ドラッグストアの幽霊奇譚(2)
俺は、目の前のお客様の接客をしながら「閉店前に限ってお客様くるんだよなぁ」と思っていた。
20時55分、店内に蛍の光が鳴り出した。あの黒づくめの女性のお客様以外は、誰も来店していない。北山君は自動ドアを開放すると店頭の荷物を店内に片づけ始めた。
俺は店内で一番正確なレジの時計が21時になっていて閉店時間が来ているのを確認してから、黒づくめの女性を探すため店内を廻った。
一分でも閉店時間前に声を掛けると本部直通のクレームになることがあるため、閉店時間には各店の店長は敏感になっているのだ。
店内どこを探しても女性のお客様は、いらっしゃらない。
行き違いにレジに行ったのかと思い慌ててレジに戻ったが誰もいない。あれ?何も買わずに店を出たのか?
俺はそう思って、北山君に声を掛けた。「店内にお客様いたっけ?」「あぁ、あの黒っぽい女の人ですよね。俺もチラッと見ました。まだいるんじゃないすか?ここで片づけしてましたが誰も出入りないっすよ」
そうそう、あの黒っぽい女性。北山君も俺と同じく、入店した所はちゃんと見てなかったらしい。
そうこうしているうちに北山君が片づけを終了して、自動ドアを閉めてドアに鍵を掛けた。
「うーん、まだあの黒い人店内にいると思うんだ。ちょっと店内一周してきて。俺、レジ締めるから」
「分かりました」北山君は大きな体をゆすりながら店内を見回り始めた。
俺は事務所に入り、レジのお金や個人情報の書類を金庫に片づけて、あとは帰るだけの状態にしてから北山君を探した。北山君は店舗とバックヤードを繋ぐスィングドアの傍に立っていた。「お客さん、いた?」俺は北山君に声を掛けた。
「いや、店内にはいませんよ。あとはトイレかなと思って」
この店のトイレは店舗内にはなく、バッグヤードにある従業員とお客様の共用トイレになっていた。
「あぁ、ウチらに声を掛けずに入ったのかな。バッグヤードで万引きとかされても嫌だね」 俺は、そういうとスィングドアを開けた。
バッグヤードは真っ暗で外の雨音が激しく聞こえてくる。
「お客さん、電気もつけずに入ったんかな、スィッチの場所くらい分かるだろうに」
俺は、そういいながら電気のスィッチといえば定番である、ドアの傍にあるスィッチを手探りで付けた。
ぱちん。
照らし出される倉庫。
誰もいない。
トイレは倉庫の奥にあった。扉の上部には小さな丸窓が付いていて、電気をつけて(中に誰かいれば)分かるようになっている。
丸窓は薄ぼんやり光っていてトイレの電気がついていることを示していた。
「北山君、お客さんトイレにいるんだわ」
俺は、そういうとトイレに近づくと、ドアをノックした。
「お客様? ご気分悪いのでしょうか? お返事頂けますか?」
反応なし。
「お客様? もう閉店時間なので……、大丈夫ですか?」
反応なし。
「お客様? 開けますよ? よろしいですか?」
反応なし。
やだな、トイレ内で意識を失っていたりしたどうしよう。俺は首からぶら下がっている鍵束にトイレのドアキーがあるのを確認してから、ドアノブを握ると思い切ってドアを開けた。
ドアはロックされてなかった。ドアが開く。
誰もいない。
意識を失ったお客様がトイレで蹲ってるんじゃないかと覚悟していたが、狭いトイレ内は誰もいなかった。どこにも隠れようもない
「おっかしいな。トイレにいると思ったのに。電気は誰かの消し忘れか……。」
俺はそういうと振り返った。当然後ろにいると思っていた北山君はスィングドアの所でモジモジしている。
「店長、これやばいっすよ」
「やばいよな、お客さんどっかで倒れてるのかな。探さないと」
「何言ってるんすか? お客さんこの店内で消え失せてるんですよ!事務所は店長が金庫にお金直しに行きましたよね。その時、お客さん事務所にいました?」
「いないわなぁ。大体、あそこは白川さんが帰ったあと施錠してたから入れないし」
「でしょ? 店内にはいない、倉庫にもトイレにもいない。事務所は鍵を掛けてた。二人ともドアの傍にいたのに、あの女の人が出たのを見ていない。こんなのおかしくないすか?」
「いや、まだ一か所ある」
俺はバッグヤードのトイレとは逆側の奥にある、荷受け場の鉄扉を指さした。
鉄扉の向側は10畳くらいの狭いトラックホームがあって、そこには外部に通じるシャッターがある。
夜間、物流便のトラックは外部に通じるシャッターを開けてトラックを入れて、荷物をトラックホームに置いてくれるのだ。
それを朝になってから、スタッフが鉄扉を開けて荷物を店内に運んで納品作業する仕組みになっていた。
鉄扉は内鍵で、店内から入れば誰でも開けてトラックホームに入ることが出来る。俺はお客さんがトラックホームにでも入って隠れているのか、トイレから出た後、方向が分からなくなってトラックホームにでも迷い込んで、そこで気分でも悪くなっているのかと考えた。あり得ない考えだが、お客さんが店内にいる可能性が高い以上、そう考えるより仕方が無かった。
指をさした荷受け場の鉄扉のドアノブにはスライド錠が付いている。閉店後、最後に施錠して帰るので、遠目から見てもスライド錠が施錠されていないのが分かった。
「トラックホーム見てみるわ」
「お、俺はここで待ってます……」
「そうなん?ま、いいけど……北山君、もしかして怖いの?」
「そ、そんなことないっすけど、やばいっすよ、これまじでやばいっすよ」
「そんなことなくなくない?」
俺がからかうように言うと、北山君は
「店長、そうっすよ! こんなのマジおかしいすっよ! こういう時ふざけちゃだめなんすよ!!!」
うわ、開き直りやがった。
俺は、幽霊的な恐怖より、お客さんがどこに行るか確認したい気持ちの方が遥かに強く鉄扉のドアを握ると扉を開けた。
ドアは古く軋むような雰囲気満点の音を出しながらゆっくり開いた。
ぎぃぃぃぃぃ。
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