ドラッグストアの幽霊奇譚(3)
重々しい音を立てて鉄扉が開いた。電気は消えているのでトラックホームは真っ暗だった。俺は再び手探りで扉の近くにある電気のスイッチを探すと電気を付けた。
……照らし出される室内。俺の対面にはトラックが出入りするシャッターがある。遠目からでも、それは施錠されているのが分かった。
シャッターは内部から外に出ると、当然のことながら外からは鍵を持っていないと施錠することが出来ない。だからお客様は、このシャッターを使って外には出ていないことを示していた。
トラックホームは明日の搬入に備えて空っぽだった。荷物といえば、今日の営業時間中に品出しした空の折り畳み式のプラスティックコンテナが、折り畳まれてキャリーに乗って置いてあるくらいだった。これは明日の早朝に納品に来たドライバーが回収してくれる手順になっていた。
綺麗に積み上げられたコンテナの陰を見てみたが、当然人が隠れているということは無い。うーん、本当にどこに消えたのか。
俺はトラックホームを消灯し鉄扉を施錠しながら考え込んでしまった。
スィングドアの所まで行く。北山君が不安げな顔をしてこちらを見ていた。
「お客さん、おらんかったわ」
「そうでしょうね」
『うわっやっべ、俺、今本当に幽霊に遭遇しているわ……!』と露骨に不安そうな顔をしている北山君の岩男のような顔を見ながら、彼は見かけによらず怖い話や心霊体験が苦手なんだな。と、この場で関係ない事を思っていた。よし、今度、怖い話を
北山君にしてやろう。とっておきの奴もあるし、ネットで仕入れた気持ち悪い話もあったな。『S地区』とか。北山君喜ぶぞー☆
そんなことを考えながら、見るとは無しに北山君の顔を見ていたとき、北山君の後ろにあるものが目に入った。……あっ! そうだ!これで確認できるやん!
「店長……マジやばいすよ。トラックホーム、誰もいなかったんでしょ?」
「大丈夫、これから謎解きタイムだ」
「は?」
「謎は全て解ける! じっちゃんの名に懸けて!」
「なにふざけてるんすか」
「ふざけてないわ。防犯カメラの録画を再確認する」
そう、北山君の不安そうな顔を見ていたとき、北山君の後ろの天井に防犯カメラがあるのが目に入ったのだ。防犯カメラの性質上、レジ周辺や出入り口には絶妙な角度で配置してある。人の出入りは一目瞭然である。
「……いや、まずいっすよ! それで変なもの映っていたらどうするんすか!」
「映ってないかもしれない」
「映ってるかもしれませんやん!!!」
「だから、それを確認するねん」
「いやいや、こういうのは観ちゃだめなんですよ!絶対に!」
北山君は、こちらが引くくらいビビッている。本当に苦手らしい。
「北山君、オッコトヌシ様みたいな体型しているのにビビりすぎやで」
「た、体型は関係ないでしょう! 店長だってゴリラみたいな体型じゃないですか!」
「し、失礼な! 北山君よりはスレンダーやで、北山君、体重90キロやろ?
俺、70キロしかないし、ラグビーみたいな野蛮なスポーツじゃなくてもっと優雅で貴族的なスポーツしてたし」
「なにやってたんすか?」
「柔道」
「はぁぁ?! 変わんないじゃないですか! 人から言わせればラグビーと柔道なんて同じですよ!おんなじ!」
「えっ!? そうなん? 嘘やろ?」
「はぁ? なにいってるんすか?!」
対峙するオッサンゴリラと気弱なオッコトヌシ様。底辺同士の争い。
「ま、まぁええわ。北山君すまんかったな。ビデオは俺が確認するから待ってて」
「あ……こっちこそすんません、お、俺は見ないで待ってます」
言い争ってても(しかも低レベルな)仕方が無いので、俺は話を打ち切った。北山君も同じ考えなのか、こちらの謝罪に素直に応じた。でも、やはりというかビデオは観ないらしい。徹底している。
防犯ビデオのモニターはレジにある。俺は防犯ビデオの録画用チューナーのリモコンを手に取ると再生モードにして巻き戻しした。
(20時45分くらいだったな……)俺は20時43分くらいまで巻き戻して倍速で再生を開始した。モニターは入り口付近と、俺が居た入り口に一番近いレジの画像が見えるように二分割画面に設定した。
20時46分、レジにお客様が立って俺が接客し始めた。このお客様の時だな。再生を通常に戻した。その時、自動ドアが開いて黒いコートを着た感じの女性らしきお客様が入ってくるのが見えた。……やっぱり入店されている。
お客様はそのまま日用雑貨売り場の方に滑るように歩いて行った。歩く姿に少し違和感を感じる。……が、取りあえず、彼女の行方を確認しようと、画面を別のカメラに切り替える。
住居洗剤売り場の方に消えて食器洗剤売り場の棚の方へ曲がっていた。そちらには防犯カメラが無く死角になっている。
俺は店内に8個設置してあるビデオ画像が全部モニターに表示する設定にして、倍速で再生した。一個の画像はかなり小さくなるが、店内は俺と北山君と例のお客様だけなので困ることは無い。
モニターの時間がどんどん流れて北山君が店頭の商品を店内に片づけ始めているのが映しだされた。俺は一つの画像に集中するのでなく、全体を見る感じでモニターを見つめたが、食洗売り場に行ったお客様は全く姿を現さない。
ついに北山君が片づけを完了して自動ドアを施錠するのが見えた。レジのドロアーを抱えて俺が北山君に指示を出しているのが見える。『店内一周してくれ』と言った時だ。俺が店舗奥の事務所に消えて、北山君が医薬品売り場から店内を一周しようとした時、医薬品売り場とちょうど対角線上にある食品売り場から、すっと例の女性が姿を現した。当然、医薬品売り場の奥に行った北山君は気が付かない。
俺は慌てて8分割されていた画面を、その女性が映っているカメラだけにした。
粒子の荒い画像では詳細は分からない。横向きに映し出された彼女は黒っぽいコートで長い黒髪。全身黒なので顔の肌色が妙に白っぽく見える。
(あ......)
