コンクール狂想曲 (2)
「お客さん、お買い上げ頂く『ファイト100発』、とても良いドリンクなんですがねlっ! これよりもねっ! お値段安くてもっと良いドリンクがあるんですよねっ! 今日、試飲もやってるんでねっ! 是非お試しと、良ければ購入いかがですかっ!」
お試し会当日。
俺は、エクスクラメーションマーク全開の会話のトーンで、お客様にマイナードリンクをお薦めする。
「へぇー、こっちの方が安いんか。どうしようか。」
買って!買ってください!お願いですから! 俺は必死で心の中で叫ぶ。
「『ファイト100発』は良いドリンクなんですけど、TVCMあんだけやってるでしょ? だからその分、値段上がっちゃうんですよ。こっちなら成分が少し良くて値段安いんです。お勧めですよ!」俺は畳みかける。
これは100%でないにしろ事実である。『ファイト100発』って、実在のドリンクの売り文句を改変してご登場願っているんですが、どのドリンクの事かお分かりだろう。あのCM、40年前からやっていてドラッグストア業界では『偉大なるマンネリズム』と敬意を持って受け入れられている。
つまり「『ファイト』と言えば リポビタンD」(あ。言っちゃった)と日本人ならすぐ連想できるまで育てて来たのだ。これ、冷静に考えると凄くないですか?
そのために販促費がかなり掛かっているのは想像つくだろう。その分が商品代金に上乗せされるのも理解できるだろう。
もちろん売価が高いのは、販促費を乗せているだけではなくて、大手メーカーとして、商品の先行開発費とか独自の工夫の加工料とかも含まれている。
実際これは大きい。先例の無い商品を自分たちで一から作って、ヒット商品まで育てるなんて、ちょっと想像できないくらいの、苦労と費用が掛かっているのは間違いないだろう。
その点、マイナーメーカー商品やPB商品は『商品の知名度はNB商品を引き合いに出す』事によってお客様に説明できる。つまり従業員が商品説明すれば、販促費は無料である。
というか、商品を並べて陳列しておけば、ある程度までならお客様が勝手に「あぁ、リポDとおんなじやつの安いやつね」と、どういう商品か勝手に理解してくれる。そう、こちらは商品説明すらしなくても良いのである。リポD様々である。
もちろん商品開発自体も、大手メーカーが莫大な開発費をかけた『商品コンセプトから実際の商品完成』までのプロセスをだいぶスキップできる。
俺は、お試し会の当日、こう言った説明を朝礼の前にスタッフに説明した上で、「会社は利益を必要としている。みんなの給料もそっから出ている。何が何でも売って欲しい」と言葉に力を込めた。
この説明を聞いていた、白川さん(週末なので朝からシフトに入っていた)が端的なコメントを発した。
「つまり、ぱくりばんざいってことですか?」
そう。そうだよ。
その通り。
そうはっきり言ってくれれば気持ちいい。俺自身もお客様に説明する時、冗談ぽく「この商品、○○を真似した商品なんですけど、……成分が一緒なパクリと思って貰って結構です。」と説明する事がある。
お客様の方が気を使って、「あぁ、ジェネリックって言うんでしょ?」とフォローしてくれるぐらい。ええねんでパクリで。
ていうか頭いいね白川さん。その調子で売ってよドリンク。
死ぬ気でね。
このドリンク、駅の売店なんかでバラ売りされているのを、10本入りの箱売りで販売するのがドラッグストアでは一般的である。この箱売りを一日で40箱。40箱売らないといけない。本当に売れるのか……? そうやない。売るねん。
軍曹からは、一時間おきに売れ数を『電話報告』してこい。と言われている。電話報告! 一時間おきに軍曹とお話ししないといけないんて狂いそう。それが売れてないとなるとどうなることか。想像もしたくないが安易に想像できてしまう恐怖。
メールという文明の利器があるにもかかわらず、電話報告してこいというイヤらしさ。もちろん軍曹は分かってて電話してこいと言っているのだが。
俺は頭の中で計算した。ウチの店は開店9時、閉店21時の12時間営業だ。ただ、お客様が沢山来店される『ピークタイム』と言うのがある。
10時~12時の2時間と16時~19時の3時間の合計5時間。この5時間で30箱は売りたい。そうでなければ目標達成は覚束ないだろう。
軍曹のセリフじゃないけど本気にならないと無理だろう。本気を出しても無理...いや、大丈夫。俺は出来る。俺は出来る。俺は出来る。
ちなみにこのドリンクには『医薬品』の表示がしてある。法律上、医薬品は薬剤師もしくは医薬品登録販売者の資格者しか説明して販売することは出来ない。ただ、そんな事言っていられない。俺と岡田だけで40箱売るなんて無理。
俺は岡田に指示して、どちらかが医薬品売り場に常駐して接客の際にお勧めする。
もう一人はレジでお勧めすることにした。レジは二台あり、一台は無資格者のスタッフがお勧めする事にした。法律違反だが、横に資格者が居て、何かあったらすぐにフォローに入れる体制を作ったんで、ギリギリセーフだろう。切り替えのお勧めだけだし。保健所の薬務課の方、セーフって言って下さい……
(※資格者が無資格者の横に付いてフォロー出来る体制なら、『資格者による無資格者への実務経験のための指導』という理由でセーフみたいでした。なお無資格者が、単独で医薬品の説明をすると、薬務課は本気で怒り狂います)
スタッフにも「お客様になんか質問されたら絶対に答えず、資格者に回せ」と厳命した。俺の必死の形相にスタッフは神妙な顔で頷いた。あの白川さんでさえ。
そして開店。
開店直後、おばちゃん客に大人気の岡田が、来店された中年の御婦人客と談笑して、しばらくすると御婦人客がドリンクを二箱買い物かごに入れてレジに持ってきた。
『やったな』と思いながらレジから岡田の方を見ると、岡田が得意げな笑顔でこっちを見ている。
流石、マダムキラー岡田。しかも雑談ついでにご婦人客から、飴ちゃんまで貰っていた。なんで関西の御婦人は飴を持ち歩いているんだろう。そしてなんで飴玉を飴ちゃんというのだろう。関西の不思議。
俺も、おばちゃんを駅で道案内したときにお礼に飴ちゃんを貰った事があるが、黒飴の時がある。その時はちょっと残念な気分がする。
じゃ、当たりはって? パイン飴に決まってますやん。
兎に角、幸先の良いスタートだ。
あと38箱。
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