対決
@tabizo
対決
ここは都会の片隅のとある一軒のバー。一人の男が静かにグラスを傾けている。歳は40代後半といったところか。どことなくただのサラリーマンではないというオーラを放っている。男の視線が入口に向けられ、一人の男が入ってきた。
こちらの方は30代半ぐらいだろうか、まっすぐに先ほどの男の方に向かい、横に座ったた。
「どうだ、何か掴んだか?」
「いや・・・何名か気になる人物はいるにはいるが、まだ確証が得られていない。もう少し調べてまた報告する。」
「サングラスはこんな暗い場所でも外さないんだな。」
「これは俺のポリシーだ。仕事には関係ない。」
「まぁ、そうだけどよ・・・。」
それっきり二人は何も話さず静かに飲んでいる。
年配の男の名は日野 浅次郎、県下NO.1の検挙率を誇るベテラン刑事だ。彼に目をつけられたらどんな犯罪者も逃げ切れないとまで言われる凄腕の刑事である。
もう一人の男は風間 雄司、フリーランスのカメラマンで、ほぼ100%の確立で依頼されたターゲットのスクープ写真(決定的瞬間)をカメラに収めるということでジャーナリストの間でも有名な人物だった。今まで有名代議士の不祥事の現場や犯罪組織の取引現場などの撮影に成功しており、その噂は警察内にも届いていた。 日野はある目的のために、業界内で‘パーフェクトハンター’と呼ばれる風間と組むことにしたのだ。
実は、最近巷を騒がしている窃盗犯がいた。盗みの手口は巧妙で、いかなる証拠も残さず、神出鬼没で誰もその姿を見たことがなかった。年齢、性別、国籍はおろか、単独犯なのか仲間がいるのかさえもわからない状態だった。世間ではその完璧な犯行から‘ザ・パーフェクト’や‘怪盗ファントム’などと呼ばれ、裏ではファンサイトも立ち上がるほどだ。
その怪盗がこの街に入ったという情報があり、ベテラン敏腕刑事の日野はそのプライドにかけて怪盗逮捕に全力を注いでいた。
店を出た日野を若い刑事が出迎える。止めてあった車に乗り込む二人。
「日野さんほどの刑事が、どうしてあのようなカメラマンを頼るのか、わからないんすよ。あの男信用出来るんでしょうか・・・」
夜の街の明かりが後ろに流れていく。しばらく窓の外を見ていた日野が口を開く。
「俺はもう奴に負けるわけにはいかないんだよ。どんな手を使ってでも捕まえてみせる。」
そう言って日野は自分がこの件にこだわっている理由を話し始めた。
自分がまだ若く、別の街にいた頃、怪盗ファントムと対峙したことがあり、その頃は自分が未熟で取り逃がしてしまったこと。それから必死に精進して今の検挙NO.1といわれる自分がいること。そしてファントムの逮捕が自分の最終ゴールだということを。
「でも、警察が厳重な配備をひいていてそれを突破されたのなら日野さん一人の責任じゃないと思うんですけど。奴はそれほど凄いのですか?」
日野は煙草に火をつけながら、かぶりを振った。
「確かに手際はいいが、やっかいなのは、どこを狙うかわからないということだ。漫画やドラマのように前もって予告状を送りつけてくるような真似はしないからな。ターゲットは銀行から小さな宝石店、金持ちの個人邸宅まで幅広い。場所と日が絞れなければ署の警官を総動員しても間に合わん。」
「それで風間の出番というわけですか。」
「まぁ、そんなところだ。プロにはプロを―だ。」
夜の闇が一層濃くなり、街全体を包み込んでいった。
ある夜、風間は一人の男を追っていた。彼のファインダーの奥にいる人物は駅前の鍵屋の主人だ。風間が気になると言っていた人物の一人らしい。
男は宝石店の前までくるとあたりを見渡し、動きをとめた。
(誰かを待っているのか・・・)
風間は男に気づかれないようにシャッターを切る。
しばらくすると黒いワゴン車が店の前に止まった。車の陰になり、男の姿が確認できない。風間は慎重に距離を詰めながら彼の姿を追う。そして夜の闇に消えていった。
翌朝、宝石店では大騒ぎになっていた。怪盗ファントムが警報機を見事に無効化し、手際よく宝石を盗み出していたのだ。
しかし数日後、犯人が逮捕されたのだった。あの駅前の鍵屋の主人だった。
風間の撮った写真が決め手になったのだ。店の前を窺う姿、宝石を詰めたバッグを持って出てくるところ、決定的な写真ばかりだった。
警察署内では、逮捕された男の取り調べが行われていた。部屋から出てきた若い刑事に日野が声をかける。
「どうだ、様子は?」
若い刑事が困った顔をして答える。
「それが・・・。自分はやっていない、あの写真はねつ造されものだ、の一点張りで。自分はある人に呼び出されて宝石店の前に行っただけだと。そしたら車が来て無理やり車内に押し込まれて、何か薬のようなものを嗅がされて意識を失い、気がついたら自分の部屋で寝てたと言うんです。あれだけ世間を騒がせた男が捕まってみたら何とも情けない言い訳をするなんて・・・。」
「ふ~ん、それで盗んだ宝石の隠し場所についてはどうだ?」
「それもまだ・・・。」
日野が労うように肩をポンポンと叩いていった。
「まぁ、自供するのも時間の問題だな、今日は気晴らしに飲みにいくぞ。俺のおごりだ。」
「本当ですか?ごちそうになります。」
その夜、高架下の飲み屋の屋台。
「日野さん、おごるって、ここですかぁ!いくらなんでも・・・その・・・」
若い刑事は隣の日野に文句を言っていたが、屋台のオヤジの視線に気づき口ごもった。
その様子を離れたところから見ている男がいた。風間だった。そして口元に不敵な笑みを浮かべながら、宝石がぎっしり詰まったカメラケースとともに夜の街に消えていった。
屋台には刑事二人。
「ところで日野さん、さっきから何を見てるんですか?」
日野は勘定を投げるように置くと、若い刑事を促した。
「動いたな・・・おい、いくぞ!」
慌てて席を立つ刑事に日野は走りながら言った。
「実は街の全ての宝石店にお願いして宝石の一つに超小型の発信機を取り付けさせてもらっていたんだよ。今、宝石を持って動いてる男がファントムだ。追いかけて捕らえるぞ!」
END
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