第87話 異世界騒動の結末


 街に近づいたところで、ラティと綾香がマップに表示された。

 それを知って安堵したのは、三十分くらい前のことだ。

 現在は既に街に入り、大聖堂に向かっているところだ。


「それで、どうやって大聖堂に潜り込むんだ?」


 四輪車の運転をリルレラに任せたアレージュが視線を向けてきた。

 この人数で乗り込むことに不安を覚えているのかもしれない。戦力から言えば十分だと思えるが、レレアラを心配しているのかもしれない。

 だが、彼女の心配は取り越し苦労になるだろう。


「綾香が暴れているはずだから、きっと簡単に入れるさ。なんたって破壊魔コンビだからな」


 破壊といえば、ダントツでラティと綾香だ。


「それって、白竜に変身する人、あと、ヤバイアイテムを作る人ですよね。あれのお陰で、計画が上手くいったのに」


「なんだと!? それはどういうことだ?」


 リルレラの発言は聞き捨てならない。計画とは獣国での出来事についてのはずだ。


「ああ、彼女が作った結界装置を頂いたんですよ」


 あの時、闘技場の外でも固有能力が使えなかったのはそういうことか。確か、巨人を倒した後、回収に行った綾香が無くなっていたと言っていた。こいつらが盗んだのか。まあ、今更いってもはじまらんか……


「はぁ~、それはもういい。それよりも急ぐぞ」


「急ぐのは良いですが、どこから入るのですか?」


 問いかけてくるレレアラは、少しばかり不安そうにしている。

 まあ、五人で敵地に乗り込むと考えれば、誰でも肝を冷やして当然だ。

 だが、死神たる俺にとっては、ちょっと教皇を問い詰めてくることなど、嫁の機嫌をとるよりも容易いことだ。


「正面から堂々と入るさ。道案内は頼む」


「はい。教皇の居そうな場所は、何となく分かりますから」


 快く返事をしたレレアラだが、実際は彼女を嘲笑うかのように、教皇の姿は見当たらなかった。

 侵入に関しては、ラティと綾香が暴れてくれるお陰で予想通り簡単だったのだが、お目当ての教皇が見つからない。

 というか、少しばかり奴等が暴れ過ぎて、建物が壊れそうな気がする。


 あいつら限度というものを知らんのか? 少し発破をかけ過ぎたか……ほんとに破壊魔だな。


「すみません。役に立てなくて……」


 嫁達の暴れっぷりに呆れていると、レレアラが申し訳なさそうな様子で頭を下げてきた。

 別に彼女の所為じゃないし、責める気はないのだが、教皇が見つからないのではお話にならない。


「いや、気にするな」


「だが、これからどうするのだ?」


 アレージュの問いかけも尤もだ。マナ枯渇の原因がわからないと、先へは進めない。

 こうなると、虱潰しらみつぶしにするしかないのだが、実をいうと気になることがあった。


「なあ、ここって大聖堂の真ん中だよな?」


「はい。中央礼拝堂なので、間違いありません」


 レレアラのいうことが確かなら、ここに誰かが居るはずなのだが……


「どうされましたか?」


「いや、ここに人が誰かが居るはずなんだが……」


 マルセルを他所に周囲に視線を向けるが、そこに居るのは痛い目に遭った衛士ばかりだ。


「もしかして、ここには地下があるのか?」


「地下なんて聞いたことがないぞ」


可能性について尋ねると、アレージュが首を横に振る。

ところが、レレアラは何か思い当たる節があるのか、考え込んでいる。


「地下……もしかして……」


「レレアラ、何か知っているのか?」


 思考を止めたレレアラが声を発すると、気になったアレージュが視線を向けるが、彼女はゆっくりと首を振った。


「いえ、ただ、古き書に、いにしえの邪竜を討ち倒し、その上に大聖堂を築いたという記述があります。神話だと思っていたのですが、もしかしたら大聖堂の地下に何かあるのかもと……」


