愛の群狼作戦 (1)

 白川さんは『当たり』だった。バイトしている人は仲間同士でも同じことセリフを

言った事は無いだろうか?「今度来た新人は『当たり』だよね」と。

そう、白川さんは接客業のバイト経験者らしく、そつなく仕事をこなしてくれた。

 居酒屋でレジ打ちはした事は無かったらしい。居酒屋によってはアルバイトの不正を防止するため、金銭授受は社員のみが行う店があるが、白川さんが前に働いていたチェーンもそうだったらしい。


 ただ、ウチには必要以上に熱意をもってレジ研修の教育してくれる熱きバカがいる。そう、岡田だ。

彼に白川さんの採用を伝えたところ、天にも昇るような顔をして言った。

「俺、頑張りますよ! 白川さんとなら頑張れる気がする!」

俺と一緒に働くと頑張れないのか。……まぁ、おっさんの上司と働いても士気は上がらないだろうな。仕方がない。俺は妙に納得した。


「店長! 俺、もうね、白川さんと働けるなんて!」

「白川さんの教育係やってほしいんやけど」

「あああっっ!マジですか!いいんすか?!」

お前まで喘ぐなよ。白川さんと良いコンビ組めそうだな。

俺は醒めた眼で岡田を見つめたが、彼は、『ヤル気充填120%!』とか昭和的なセリフを吐いて無邪気に喜んでいて、こちらの視線には気が付いていなかった。


「ああ、岡田さん」

「店長、なんですか?」

「あの子の日本語痛々しいし、少し不思議ちゃん入っているから気を付けて」

「そんあの問題ないっす!俺の日本語も痛々しいからだいじょゅよ!」

分かってるやん。

「いや、しかもあんなクールな感じで不思議ちゃんってむしろ良いじゃないですか!ギャップ萌えってやつですよ!」

なんでもかんでも好意的に受け止めてる。愛って盲目。

「とにかく頼むわ。今月中に一人でレジ打てるように教育頼むわ」

「任せてください!」



 こうして白川さんは暑苦しくも熱い岡田のレジ研修を受けた。補数計算の解答を

見たときに感じた頭の回転の速さは、ここでも見せつけられた。

兎に角仕事の覚えは速い、怪しい日本語は不安だったが接客も普通にこなしている。


 少し覚束ない所があっても、あのルックスで照れたような笑顔を見せると老若男女問わず、「ええよええよ」とお客様は許してくれる。

おっさんのお客様なんてニッコニコで「ねぇちゃん気にせんでええで」と寧ろ嬉しそう。『可愛いは圧倒的正義』。なんやねんそれ。ずるいやん。


 岡田は白川さんがシフトに入っている日はウキウキしていて、「研修」と称して

白川さんと雑談を試みる。まぁ男として当然の行動だろうし、いちいち咎めても仕方がないのである程度は黙認する。

なんでって? だってさ、俺の嫁さんは別の店舗の元パートだ……から……人の事とやかく言えない……。

 で、岡田は、『白川さんを狙う宣言』を俺にしてきた。いや、わざわざ上司の俺に言いに来るなや。俺の立場も考えろ。そういうのはこっそりやるんだよ。こっそり。


 大体、以前は岡田は化粧品担当社員の大谷さんを狙う宣言をしていた。その前は女子大生バイトの一乗寺さんだった。「お前は一体何しに店に来ているんだ。彼女探しか?」と言いたくなることもあったが、俺自身が結果的に、そう……だったという弱みもあるし、また基本的にキツい労働環境でもメゲずに明るく働いている彼自身の性格に免じてある程度は黙認していた。


 だから大谷さんでも一乗寺さんでもゲットしてほしかったのだが、岡田は『狙う狙う』というばかりで、肝心の攻撃をなかなか仕掛けない。さっさといけや。

 そうこういっているうちに、そこそこのルックスと人懐こい性格の彼女ら二人は、当たり前だが、さっさと彼氏をつくってしまった。もったいない、その時は奇跡的に二人ともフリーだったのに。


「何がダメだったのでしょうかね」閉店した後、二人で駅に向かう帰り道に岡田がしょげて俺に失恋話をしてきた時、「なんでやと思う?」と尋ね返したい気分だったのを思い出した。

 ただ、岡田があまりにも落ち込んでいたので少し可哀想に思って「ええか?男として行くと決めたら行けよ。獲物の喉笛に咬みついて巣穴に引きずり込む狼みたいに、狙った相手には自分から仕掛けんと」と草食系男子が聞いたらオシッコちびりそうなギラギラした肉食系男子(気持ちだけは男子。ただし肉体は……)な自説を言った。


 岡田は仕事でも見せたことのないような真剣な顔をして、(ホンマ仕事であの表情見せてほしい)

「分かりました群狼作戦ですね」

「ぐんろう?」

「ウルフパックともいうんです。第二次世界大戦でドイツ海軍が、複数の潜水艦で連合軍の輸送艦を待ち伏せして一気に撃滅する戦法ですよ。店長知らないんすか?」

知るわけないやろ。なに得意げな顔して解説始めてるねん。しばくぞ。

 大体、群狼って狼の群れって意味だろう?分身の術?お前は忍者か?と瞬時に突っ込みたくなった。……が自制した。

















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