コンクール狂想曲 (6)

 軍曹への電話報告まであと45分。残り15箱。15時までに5箱販売して、残り10箱にしてしまいたい。今日は全体的に調子がいい。40箱の目標行けるかもしれない。

そんな時、PHSが鳴る。誰だ? 俺はキャバ店からかと思いながら電話機の表示窓を見る。意外なことに、例の冷房設定温度事件を引き起こした、あの店からだった。


「お疲れ様です。店長、どうしたん?」

「あっ、青野店長お疲れ様です。今日のお試し会どうですか?」

 生真面目な声が飛び込んでくる。どの店長も他店の動向が気になるらしい。俺もだけど。

「軍曹のせいで、目標40にされてしまったからヒーヒー言ってる。今25箱」

答えながら、彼の店の本部予算を思い出していた。店舗連絡で本部予算が送信された時、地区の予算が店舗一覧で載っていたのを見ていたからだ。

 ウチが15箱。彼の店は、ウチの店より売り上げ規模が低いので確か...10箱だった。

軍曹の必達予算はいくつ上乗せさせられたんだろう。

「そうですか……好調ですね。こっちはなかなか数字取れなくて。今、やっと10箱です。」なかなか厳しいね。その状況。でもそもそも売り上げも少ないから仕方が無いでしょ?

「軍曹に言った予算はいくつ?」

「50です」

あのさ……いくら事件起こしたからって、自分(あなたの意味)の店じゃ幾ら何でも不可能でしょう。事件を起こした負い目があるからってハイハイ言い過ぎやろ。それ。

「それ、自分で言ったの?」

「いや、軍曹から『お前、50売れ。俺に店長の本気を見せろ』って言われまして」

ああ、そういう事か。

「で、了解したと」

「拒否できると思います?」

「無理だわなぁ」

「もう、幾らか自分で買おうかと思って」

「あかんあかん、自爆買いは止めとけ。まだ時間はある。諦めるな。自爆買いなんて閉店直前でも出来るやろ。それに軍曹だって流石にアホやない。自分(あなたの意味)の店がナンボ売れるかくらい分かっているはず。その落とし所を狙え」


