愛の群狼作戦 (2)
そんなやり取りを覚えていたのか知らないが、白川さんに対しては頑張って牽制射撃を仕掛けている。岡田も社会人である。社員がしつこく異性の従業員に声を掛けたらコンプラに引っ掛かって懲罰を受けることくらい知っている。
俺自身、岡田には「アカンと言っても、どうせ気に入った女の子には声をかけるんだろうが、仕事外の内容で、相手が嫌がるそぶりを見せたのに声を掛けたら上司として処分する」という意味のことをオブラートに包んで……いやダイレクトにはっきり言ってあるし、本人も流石に察した眼をして「大丈夫ですよ」と言っていた。
で、彼女に対して他愛もない内容の雑談という名の牽制射撃(本人は必死)を放つのだが、白川さんには見事に躱されているに俺は気が付いた。
ちなみに彼女は、結婚していて歳も離れている俺に対しては、相変わらずたどたどしい日本語で、うるさいくらい雑談を振ってくる。
これは単純に『おもろそうなおっさんでしかも既婚者』と彼女が俺のことを認識しているだけで、俺を恋愛の対象として見ていないということ明確に示している。
世の中には、こんな時、『自分が歳下の可愛い女性に人気がある!俺も捨てたもんじゃない!』と変なドリーム見るおっさんもいるが大いなる誤解です。儚いドリームです。
もういいじゃん、結婚したんだから、嫁さん大事にしましょうや。
岡田は自分の巣穴に白川さんを引きずり込もうと、獲物の周りをグルグル回る狼の如く『貴方を恋の標的にしています』アピールをする。
白川さんは、彼の雑談には応じるが、俺が横で何となく聞いていると、自分の個人的な事柄は一切喋らない。
岡田の「映画とか好き?」の問いに「あははあたしえいがとかみないんですよー」とか言ってる。は?? 俺には映画エイリアンシリーズ(よりによって?!)の大ファンとか言ってたやん! ウィノナ・ライダーをカッコいい女性って言ってたやん(これは分かる)……女って怖い。
かといって、岡田の気分を害さない程度には雑談には付き合っている。
俺は勝手に誤解していた。たぶん岡田も。少しブロークンな日本語と、不思議成分が入った性格が影響して同年代の男からはモテてないのでは。と。
実際、当初シフト作成する時に、俺は白川さんが週末は彼氏とデートでもするのだろうと気を使って日曜日に一日休みを入れた。ところが彼女は「てんちょー、どにちはぜんぶしふとはいりたいんですがむりですか?」と言ってくる。
「いや、自分やってデートぐらい行くやろ?」と言うと彼女はニヤニヤ笑いながら
「かれしとかいないですからきをつかわなくていいですよー」と言って来たのだ。
(少し離れたところで話を聞いていた岡田は歓喜感涙ガッツポーズとかいろいろ)
その後、彼女と雑談した感じだと本当に彼氏はいないらしい。ただ、高校時代には居たらしいが、今は面倒だから付き合う気は無いらしいという意味で。
よく考えたら、彼女の性格は不思議ちゃんなだけで決して悪くない。そして色白で目鼻立ちの整った顔立ちで大きな黒目勝ちの眼で見つめられると、おっさんの俺でも『綺麗な子やなぁ』と思ってしまうレベルのルックス。
そうなのだ。そうなのである。二人とも錯覚していたのだ。この子が同世代の男子からモテないわけないのである。むしろ相当モテるだろう。ラノベのヒロインみたいに「性格が良くてルックスもスタイルも抜群だが、なぜかモテない」なんて女性はいないのだ。冷静に考えているわけない。いてたまるか。
彼女の"『岡田の牽制射撃と対峙する』会話スキル"は、完全に「モテる女性特有スキルである、『巧みに相手をかわして、はぐらかす会話テク』のそれ」だった。
でもまぁ、それをもって彼女を「性格が悪い」と決めつける気は全く無かった。彼女自身、同じ年頃の男子からの激しい恋愛攻撃を馬鹿正直に受け止めるのも大変だろうし、受け止める義務もないし、そうなってしまうのも仕方がない気がした。
それより岡田。早く気づけ。お前は歳下に翻弄されているぞ。