「なるほど、古書の話が本当かはわからんが、多分、地下に誰かいる」


 そう、マップでは、この近くに誰かが居ることが記されている。

 それがここではないとすると、上か下になる訳だが、天井には絵画が描かれているだけだ。

 そうなると、地下の可能性が高い。


「でも、地下といってもどこに通路があるのかな? なにか仕掛けがあるの?」


「それは、私にも分かりません」


 妹であるリルレラの疑問にも、レレアラは首を横に振る。

 だが、地下への道を探すのは、それほど難しいことではない。


 ふんっ、仕掛けを見つけるなんて簡単だな。


「俺に任せろ」


 胸を張って宣言すると、レレアラ、アレージュ、リルレラが期待の籠った眼差しを向けてくる。

 ただ、マルセルだけは、とても不安そうだ。

 それを無視して固有能力を発動させる。


「空牙! 空牙! 空牙!」


 通路が隠されているというのなら、何かが塞いでいるはずだ。それを取り除けば、見つかるのも道理だ。


「あっ、聖堂の壁が! 床が! なんてことを……」


「おいっ、いくらなんでもやり過ぎだ」


「さすがは、あの世界で破壊神と呼ばれるだけはあるよね」


「はぁ~、やっぱり……こうなると思いました」


 直径一メートル大の空牙であちらこちらを削っていくと、レレアラが顔を引き攣らせ、アレージュがクレームを入れてきた。

 リルレラからは心無い発言が飛び出し、マルセルは大きな溜息を吐いた。


「なに言ってるんだ。こんなの序の口だろ。それに、破壊神は俺じゃないぞ。破壊の神は奴等だ」


 唯一無傷の壁に親指を向けると、次の瞬間、破裂するか如く粉々に砕け散った。


「ほ~ら、俺なんて可愛いものだろ?」


「あっ、ユウスケっ」


「ユウスケーーーーっ!」


 壊れた壁の向こうから現れた綾香とラティだ。

 二人が近づいていることはマップで確認していたので、特に驚くことはない。


「ユウスケ、アヤカがもうむちゃくちゃなんちゃ。変態扱いにされたんよ。ほんとに勘弁して欲しいんちゃ」


「ちょっ、ラティ!」


 俺の姿を見つけるや否や、もの凄い勢いで抱き着いてきたラティが不満を爆発させる。

 何があったかは知らないが、この雰囲気からして、また何かやらかしたようだ。

 それは、モジモジとする綾香を見れば一目瞭然だ。


「まあいい。それは後で聞く。それよりも先に進むぞ」


「聞かなくていいです」


「先にって、どこにいくん?」


 綾香の抗議を無視して、空牙で見つけた通路に指を向けることでラティに応える。


「地下だ」









 いつまでもムクれている綾香を宥めつつ、長い階段を降りると、そこには巨大な扉があった。

 美しい装飾が施された立派な扉は、沢山の人と金と時間がつぎ込まれた成果だろう。

 ただ、あまりにも大きく、とてもではないが、人が開けられるようなサイズに見えない。

 まあ、俺達の力なら簡単に開けられるのだが、常人では不可能だろう。それを考えると、この扉の開閉には何かの操作が必要だろう。もちろん、その方法を知る者などここには居ない。となれば、おのずと結論は導き出される。そう、破壊だ。

 ただ、綾香にやらせると、埃と破片が撒き散らされることになるだろう。できるならクリーンに片付けたい。やはりエコは大切だ。そうすると、手段は一つ。


「あうっ、まさか」


「空牙!」


 レレアラが顔を引き攣らせているのを無視して、容赦なく扉を丸く繰り抜く。

 待ったをかけられる前に、サクッと片付けるのがコツだ。


「まだ壊し足らないのか!?」


 アレージュが驚愕しているが、これもスルーだ。


「まあ、嫌というほど見た光景だよね」


 常日頃から正体不明の視線が気になっていたが、どうやら犯人はこいつらのようだ。

 本来であれば、覗きの現行犯で糾弾きゅうだんするところだが、まあいい、とにかく目的を優先しよう。


「ここにいるのは四人だ。気を付けろよ」


「了解なんちゃ」


 綾香産アーチェリーを取り出したラティが頷く。

 その横では、何か思うところがあるのか、マルセルが眉を顰める。


「四人というと、もしかして――」


「おそらく教皇と礼の三人、メルガ、キラナ、リンデルだろうな」


 アレージュの言う通りなら、願ってもないことだ。できれば、少しばかり報いを与えたいと思っていたからな。

 そんな想いが叶ったのか、長い通路を抜けたところに、予想通りの三人と見たことのない初老の男が立っていた。

 多分、あの男が教皇なのだろう。一見温和そうに見えるが、あのアルカイックスマイルの下には何が隠れているのだろうか。いや、それよりも気になるのは、奴等の後ろにある黒い氷塊だ。

