岡さん。


 その時、切り替えの接客を見ていた、勤務終わりでレジから離れようとしていた白川さんが「あはは。みやこちゃんすごーい。えろーい」と長岡さんに声を掛けていた。

いや、白川さん、はっきりさせとこう。エロいのはあんたやからね。

間違えたらアカン。


 長岡さんは苦笑いしながら、上手に白川さんの言葉を受け流している。慣れているらしい。相変わらず二人は非常に仲良く、二人で遊びに行ったりもしているらしい。

だから今の白川さんとのやりとりも、仔犬のじゃれあいみたいなもんなんだろう。

『一歳歳上』という以上に、長岡さんの方が、かなり大人びていて白川さんを可愛がっている感じで、白川さんが長岡さんに甘えているような関係だった。


 丁度16時で、残り10箱。閉店までのシフトは、俺と岡田と長岡さんが最終まで。大谷さんとゲバラが18時までだった。

(スタッフが多い18時までに、目標達成か、達成の目処を付けてしまいたい)

俺は切実に思った。

 夕方、夏とはいえ少しづつ日は陰ってくる。それに比例して来店客数も増えてきた。ここまで来たら絶対目標は行きたい。

 これで39箱とかで終わったら泣くに泣けない。「1箱足りなかったね。行ったも同然だから達成と認めてもいいよ」とはならないからだ。

 予算比100%と99.9%とは、厳然たる差がある。白か黒。○か×。グレーとか△は存在しないのである。

閉店まで、あと5時間。残り10箱






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