岡田は群狼作戦よろしく、懸命に白川さんに愛の魚雷を発射するが、彼女は全て回避してしまう。岡田は照準をまともに合わすことも出来てないんじゃないかと思うくらい彼女は巧みに避けてしまう。撃てば良いってもんじゃないぞ岡田。
まずいな。このままだと潜水艦岡田号は、決死の覚悟で浮上して、搭載砲で捨身の砲撃を行うかもしれない。訳の分からない例えだろうが、これはあれだ、このままだと、いわゆるセクハラ事案とか店舗内の恋愛トラブルという案件になるかもしれないパターンの事である。
俺は岡田と話をしようとしたが、その矢先、岡田が白川さんへの攻撃をピタッと止めた。諦めたらしい。仕事についての話以外は彼女に対して殆ど雑談をしなくなった。それにしても何がきっかけだったんだろう。なんか変な事件でも起こしてるんじゃないんだろうな。
俺は少し不安になって、前回、潜水艦岡田号にロックオンされかけた化粧品担当の女子社員の大谷さんにさりげなく聞いてみた。
さりげなくも何も、岡田の白川さんへの雷撃は店舗のスタッフは全員知っていた。大谷さんが笑いながら詳細に話しているの聞いていると、スタッフどころかお客様まで知っているんじゃいかと思うぐらいバレバレだった。岡田……お前、だいぶん派手に撃ちまくったみたいだぞ。
結局、岡田が攻撃を中止したのは、白川さんが微妙に困っているのを知ったパートの聖護院さんが、岡田に「彼女、その気無いみたいよ?」と声を掛けてくれたかららしい。聖護院さんは漫画にでも出て来そうなカッコいい名前だが、意思の強そうな顔立ちと目つきの鋭さから『ゲバラ』という、これまたカッコいい綽名をつけられていた古株の中年女性スタッフである。
彼女はその革命家らしい(かどうかは知らないが)会話スキルで、岡田を上手に説得して白川さんへの想いを諦めさせたらしい。
サンクス!ゲバラ! 革命する時は言ってくれ。あんたの後をAK47を担いで付いて行くから。
こうして一応岡田の白川さんに対する熱い気持ちは見事に玉砕(「玉が美しく砕けるように、名誉や忠義を重んじて、いさぎよく死ぬこと。」だそうです)したわけだが、当然ながら彼には失恋の衝動というものが来る。
ただ、彼も社員という立場がある。見ていて気の毒なくらい懸命に明るく振る舞っている。俺は例によって閉店して駅までの帰宅中に、白川さんについて恐る恐る話題にしてみた。岡田は自分を励ますように「彼女と色々話が出来て楽しかった。ただ年上の男性として彼女に迷惑な事はやったらダメだから、潔く諦めます」と吐き出すように言って来た。
分かってるやん。カッコいいぞ!でも、岡田、お前が思ってるほどには色々話出来ていないんだけどね……。
「そうか、まぁなるべく引きずらないように切り替えていけよ」
俺は流石に心の声は口に出さずに(当たり前)、彼を励ました。
岡田は続けて言った。
「僕は彼女の姿や声を遠くから見て聞いているだけで気分が満たされるんです。遠くから彼女を応援しますよ!」
キモイからやめて。
それから一週間後、白川さんがレジに入っている時に、レジに彼女と同じくらいの年頃の女性が来て、白川さんに何か話しかけている。
俺は「彼女の知り合いかな?」と見ていると白川さんが俺の方を見て手を挙げた。
俺は近寄りながら「どうしたん?」と白川さんに聞くと「あっ てんちょうぉ、このひとがね、あるばいとのさいようめんせつうけたいらしいです」
俺はレジの前に立っている女性を見た。なんということでしょう!彼女もまた白川さんとはタイプが違うが、なかなか可愛らしい顔立ちをした女性だった。
俺も『大幣店ハーレム化計画』に着手できるやん!
「お店の前に掲示してあるアルバイト募集の張り紙を拝見して、お話を伺いに来ました。まだ募集はしていますか?」
なんて美しい日本語なんでしょうか。素晴らしい! やったぜ!
その時、視界の端に興味津々で此方を覗う岡田の姿が映った。
や、やったぜ……。
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