 その氷塊は、この広い空間を圧迫するほどの大きさだ。いや、見えているのは一部だけかもしれない。


「おお、レレアラ、どうしたのだ? ん? アレージュか。久しぶりだな。無事に戻ってきたか。何よりだ」


 教皇は高い檀上に立って笑みを浮かべて頷いているが、後ろに控えている三人のことを考えると、白々しいとしか言えない。

 しかし、レレアラは冷静に問いかける。


「教皇。いくつかお聞きしたいことがあります」


「ん? なんだね?」


 こんなところにまで来ているのだ。恐らく疑われていることには気づいているはずだ。

 それでも笑顔を崩さないところを見ると、何らかの策を巡らせていると考えた方が妥当だろう。


『なにか仕掛けてくるかもしれん。くれぐれも気を抜くなよ』


『はい』


『了解なんちゃ』


『分かりました。というか、あの笑みが気持ち悪いです』


 注意を喚起すると、マルセルとラティが頷く。二人に続いて頷く綾香が感想を付け加える。

 そして、その感想は、全く以て同感だ。


「マナの消失が異世界の所業ではないと聞きました。それは本当でしょうか」


「誰がそんなことを?」


「教皇の後ろに居る女達だ」


 怒りを顔に貼りつけたアレージュが、しらばっくれる教皇の背後に指を向けた。

 すると、教皇はチラリと背後に視線を向ける。

 途端に、二人の女がそっぽを向き、一人が肩を竦める。

 それを見た教皇は、肩を竦めて深い溜息を吐く。


「はぁ~、困った娘達だ」


「事実なのですね。なぜそのような虚偽を……やはり権威のためですか!?」


 教皇の態度を肯定と判断したのだろう。眉をピクリとさせる教皇の態度を無視して、レレアラは続けて責め立てる。


「それに、枯渇しているマナは、教会の差し金ですか?」


 これまでお淑やかだっただけに、レレアラの剣幕は予想外だった。まさに神敵を前にしたかのような形相だ。

 だが、教皇は嘲りの笑みを浮かべ、派手な腕輪が目立つ右手を差し出した。


「これから死ぬ者が知る必要もなかろう。古き英霊たちよ。聖なる力を以て、世界に仇なす不浄を駆逐せよ」


 おいおい、不浄かよ……まあ、散々と破壊しまくったんだ。あまり否定もできんけど……つ~か、感心している場合じゃなさそうだ。


 教皇が手を振ると、石が敷き詰められた地面が盛り上がる。

 そこから出てきたのは人の骨だ。無数の人骨が地面から出てくる。

 スケルトンが相手かと思いきや、次の瞬間、どこから湧き出たのか、みるみる肉がついていく。

 その様子は、正直いって気持ち悪い。

 なにしろ、初めに筋肉や筋が付き、その後に皮や髪が生まれる。瞳がぎょろりとして完成だ。

 しばらく食卓で肉の料理は見たくないと思える光景だ。


「こ、これは……英霊召喚」


「禁忌の法だな。これは、完全に黒だな」


 レレアラが驚きを露わにすると、アレージュが眉間に皺を寄せて有罪判決を下す。

 彼女達の言葉が本当なら、少しばかり厄介なことになりそうだ。


「マルセル。試しに浄化してもらえるか?」


「はい。エリア浄化!」


 どこから持ち出したのか、いつの間にか武器まで手にした英霊達に向けて、マルセルが浄化の魔法を放つ。

 しかし、なんの変化も表れない。


「こ、これは……もしかして、英霊だからですか?」


「やっぱりな。一応は聖なる存在なんだろうな」


 マルセルにとっては予想外だったようだが、何となくそんな気がしていた。

 アレージュが禁忌の法といっていたが、それでも教皇が召喚したのだ。古の聖戦士なのだろう。


「ラティ、やるぞ。綾香、敵を近づけさせるなよ。マルセルは結界だ」


「了解なんちゃ」


「任してください」


「はい。結界!」


 マルセルの結界が展開されるのを確認して、英霊とやらを迎え撃つ。


「悪いが、土に戻ってくれ」


 剣を振りかざしてくる英霊に向けて、もっくんを一振りする。

 知らない者からすれば、その一撃は均衡するかのように思えたかもしれない。いや、それどころか、教皇の後ろに居る女達は、木剣などとほざいて嘲笑っている。

 だが、もっくんはそんなに温くない。

 剣を斬り裂き、それを持つ英霊を微塵にしてしまう。


「いつ見ても異常だよ。その木剣。う~、くわばらくわばら」


 いつの間にかついてきたリルレラが、両腕で身体を抱いて身震いする。

 その言葉から、頻繁に偵察されていたのが分かる。しかし、追及は後だ。


「土に還るんちゃ」


 両手にカタールを持ったラティが、いつもの華麗な剣舞を見せる。

 ただ、やはり一筋縄ではいかないようだ。彼女の表情は優れない。


「キリがないんちゃ」


「ちっ、やられても復活するか。死して尚、酷使される聖騎士か……勘弁して欲しいものだ」


 現代の最強聖騎士であるアレージュからすれば、身の毛もよだつ光景だろう。

 なにしろ、彼女はこの英霊とやらに加わる可能性があるのだ。

 そんな彼女を救うためではないが、この状況を切り抜けるには、根本から消し去るほかない。


「レレアラ! この英霊とやらが消滅してもいいか?」


「えっ!? 消滅ですか? 構いません。死した者の魂を呼び寄せるなど、言語道断の禁呪です」


 一瞬、驚いた表情を見せたレレアラだが、すぐさま力強く頷く。

 ならば遠慮することはない。


「安らかに眠れ。空牙!」


 黒球が英霊を食らう。二メートル大の黒球は、恰も何もなかったかの如く英霊を消し去る。

 もちろん、復活することもない。次元の狭間に飲み込まれた魂が戻ってくることはない。

 哀れだとは思うが、死して尚こき使われるよりはマシだろう。

 実際、どう思われているかは分からないが、そう自分に言い聞かせる。


「くっ、なんということだ。これが報告にあった死神の力か」


 欠片ひとつ残すことなく英霊を消し去ると、薄ら笑いを浮かべていた教皇が、初めて憎々しげな表情を見せた。

 後ろに控えている三人の女も怯えた表情を浮かべている。

 だが、本番はこれからだ。空牙で英霊を一掃していく。ここにアンジェが居れば、間違いなく不平を述べただろう。


「英霊は居なくなったぞ? さあ、教皇さん、本当のことを教えてくれよ」


 数えるのも面倒なほどに湧いていた英霊を綺麗さっぱり消し飛ばし、もっくんを教皇へと向ける。


「なんと無礼な!」


「まあ、礼儀がないのは否定しね~よ。それよりも、枯渇しているというマナは、その黒い氷塊に吸わせているのか?」


「……」


 思いっきり当てずっぽうだった。そう、適当に鎌をかければ、何か話し出すかと思ったのだが、教皇の顔色からすると図星だったみたいだ。まさに、嬉しい誤算というか、棚から牡丹餅ぼちゃもちというやつだ。