 俺は、本道から微妙にズレたアドバイスを送った。まともに「頑張れ頑張れ」と言っても仕方が無い状況だし。

「それって、どのくらいだと思います?」

 俺は素早く頭の中で、ウチの店の売り上げで目標40なら、彼の店の売り上げだと……と暗算した。

「30売れ。30箱行ったら、軍曹はブーブー言いながらも許してくれる」

「今10箱売れてるから...のこり20箱、2万円弱ですね。いざとなったら……」

 おい、人の話聞いてるのか。まだ時間あるやろ。アカン、この子すっかり嫌気が差して戦意喪失してる。

「もう少し頑張れって。こんなドリンクに、2万も払うんもったいないやろ? 店長、自分やってドリンク200本ゲットしても仕方が無いやろ?毎日飲むんか?」

 俺はさっきまで、お客様に『当店最高のドリンク』ばりにお勧めしていた商品を『こんなもん』扱いしていた。いや、商品は悪くない。軍曹の予算がアカンねん。


「一年近く飲めますね」初めて少し笑いながら彼は答えた。

「そんなんいらんやろ? もうちょっと頑張ってみ」

「分かりました。ありがとうございます。少し気が晴れました。」

「頑張りや」

「はい」

電話は切れた。


 15時まで残り40分。俺は岡田に電話していた10分の間で、一箱でも売れたか聞こうとして、レジの方へ振り返った。

 丁度その時、ゲバラが不気味な笑顔を浮かべて、ドリンクの販売成功したところだった。

ゲバラ、無理せんでええねんで。自然体で行こうや。

 これで26箱、残り14箱。ともかくありがとうゲバラ。

俺は、『当店で一番お勧めできる最高のドリンク』をお客様に紹介すべく、医薬品売り場にへばりついた。絶対離れるもんか。

 その時、お客様に鎮痛剤について質問を受ける。お答えしている最中に、ドリンク売り場に別のお客様が立ち寄る。

 あぁ、NB商品手に取ってしまった。俺は無理だ。レジで切り替え頼むぞ。岡田。

そう思っていた時、空の買い物かごを片づけていた大谷さんが、そのお客様に近寄って切り替えを開始する。

 ただ、大谷さんは「自信を持って主張する。資格を持っていても薬の接客は出来ない。」と言っていただけあって、そのお客様に少し突っ込んだ質問をされて、立ち往生して、こちらに助けを求める視線を送る。

 俺も少し込みいった質問を受けていて、もう少し時間がかかりそう。お待ち頂くか、岡田を呼んで……と大谷さんに伝えようと思った瞬間、気が付いた岡田がレジから走ってきて大谷さんのフォローに入ってくれた。ここでBダッシュ。

見事な相互援助体制。調子が良くて、先が見えてきているので、目標達成のために皆必死。なんかいい感じだ。 大谷さんから引き継いだお客様はご婦人。岡田の敵では無い。27箱販売。残り13箱。


 14時45分。あと3箱販売して30箱で報告したい。軍曹に「30箱販売しました!」と虚偽の報告しても良いのだが、過去、軍曹が別の地区担当だった時、それをやった店長がいたらしい。そしてそれがどう言う訳かバレた。

 売り上げ数は、自分達でカウントしなくても、リアルタイムでPOSデータから引っ張ってこれる。でも、それはその店のPOSコンピュータで無いと分からないはず。

別の店にいた軍曹は、なぜかその店長の嘘を看破して、その店に乗り込み、その場でPOSデータを調べて虚偽と分かると、哀れその店長は拷問部屋に連れていかれた。


 俺は、その話を聞いて虚偽報告は出来ないと悟っていた。そしてカウントミスが無いか、念のためPOSで売り上げ実績を調べる。

売れ数 27 と表示される。間違ってないね。プラスのカウント忘れがあれば嬉しかったが、皆、血まなこで販売している状況で、そんな甘い事は無かった。

この後、15時までドリンク剤は売れず、俺は27箱の売れ数を軍曹に報告する。


「おっ、店長。まっとったで。ナンボや?」

「27箱です」

「うーん、なんや、ぱっとせん、微妙。微妙やな」

 軍曹、あんたにはムカつくけど、その反応。分かりますわ。自分でも微妙だと思うし。俺だって『30行きました!』とか言いたいです。

「40箱は視野に入りました。達成させます」

「そうやな、絶対行けよ。ほな頼むわ」

褒めることも罵倒することも出来ない、まさに微妙な数字。軍曹は早々に電話を切ろうとしていた。俺は心の中で安堵の息を漏らした。


「あっ!そうそう、お前、岩倉店長が、いまナンボ売ってるか知ってるか?」

電話を切ろうとPHSから耳を離しかけた瞬間、軍曹の呼び止める声がする。

「いや、聞いていません」

「そうか、あいつは午前中の売れ数は、俺の事舐めとる数字やったけどな。さっき電話あったわ。なんぼ売ってると思う?」

「さあ、ちょっと分かりません」

「35箱や。俺はあいつの本気、見せてもらったで。青野店長、お前も俺に本気見せてくれや」


 !!!! さんじゅうごはこ !!!? 昼までで3箱だったでしょ?たった3時間で32箱も積み上げたの? どうやったの?

やっぱ、あれでしょ?ミニスカート。ミニスカート履かせたんでしょ?


 俺は、混乱しながら電話を切った。そしてキャバ店に電話を掛けようとした矢先、昼の時と同じように、タイミングよく着信があった。表示窓を見ると、当然、キャバ店から。 電光掲示される店名は、気のせいか、妙に自慢げに光り輝いてるように見えた。








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