第2話 占い婆さんの実力

 予想とは裏腹に、その占い師の前に列は出来ていなかった。100%はずれる、ということが知れ渡ってないの? 確かマニアの間ではカリスマ的存在の筈だけど……。

 私はイスに座ると、占い師のお婆さんに声をかけた。

「占ってもらえますか」

「金運、恋愛、仕事、なぁんでも見ますよ。ほっほっ」

 喋り方が多少気になったけど、かまわず私は続けた。

「まず、私の現在の状況を当てて欲しいんですけど……」

「ほほう。わしの力試しですか。よろしい、見料千円じゃ」

 私は千円札を渡した。

 お婆さんは易者のように八卦で占うでもなく、目の前の直径二十センチほどの水晶玉を覗き込んだ。まあまあ本物の占い師っぽい。

「ふーむ。あなたは、大手銀行の秘書課勤務。今日は午前中日曜出勤で、帰りにここに寄った。家では結婚したばかりの旦那さんがあなたの帰りを待っている――。どうじゃ?」

「むぅ……」

 見事なはずれっぷりに私は舌を巻いた。大手銀行員? 私はフリーターよ! それに日曜出勤帰りでもないし、旦那さんなんていやしない! 私は独身よっ! 

 私はその「はずれっぷり」に自分の野望を照らし合わせ、フフと笑みをもらした。

「おや、そんなに正確だったかい? ほっほっ」

 お婆さんは占いが当たったと勘違いして喜んでいる。

「ありがと、お婆さん。明日またくるよ!」

「なんじゃい、もういいのかい?」

「また明日!」

 私はその場を去り、駅の近くの宝くじ屋で宝くじを十枚買って、家路についた。あとはあのお婆さんの占いが「どれだけ正確にはずれるか」を見極めるだけだ。

 翌日。

 私は銀行員ということになっているので、夜になってからお婆さんの所へ顔を出した。バイトの方は暫く休みをもらった。

「おや、昨日の銀行員かい。ほっほっ」

「実はお婆さん、困ったことになってしまって……」

 私は首をうなだれ、「困った」というポーズをとった。お婆さんを騙せるか?

「わしの力でなんとかなる分には手を貸すぞい、ほっほっ」

 バカだ、このお婆さん。人を疑うということを知らないのか。まあ、その方が私としてもやりやすいんだけど。

 私はそっと十枚の宝くじを出した。百円の宝くじを十枚バラで買ったんだけど、必ず一枚は七等の百円が当たって返金されるように、バラで買っても下一桁は0から9までに並んでいるものなのだ。

 私は慎重に喋りだした。

「実は『当たりの宝くじ』が九枚あったんだけど、はずれた一枚とごっちゃに混ざっちゃって、ちょっと困ってるんです」

 お婆さんは少し考え込んだ。きょうび、当選発表日後に宝くじ屋に宝くじを持っていけば、当たりかはずれか一瞬で読み取ってくれる機械があるんだけど、お婆さんがそれを言ってくるか? 「当たりかはずれかなんて宝くじ屋に持っていけば済むであろう」とか。

 しかしそうはいかないのだ。何せこの宝くじは、まだ当選発表前! はずれた一枚を当てさせるとは真っ赤な嘘。お婆さんが「これがはずれじゃ」と言ったものが、七等百円当たりの一枚のハズなのだ。そのお婆さんの「はずれを見抜く能力」を試そうとしているという訳。

 私は十枚の宝くじを裏向きに伏せて置いた。表には日付が書いてある。当選発表日前ということを気付かれてはならない。

「――よろしい。見料千円じゃ」

 よし!

「ふーむ。あんた、これだけ当たれば大金持ちじゃのう。ほとんど百万円以上の大当たりじゃ」

 よしよし、お婆さんの「はずれを見抜く能力」は使えるぞ。

「ただ……この二枚ははずれじゃのう」

「二枚!?」

「うむ。残念ながら、な」

 このお婆さんの力はこんなものなのか? はずれ……当たるハズのくじは一枚なのに。

 いや、ひょっとして一枚は七等の百円。もう一枚は大当たり? まさか、たまたま買ってきた宝くじが大当たりするなんてことは考えられない。お婆さんの読み間違いか? いやしかし……。

 私は即座に答えを出せなかった。

「……ありがと、お婆さん」

 それだけ言って、私は席を立った。私の野望もここまでか?

 私はやるせない気持ちで二枚のはずれ――当たるハズのくじを持ち、残りの八枚はお婆さんの見ていない所で破り捨てた。

 そして私は次の日曜、宝くじの当選発表日を待った。


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