「ふ~ん。それで、その氷塊の中身は何なんだ?」


「……」


 教皇は頬をひくつかせるが、なかなかゲロしない。素直に教えてくれるとも思っていないので別に構わないのだが、レレアラが何かに気付いたようだ。


「黒い氷塊……まさか……」


「レレアラ、何か知ってるのか?」


 顔を青くしたレレアラが、コクリと頷く。

 その表情からして、かなりヤバイそうな気がする。


「あれこそが、古の邪竜かもしれません」


「おいおい、それって討伐されたんだろ?」


「はい。古き書ではそうなっていますが、ここに巨大な氷塊があるとなると、それしか考えられません」


「マジかよ……」


 邪竜と言われると、あまり良い印象がない。そう、魔国ではあわや死ぬところだったからな。

 ただ、嫌なことほど実現するようだ。


「ふんっ。気付いたか。筆頭神子というのも、良し悪しだな」


 次々に言い当てられた所為か、教皇はとうとう開き直った。

 それと同時に、表情が邪悪な色で染まる。


「それで、その邪竜をどうするつもりだ? お前が操れるわけではないだろう」


 そう、邪竜を復活させても自滅の道が待っているだけだ。誰も何も得ることができないはずだ。

 ところが、奴は邪悪な笑みを見せる。それこそ邪竜が乗り移っているかのようだ。


「くくくっ、私がそれほど愚かだと思うかね? 操る方法は考えてあるさ」


「怪しいもんだな」


 これってあれじゃね? ミストニア王がトキシゲに操られていたのと同じパターンだったりして……まあ、どっちでもいいや。やることは同じ、葬るだけだ。


「仮に操れたとして、邪竜を解き放って何をするつもりですか!? そんなことをして何になるのですか」


 俺の中では既に結論が出ているが、レレアラは納得できないようだ。さらに問い詰める。


「そんなことは知れている。私がこの世界の王となるのだ。愚かな国々を滅ぼし、私が王となるのだよ。あはははははははははは」


「おいおい、ここにもバカが居たぞ。王になって何が嬉しいんだ? 面倒なだけじゃね~か」


「狂ってるな。いや、憑りつかれているのか。正気の沙汰ではないぞ」


 もはや呆れて物が言えないと思いながらも、感想を口にすると、嫌悪の表情を見せるアレージュが頷いた。

 彼女から見ても教皇の言動が信じられないのだろう。しかし、奴が狂っていようが、正気であろうが、そんなことは問題じゃない。


「まあいい。マナ枯渇の原因は分かったし、面倒なことになる前にサクッと終わらせるぞ」


「ですが、それで解決になるのですか?」


 黒い氷塊をサクッと空牙で消し去るつもりだったのだが、マルセルが訝しげな表情を向けてくる。

 彼女が気にしているのは、後始末のことだろう。

 ここで原因を取り除いても、元凶が綺麗さっぱり無くなってしまうと、事実を知ら締める手段がなくなり、誰も信用しないのではないか。

 おそらく彼女はそんな考えを持ったのだろう。伊達に夫婦をやっている訳ではない。それくらいは推し量ることができる。

 だが、そんなことなど知ったことではない。この世界の者が責任をとればいい。そもそも、俺達は被害者なのだ。

 それに――


「約束は原因を究明すること。それと、何とかなるのであれば手伝うという内容じゃなかったか?」


「そうですが……」


 元凶を葬り去れば、約束は守れる。それ以上は教会が何とかすることだ。

 自分が言い出したのだ。マルセルが理解していないはずない。それでも、彼女の良心が黙ってはいないのだろう。


「なんとかなりませんか?」


 卑怯だ。そんなウルウルの瞳で訴えられたら、ノーと言えないじゃないか。


「ユウスケ。あなたは神なのでしょ? どうか、この世界をお救いください。供物が必要だと言うのなら、私が……」


「ちょっとまてーーーー! 神といっても、死神だ! 供物なんていらね~し! 勘弁してくれ」


 何を血迷ったのか、俺の前で跪いたレレアラが拝み始める。

 必死に抵抗するが、アレージュまでもが膝を突いて首を垂れる。


「私からも頼む。この身がどうなろうとも構わない。この世界を救ってくれ」


「いや、要らないから、供物もその身も仕舞ってくれ」


「あ~っ、また嫁を増やすつもりなんちゃ」


「ちげ~~~っ」


 ラティから冷たい視線を浴びて首を横に振るのだが、さらに追い打ちが掛かる。


「二人で足らないなら、ボクも――」


「だから、要らないって言ってるだろ」


「帰ったら、エルザに言いつけますよ。唯でさえなかなか順番がまわってこないのに……」


「だから、ちげ~って!」


 リルレラまで便乗してくるものだから、綾香までもが頬を膨らませる。

 この遣り取りを目にして、何か勘違いしたのか、教皇はご満悦だ。


「なんだ、こんなところで内輪もめか? くくくっ、それも仕方あるまい。邪竜を前にして生き残れるはずがないからな。さあ、古の邪竜よ! いま蘇り、我がしもべとなれ!」


 こっちが別件で揉めている間に、ちゃっかり邪竜を蘇らせやがった。なんて卑劣な奴だ。きっと、ヒーローとの戦いだったら、変身タイミングで攻撃するんだろうな。


 心中で不満を垂れ流している間も、黒い氷塊に亀裂が入り、ぱらぱらと破片が落ちていく。

 その速度はしだいに加速し、次の瞬間、一気に粉々になって吹き飛ぶ。

 大小様々な破片は、まるで砲弾や弾丸の如き勢いで撒き散らされる。


「結界!」


 咄嗟にマルセルが結界を張ることで無効化することができたが、より近くに居た者達はモロに被害に遭ったようだ。


「痛い……」


「うぐっ」


「かはっ」


 撒き散らされた破片で吹き飛ばされた三人の女が地に転がる。

 誰もが真っ赤な血を流している。というか、腕や脚があらぬ方向に曲がっている。

 どうみても致命傷だろう。これも因果応報と言うべきだろうか。

 だが、その法則から逃れる悪運強い者も居るようだ。


「おおっ! 邪竜よ。よくぞ蘇たった。さあ、私のために戦え」


 黒く巨大な竜を前にして、怯えるどころか喝采の声をあげる教皇が、両手を広げて邪竜に命じる。

 その度胸だけは認めてやりたい。それほどに巨大な黒竜なのだ。顔の大きさからして、おそらくラティの竜化と変わらないサイズだろう。

 しかし、そんな感心も一瞬で消えてしまう。


 おいおい、制御できるんじゃなかったのか?


