第77話 作戦は強奪!


 清々しい朝がやってきた。気分も、思考も、記憶も、全てが最高だ。

 ここ最近、白昼夢や記憶喪失などなど、落ち着かない出来事ばかりだったこともあって、久々に爽快な朝を迎えたような気がする。

 気分よく起き出して、そそくさと装甲車の外を確認しに行くと、ヤル気満々のアンジェが鉄パイプとバールを振り回していた。

 どうやら、朝の鍛錬をしているようだ。


 こいつも好きだな~。てか、自分の出番があると思ってるのか?


 朝から元気なのは良いが、それが逆に不憫に感じられてならない。ただ、目覚めが良かったこともあって、心豊かな気分で声を掛ける。


「おはよう。朝から精が出るな」


 いつもなら「精を出すのはお前の役目だろう」なんて、露骨に下ネタをぶちかますアンジェだが、なぜか、いつもと違った反応を見せる。

 なにがどうなったのか、アンジェは途端に固まってしまったのだ。いったい、どうしたのだろうか。


「アンジェ、どうしたんだ? 急に硬直して」


 問いかけても、彼女は返事することなく、今まで元気よく振り回していた鉄パイプとバールをゴリゴリとすり合わせながら、とても恥ずかしそうにしている。


 ん? なにがあったんだ……ああ、もしかして、俺が居なかった時の醜態しゅうたいを恥じているのか? バカだな~! そんなことなんて、気にする必要ないのに……


「アンジェ、塔でお前が死んだ時、俺も酷い取り乱し方をしたもんさ。だから、気にすることはないんだぞ」


 慰めの言葉になるかは不明だが、塔での出来事を口にすると、彼女は鉄パイプとバールを放り投げて抱き付いてきた。


「ユウスケ様……私は恥ずかしいです……寂しかったです。だから、もう居なくならないでください」


 突如として、乙女モードに移行した彼女は、胸に頬を預けて懇願してきた。

 そんな彼女が愛おしくて、思わず抱きしめてしまうのだが、背後から咳払いが聞こえてくる。


「何度も言うようですが、場所を選んでください。兵士が見てますよ」


 綾香のツッコミに反応し、周囲を見回してみると、こっそり覗き見ていた兵士達がササッと隠れた。


 お前等は、台所の悪魔か! てか、アンジェは美人だし、覗きたくもなるよな。でも、俺のもんだ。誰にもやらんぞ! 見るな! 触るな! 近寄るな!


