ドラッグストアのおとぎ話
あおかえる
白川さん
「で、今の子採用するんすか? 店長?」
俺は期待に満ちた顔でこっちを見つめる部下の岡田に目をやった。
「いや、なんていうんですかね。あの子。クールビューティーって
感じで、あの年上ぽい感じが最高すよね。」
「自分より年下なんやけど。あの子。」
「イメージですよイメージ! あああいいなぁあの子 採用されたら
俺、もっと仕事しますよ。頑張っちゃいますよ!」
今も……頑張って……
俺は岡田を無視して事務所に戻り、机上の履歴書を見た。岡田が騒ぐ
のも無理はなく、今日アルバイトの採用面接を受けに来た専門学生は
なかなかの美人さんだった。
色白で肩ぐらいで切り揃えたショートカット。『クールクール』と
喚いていた岡田が言いたいのは、大きな二重の目がやや上に吊り上がって
いるからだろう。
「困り眉」とか「垂れ目」メイクなど女性のアイメイクは優しさを強調
しているのが流行りだし、男性もそういう顔を見慣れているから
あのタイプの美人さんは俺にとっても新鮮に映った。
ただ、採用となると美人とかはあんまり関係ない。現在、俺が店長として
勤務しているドラッグカクヨム
必然的に遅番勤務の主戦力たる学生バイトが不足気味なのである。
売り出しの時は戦力不足、余裕あるときも社員が早番で帰れず、そのまま
通し勤務になる。しんどい。
つまり、契約曜日、時刻どおり出勤してくれて、募集内容にある「レジ打ち
、清掃、品出しなどの軽作業」をしっかりこなしてくれるのなら、美人だろ
うがフツメンだろうがマッチョだろうががなんでもいいのである。
店舗運営という責任を負っているチェーン店の店長なんてそんなもんである。
あ、一部例外はいます。
「自店ハーレム化計画」という壮大な野望に実際着手しているハッスル大将軍
な店長もいる。一度、そんな店の応援に行ったことがあったが、女性スタッフ
のレベルの高さにびびったことがある。
ただ、そのハッスル店長の女性の好みの偏りのために店内はキャバクラ的
雰囲気を若干漂わせていた。いいのか、そのメーテルみたいな付けまつ毛は。
ただ、店舗を巡回するブロック長の好みもキャバクラ風メイクな女性だった
ので見逃されているらしい。やったぜハッスル店長。おめでとうキャバクラ店長。
でも異動になったら泣くだろうな。チェーン店の異動は早いぞ。
震えて待てキャバクラ店長。
残念ながら俺の店はそんな余裕は無い。非常に残念(本音)。
とりあえず、さっき面接した履歴書と、この会社はチェーン店のバイト採用の
くせに生意気に筆記テストがあるのだが、その解答用紙を見直した。
彼女の名前は「白川 彩」とある。まぁ普通。住所はこの店の近辺で自転車で
5分くらいか。A医療専門学校の2年生になったばかりらしい。あそこの学校は
3年で卒業だから、続けてくれたら2年弱働いてくれるのか。
平日は学校の帰りに、土日は用事がなければ基本的に8時間でも働きたいと
言っていた。親から学費を全額援助してもらえなかったから稼ぎたいらしい。
「お金が必要」と明確な意思がある子は当たり前だが、よく働いてくれる。
素晴らしい。
で、一年生の時は時給の高さと賄い付きの魅力につられて居酒屋チェーンで
働いたらしいが、残業の多さと強制的にシフトに入らされるため先月退職した
らしい。同じサービス業でも飲食系は本当に大変そうだ。
店長が家に帰られないで泊まり込んでるって話も聞いたことがある。
曲がりなりにも家に帰れる俺はまだましなのか。
ま、店長の苦労なんてアルバイトには関係ないから、この白川さんの判断は
当たり前だろう。
そんなことを考えながら、筆記テストの答え合わせを始めた。筆記といっても
大した事は無く、テレビのクイズ番組の超序盤の初歩的問題みたいな一般常識
が数問。そして補数計算という暗算の変形バージョンの算数の問題である。
(こっちは小売業でよくテストされる)
俺は面接のときの白川さんの落ち着いた態度と、黒目がちな理知的な眼を
思い出して、ま、問題なかろうと答え合わせを始めた。
第1問 日本には6月~7月初旬にかけて雨が降る時期があります。
これを何というでしょうか?
答え ( モンスーン )
……考えすぎたのか? 普通に梅雨でいいのに
俺は次の問題を見た。
第2問 現在の日本の総理大臣の名前を書いてください。
答え ( あば こうたろう )
……色々混じってますね。
てか誰すか? あば って。せめて あべ って書いて貰えませんか?
