第2話 ウワサ
「なぁ、知ってるか?この街には″魔女″がいるんだぜ」
その昔、中世ヨーロッパに住む人々は、自分達には無い不思議な力を持った者をそう呼んだ。
時には人や家畜に危害を及ぼし、呪術や妖術を得意とする存在として恐れられていた。
魔女と言えば、大きな鍋に注がれた紫色の液体をかき混ぜる、黒色の尖り帽子を被ったお婆さんを連想するのは、僕だけではないだろう。
そんな″魔女″が、僕の引っ越してきたこの街にいるというのだ。
東京生まれ東京育ち。
生まれてこの方、田舎の景色を見たことがなかった僕が訪れたこの街は、まさにイナカと呼ぶに相応しい土地だった。
辺りを見渡せば、あるのは山と川、森。
どこまでも広がる田園風景に『野生動物キケン!!』と真っ赤な文字で書き殴られた看板だった。
そんな中世ヨーロッパとはあまりにもかけ離れたこの場所で、魔女が生活しているらしい。
「それって本当?」
思わずこぼれた疑いの言葉が、クラスメート達の顔を明るくさせた。
「やっぱりそうだよな!居ないと思うよな、フツーさ」
へらへらへらと、力の抜けた笑い声が教室内に響いた。
結局どっちなんだろう。
彼が再び口を開くのを待っていると、その隣で笑っていたもうひとりのクラスメートが答えてくれた。
「ただのウワサだけどね。この街には昔からそんな言い伝えがあるらしいんだよ。何人か空を飛んでる女の人を見たっていうし、もしかしたら本当にいるのかもしれない」
そう興味深そうに話す黒縁眼鏡をかけた男子をバカにするように、制服をだらりと着崩したもう一人の男子が笑って言った。
「ばーか、何言ってんだよ!ただの都市伝説だろ」
…なんだ、やっぱりどこにでもあるようなただの都市伝説じゃないか。
「あ、今やっぱりって顔したでしょ?でも、そんな噂があるってことはきっといると思うんだよ、魔女」
「まだ言うか、もう聞き飽きたよ魔女の話なんて」
引っ越してきてから、2日。
早くも都会のビル群から遠く離れたこの場所で、カルチャーショックを感じていた。
「もし魔女を見つけたら教えてね!」
そう言って帰っていくクラスメートと別れ、僕は窓の外に視線を移す。
高校の教室から見える外の景色は、沈みかけたオレンジ色の太陽と、その陽を浴びて複雑な模様が重なりあった山々で埋め尽くされていた。
2ヶ月前に18歳になった僕は、今日も文庫本を片手にひとり帰途につく。
魔女のウワサを耳にして、すれ違うお婆さんを見つめてみたりもしたが、当然魔女かどうかなんてわかるはずもなかった。
それでも、この時の僕はまだ知らなかった。
この街には本当に魔女がいて、彼女との出会いがこれからの僕の人生を大きく変えていくことを。
―――目を瞑り思い出に浸っていた僕は、閉じていた文庫本を再び開いた。
外を見るといつの間にか陽は沈んでいて。
きっと、水彩画売りの魔女さんも帰った頃だろう。
遠くから、猫の鳴き声が聞こえてくる。
ノラ猫だろうか、いや、もしかしたら魔女さんの相棒かもしれない。
そう考えると少しおかしくて、思わず小さく吹き出してしまう。
早く彼女に、魔女さんに会いたい。
あの美しくも儚げなパステルカラーの空を見つめていたい。
微睡みの中、ぼんやりとそんなことを考えた夜だった。
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