 心中で兵士達を威嚇しつつも、アンジェをゆっくりと放し、綾香と朝の挨拶を交わす。

 朝の挨拶といっても、「おはよう」と声を掛ける訳ではない。それこそ、朝から濃厚なラブシーンとなるのだ。

 これが、ここ数年間ほど続く柏木家の朝の行事だ。

 まあ、発端はエルザの一言だったんだけど、こればかりは感謝すべきかもしれない。


 綾香への朝の挨拶が終わったかと思いきや、次々と嫁達が登場した。

 ラティ、ロココ、麗華、マルセル、サクラが装甲車から出てきた。

 ルルラと美麗に関しては、いまだに眠そうにしている。


 結局、家族全員と朝の口付けを交わしたのだが、愛娘達の場合は口付けと言っても、頬へのキスとなる。

 そんな柏木家に向けて声を掛けてくる勇敢な者がいた。


「おはよう御座います。死神様の家族は、皆が美人揃いですね」


 相も変わらず和やかな笑顔で話し掛けて来たのは、言わずと知れたロビエストだ。

 照れ臭さもあって、頬を掻きながら挨拶を口にする。もちろん、口付けではない。

 家族でない以前に、男と口付けを交わす趣味はない。


「おはよう。いや、美人なのは確かなのだが、なかなか手強い妻達で、俺も手を焼いてるんだけどな」


 照れ隠しもあって、少しばかり事実を口にしてしまうのだが、彼女達は夫を立てる者ばかりなので、人前で不平を漏らしたりしない。全員が礼儀正しく挨拶する。


「ああ、そらなら、噂は聞いてますよ。死神と花嫁達。いえ、十三使徒と呼んだ方が良いですか。この大陸で知らない者など居ないでしょう」


 どうやら、ロビエストは洗脳から逃れているようだ。


 そういえば、マーシャル王国にはダンジョンがなかったな。なるほど、それで死神の存在を覚えていたのか。


 納得しつつも、ロビエストに現状を教えてやる。


「それがな、色々と事情があってさ。現在の大陸じゃ、一部の者を除いて忘れられているんだよ」


「えっ!? それは本当ですか?」


 彼は驚きを示すが、この場で事細ことこまかな説明をする訳にもいかないので、簡単な説明だけで終わらせた。


「そうだったのですか。それにしても、死神様と縁を結ぶとは、私は本当に運が良いのでしょうね。そもそも、死神様が王城に来て下さらなければ、私は今頃、この世の者ではなかった訳ですし……」


 確かに、その通りだと言えるだろう。あの時、俺が現れなければ、王妃、王子、妹君、みんな一緒に他界していたことだろう。

 とはいっても、別に恩を売る気もないし、あるとすれば、この世界の平和に貢献こうけんしてもらうくらいだ。


「気にすることはないさ。これも神様の思召しだろ。俺としては、ロビエストがこの国の安寧あんねいを守ってくれるなら、それでいい」


「ありがとうございます。死神様とは、本当に慈悲深い方だったんですね。ミストニア王国での断罪も聞き及んでおりましたが、思った通りのお方だ」


 何を考えているのか、ロビエストは死神を崇拝している様子だ。その心情が、にこやかな表情に在り在りと見て取れる。

 そんなやり取りをしていると、麗華が側にやって来た。


「ロビエスト王、誠に申し訳ありません。我が主、そろそろ、戦いの準備をする必要がありますわ」


 いつもと違う呼び方だが、ロビエストの存在を気にしてのことだろう。

 少しばかりギョッとするが、それを知らないロビエストは、笑顔を崩さず首肯する。


「いえいえ、全く構いません。それどころか、我が国のために出陣して頂けるのに、邪魔など出来ません」


 確かに、その通りだ。本来なら、彼等が戦うべきなのだ。でも、この世界のために身を粉にして働くと誓ったこともあって、切っ掛けがどうあれ、断罪されるべき者を討つのは本意だ。

 それに、この戦は出張る代わりに、決着方法に関しては口を出さない約束となっているので、ある意味で俺達の戦いにすり替わったと言えるかもしれない。


「よし、それじゃ、最終確認を終わらせて出陣といくか!」


 視線を向けて首肯すると、妻達が景気良く「応」の返事を返してきた。









 相変わらず、戦場とは殺伐さつばつとした風景だ。

 見事に育った麦畑の方が、見るに値する光景だと思う。

 だが、滑稽な話ではあるが、いくさを止めるにも、たたかいが必要なのだ。

 話で解決するなら、そもそも戦になっていないのだ。


 俺は単独で飛行し、竜化したラティには、ロココ、アンジェ、麗華、綾香、マルセルが乗っている。そして、愛娘は留守番となっており、サクラはそのお目付け役で残してきた。

 人間同士の戦いに娘二人を巻き込みたくないという親心だ。

 俺達の手に掛かって他界した者には申し訳ないが、俺達とて親なのだ。できれば子供達に血みどろの世界なんて関わらせたくない。そんな自分勝手な考えで留守番を言い付けたのだ。

 愛娘達は、少し不満そうではあったが、俺の真剣な表情を目にして、渋々ながら納得してくれた。


 飛翔で移動した俺は、マリルア王国軍の百メートル手前に降り立つ。すると、背後に竜化したラティが降りて来る。

 この時点で、マリルア王国軍は蜂の巣を突いたような大騒ぎとなっている。

 その理由なんて、聞く方が野暮やぼな話だろう。だって、目の前に体長が百メートルもあろうかという巨竜が現れたら、誰だって引っ繰り返るほどに驚いて当然だ。

 そんな発狂寸前のマリルア王国軍に向けて、いつもの告知を行う。


「我は死神だ。どんな理由が在るかは知らないが、お前達のやっていることを許す訳には行かない。今直ぐ立ち去るのなら良し、戦うと言うのならば冥府へと旅立つことになる。十分ほど待とう。その間によく考えることだ」


