利益確保の大号令

利益……利益が欲しい……。

と、会社が言っている。

へぇーそうなんだ。大変なんだね。


 ……と、他人事の顔をしている場合ではない。利益を稼ぐのはどこか?

営業部門。端的に言うと店舗だ。

つまり、つまりですよ? その営業部の各細胞たる店舗群、俺が所属している部署が売り上げを取り、利益をあげないといけないのだ。

 そして、利益が取れなかった場合、まず責任を取らされるのがどこかというと、まずは店舗の責任者たる店長。……つまり俺だ。吐きそう。


 まぁ、もしこのまま業績不振が続いて株価が低迷したら、株主総会で、血走った目つきをした株主様の前で、頭を下げつつ業績報告&業績分析(と言う名の言い訳)と次期の展望(というヤル気アピール)をしないといけないのは……当社の最終責任者である、シャッチョさんだ!


 いくら高い給料貰っていても、そんな羽目になったら『吐きそう』な気分だけじゃ終わらないだろう。『肩書が人を作る』と言うが、『社長』という肩書を持ってしても、そんな事態を余裕でやり過ごす人間なんていないだろう。

 ちなみに、肩書が『店長』。一般リーマンになぞらえるとせいぜい係長クラスの俺だったら、そんな恐ろしい場所のしかも壇上に立たされたら、失禁して気絶すること間違いなし。……やはり、ある程度は『肩書が人をつくる』のか。『肩書が責任と覚悟をつくる』ってのが正確だと思うけど。

 まぁとにかく、ほんと、最終責任者じゃなくてよかった。


 社長だって人の子。最悪の事態は避けたいと切望している。そして避けるために、会社と社長にとって必要なのは『利益』。利益が喉から手が出るほど欲しい。


 そのため利益を取るための、『利益確保の三大施策』を矢継ぎ早に撃ってくる。知ってる? 『利益取るための三大原則』って?

 一つは『売り上げの増大』。馬鹿な安売りせずに普通に売り上げが上がれば、利益も勝手に増えていく。一番健全な方法。みんなハッピー。


 ただ、過当競争なこの業界、そんな夢のような王道パターンは、個店で実現することがあっても、全体から見たらレアケース。なので、次は『経費の削減』。一番経費が掛かるのは『人件費』これは日本には『リストラ』という名の悪魔が跋扈しているので想像つくだろう。


 昔、大手の小売業(大型スーパー)が通年で二十億の赤字に陥った。ところが翌年に一億の黒字に転じた。何をしたかというと、そのスーパーには現場で働くには歳を取ったオジサマ社員が、800万~1000万の年収で沢山いらっしゃったが(小売は人手がかかるから基本的に社員は多い)その中の200人くらいをリストラしたらしい。

 800万X200人=十六億円 やったね! 二十億の赤字があっという間に四億まで圧縮出来たよ! 黒字というゴールは見えた!


 俺自身、この暗算をした時、体が震えた。「人件費凄い……会社がリストラしまくる訳だ……」 そして、順調に齢を重ねている自分も、そうなる可能性が毎年毎年着実に一歩づつ近づいてくるのが分かってきて、嫌な気分になった。ま、その時だけだけど。

 いざ自分がそうなったら、目の前が真っ暗になって過去の自分と、会社と、社会に呪詛を吐く無学な中年男になりそうだ。うん。これはまずい。(まだ他人事)


 そして、経費の削減の範囲はどんどん細かくなっていく。まずは店舗の電気代だ。

「店舗内の冷房の温度を厳守せよ。これは業務命令である」というお達しが来た。

「これは命令である」って文体に本部の必死さが伝わってくる。

 その指示書には「各ブロック長も、店舗巡回の際には、店舗の空調の設定温度の

確認と、守られていない時の指導をお願い致します」と書いてある。

 まさに必死である。

 

 そうそう、河原ブロック長が不正で解雇された後、後任で新しいブロック長が着任したが、『軍曹』という綽名を付けられるほど厳しいブロック長だった。

 河原ブロック長が不正していた云々もあるが、河原ブロック長自身、性格的に少し雑で、いわゆる『締め付けのユルい上司』だったから、恐らく本部は、敢えて厳しいブロック長を送り込んだのだろう。

 社員、スタッフの服装規定も厳しかった。当然、キャバクラみたいなメイクをしているスタッフが勢ぞろいしている、キャバ店長の店舗に訪店した時、軍曹は店長を倉庫に呼び出して文字通りブチ切れたらしい。御愁傷さま。そら、あんな状態がいつまでも続くわけないって。


「あのな、青野店長、軍曹マジ切れやったわ。怒髪天を衝くって言葉の意味分かったわ。怒りで髪の毛が逆立っとったわ」

 キャバクラ店長は、キャバ嬢好きのくせに難しい言葉を使って来た。キャバ嬢好きのくせに生意気やねん(偏見)。

 彼はスタッフに状況が変わった事を説明して、一週間以内にマニュアルの服装規定通りに直すか、どうしても無理なら退職になると告げた。


 彼女たちは「他店に買い物に行った時、なんでアタシらは、こんなんでもいいのかと不思議でした。やっぱりそうだったんですね。」と理解を示したという。

 キャバ嬢みたいなメイクをしていても、彼女たちは実に聡明だ。たぶん、店長よりも遥かに。

 結局、退職者は一名だけで、他のスタッフは髪型と髪色、メイクを戻したらしいが、キャバ店長曰く、「あのなぁ、昨日まで華やかな茶髪だった彼女らの髪がなぁ、一日で真っ黒やねん、しかもマネキン人形みたいに」

 その店に応援に行った事がある俺は、茶髪まみれだった店内が『黒髪もどし』を使った不自然に真っ黒な髪だらけになっているのを想像して少し可笑しくなってしまった。









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