「きゃっ」


「うおっ」


「あ~あ、食べられちゃったよ。痛そう~~~~」


 レレアラが顔を背け、アレージュが目を細める。

 リルレラも顔を引き攣らせているが、その感想は少しばかり場違いだ。あれは痛いで済む問題ではないだろう。

 なにしろ、血みどろとなった下半身だけが転がり、上半身は竜の口の中だ。苦痛を訴える暇さえなく逝ったはずだ。


「まあ、これこそ自業自得か……それよりも、さっさと片付けるとするか」


「まってっちゃ。ウチがやるんちゃ」


 どうやら邪竜を目にして対抗心を持ってしまったようだ。ラティが一歩前に出る。

 ただ、こんなところで竜合戦をやられても困る。いや、ラティの竜化を思い浮かべたところで良案が生まれる。


 よし、これだ。これなら丸く収まるぞ。


「おい。みんな聞いてくれ。俺にいい案がある」


 思いついた案を実行すべく、全員を呼び寄せる。

 恐らく、これで万事うまくいくはずだ。









 茜色の陽が街を朱く染める。

 それもあってか、空から見下ろす町並みは、生気のなさがより黒く映る。

 周囲を見回すと、大聖堂での騒動が伝わっているのか、多くの住人が遠巻きに様子を覗っている。


 お誂え向きだな。さあ、おっぱじめるか。


「愚民どもよ。よく聞け。我は魔王。愚かな人間を葬るべく、この世界のマナを使って古の邪竜を復活させる。さあ、滅ぶがよい」


 ぶっちゃけ、この世界の人間が愚民なのかは知らない。でも、これで魔王の存在を知らしめることができたし、マナの行方も明確になっただろう。

 ああ、もちろん、インパクトを与えるために例の死神装束だ。これって、全く以て魔王風ではないのだが、この世界の者が知るはずもない。

 ただ、恐怖の対象になるのは間違いないだろう。それはレレアラとリルレラ姉妹が身をもって証明してくれたので確実だ。その出来事については、二人の尊厳に関わるので、公言しないでおこうと思う。


 よしよし、住民がみんな怯えてる。いい調子だ。


『さあ、やるぞ』


『了解なんちゃ』


『やっぱり、その格好はイケてます』


 何処がだ。バカちん!