 もう何回目になるか分からない台詞だ。それを綾香の拡声アイテムを使ってバラ撒き、敵軍の前に巨大な空牙を放つ。

 その威力は、地面を丸く抉り、何もかもを飲み込む。

 巨竜が現れた上に、死神から死の宣告が行われ、いまや戦おうとする者など皆無に等しかった。


 そもそも、戦うつもりなんてない。思いっきり脅して逃げ帰らせるのが作戦なのだ。

 だが、こういう場合、責任ある者は、腰が引けつつもなかなか逃げないものだ。得てして、そういう者は、戦いとなれば、後方で見ているだけだ。

 それを体現するように、いまも必死に軍勢の瓦解がかいを抑えようとしている。

 やはり、自分が率先して前に出る気はないみたいだが……

 でも、何をしても無駄だ。絶対に勝てないと解っていて戦う者などいない。

 そう、いくさなんて、生き延びてこそ益のあることなのだ。


「凄い勢いで逃げ出してますわね。まるで人が蟻のようですわ」


 敵軍の逃亡を眺めていた麗華が、端整な眉を片方だけ吊り上げた。すると、アンジェが不満そうに愚痴る。


「くそっ、根性無しばかりだ! 逃げずに戦え!」


 おいおい、それじゃ作戦失敗だろうが!


