コンクール狂想曲 (5)

 俺の事は構わず、キャバ店長改め岩倉店長は話を続けた。

「あの三人は頑張ってくれるで。『捕食者プレデター』なんて、本当に粘り強いねん」

「お、おう……。確かに粘り強そうやな。それは想像つくわ」

「せやろ? 他の二人も……」

「スマン店長。盛り上がっている所。もう12時15分や。もう少し頑張らんと」

「お?おぉ?すまんな。じゃ、また15時ごろに」

「了解」

 俺はPHSを切ると、俺の代わりにレジに入ってくれていた岡田に声を掛ける。

「あのあと売れた?」

「はい、セルフで1箱売れました」

よし、これで11箱。残り29箱。

「店長、軍曹どうでした? 機嫌悪かったです?」

「殺された」

「生きてますやん」


うるさい。


 俺は岡田に先に休憩に行かせて、レジに入った。12時30分出勤のゲバラがレジに来た。その時、もう一台のレジに入っている白川さんの所に、おじさま客が、またもや別会社のドリンクを持ってくるというチャンス到来。

白川さん、待ってましたとばかり天使のスマイル作戦で、切り替え成功。鮮やか。

これで12箱。


 白川さんのスマイル作戦を間近で見ていたゲバラは、鷹のような眼に苦笑の色を浮かべて、「あれは、アタシには真似でけへんわ」と呟いた。

心配するな。ゲバラ。人間出来る事と出来ない事がある。

 ゲバラ、あんたにアレをしろとは言わない。というか出来ます? あれ。

さて時刻は12時30分。昼食時刻とこれから気温が上がってくるダブルパンチで客数が減る。限られたチャンスを有効に生かさないと。


 そう思いながら、レジから医薬品売り場を見ていると、夫婦で買い物に来られたお客様がドリンク売り場で、二人何か話しながら商品を物色している。

チャンスか? 俺は白川さんに変わってレジに入ったゲバラに、薬の質問をされたらすぐに呼んでくれるように頼むと、医薬品売り場に急いだ。

マリオのBダッシュくらいの勢いで。


 夫婦のお客様がドリンクを買うのは分かっていた。問題は何を買うのかだ。

お客様に声を掛けると旦那様が自営業で夏バテで疲れているので、ドリンクをまとめ買いしたいとの事だった。まとめ買い!!これは逃したくない。

「そうですねー。旦那様のお仕事の場合でしたら……」と一緒に考える振りをする。

もちろん、答えは最初から決まっているんですが。

「これなんか如何です?」

見たことも聞いたことも無いドリンクを指さされて怪訝そうな顔をする御夫婦。

そこで怯む訳無い。俺の火傷しそうなくらい熱いトークが炸裂した。

このドリンクが無名とは言え、どれだけの逸材で、どれだけ費用対効果が高く、どれだけの効果があり、どれだけ栄養素が入っており、どれだけの

「そう。じゃ、これ頂きます。5箱」旦那様が答えてくれた。

5箱! やったぁああああ!

 俺は白川さんばりの笑顔を満面に浮かべ、レジまでドリンクをお運びし、試飲分のドリンクを少し多めにおまけして、ゲバラがレジで蠱惑的な微笑みを浮かべ、北山君が「ボク、お運びしますよ!」とお客様のお車まで荷物をお運びするという大騒ぎ。

これで17箱。残り23箱。時刻は13時。

 本部予算は15箱なんで達成。ただ軍曹の言う『店長の本気見せる予算』には、まだ折り返しにも行っていない。


 暫くして岡田が休憩から戻ってきた。交代で俺が休憩だ。今の内にデスクワークをしておこうとパンを缶コーヒーで流し込むと、レジの中にあるPCで店舗連絡の確認や、週報の作成を始めた。

 レジに入っている岡田の元に、「最近、暑さで食欲が無くてねー。あ、あたしの事だけどね。なんかいいアンプルない?」と御婦人客が話しかける。マダムキラー岡田、千載一遇のチャンス! 岡田の眼が光る。マダムを仕留める社交性抜群ビームが装填される音が、俺の所にまで聞こえてきた。


 更にその御婦人の知り合いがたまたまレジにやってきて「あらー○○さん! あぁ、アンプル探してるの?このお兄さんに教えて貰うん?アタシも最近この暑さで……」

 岡田の眼が更に妖しく光る。「目標1、捕捉完了。新たな目標発見。捕捉中...捕捉完了」オペレーターの声が聞こえてきそうだった。

 岡田は上手にご婦人方の相手をしている。ご婦人二人は安心しきってニコニコ笑っている。岡田、完璧すぎる。後は引き金を引くだけ。


 岡田は、ご婦人の一人に2箱、もう一人に1箱販売成功した。鮮やかに、スタイリッシュに決めて見せた。岡田、なんでアンタ、年上にそんな伊達男ぶり発揮して同年代の女性にはダメダメなの? 本気で訊ねたい。

岡田の活躍により一気に3箱積み重ねて、これで20箱。折り返しに到達。

時刻は14時前。

まとめ買いという運の良さもあったが、売れ数の落ちると思っていた時間帯で短時間で10箱積み重ねられたのは大きい。


 俺はデスクワークが完了すると、休憩もそこそこで医薬品売り場に急ぐ。店舗運営スケジュールで3時間くらい置きに、岡田と俺がレジと売り場を交代することになっていた。

 この後、セルフで2箱売れ、岡田がマダムを一名恋に落とし、俺が怪しげな誘拐犯のような笑顔を浮かべながら若いママさんに接客し、合計4箱売れた。

24箱販売。あと16箱。


 ここで思わぬ援護射撃が入る。化粧品担当の大谷さんだ。彼女は化粧品売り場で、若い女性相手に化粧品のカウセリングをしていた。遠目で見ていると、女性は商品を決めたらしい。大谷さんが笑顔で頭を下げると、カウセリング台の下の在庫置き場から商品とサンプルを取り出しそれを右手に持ち、そのまま、お客様と一緒にレジに向かう。

ん? 左手に見慣れているが、化粧品売り場には似つかわしくない物を持っている。


今日のお試し会のドリンクだ。


 そう。大谷さんも医薬品登録販売者の資格を持っているんだった。数年前に制度が導入された時、化粧品担当者も、会社から半ば強制的に受験させられていたのだ。

ちなみに大谷さんに、「薬の接客できる?」と昔尋ねたことがったが、「あ、無理です。」と即答された。受験準備を暇がなく、準備不足のまま本番を迎えたのだが、なんでも受験当日、妙に勘が冴えたらしい。

 そして、医薬品登録販売者資格試験はマークシート方式だ。凄い勘だなおい。


 ただ、名前だけでも資格を持っているので、単独でお客様に接客して販売する事が出来るのである。資格のアドバンテージ凄い。

 そういや大谷さんが、お試し会前、お勧めドリンクの栄養分とか服用する際の注意点を聞きに来ていたのを思い出した。風邪薬と一緒に飲んでもいいのか?高血圧や糖尿病の人は飲んでもいいのか? カロリーはどれくらいあるのか? 

 俺は軽い気持ちで大谷さんに教えていたのだが、ちゃんと自分なりに協力してくれていたのだ。これは嬉しい。

 それにしても、化粧品のカウセリングついでにお勧めしたんだろうが、あんな若い女性に良く売れたな。感心する。って、最近の社会人女性も大抵お疲れみたいだから、案外需要あるのかもしれない。


 大手メーカーも、明らかに女性向けの低カロリーで薬臭くない、ピンク色のラベルのドリンク剤を発売しているし、そこそこ売れてるし。

そこを大谷さんが同年代女性と言う事もあって、上手にお勧めしたのだろう。

ありがとう。大谷さん。


これで25箱販売。


あと15箱。



 







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