ネイビーブルーの追想

第11話 彼

 私の曾祖母そうそぼは、所謂いわゆる純血の魔女だった。

 時には人間に死の呪いをかけ、時には人間を病気や怪我から救っていたそうだ。

 ある時は風や天気を自在に操り、災いをもたらす恐ろしい魔女。

 またある時は、飢えや伝染病を患った人々に特別な薬を与え、その命を救う心優しい魔女。

 曾祖母は、そんな二面性を持った不思議な魔女だったらしい。

 私は幼い頃から、母にそんな話を聞かされていた。


 私にもそんな不思議な力が宿っていると知ったのは、7歳の頃。

 キッチンで料理をしていた母に隠れてお菓子を食べていた時だった。

 昔から食い意地が張っていた私は、目の前のクッキーをどうにかして増やせないかと、子供ながらに頭を悩ませ続けていた。

 7歳にもなるというのに、今思えばとても恥ずかしい話だけれど、あの頃の私は自分には特別な力があると信じて疑わなかったのだ。

 きっと、無意識に私の中にある魔女の血が疼いていたのだろう。

 気が付いた時には、チョコチップクッキーで埋めつくされた部屋でただひとり立ち尽くしていた。

 初めて魔法を使った瞬間だった。


 それまで魔法を使ったことがなかった私は、この力の素晴らしさに震え上がった。


「ママ、私もひいおばあちゃんみたいになれるかな?」


 部屋を埋め尽くすほどのクッキーに驚いた母を見つめて、私はそんなことを尋ねた。


「きっとなれるわ、だってお婆ちゃんの子だもの」


 今思えば、母も私も自分の力に誇りを持っていたのだろう。

 周りとは違う力。

 選ばれたものにしか与えられない不思議な力。

 自分の力で世界をも変えてしまうような、そんな恐ろしくも魅力的な力に。


 幸か不幸か、私には魔女の素質があった。

 私の中にはたった数滴しか魔女の血は流れていない。

 それでも、曾祖母のように魔法を扱うことができたのだ。

 強大な魔力を必要とする、ある一部の魔法を除いて。


 私が魔法を使えると知った母は、私を1人前の立派な魔女にすると決めたようだった。

 自分の使える魔法を余すことなく私に伝え、そうして少しずつ私は魔女としての生活に足を踏み入れていったのだ。



「私の過去を誰かに伝えるのは、とても久しぶりです」


 休憩所に並べられたベンチの上で、静かに頷きながら聞いている彼を見ていると、なんだか心が落ち着いていく。

 数週間前から、度々私の水彩画を眺めに丘に訪ねてくるようになった彼は、いつも気怠そうな顔をしていて。

 そんな人が私の言葉に優しく耳を傾けていることに、形容しがたい感情を覚えていた。


「それで、魔女さんはどんな生き方をしてきたの?」


 友達として話を聞いてほしい。

 そんな私の言葉に頷いてくれた彼の口調は、さっきまでのそれとは少しだけ違っていた。

 隣を見ると、私に寄り添ったパステルが心配そうな表情を浮かべている。


『本当に大丈夫?』


 大丈夫だよ、パステル。

 あなたは本当に心配症なんだから。

 パステルから目を逸らした私は、考え事をするフリをして空を仰いだ。

 陽は既に半分くらい沈んでいて、遠くの山際は緑色と紺色を混ぜたような、幻想的な光景を造りだしていた。

 彼がここに訪れたのは、昼を過ぎた頃だったから、だいぶ時間が経過しているのだろう。


「じゃあ続けますね」


 私の言葉を聞いて、彼は静かに頷いた。

 しっかりと私だけを見つめて。


 思い返すのは、今の私を形作ってくれた大切な人たちとの忘れられない日々だった。



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