 呆れて彼女をいさめる。


「いいんだよ。唯の格闘ならいざ知らず、こんな侵略戦争なんて馬鹿げてる。意味もなく命の取り合いなんて、モンスターにも劣るぞ」


「そうですよ、アンジェ。こんな戦いには、何の意味もないです」


 顔を顰めているアンジェに言って聞かせると、綾香が相乗りしてきた。そう、俺達は平和を願う日本から来たのだから、戦わないことが望みなのだ。

 ただ、アンジェとしては異論があったのだろう。膨れっ面で反論してくる。


「でも、それじゃ、何も守れないぞ。ここは、弱い者がしいたげられる世界だからな」


 この世界の考え方は、そうなのかもしれない。だから、それを変えて行く必要があるのだ。

 それを口にしようとした時だった。ロココが割って入った。


「アンジェ、わたし達が変えるニャ。弱い者が理不尽な目に遭わない世界を作るニャ」


 耳をピンと立てたロココの発言は、まさに俺の心情を代弁するものだった。

 そんなロココの心根が嬉しくて、ただただ頷くばかりだ。


「粗方は逃げ出したようですが、戦意を残した者もいるようですわね」


 ロココの成長に感動していると、麗華が状況を的確に伝えてきた。


「うおおおお! オレの出番が来たぞ!」


 一気に元気を取り戻したアンジェだが――悪いな。今回は、お前の出番なんてないんだ……


『ラティ、悪いけど蹴散らしてきてくれるか? なるべく踏み潰すなよ』


『了解なんちゃ!』


 実際、俺は押し潰されて死ぬところだったがな……


 指示に頷いたラティが、空に向かって羽ばたく。次の瞬間には、残ったマリルア王国軍に襲い掛かる。


「おいっ! ちょっと、ズルいぞ! ラティ! こらっ!」


 ダンジョンのみならず、またもや出番をさらわれたアンジェが、鉄パイプとバールを振り回しながら怒声を上げている。


 つ~か、そんなに戦いたいなら、麗華あたりと模擬戦でも遣ればいいんだよ。それにしても、ラティは可愛いな。


 敵の陣地でタップダンスでも踊っているかのようなラティの姿に、場違いな微笑ほほえましさを感じて、思わず一人でクスクスと笑い始めてしまった。









 やはり大空は、これだ。こうでなくては楽しくない。

 ここ最近は、綾香の天空城で過ごすことが多かったが、やはり、空を飛ぶと言ったら、この風を切るような感じだ。


 現在は、大空を飛ぶ竜化ラティの背中の上だ。

 マーシャル王国軍と対峙していたマリルア王国軍を脅しとラティのタップダンスで追い払い、根本原因を取り除くためにマリルア王国の王城に向かっている最中だ。


「おい、ユウスケ! いい加減にしないと、オレもはらむぞ!」


 アンジェは、さっきからずっとこの調子だ。

 というのも、戦う相手を総取りされたのが気に入らないのだ。


 いい加減に理解して欲しいんだけどな。ダンジョンで魔物を倒すなら別に構わないが、相手が人となると、全て殲滅せんめつだ~って訳にもいかないだろ?


「心配するな。次はお前の出番を用意するからな」


 アンジェの肩を抱きながら、優しく耳元でささやいてやる。

 彼女は真っ赤になりながら、ボソボソと言い返してくる。


「本当か!? 今度こそオレの出番かあるんだな」


「ああ、もちろんだ」


 歓喜の笑みを見せるアンジェだが、またまた、後ろから咳払いが聞こえてきた。

 どうやら、アンジェばかりを相手にするのが気に入らないらしい。綾香がご立腹のようだ。


「最近、私に冷たくないですか?」


 ご立腹というか、綾香はかなりの鬱憤うっぷんが溜まっているみたいだ。


 さて、どうやってご機嫌を取るべきか……う~~~ん、そうだ。あれだ!


「綾香、そう言えば、ジパングで黒鉄の炭鉱が見つかったらしいぞ」


 その言葉を聞いた途端、綾香の瞳がアニメの主人公の如くキラキラと輝く。


「ほ、本当ですか? それなら、直ぐに向かいましょう。マリルア王国なんてどうでもいいです。天空城二号を完成させたいんです」


 凄い食い付きっぷりだった。というのも、綾香はこの事件の寸前に、天空城を凌駕りょうがする飛行物の建造に着手していたのだ。

 実を言うと、それがストップしている所為で、余計に不満をつのらせているみたいなんだが、現在の状況がもう少し落ち着かないと、彼女を建造に戻してやれない。


『そろそろ、到着するっちゃ。いい加減に、イチャイチャするのは止めるっちゃ』


 どうやら、ラティも不満が溜まっているみたいだ……


 肩を竦めつつ視線を地上に向けると、彼女の言葉通り、広大な街の中に巨大な城があるのが解った。


『どうするん? 行き成り王城に降りるん?』


 さて、如何しようかな~。


 少しばかり悩んでしまう。なにしろ、俺達の作戦は、相変わらずの行き当たりばったりだからだ。

 大抵、大まかな作戦は決めるものの、細かな内容は特に決めないのが死神流だ。てか、細かいことを決めても、悲しいかな、誰も守らないのだ。

 特に、エルザとか、アンジェとか、綾香とか、ルミアとか、エルザ辺りが、好き勝手に暴れるからな。あれ? 誰か二回出てきたような気がしたが、まあいいか。


『ラティは、空中ホバーしていてくれ』


 ラティに待機を指示し、単独飛行で宙を舞う。


 空から城下を見渡すと、既に大混乱となっていた。

 それも、致し方ないだろう。巨竜とはそれだけ脅威を感じさせる存在なのだ。

 民衆に恐怖を植え付けるのは本意ではないが、時として、恐怖の存在も必要だと思う。


 それなら、敢えて、俺がその恐怖となってやるぜ。


 そんな風に考えながら、右手の指に装着した死神装束の変身指輪の力を発動させる。すると、一瞬にして髑髏面どくろめんに早変わりだ。


『いつ見てもイカしてます』


 髑髏装束を目にした綾香が、念話で感想をブロードキャストしている。だが、反対意見もあるようだ。


『それは、綾香のセンスがイカレているの間違いニャ』


 普通に考えれば、ロココの意見が正論だろう。しかし、綾香が憤慨ふんがいする。


『そんなことないですよ。みんなもそう思いますよね』


 綾香に問い掛けられた面々は、思い思いの感想を述べているが、まとめてみると、女避おんなよけになるとか、民衆に死神の恐怖を知らしめるのに良いという感想はあるが、誰もカッコイイとは言わなかった。

