コンクール狂想曲 (3)

 レジ作業の合間に、店舗PCの社内連絡をチェックすると軍曹からのメールが来ていた。開封してみると

「さぁ、本日は各店対抗のA社ドリンクお試し会です!『A社ドリンク戦争』勃発です! 」と太い赤文字が躍っている。何勝手に開戦してるねん。この好戦主義者が。

ふて腐れながらメールを読んでいると、報告は一時間おきと言っていたが、12時と15時と18時と閉店前にのみ電話連絡に変更となっていた。


 さすがの軍曹も、受け持ち店舗8店舗から一時間おきに電話が掛かってきたら鬱陶しいんだろう。しかも過大な目標を背負っているんで、数字が芳しくないのは必定。

辛気臭い店長達の『言い訳』と「すみません」は聞きたくないんだろう。

 でもさぁ、『自分の意思』で一時間おきに掛けてこいって言ったんですよねぇ。軍曹さんよぉ。自分だけ翻すのってセコくないですかぁぁ?

と、思いながらも、電話する回数が減ってホッとしている自分がいた。ラッキー。


 俺は手首に巻き付けている安物の腕時計を見た。10時半。岡田のマダムキラー攻撃で2箱販売した後、俺が1箱。スタッフの一乗寺さんが1箱。北山くんが1箱販売に成功した。スタッフにはお勧めするための売り文句を伝えてあったが、北山くんは、いざ販売するチャンスがあった時、売り文句をすっかり忘れてしまい「お客さん、これマジ良いっす。マジ良いんすよ!」と、このドリンク剤がいかに『良い』かだけを、傷の入ったCDみたいに繰り返しアピールしていた。


 お客様は、このドリンクが『良い』と言うのは嫌というほど分かっただろう。ただ『どんな風に良いか』は一つも分からなかっただろう。結局、俺がレジを交代して説明した。でも北山くん売ってくれてありがとう。ただもう少し落ち着いてね。

 この後、セルフ(お勧めでなく、お客様が自分で買って下さる)で2箱売れた。これはラッキー。時刻は11時で7箱。少し微妙か。ピークタイム5時間で30箱販売だと、2時間で12箱は売っておきたい。


 その後、岡田が馴染みのおじさん客と楽し気に阪神タイガース談話をしていた。

スポーツ新聞を脇に挟んだおじさん客がレジに来た時、手には胃腸薬とドリンク剤があった。やるな岡田。それにしても守備範囲広いな。

 これで8箱。11時から、スタッフのレジは一乗寺さんから白川さんに変わった。

その白川さん、交代直後にチャンスが到来した。


 気弱そうな少し疲れた感じの若いリーマン風の男性が、別会社のドリンク剤をレジに持ってきたのだ。

白川さんはレジのサッカー台から身を乗り出すように、若い男性に顔を近づけると

「おきゃくさんおきゃくさん、このどりんくよりねー、もっとよいどりんくがあるんです。そっちにしませんかー」


あ、あれ?


「こ、これより 効くドリンク?」男性客は唐突に美人スタッフに顔を近づけられて、驚いて顔を引きながら尋ね返した。

「そうなんですよー。おすすめですー」と言いながら、白川さんは更に追いかけるように顔を近づけて男性客の眼をじっと見つめる。


ここはキャバクラだっけ?


「あ、あぁ、値段が変わらなかったらそっちに……変えようかな?」

「だいじょうぶですよー。こっちのほうがね。すこしやすいんですよ」

白川さんは満面の笑みで男性客を見つめる。

彼にとっては天使のスマイルなのか? サキュバスの艶笑なのか?

「じゃ、じゃあ...そっちに替えます……」

天使のスマイルだったようだ。……たぶん。

「ありがとーございます」白川さんは溢れんばかりの笑顔を満開にして、商品を取り替える。

「にじゅうえんのおかえしです」彼女は彼から千円札を受け取り、銅貨を2枚、レジから取り出すと、受け取るために出された彼の手を両手で包むように釣銭を渡した。

「ありがとーございました」笑顔を絶やさず白川さんはお辞儀をする。


 若い男性客はレジに来たよりも遥かに元気を取り戻した感じで、ウキウキした感じで店を出た。手には、恐らく本人が買ったことはおろか、見たことも無いような訳の分からんドリンク剤ぶら下げて。

でも彼は幸せそうだった。実に幸せそうだった。

きっと白川さんの笑顔は、ドリンク剤よりよっぽど活力を与えたんだろう。


例えそれが偽りの笑顔だったとしても。


……なんか泣きそう。


 なぁ、兄ちゃん。あんた明日から頑張れるよな? 人生いろいろあるけどさ。

社畜同士がんばろうぜ。


「てんちょーうれました!」白川さんが笑顔でこちらを見る。

「やるなぁ。ありがとう。助かるわ!」と褒めながらも、白川さん自身が、『自分のルックスが男性にどれくらい影響を与えるか』と言う事を熟知しているんだな。と、改めて再認識した。岡田恋愛事件で知ってたけど。そら、ま、クラスの集合写真でも見たら、自分自身でもある程度分かるだろうけどさ。


 でもさ、やっぱ、ほら男性ってドリーム見たいじゃん。めっちゃ可愛い子が自分のルックスの良さに気が付いてないとかいう、訳の分からん夢物語みたいな設定。

そしてそれを気付かしてあげるのは…!とかいう妄想展開が大好きな男性という生物。


……


 白川さんが嫌味でないのは、自分のルックスの良さを一切鼻にかけない所と、掴みどころの無い不思議ちゃんな性格による所が大きかった。

ただ武器の使いどころは良く知っている。


おっちゃんは、白川さんのそういうとこ全然気にせえへんで。

何といってもおっちゃんだから、今まで色んな女性見てきてるしな。

ワイもいろいろあったしな。いやホンマに。(唐突な自分語り)


ドリンク剤売ってくれたら何でもええねん。(切実本音ポエム)


 この後、俺が1箱販売し、ちょうど10箱で12時を迎えた。他店はどうなんだろう。他店に連絡して進捗状況を聞きたいところだが、まず連絡しないといけない相手がいる。愛しい人。軍曹だ。

(10箱だと少し数字的に厳しいな。)俺はそう考えながら、少し重い気持ちで軍曹に連絡した。









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