ミクロマン(1)
ミクロマンが来るかもしれない。
梅雨のジメジメした最中だった。俺は例のキャバクラ店長と、電話で業務連絡ついでに少し雑談をしていた時、キャバクラ店長が、
「そう言えば、最近ウチの店舗にミクロマンが来たから、そっちにも行くかも知れない。気を付けといた方がええぞ」と言って来た。
「ミクロマンは最近見てないけど復活したのか?AKBじゃなくて?見ないから逮捕でもされているのかと思っていた」
「AKBは遠征ツアーで東ブロックで目撃情報があるから、当分こっちにはこないよ。ミクロマンは元気いっぱいやで。より過激になっているわ」
「まじかよ。あれ以上過激になっているとは、少し見てみたい気もする」
「一度見たら分かるけど、過激すぎて腹立ってくるで」
ミクロマンというのは、あるお客様の事だった。店長達は仲間内で、その人に勝手に綽名を付けていた。
そのお客様は、年齢が40代後半から50代くらいの中年男性で、女装して来店してくるのだ。体型が典型的な中年太りで、でっぷりして浅黒い肌に二重顎。脂肪太りした
太った手足がビア樽のような胴体から突き出していた。
その我儘なボディをセーラー服に昔懐かしい白のルーズソックスで包み込んでいた。最初、彼を見たときの感想が「ダメ! セーラー服が破けちゃう」だった。
女子高校生の制服が中古やパーティーグッズやらで簡単に手に入るのは知っている。
彼も、そういったルートから手に入れたのだろうが、彼のデンジャラスボディにフィットするサイズは無かったらしい。
恐らく彼は一番大きいサイズを選んで無理やり自分の身体を押し込んだのだろうが、制服はパンパンに引きつって破けんばかり。彼の丸っこい体型に沿って布地が密着しているので、制服らしいい角ばった感じがせず、遠目から見るとおっさんがセーラー服のボディペインティングをしてフラフラ歩いているようにしか見えない。
そして彼の一番のアピールポイントはスカートの短さだった。折り込んで履いているのか、短くすそ直ししたのか、そもそもサイズが無くて結果的にそうなったのか
知らないが、歩くたびに下着が見えそうで見えないくらいの絶妙なくらいまでの
短さになっていた。
おっさんの下着なんて見たくないはずなのに、あそこまで『見えそうで見えない』感を出されると、見たくないはずなのに眼が彼の下半身に吸い寄せられて外せなく
なってしまう。見ちゃダメ!でも見ちゃう! チラリズムの極致。
ミクロマンの綽名の由来は、そのスカートの短さからくるものだった。店長会議のあとの飲み会で、「セーラー服の女装のおじさんって、スカートがマイクロミニすぎて吐きそう」と盛り上がり、当初は『マイクロミニ』という綽名だったが、いつの間にか『マイクロ→ミクロ』に変わり『おじさん→マン』と当てはめられ、有名なキャラクターと同名のため、そのまま『ミクロマン』で定着したのだった。
某玩具メーカー様には申し訳ないのだが、小売業での仲間内で付ける綽名なんて
結構、分かりやすくて安直なのが多いと思う。
(ちなみに、AKBも女装のおじさん客だった。AKBが元祖かどうかしらないが、若い女性が小顔に見せるための、いわゆる『触角ヘアスタイル』をしていたため、そういった綽名をつけられていた。特に奇抜だったり目のやり場に困るような恰好はしてこないため『少し変わったお客様』という認識だった。
ただし、触角ヘアをしても、彼は非常な大顔なために、そのヘアスタイルをすると却って顔の大きさを強調するという状態だった。
実際、俺はその事を彼に指摘したい欲望に囚われてしまうくらいだったが、それこそ余計なお節介なので、彼を見るたびに必死に自制していた。)
ミクロマンが来店して困るのが、従業員も他のお客様も含めて目のやり場に困り、店内に独特の困惑した空気が流れるのと、彼は買い物を済ましてレジに並ぶ時、若い女性スタッフがレジしている瞬間を狙って来ることだった。
ウチの若い女性スタッフの大谷さんや一乗寺さんが赤面したり、困惑している反応を楽しんでいるのは明らかだった。さらに雑談を試みては彼女の反応を楽しんでいる。
正直やめて欲しかったし来店してほしくも無かった。初めて彼が来店した時、対応が遅れて一乗寺さんがレジ応対してしまったが、意外と純な所がある彼女は恥ずかしがって赤面したり動揺を隠すことが出来ず、ミクロマンのエロ心を大いに満足させてしまったのだ。
大谷さんも一度接客した。彼女は困り果てることは無かったが、照れ笑いの笑顔を出し続け、これが彼のエロ心を満足させてしまったらしい。
岡田の解説するところによると、若い女性に笑われるのは、彼のような『変態』にカテゴライズされる紳士にとっては『屈辱』ではなく、『ご褒美』らしい。
変態紳士のエロの琴線というのは本当にわからない。そしてなんで岡田が変態紳士の心の機微に詳しいのかも分からない。あいつも同類かもしれない。
大谷さん、一乗寺さんという両エースを擁した当店はミクロマンにとっては絶好の自己アピールの場所としてターゲティングされたらしく、一時期頻繁に来店してきた。対抗上、こちらも俺と岡田の両名がミクロマンに接客するようにし、大谷さんと一乗寺さんには、彼が来店した時はバックヤードでの作業をして貰ったり、彼が話しかけてきたらすぐに男性スタッフに変わるように対応した。
こういった対応は向こうも分かっている(もしくは慣れている)らしく、なかなか諦めなかったが、彼の来店頻度を激減させた人物がいた。
そう、ゲバラだった。彼女は午前中心のシフトだったが、たまたま夕方までのシフトの曜日に彼と遭遇し、彼を接客から会計までしたのだった。
ゲバラはミクロマンを射抜くような冷ややかな視線でレジ応対をし、身体全体からは「あんたエエ歳して、あたしと同じくらいやろ? 恥ずかしくないんか? しょーもない事して!」というオーラを発していた。
彼女は一言も発していない。でも横にいた俺には伝わったし、ミクロマンにも伝わったらしく明らかに動揺していた。
俺は、「いつも相手を動揺させてたけど、自分が動揺する側になった気分はどう?」と漫画みたいなセリフを投げかけてやりたい気分だった。
そそくさと退店する彼の背中からは敗北感が漂っていていた。彼には強敵すぎる出現だった。
更にゲバラは、俺の他にも大谷さんや一乗寺さんからミクロマンの話を聞き、夕方のシフトを増やしてくれた。
ゲバラは、ミクロマンを発見するとレジに入り、彼がレジ交代を狙って店内で時間をつぶそうが頑としてレジから離れず、彼が諦めてレジに並ぶと、トカレフを眉間に突き付けているかの冷酷な表情でレジ応対をした。
そんなことが続いてから、彼はだんだんと店に来なくなり、他店の店長からの情報でも目撃情報が減り、ついに皆無になったため「いらんことして逮捕されたんじゃないか?」と噂していたのだ。
しかし、彼は消えてなかった。
ミクロマンは来る。 必ず来る。
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