 ラティの返事の後に、綾香のうっとりとした声が届くが、不満しか感じない。


「さあ、出でよ、邪竜!」


 綾香が作った拡声マイクで、邪竜の登場を住民に知らしめると同時に、巨大な空牙を放つ。

 その一撃は、教会の真ん中に巨大な穴を穿つ。

 その途端、解き放たれたかのように邪竜が空に出てくる。

 そんなタイミングで、透き通った声が響き渡る。


「魔王の思う通りになどさせません。いまこそ聖なる剣を呼び覚まし、悪しき竜を葬り去ります」


 綾香製の拡声マイクを渡されたレレアラが、堂々たる出で立ちで腕を振る。


「聖なる剣よ。世界に仇なす不浄をはらえ。参れ! 聖竜よ!」


「アンギャーーーーーーーーーーーー!」


 彼女が聖女っぽく宣うと、邪竜に負けず劣らずの巨大な白竜が舞い上がる。

 ああ、もちろん、ラティの変身した姿だ。

 というか、呼び出したレレアラが顔を引き攣らせている。

 まあ、初めてなら誰でも腰を抜かす代物だからな。


 さて、俺はそろそろ退散するか。


「ふんっ、そのような貧弱な竜で立ち向かえると思うなよ。まあいい。この世界が滅びるまで、のんびりと見物させてもらおう」


「そうはいくか! 魔王よ。砕け散れ!」


 レレアラの隣から飛び出したアレージュが、例の青い大剣をぶん投げた。

 その勢いは凄まじく、空にある俺に向かって一直線に飛んでくる。

 実際、それを食らって葬り去られる間抜けな魔王など居ないだろう。だが、ここは三文芝居であっても、住民にわからせる必要がある。魔王が討たれたと。


「ぐおっ! なぜだ。愚かな人間どもに討たれるなど……おのれ! 邪竜よ、全てを滅ぼせ。かはっ」


 大剣が腹に刺さっているように見せかけて、地面へと墜落する振りをする。

 これで、自分でもイケてないと思う演技とおさらばだ。


 ふ~っ、あとは邪竜を葬るだけか。なんて考えていると、ラティからクレームが入る。


『ウチ、貧弱じゃないんちゃ』


『いやいや、飽くまでも演技だから。ラティは貧弱じゃないぞ』


『ほんと?』


『ああ、ほんとだ。だから、気を抜くなよ』


『わかったっちゃ』


 ラティを宥め終え、直ぐに瞬間移動でみんなのところに戻る。

 もちろん、死神装束は解除している。


「これでいいだろ? あとは邪竜を倒して終わりだ」


「そ、そうなんですが……」


「なあ、これの後始末はどうするつもりなんだ?」


 自信満々で胸を張ってみたのだが、レレアラの反応がかんばしくない。

 それどころか、アレージュが片方の眉を吊り上げた。


「死神さんが責任をとってくれるんだよね?」


 リルレラが指さす方向に視線を向けると、そこでは邪竜と白竜がプロレスの如き戦いを繰り広げていた。

 もちろんリングとなった街が無事であるはずがない。


「はぁ~。作戦を聞いた時、嫌な予感がしたのです」


 マルセルがガックリと肩を落とすと、隣に立つ綾香が勝ち誇るかのように薄い胸を張る。


「やはり、ユウスケは破壊神ですね」


「ちげ~~~~~~っ。だいたい、ウルト〇マンだって怪獣との戦いで街を壊すじゃないか」


「アンギャーーーーーーーーーーーー!」


「フンギャーーーーーーーーーーーー!」


 否定の叫びを掻き消すかのように、二匹の竜が激しく暴れまわる。

