ドラッグストアの幽霊奇譚 (1)
長梅雨だった。なかなか晴れ間が覗かずいつまでも雨が降る毎日だった。
この日も、夕方から雨雲で辺りが真っ暗になり、一気に湿度が上がり雨が降りそうな気配だった。
そんな夕方の5時前に白川さんと、男子学生のアルバイトの北山君が出勤してきた。北山君は高校時代にラグビーのフォワードをしていて,大学でも体育会ではないが、そこそこ真剣に活動しているラグビーサークルに入ってラグビーを続けている現役ラガーメンだ。彼は身長175㎝で体重は90㎏あり、首の太い猪のような体型をしていた。腕は丸太を二本ぶらさげているような逞しさで、太ももは女性の腰くらいの太さがあった。 彼は運動部出身らしいく礼儀正しく、仕事も熱心にしてくれて頼りになるスタッフだった。
彼はさっさとエプロンを付けると売り場に向かった。入れ替わりに礼儀正しい女子大生バイトの長岡さんが、退勤時間のために事務所に戻ってきて、エプロンを付けている白川さんに気が付いた。
「あ、あやちゃんお疲れ。この間はごめんね。急に休んで」
「あ、みやこちゃんおつかれー、いいんですよー、あのひ、いいものみれたから」
「え?何見たん?」
「おじさんのぱんつ」
「??」
きょとんとする長岡さん、へらへら笑っている白川さん。二人の会話はいつもこんな感じだったが、歳も近いせいか(長岡さんが1歳年上だった)仲は非常に良かった。なので、微妙に会話がかみ合わなくても二人とも気にしてないようだった。
窓から外を見ると、まさに泣き出しそうな天気。売り場に出ると雨が降り出す前に買い物を済まそうとするお客様で、店はかなり混雑していた。
北山君も白川さんも二台あるレジに張り付き状態。
俺はレジの袋詰めを手伝ったり、お客様の薬の案内などをして忙しい時間を過ごした。
そして、一時間ほど経ったころ遠くから雷鳴が聞こえ、暫くすると激しい雨が降り始めた。バケツをひっくり返したようなという表現がぴったり。
客足は急速に減っていって、傘を慌てて買いに来るお客さんが何人かいらっしゃったが、暫くすると、この間ミクロマンが来店した夜のように全くお客様が来店せず、店は俺と北山君と白川さんの3人だけという時間が続いた。
俺は、スマートフォンの雨雲アプリを開いてみてみたが、関西全域に「最強の強さ」を示す赤色の雨雲が覆っていた。更に雨雲は中国四国地方まで続いていて、それが強い西風に乗って今後関西まで移動することを示していた。
これは閉店まで3時間、ずっと雨でお客様来ないだろうな。俺は思った。最近、長梅雨の影響で売り上げも落ちている。理由がわかっていても仕事の責任上、どやしつけてくるブロック長の事を思って少しうんざりした。
まぁ、「理由があるから仕方ないよねー」と許してくれる日本のサラリーマンなんて稀有だし、「仕方ない」で済ましても、それはそれでダメだと確かに思うけど。
あと、無駄な人件費を削れとも言われている。そらそうだろう。全店で数百店舗あるチェーン店である。各店舗が少しづつ人件費を節約すると、無駄な時間数(掛ける)店舗数(掛ける)31日(掛ける)12か月=驚くような金額 になるから、これはその通りだと思う。
そして、今日も雨。白川さんはレジでお客様に渡すチラシを折りたたむ作業を所在無げに行っている。北山君はいつも通り乱れた売り場の前出しをしている。
そういえば白川さんは学校の小テストとレポートの提出期限が迫っていると言っていた。この雨なら俺と北山君の二人で店は充分運営できるだろう。
俺はそう思い北山君に声を掛けた。
「北山君、白川さん学校のテストとレポートがあるみたいだし、今日の天気だったら二人で店廻せそうなんで白川さん早めに帰って貰おうと思うけど大丈夫かな?
会社からも人件費うるさく言われてるから減らしときたいねん」
「あ、俺は大丈夫っす。女の子だし早く帰って貰った方がいいっすね。この天気だし」
なんたるジェントルメン。
北山君は『大きな身体が好き女子(女子と付ければ何でもオーケーよ)』からモテるらしく、性格の良さが滲み出てるようないつもニコニコ笑っている可愛らしい彼女がいる。おっさん受けしそうな感じといえば分かるだろう。そうです。一度店に連れてきた時、おっさんの俺のハートは、当然鷲掴みにされそうになりました。
ちょっとぉ、北山君、彼女可愛いじゃん!ウチの嫁よりも!(問題発言)ウチの嫁とトレードしようぜ!(宣戦布告)#誰に対する?
そんなこんなで、北山君はでかい体に似合わず、細やかな心配りが出来る部分があった。人件費の事ばかり考えてた俺って……。
……兎に角、俺は死んだ魚のような眼をしてチラシを折りたたんでいる白川さんに声を掛けた。
「今日、こんな雨だし、もうお客さんも来ないと思うから、白川さん良かったらもう帰る? こ の 雨 だ っ た ら 女 の 子 遅 く な っ た ら 危 な い し 」
「わぁーいいんですかぁー てんちょう やさしー」
よっしゃーポイントゲットぉ!って、俺は何してるんだ。
「白川さんは小テスト近いんやろ? こっちはね会社から人件費うるさくいわれてもいるねん」、やっぱり本当の事言っておこう。嘘の付けないおっさん。
「そうなんですかー。れぽーとのていしゅつもちかいんでたすかりますー」
「じゃ、退勤処理して上がってね。レジは俺が入るから」
「ありがとーございまーす」
彼女はPCで退勤処理を済ますといそいそと事務所に戻った。
暫くすると着替えを済ました彼女がこっちにニヤニヤ笑いながら近づいてきた。
「てんちょー、あたしはがっこーのようじがあるからはやくかえりたい」
「そうだね」
「てんちょーは、じんけんひをせつやくしたい」
「うん……そうだね」
「こういうのなんていうかしっています?」
「さぁ」
白川さんは自慢げな笑顔を見せて
「こーいうのねー、ふぃんふぃんのかんけいっていうんですよぉ」
早よ帰れ。
白川さんは俺の鈍い反応に気にした様子もなく、北山君の方に向かうと「きたやまくん、ごめんね。おさきですー。おつかれー」と声を掛ける。
北山君が「おう。お疲れ」と応じたのが聞こえた。
白川さんが帰宅してから、来店したお客様は数人。俺はレジをしながらデスクワークをして、北山君は商品の補充を黙々と行っていた。
20時になった。閉店まで1時間。まだ雨は降っていて雷鳴まで轟いていた。俺は2台あるレジの内、1台を締めた。1台あれば充分だろう。
どんどん閉店前作業を行い、あとは店頭の商品を店内に入れて、残ったレジ1台を締めれば帰れる状態になった。20時45分。
その時、お客様がレジに立った。会計をしている時に自動ドアの開く音がした。
レジの真横の右に自動扉がある。俺は金銭授受をしながら、視界の端っこに黒づくめの女性らしい人が入店して、売り場の奥に消えていくのを確認した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます