信頼と信用(2)
俺は湧き上がる不安感を押しとどめながら、事務所で休憩を取っている岡田に声を掛けた。
「あ、岡田さん、休憩中ごめんやけど、XX社のビタミン剤の在庫がエラく少ないけど、なんかあったか覚えてない? 大量(大量万引きの意)食らったら気が付くはずだし、そもそも在庫全部は陳列してないから、盗られようもないんだけど30個足りないねん」
携帯電話をいじりながらカップラーメンを食べていた岡田は、ちょっと考えるような表情をしてから、すぐに何かを思い出したような表情をした。
「あ、店長、河原ブロック長が
あっ! そうだった! 思い出した! 急に安堵感が沸き上がった。そう言えばそんな事があった。確かに大量に。他店に在庫を移動したからか。そりゃ、移動したら在庫は消えているわな。
一瞬、ホッとしたものの、直ぐに確認しないといけない事があった。
その時に、在庫の移動処理を忘れていれば、本部の帳簿上では「XX社のビタミン剤は、50個大幣店に存在する。(本当は未報告で、30個は他店に在庫を移動した)」となって謎解き完了なのだが、もし移動処理がちゃんと行われていれば、結局は当店からビタミン剤が30個消え失せていることになる。
思い出せ。俺。
俺は、『通勤中に自宅のストーブをちゃんと消したかどうか確信が持てなくなって、自分の行動を思い出そうとして、通勤電車の中で、苦悩する哲学者のような表情を浮かべている人』と同じような状態になった。
俺は、少しいい加減な所があるキャバ風な派手な女性が好きな四十過ぎなのにチャラ男ぽい河原地区長の顔を思い出した。
ちなみに、ブロック長とは、5~10店舗を一つの地区にして、その地区を束ねるリーダーである。小売、飲食などのサービス業のチェーン店は大抵この仕組みである。
企業によって、エリア長、地区長、統轄地区長、SV、グループ長など色々な呼称がある。さらにどの企業も、くくりが大きくなると名称が変わる。当社は、各店→地区→エリア→関西ブロック→西日本エリアとなっていた。(もちろん名称は各企業違う)
岡田が教えてくれた通り、ブロック長は確かに5月ごろに、いつものように調子よさそうな軽い笑顔を浮かべながら訪店してきて
「青野ちゃ~ん、ごめんね、第8東大阪店さぁ、売り上げ取れるのに発注忘れしちゃって、お試し会のビタミン剤足りなくなるんよ。助けてあげてよぉ」
とネットリとした口調で話しかけてきたのを思い出した。
……さて、この後が問題だった。商品の移動手続きをどうしたかだ。
自分の横で立ち尽くしている、苦悶するゴリラ(のような店長)が気になったのか、岡田も一緒に記憶を辿り始める。あの時、一緒に作業したのだ。
岡田が呟いた。
「移動はセンター便では無いですよね。俺、ブロック長の車に商品運んだの覚えてますもん」
自店の在庫を他店に移動するのは、商品を自前で直接移動する方法と、納品の運搬トラックを使う方法がある。いずれも、『在庫を移動しました』という処理が必要なのだが、岡田は記憶を呼び戻す時のセオリー通りに行動を順番に思い返していた。
「そう、本部経由じゃなかった、
「ええ、そうしないと在庫狂いますもんね」
ハンディとは発注や在庫管理するための端末の事である。コンビニなんかでスタッフの人が、黒色のバーコードスキャナーみたいなのを持って作業しているのを見たことがあるかと思うが、アレの事である。これも各企業で、ハンディ、ハンディーターミナル、ポッド、端末、と微妙に呼称が違うが使用目的は一緒である。
「で、あの時、結局さ、ブロック長はさ……振替せえへんかったような……」
「そうなんですよ。俺も今、思い返してるんですけど、してはらへんかった気がします」
「うーん、でもあの時、岡田さんがハンディを持って来てくれたやん」
「はい、持っていきました。ハンディの『移動処理』のメニューを開いて」
「で、ブロック長の車に積む前に」
「積む前に『移動処理しますか?』って聞きました」
「そうしたら?」
「そしたら……!!!」突然岡田が目を剥いて俺を見た。
「ブロック長が『移動処理は店長がやっとくって言ってた』って言ってました!」
「!!!? 言ってへんし、やってへんよ!それは覚えとるわ!」
「謎は解けたッ!」岡田が目を剥き鼻の穴を開いたまま叫んだ。
「解けたけど解けてへんよ! 何でブロック長はそんな事言ったんや!」
「知りませんよ! 俺、ブロック長ちゃいますし!」
そうだ、その通りだ。岡田は岡田であってブロック長ではない。
取りあえず、原因は判明した。やっぱり移動処理してなかったのか。で、移動処理せずに第8東大阪店に商品を移動するとどうなるか。
ロスの逆になるのだ。帳簿在庫上では「第8東大阪店のビタミン剤は70個あるはずですよ」となっているのに、棚卸すると本来の70個に、未報告の30個が足されて実在庫は100個という、(理由が分からなければ)『ビタミン剤がバックヤードで謎の増殖を遂げている状態』になるのである。
これをロスの逆なので、「逆ロス」という(これは企業によって言い方がかなりバラバラみたいです)
現在、第8東大阪店のXX社のビタミン剤の在庫は、各サイズ合わせて30個の逆ロスが出ているはずである。俺は確認することにした。
もし、棚卸の結果、逆ロスが発生しているならすべての理由は判明する。
今日、第8東大阪店の店長が出勤していることを祈りながら、店舗間の連絡用のPHSを白衣のポケットから取り出した。
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