 その戦いは、街の被害など些事さじであるかのように、日が暮れるまで続けられた。









 久しぶりの和食で腹を満たし、温かい緑茶をすすると、一気に気分が落ち着いてくる。

 こうしてのんびりしていると、獣国や異世界での出来事が、まるで夢だったかのように思えてくる。

 そう、俺、いや、俺達はあの世界から戻ってきた。そして、現在はジパングにいる。

 どうやったら戻れるのかと、色々と心配したのだが、それは取り越し苦労に終わった。

 というのも、ワープで簡単に戻れたからだ。

 恐ろしくご都合主義だが、無事に戻れたので良しとしよう。


「あ~っ! それ、ウチの卵焼きなんちゃ」


「あま~いぎゃ。早い者勝ちぎゃ」


「く~~~~~っ、ジルのバカッ! ウチより弱いくせに」


「なんぎゃと~~~~! 聞き捨てならんぎゃ。白黒つけてやるぎゃ。表に出るぎゃ」


「望むところなんちゃ。ジルなんて返り討ちなんちゃ」


 黒髪の少女――ジルがムキになって食ってかかると、ラティが白銀の髪を揺らして立ち上がる。

 どうやら、最後の卵焼きが争いの原因らしい。


「おいおい。やめろ。お前等が暴れたら街が粉々になるじゃないか。卵焼きひとつで大京都を瓦礫にするつもりか!」


「だってぎゃ、ユウスケ……」


「ユウスケはウチのダンナサマなんちゃ。ジルは甘えちゃダメなんちゃ」


「うぐっ! ラティのケチ! どケチのラティ」


「ウチは、ケチじゃないんちゃ」


 泣きついてくるジルだったが、ラティに阻まれ、低次元の争いを再開する。

 この少女ジルは、何を隠そうあの時の邪竜だ。

 あの時、二匹の竜は街を破壊し尽くさんばかりに暴れていたのだが、陽が沈んだころに決着がついた。というか、邪竜が空へと飛び立ったのだ。それもあって、ラティは自分の勝ちだと言い張っている。

 まあ、ラティの主張は置いておくとして、邪竜をそのまま放置する訳にもいかない。即座に追跡を始めたラティの後を追った。

 そして、荒野で見つけたのは、大きな声で泣き叫ぶ少女とオロオロとするラティの姿だった。


「わーーーーーーん、みんながあたいを虐めるぎゃーーーーーー!」


 なんて泣き喚いていたジルを目にして、誰もが首を傾げることになった。

 よくよく話を聞いてみると、彼女は人間に興味をもっただけの竜であり、全く以て邪竜ではなかったのだ。しかし、卑小ひしょうな人間からすれば、巨大な竜は脅威であり畏怖の存在だった。

 悪意を持っていない彼女からすれば、誤解も甚だしいのだが、当然ながら意思が伝わるはずもなく、討伐の対象となってしまったようだ。

 少し補足すると、彼女の場合は竜が本来の姿であり、現在の人化は教皇の血によって得た力のようだ。それ故に、当時は人化もできず、意思の疎通もできなかったという。

 ああ、教皇をぱくりとやったのは、寝ぼけていた所為であり、不味くて直ぐに吐き出したらしい。まあ、教皇なんてどうでもいいので、彼女を責める気もない。

 そんな訳で、当時の聖騎士達によって封印されてしまった彼女は、長い間、大聖堂の地下で眠りに落ちていたのだが、教皇によって呼び覚まされてしまったのだ。そして、久しぶりに起きたところにラティ――白竜が襲い掛かってきたのだ。泣きたくなるのも当然かもしれない。


