コンクール狂想曲
そ、そうだった。来週の週末に確かにコンクールがあったな。確か本部から通達のあったウチの店の予算と言う名のノルマは……。
「はい。本部予算は15箱です」
「あぁ?本部の目標とかどうでもええんや店長。『お前が売ってやろう』って言う数はナンボか聞いとるんや」粘っこい口調。
「じゃぁ、20箱です」
「『じゃぁ』ってなんやねん、『じゃぁ』って。舐めとるんか。しかも店長、それがお前の本気かぁ?」
軍曹の顔が見る見るうちに不愉快そうになってくる。これは拷問部屋に連れていかれる五秒前ですね。
「30箱売ります。前回25箱売りましたので」
「30箱? かぁーッ! しょっぺぇな。で、本当はナンボ売るんや?」やばい。白衣代を支払わされてるんだ。しかも高くつきそうだ。
「40箱。死力を尽くします!」
「おー。分かったわ。流石やな。店長の本気というのを見せてもらうわ。なぁ店長、今の数、自分の意思で言ったんやぞ。売れよ。吐いた唾は呑まんとけよ」
えええええっ?! 自分の意思? ちょっと待って。軍曹。冷静に今のやり取り思い出してほしい! ねぇ! もう一度話し合おうよ!話し合って……下さい……。
軍曹は手に持っていたシステム手帳を開くと、カレンダー式の予定日の欄に
『A社ドリンクお試し会 各店目標』とあり、自分の受け持ち店舗の名前が書き連ねてあった。軍曹は、予め『大幣店』と書かれた横の余白に『40箱』と汚い字で書きつけた。
「よっし、店長の本気を忘れたら失礼だからな。俺もちゃんと覚えとくわ! じゃ、帰るわ。白衣の再発注忘れんなよ。承認してやるから!」軍曹は満足そうに店を出て行った。書きつけないで軍曹。証拠残っちゃう!
俺は、軍曹の営業車が駐車場を後にするのを確認すると、ポケットからPHSを取り出して、キャバ店長と話をした。キャバクラ店は、俺の店舗と同じくらいの売り上げ規模だったので、どのくらいの目標数字にしたのか確認したかったのだ。
「軍曹が来た。店長んとこもう来た?」
「さっき来たわ。で、店長は何箱って言った?」キャバ店長も同じことを考えていたらしく、いきなり本題を切り出してきた。
「40箱」
「まじかぁ……。俺んところ、スタッフの服装の件があったから40じゃ許してくれんかった……」キャバ店長は呻くように言った。
「じゃ、結局何箱になったん?」
「60箱」
「無理をおっしゃる」
「せやろ? どう考えても無理。無理だけどヤル気みせとくために、目標行かんくても45以上は売らんと社内的に殺される」
やめて。『社内的な死』とか妙にリアリティのある表現、ほんとやめて。
「まぁ、俺も店長の本気ってのを見せてもらうわ」俺が軍曹の物まねをすると、
「いやもうマジ無理。青野店長、俺の店でドリンク買ってよ。お試し会の日に」とか言ってくる。
「嫌やわ。買うとしたら自分の店で買う。ただ、買う気はないから意地でも売ってやるー!」こんなん自爆買いして目標達成したら、次回、また目標(=ノルマ)が上がるだけなのは眼に見えてるから、自爆買いで数字をかさ上げするのだけはやめようと思っていた。
「ああああ、ウチのスタッフ、お試し会の日は全員ミニスカート履かせて仕事してドリンクお勧めさせたろうかな」キャバ店長は冗談めかして言ったが、声には少し本気が混じっていた。 店長。やるなよ。絶対やるなよ。絶対やで!(期待)
冗談はともかくこれは困った。前回のお試し会は何故か運よく25箱売れた。天気も良く、暑いときに冷えたドリンクを試飲としてお勧め出来たから。というのが勝因だが、運が良かったってのが一番である。
どんだけ声を掛けても売れない時もあれば、「えっ!? 良いの? 買ってくれるの?」とこちらが驚くぐらい、声かければポンポン売れる時もある。
そして、大抵の場合、声を掛けたからと言って、そうそう売れるものではない。
しかも40箱なんて。
このドリンク剤。駅の売店なんかで売っている、茶色の小瓶に入った例のアレである。CMで「ファイトーッ!」とか「愛情100本」とかやってるアレである。
で、俺が売らないといけないのは、ああいったNB(ナショナルブランド)の知名度が高いやつで無く、マイナーメーカーが作っている、普通の人は誰も知らないような商品である。
なんで、そんなマイナーなのを売らないといけないというと、ズバリ、『儲かる』からである。
これが、『利益確保三原則』の最後。『粗利の確保』(企業によっては『
一応書いときますね。『売上高の増大』『経費の削減』『粗利の確保』だから。小売業に内定決まった社会人新人諸君、これは上司から聞かれるかも知れないから、覚えておいて損は無いよ。割とマジで。聞かれないかもしれんけど。まぁ、そんときはアレだ。すみませーん。
利益を確保するためには、単純明快、儲かる商品を売ればいいのである。現場の店舗では。で、本部側のアプローチは、商品部がメーカー相手に原価の引き下げを要求するのが使命。
最近、メーカーは「この商品を何千万円売ったら、請求時に○○%分、原価を引き下げます」というプロ野球選手の契約みたいに「出来高制」を要求するところが多いけど。(これはこれで店舗はまた死にそうな目に逢うんですが)
で、今回のビタミン剤だが、どの商品も、NB《ナショナルブランド》商品なんて競合同士で安売り合戦しているし、そもそもNB商品は、TVCM打ちまくっている販管費を商品に全部乗っけているので、原価が高い。
ここでPB(プライベートブランド)商品である。大抵のドラッグチェーンはマイナーメーカーと提携してPB(自社開発商品)を作っている。
これの原価は安い。超安い。
その割に売価はNB商品より少し安い程度。つまりメッチャ儲かる。
これで社長も一安心。商品が売れれば。
売れれば……やないねん。売るんだよ。
社長と本部と軍曹の囁き。
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