信頼と信用(3)

「お疲れ様です。大幣店の青野ですが……御園店長ですか?」

「あ、お疲れ様です。御園です。」

よかった。店長は出勤していた。俺は、XX社のビタミン剤に関する経緯を話して、第8東大阪店の在庫がどうなっているか尋ねた。

「あぁ、こっちも、ついさっき店舗指示見て棚卸しているけど、特に大きく数が狂ってないですね。2個のロスですね。万引きされてるっぽい。」


なぬ? 


 俺は少し焦って、河原ブロック長から5月ごろに、当店から商品を移動して貰った記憶がないか尋ねた。

「……? そんな記憶ないですね。30個だったら覚えてるはずですけどねぇ......

ちょっと待ってくださいね。

高野さーーーーん、5月ごろに大幣店からXX社のビタミン剤の移動とかあった?記憶ある?……そう、ないよね……。」

 第8東大阪店の御園店長は、部下の社員にも確認してくれているが、下の子も記憶が無いみたいだ。うーん、これは想像と違う方向になってきた。

御園店長が嘘を言っているとは思えない。しかし俺(と岡田が)商品の移動したのは間違いない。商品が途中で消え失せている。というと……つまり怪しいのは……。


「これ、おかしいですよね」御園店長が問いかけるように言ってくる。俺と同じ想像をしてるっぽい。

「ですよね。変な聞き方して申し訳ないですけど、こちらは河原ブロック長の要請で商品を出したんですが、そちらは間違いなく受け取って……ないんですよね?」

「あぁ、気にしなくて良いですよ。大切な事ですから。こっちは本当に受け取ってないんですよ。」

「XX社のビタミン剤って、人気商品ですよね?」俺は言葉を選んだつもりだが、結構ストレートな言い方をしてしまった。


「そうですね。引き取ってくれる業者なんてナンボでもあるでしょう」御園店長は負けじとドストレートな表現をしてくる。

「でも、このままだとただの憶測ですしねぇ」俺が呟くように言うと、

「この件、ちょっと俺に預からせてもらいませんか?」と御園店長が言ってくる。続けて「知り合いの別のブロック長に相談してみます。一応、これから今日の事をメールで報告します。ちゃんと報告した証拠に、メールは青野店長と、そちらの岡田さんにもCCしますんで確認してください。」


「分かりました。お願いします。」俺には特に親しいブロック長もおらず、社内のコンプラもきちんと整備されているとは言えない状態だったので、御園店長にお願いした。暫くすると俺と岡田のメールボックスに、御園店長が別のブロック長に送信したメールが届いた。


 三日後、御園店長と仲の良い例のブロック長から「内部監査室に報告して動いて貰っている。そちらに一度調査が行くかもしれないからよろしく」とメールが届いた。ちゃんと調査してくれているようだった。

 その後、内部監査室からメールが届いた。『事故報告書』なるファイルが添付されていて、「時系列を正確に、『事実のみ』を詳細に添付ファイルの書式に記載してください」との文字があった。

 俺と岡田は、記憶を必死に呼び戻し、『事実のみ』という文言に恐怖しながら、お互いの記憶が確実に一致する事のみを記入していった。どうしても文章が繋がらない部分は、繋げるための文章を記入して末尾に『(推測)または(推定)』と付けたしたが、案の定、二人のお馬鹿さんな記憶力では『(推測)、(推定)』だらけになってしまった。


 俺は「ビデオに撮ってるわけでも無いのに無理だ!」と幼稚園児のように逆切れしたが、岡田は「俺はアホかもしれない」といつになくしょげていた。

気にするな岡田。諸悪の根源は河原ブロック長だ。たぶん(まだわからんけど)


 報告書を送信した数日後、内部監査室からメールが届いた。開封して読んでみると「河原ブロック長の不正が判明しました。詳細は今月末に全体通知される『賞罰通知』を参照して下さい。」とあった。やはり河原ブロック長が商品を移動すると言って、自分で着服していたようだ。

 このメールは御園店長にも届いたらしく電話が掛かってきた。彼は例のブロック長から詳しい話を聞いていたらしく、細かいネタ話を教えてくれた。


 河原ブロック長は今回だけでなく、以前から商品を店舗から抜いていたらしい。手口は今回と同じやり方で、店舗従業員が作業で忙しい時は、黙って商品を自分の車に積んでいたらしい。これは制服マジックの犯罪と同じで、『身内の、しかも上司が、その地位を利用して大量万引きしているとは思わない』という心理を突いたものだった。


 万一、持ち去る現場を発見されても一回くらいなら「あぁ、ごめんごめん、頼まれて店間移動しようとしてたんだ」と言えば、その店舗の従業員は信じるだろう。

というか、俺なら一回なら信じる。実際疑いもせず信じたし。まぁ勿論、複数回に渡って、店間移動処理をせずに移動しようとしたら流石におかしいと思うけど。


 河原ブロック長の誤算は、換金率の高い(出所不明の商品を買い取ってくれる業者は存在する)XX社のビタミン剤を大量ゲットしたのは良いが、それがまさか盗難保険付きで注目を浴びる実棚じったな(実在庫棚卸)の対象になっていた、という事だろう。

 御園店長の話によると、内部監査室がブロック長の仕事用のノートPCを没収して調べたところ、『自分がパクった商品』の詳細なエクセルファイルがあったそうだ。

……仕事用のPCに、盗難記録付けんなよ……。アホですか?

それが動かぬ証拠となって、懲戒解雇という処分が下されたらしい。


 一か月後の店長会議で、意図したものか偶然か内部監査室から「内部不正について」という時間が取られた。

 元警察官で、警察退職後に中途入社したと噂されている監査室長は、厳めしい顔で言った。「店長の皆さん、上司、同僚、パートアルバイトの仲間を、『信頼できるパートナー』と思うのは素晴らしい事です。ただし決して『信用』はしないで、商品やお金に関わることは自ら確認してください。今日の私の言葉を決して忘れないでくださいね。」


(上手い事言いますね。 はい。ごもっともだと思います。)


俺は心の中で呟いた。






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