 呆れかえる事実を聞かされ、少女というか黒竜を哀れに思い始めたところに、ラティからの縋りつくような眼差しを受けてしまう。

 そう、彼女の瞳は「助けてやって欲しいんちゃ」と訴えていた。

 そうして現在に至るのだが、この二人、ことある毎に張り合うのだ。騒がしいにも程がある。


「でも、なんとなく二人とも楽しそうですね」


「喧嘩するほど仲が良いとも言うからな」


「それはいいんだけど、このお茶、渋くない?」


「つ~か、お前等、マジでこの世界に居座るつもりか!?」


 何を血迷ったか、付いてきてしまった三人、レレアラ、アレージュ、リルレラに冷たい視線を向けるのだが、彼女達は全く動じていない。


「聖女なんて真っ平です。それに身も心も死神様の供物として捧げましたので……もういい齢なので、できれば早めに懐妊したいのですが……」


 レレアラは頬を染め、上目遣いで子作りを要求してくる。

 あの一件により、彼女は聖なる剣を呼ぶ神子として名が広まってしまった。

 そして、聖女として祭り上げられたのだが、今回のことで不信感を抱いた彼女は、教会に見切りをつけてしまったのだ。


「そうだな。私も英霊召喚なんて勘弁だ。それに約束は守らないとな。ああ、私は強い子供が欲しいんだが……」


 過去の英霊は空牙で消滅させたが、アレージュに関しては、死したのちに召喚される可能性がある。

 唯でさえ、教会のやり方に不満を持っているのに、都合の良い時だけ呼び出されるとか、確かに願い下げだろう。


「ボクは後でもいいよ。お姉ちゃんとアレージュが切羽詰まってるみたいだから、子供はそのうちでいいかな」


 なぜか、リルレラは自慢げにしている。おそらく、自分は若いと言いたいのだろう。


「ちょっとまて。子供以前に、嫁にするなんて言ってな――」


「ユウスケ! オレを放置して異世界で暴れただと! もう許せん。オレもはらんでやる。こいっ!」


 異世界三人組の意見を一蹴しようとしたのだが、怒りのアンジェが立ち上がり、俺の腕を引っ張る。


 おいおい、もしかして、真昼間からやるつもりか……


 実際、アンジェには悪いことをした。

 なにしろ、獣国に彼女一人を残してしまったのだ。これは怒られても仕方ない。

 異世界から獣国に戻った時、彼女は闘技場に座り込んで待っていたのだ。土下座で詫びたことについては、語るまでもない話だろう。


「おうおう。にぎやかじゃのう」


「じいちゃん」


 どこで話を聞きつけたのか、屋敷に殿様――じいちゃんがやってきた。

 いつもの如くニコニコしていたのだが、部屋に居る面子を見渡してピクリと眉を動かした。


「ユウスケ。お前の女好きにも困ったものじゃ。まあ、女を増やすなとは言わんが、せめて嫁が身籠っている時くらい辛抱できんもんかのう」


「ちょ、ちょっと、じいちゃん。違うんだ。これは――」


「何が違うのですか?」


 じいちゃんからたしなめられ、慌てて弁解しようとするのだが、そこにお腹の大きさが目立ち始めたサクラが現れた。

 恐らく、じいちゃんと一緒にきたのだろう。いや、それはいい。それよりも、彼女の剣幕の方が大問題だ。


「さ、サクラ、これは違うんだ」


「弁解は結構です。いえ、皆さんの前でしてもらいましょう」


「ちょっ、ま、まさか……ま、まて! 早まるな!」


 眉間に皺を寄せたサクラが胸元からデコ電を取り出す。

 それによって起る事態は、考えずして分かることだ。

 すぐさま彼女を押し留めようとするのだが、どうやら遅かったようだ。


「もしもし、エルザさんですか? はい。順調です。ありがとうございます。それで、本日連絡を差し上げたのは、他でもありません。兄様、いえ、ユウスケが新たに女性を連れ込んだこと――はい。はい。了解しました。そのように伝えます」


 コクコクと頷いたサクラが通話を終わらせる。

 次に発せられる言葉は、聞かなくても分かる。いや、聞きたくない。だが、サクラは冷やかな眼差しと一緒に投げかけてきた。


「エルザさんが、直ぐに向かえに来て欲しいとおっしゃってます」


 やっぱりそうなるよな……くっ、まずい。このままだと……


「ま、マルセル。お前は事情を知ってるんだ。一緒に誤解を解いてくれるよな」


「……す、すみません。私には無理です。ユウスケはフェロモンを撒き散らし過ぎです」


 無情にも、マルセルは眼差しを下げて首を横に振る。


 マジかよ……だったら――


「綾香! お前は俺の無実を証明してくれるよな?」


「無実? ユウスケの優柔不断な態度は、間違いなく、ギルティです」


 きっと、供物の件を言っているのだろう。もしかしたら、魚の件を根に持っているのかもしれない。


 ダメだ。こうなったら、逃げるしかない……


 どれだけ声高に無実だと言い張っても、間違いなく責め立てられるのだ。だから、打つ手は一つ。ほとぼりが冷めるまで雲隠れするしかない。もしかしたら、クルシュやエルソルならかくまってくれるかもしれない。

 そう判断して、即座に逃げ出そうとしたのだが、アンジェに捕まれたままだったのが災いした。


「ユウスケ、逃げる気だな。甘いぞ。みんな、取り押さえろ!」


「うわーーーーー! 許してくれーーーーーー! 俺は無実だーーーーーー!」


 こうして新たに女をたらし込んだという事実無根の罪で、俺は家庭内裁判に放り込まれるのだった。


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今回の話は、本話で完結となります。

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さ~て、悪者でいこうか! 夢野天瀬 @yumeno_mirai

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