信頼と信用

 梅雨が明けた。あれだけ鬱陶しい長梅雨も、一度明けてしまうと今度は嫌味なくらいのカンカン照りが続く。

 お客様の行動パターンも面白いくらいに足並みを揃って、時間帯別の売り上げに露骨な位に差がついてくる。現在の時刻は14時。これから16時までは客足はピタりと途絶えてしまう。俺は店内から外を見る。店舗前の道路が午後の太陽の照り返しを受けて真っ白に光っている。外は人っ子一人いない。外に出たら焼け死にそうだ。そらこの日差しだと誰も外に出ないだろう。だが仕事となると別だ。この有り得ないくらい暑い中を、飲料メーカーの配達車が納品に来る。……お疲れ様です……。


 メーカーのロゴが入った半袖の作業着は汗で真っ黒に濡れて、練習中の運動部の高校生みたいに汗臭い。自分も高校時代、運動部に所属していたから懐かしいという気持ちが強く、不快な気はあんまりしなかった。

 そして、あのロゴ入りの作業着、結構カッコいい。宅配業者の配達員が「○○男子」と持て囃されたことがあったが、精悍な体つきの男性が制服に身を包むと、同性が見てもカッコいいと思うのは確かだ。制服マジックっていうやつで、かっこよさ2割増しくらいにはなるのでは。


 で、ある時、自分がカッコいい制服だと思っている飲料メーカーの配達員のお兄さんと雑談した時、その事を思い出し、「□□さんとこのロゴ入りのそのシャツカッコいいね。支給されてるの?」と聞いた。すると「いやいや、貸与です。退職する時は返却しないといけないし、汚損して新品が必要な時は、汚れた制服と交換です。本部は個人が制服を何着持ってるか正確に把握してますよ」と説明してくれた。

「えらく厳しいんやね」と俺が意外そうな顔をすると、

「防犯上の理由です」

「?」


俺が首をかしげると、お兄さんは説明してくれた。「このロゴ入りのシャツ着て、「まいどー□□です!」って言ったら、どんなビルでも受け付け突破できるんですよ。もし退職者がウチのロゴ入りシャツを返却せずにガメて、それを着用して不法侵入したら成功率が跳ね上がるんで本部はそういうのに異常に神経使っているんです。」

 そうか。確かにその通りだ。ウチを含めて店舗への納品は、配送ルートが決まっているから、いつも同じドライバーさんだけど、時々休日対応なんかで違う人が来る。でも、あのロゴ入りのシャツを着て「まいどー!」と来店される全く疑わずに裏の搬入口から入店して貰っている。


 もし、その人が偽者で、適当に空箱を組んで納品する振りしてこられても気が付かないだろう。で、裏口からのバックヤードには薬や化粧品の在庫が置かれている。

それをそのまま盗難されても、その時は全く気が付かないだろう。

 恐るべし制服マジック。確かに世の中には、制服マジックを使った詐欺や犯罪が存在するが、それは警官とか消防署員とか分かりやすい職業をイメージしていたが、こういう一見マイナーな分野の方が、簡単かつ成功率は高いだろう。


 そういえば、この業界でもシンプルな制服マジックを使った盗難が横行したことがあった。初めてその手口を聞いたときは、シンプルかつ大胆で逆に感心してしまったくらいだった。被害を受けた店舗の店長はたまったもんじゃ無いだろうけど。

(※ 現在、その手口は各社警戒しているんで、書いても大丈夫かと思ったけど、一応止めときます……。)


 店内暇すぎて、俺はそんなことを考えていたが、夕方に日が落ちてくるとお客様が激増する事を思い出し、それまでにデスクワークをしてしまおうと、PCの社内連絡用ソフトを立ち上げた。

いきなり重苦しい文字が目に飛び込んでくる。


『(重要)全店連絡 売り上げ回復施策第一弾として○○の拡販計画(要完了報告)』


 先月の店長会議でも営業本部から「当社の売り上げが低下していて、当期利益がえらく減少している。」と何度も説明があった。

 長雨の影響と、同業他社同士の出店競争での潰し合いで疲弊した結果らしい。俺の店舗も、忙しい割には売り上げが上がってこないし、長雨の影響で先月と先々月の売り上げは前年を大きく割り込んでしまった。