俺は自分の心臓がドキッと脈打つのが分かった。彼女に対する違和感が分かったからだ。彼女は滑るように歩いていた。と思ったが、本当に歩き方が変なのである。
昔流行ったマイケルジャクソンのムーンウォークがあるが、あんな感じなのである。
ムーンウォークは後ろ向きだったが、彼女はそれの前に歩くパターンで、一歩踏み出してるはずが、明らかに二歩分くらい前に進んでいるのである。その一歩分が床を滑っているように見えるのである。
彼女がダンサーで前歩きムーンウォークを練習している?なんでこの豪雨の天候でドラッグストアで? そもそも、ムーンウォークって足を引くという動作と膝を立てるという動作を強調した、目の錯覚の利用したパフォーマンスで実際は一歩ずつ後ずさりしているだけのはずだが、彼女の前向きムーンウォークはどう見ても一歩歩いているのに二歩前に移動している。
更に変なのが歩いているの全く腕を振っていないのだ。彼女は手ぶらである。腕を
振らずに歩こうとしても肩や手の先が必ず揺れてしまうはず。
それなのに彼女は手の先や肩どころか上体を全くブレさせずに歩いているのだ。
それが妙に人間ぽくない、無機質に感じさせた。
彼女は真っすぐ前を見つめて歩いていた。そして出入り口に向かうとそのまま外に出て行った。
(外に出て行った。やれやれ……あれ?)
北山君が店頭の商品を店内に入れた後、自動ドアは施錠したはず。
俺は北山君が不安そうにこちら見ている視線を敢えて無視して、さりげない感じ自動ドアの所へ行き鍵を確認してみる。ドアの下にある鍵のラッチは横になっていて施錠されている。ドアをさり気なく動かしてみる。当たり前だが開かない。
北山君のまとわりつくような視線を感じながら、もう一度モニターを見る。
(うぉ……!)
声をあげそうになった。彼女は自動ドアから外に出た。ドアは施錠されている。
彼女が外に出る瞬間を再生すると、彼女は何度再生しても閉じられたドアをそのまま通り抜けているように見える。
何度確認しても一緒。俺はもう切り上げることにした。
「北山君、彼女、君が気が付かないうちに入れ違いで帰ってるわ。確認できた」
俺は事実の一部だけを伝えた。
「え?本当ですか!いつですか?」
「君が店内一周してくれている時、別の場所から出てきて自動ドアから店外へ出た」
「そうなんですか? でも自動ドアは施錠してるじゃないですか!」
「どうやって外に出たかはビデオに映っている。…自分で観てみるか?」
「え。」
「北山君、自分で観て確認するか、もう帰るか聞いてるんやけど…?」
「え?」
「観る?観ない?」
「帰ります。帰りましょう。......もう帰りたい」
北山君は俺の物言いたげな表情に気が付いて、自分で言った「こういうのは観ちゃだめ」を思い出したのか、『観ない』という堅実な選択肢を採用した。
この後、二人は無言で帰り支度をしてすぐに帰宅した。この店に来てから2年経つが因縁話は無かったし、職場に必ずいる、自称『霊感』あるスタッフ(どの職場にも必ず一人はいる不思議)が、「ここは出る」というのも無かった。だから今でもあの体験は不可思議な事として自分の心にある。
あの出来事の後、店舗の小改装が間に合わなくって、一人で0時近くまで作業する事があったが、何もなかった。
結局、黒づくめの彼女が何だったかというのは全くわからないまま、俺の記憶に残っている。
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