歌うぞダンシングクィーン
第3問 アメリカの首都はどこでしょう?
答え ( いぎりす )
……あかん。もしかしてあの子、アホな子なのかもしれない。
この問題はくだらない引っ掛けで、アメリカの首都はワシントンDCだが
反射的に「ニューヨーク」とか「ロスアンジェルス」とか答えてしまうのを
狙っているのだが、彼女の解答は出題者の意図を遥か高みから見下ろす
高レベルなモノだった。
ていうか、わからんかったら素直にニューヨークとでも書いとけや。
常識問題は全部で10問あったが正答は1問だけだった。
俺は悩んだ。あんまりにも常識がないとアルバイトの募集要項にある作業内容
を理解できず、いわゆる仕事を覚えられないスタッフになってしまうのだ。
ただ、理学療法士になるために専門学校に進学し、ドラッグストアよりも
(恐らく)大変で教育も厳しい居酒屋のアルバイトを1年間続けているので
ある。おっさんが求める常識が無いだけかもしれない。
常識なんてぶっ飛ばせ。書を捨て街に出よう若者よ。
次の補数計算の答え合わせを行う。これはランダムに3桁の数字が出題されて
いて、その数字に答えとなる数字を足して合計1000になるように延々と
計算していくものだ。問題に454と書いてあったら答えは546(454+546
=1000)で、これは454円の買い物をしたお客様が千円札を出された
とき、お釣りは幾らかというのを意識している。
これが無意識にできる人間はレジの打ち間違いに気が付いたり、釣銭の渡し
間違えに気が付きやすくなるので点数は高いことに越した事は無い。
補数計算は……パーフェクトだった。
一分間にどれだけできるかと正答率をみるのだが、彼女は用意された30問
すべてを回答して正答率100%だった。すンばらしい!
一問あたり2秒で解答記入まで済ませないといけない。こんなのボクでも
出来ません。白川さん馬鹿にしてゴメンナサイ。
さて、白川さんを採用するか。一般常識はやや一般的では無いが、頭の回転は
速いのは間違いない。
部下の岡田が熱烈にクール推ししていたが、そう感じるのはルックスだけでなく、
大人びた落ち着いた雰囲気と態度もあるのだが、これは評価すべき大きな要素だ。
居酒屋のチェーン店で働いていたのも大きい。居酒屋の教育と指導の徹底さは
知られている。頼むぞ!白川さんが前職勤務していた居酒屋店店長!基本的な
教育は完了していると信じるから!
俺は他力本願なことを考えながら腕時計を見た。17時。白川さんには本日夕方
までには採用連絡すると伝えてある。
よし、採用するか。岡田も喜ぶだろう。あいつ張り切るだろうし……ただ、
あんまりはしゃいだら擦り切れるまで働かしてやる。
履歴書に書いてある携帯電話番号を見ながら電話の数字を押しながら、
ふと、何か大切な事を忘れてるんじゃないか?という感覚が襲った。
……致命的な事だったらすぐに思い出すはず。バイトの面接なんてさんざん
やってるから、採用に当たって不味そうなことは基本的に最初に抑えておく
癖が出来ている。
だから、今思い出しそうな嫌な予感っていうのは大したことないだろう。
俺は思い出すのは諦めて、自分の経験を信じて白川さんが電話に出るのを待った。
「あ、はい もしもし」 彼女が電話に出た。
「あ、わたくし、ドラッグカクヨム大幣店の店長の青野です。白川さんでいらっ
しゃいますか?」
「あ、はい。しらかわです。」
「先ほどは面接ありがとうございました。いま少しお話しても大丈夫ですか?」
「はい」
「ありがとううございます。採用面接の結果、白川さんを採用させて頂くこと
となりました。当店で働いていただきたいと思いますがよろしいでしょうか?」
「あああああぁぁッ!……はいだいじょうです。すぃませーん」
なに喘いでるんだよこの子。それに「すぃません」じゃなくて「すみません」、
更に言うなら、すみませんじゃなくて「ありがとうございます」だからな。
ホンマ大丈夫なんか?
そうだ、思い出した。この子の日本語は少しブロークンだったんだ。
大人びた雰囲気で気が付きにくかったけど。やっと思い出した。
でも採用通知した以上は働いてもらうしかない。
……でも、新人教育面倒くさい事になるかもしれない。大丈夫かな。
その時、俺の頭の中に張りきった顔した、あの顔が鮮やかに浮かび上がった。
そっか、教育係に最適な人間おったやん。
俺は、手にしたままの受話器を再度持ち上げて内線ボタンを押しレジを呼び出す。
「店長ですか? レジの大谷です。」
「ああ、大谷さんですか。……岡田さんを事務所まで呼んでもらえますか?」
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