 スタッフ数は、白川さんと長岡さんを新規採用出来て人員不足という事は無い。

本部も今のところはスタッフの人時を極端に減らすような指示はしてこない。売り上げ金額が下がっているのに忙しいのは……そう、安い物ばかり沢山売れているからである。極端な例だが、一人のお客様が一万円のものを一個買って売り上げ一万円。

これが百人のお客様が百円の商品を一個づつ買っても売り上げ一万円。

 作業的にどっちがシンドイかはお分かりだろう。一人のお客様が、一回のお買い物でどれくらいの金額を使うかというのを、『客単価』というが、これが百円下がると単品量販の小売業だと、結構ダイレクトにダメージを受ける。しんどいばっかりで全然売り上げが付いてこないのだ。

 俺はしょっぱなから景気の悪い店内連絡を見て、重たい気分で次の連絡に目をやった。


『(重要)XX社製ビタミン剤の実在庫棚卸実施とロス分の被害届提出について』


 俺は、題名をクリックして本文に目をやった。XX社のビタミン剤は人気の商品である。超人気商材と言ってもいいだろう。普通に陳列して、普通に売れたら幸せなのだが、人気商品となると万引きが横行する。しかも半端では無いくらい。

もちろん、個人が使用するための出来心というレベルではなく、転売(故買屋がいるんでしょうね)目的の大量万引きである。


 そうなると店舗は対抗手段として、店舗には実物を陳列せず『ダミー』と呼ばれる空箱を陳列することになる。皆さんも医薬品や化粧品で『見本』と書かれた空箱を陳列されているのを見たことがあるだろう。

 そして空箱をレジに持っていくと、レジ担当が後ろのカウンターから実物を出してくるという、あの仕組み。

 これは一見合理的な仕組みなのだが、購買心理の不思議な部分として、いくら精巧なダミーを陳列しても、それが実物でなかったら売り上げが極端に落ちるのである。

医薬品なんて箱から中が見えるわけでも無いし、バーコードの部分に『見本』と書かれているだけが違いなのに。


 この売り上げの極端な落ち幅というのが、どれくらいかというとメーカーが「もし万引きされたなら、万引きされた分は小売店様に損失補てん致します。なので現物陳列してください」と申し出る事があるレベルと言えば、凄さが想像できるだろう。

 このXX社のビタミン剤も、当初はメーカーが空箱を用意してくれて、各店舗空箱陳列していたのだが、納品数が思うように伸びなかったのか、メーカーが途中から「現物陳列してくれ」とお願いしてきたのだ。


 そして一定期間ごとに棚卸をして、不足分を警察に盗難として被害届を提出して、警察から『事件受理番号』というのを貰うのである。

この受理番号とロス分の個数・金額を本部に連絡すると、本部は取り纏めてメーカーに損失金額を請求するという仕組みになっていた。

 一品とはいえ棚卸をして警察に行って被害届を作成して貰うのは結構手間である。

面倒だなと思いながら、そのメッセージに添付してある、『20XX年7月10日時点理論在庫一覧」』というファイルを開いて、自店の理論在庫を調べる。


 理論在庫とは、要は『仕入れ、売れ数の差し引きしたら、XX社のビタミン剤は、貴方の店には、理論上、これだけあるはずですよ』という帳簿上の在庫である。

 だから『理論在庫』ではなく『帳簿在庫』と呼ぶ企業も多い。この理論在庫より実在庫が少なかったら、万引きか、期限切れで廃棄したが廃棄処理してなかった、とんでもない場所に保管して気が付かなかったなどの理由が考えられる。

ただ、廃棄処理忘れや保管場所間違え、(稀に)伝票関係の計上ミスなんかは、理由としては少なく、圧倒的に多いのはやはり万引きである。


 俺は自店の理論在庫の行を見つけて理論在庫を確認する。よく売れる商品だから在庫はかなり持っている。各サイズ合計で50個。

 それを頭に入れて、売り場とバックヤードの実在庫をカウントする。


あれ? おかしい?


合計で20個しかない。30個ロスってる? 嘘やろ?

盗難はメーカー補償で損失補てん云々より、これを正直に報告するということは、商品を大量にロスっているのに今まで気が付かなかった、というのを自白するようなものだ。俺は急に重苦しい気分になった。




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