 その結果から、ロココが勝ち誇った表情となり、綾香は地団太じだんだを踏んだ状態となるが、こんな所で内輪揉めをしている場合ではない。だから、話を終わらせようとしたのだが、そのタイミングで、アンジェから本音が漏れてきた。


『正直言って、怖い……その姿を見ると、独りで寝られなくなるから……ユウスケ、今夜は一緒に寝てくれ』


 突如として、漢モードのアンジェから泣きが入ったことで、誰もが言葉をなくし、髑髏カッコイイ議論に終止符が打たれることになった。


 内輪揉めも沈静化したところで、本題に入る。

 別に、城を眺めるために単独飛行している訳ではない。

 城下に視線を向けると、殆どの者が建物に引篭もり、窓からこっそりとこちらを伺っている。


 まあ、当然だよな。


 納得しつつ、今度は城内に視線をやると、兵士がうじゃうじゃと集まっているのだが、奴等は本当に戦うつもりなのだろうか。


 まあいい。取り敢えず、いつもの告知をやるか。


「我は死神だ。此度の侵略は目に余るものがある。故に、この国を我が侵略することにした。従うなら良しとしよう。だが、戦うと言うのなら容赦はせん。地獄に落ちたい奴から掛かってくるがよいぞ」


 今回は誰かを倒すのではなく、この国を乗っ取るつもりなのだ。

 というのも、以前、訪れた時から、この国の体質が気に入らなかったのだ。

 だから、世界の安寧を考える死神としては、この国を乗っ取るのがベストだと判断した。

 まあ、独善だけど、嫁達も誰一人として反対しなかったので、妥当な決断だと思っている。


『さっすが、それでこそ悪者ニャ』


『かっこええっちゃ~~!』


『死神様、最高です』


『ひゃっほ~~~!』


 道徳心や倫理観のしっかりした麗華は、その端整な眉をひそめていたが、ロココ、ラティ、綾香、アンジェは喝采かっさいを上げている。

 マルセルに至っては、これも神の思召しですと、崇拝的なセリフを口にしていたが、全く反対している風ではない。


「さて、では、これから参るとしよう。先の言葉を心するのだな」


 告知からしばらく時間が過ぎたこともあって、そろそろ行動を開始することにした。

 城内の比較的広い場所に降り立つ。それに続いてラティも地響きを起こしながら着陸し、みんなを降ろしたところで変身を解いた。そして、全員が俺の後ろに集まってくる。

 それを見ていた城内の兵士達は、髑髏姿に腰をぬかす者が相次ぐ。それも織り込み済みなのだが、何か釈然しゃくぜんとしない気持ちになるのも否めない。


 怖いよな……やってる俺自身が、鏡を見てドン引きするくらいだからな……


「よし、行くぞ!」


 合図と共に、全員が謁見の間へと歩みを進める。

 今のところ、誰一人として向かってくる者はいない。おそらく、自分の命が惜しいのだろう。誰もが俺達を見るや否や、恐れをなして逃げ始める。いや、多分、俺の姿が原因だろう。

 だが、逃げ出さないだろうと予測できる者達も居る。謁見の間に続く通路に集まっている兵士は、間違いなく戦うつもりのようだ。

 ただ、その兵士の存在は、マップで既に確認済みだ。

 それを知らない兵士達は、俺が通路に侵入するところを狙っているようだ。

 まあ、脅威に立ち向かうのだ。多少、卑怯な手段を執るのも仕方ないだろう。

 ただ、告知は行ったのだ。それに従わなかった場合の結末は、本人達も理解しているだろう。

 少しばかり気が進まないが、告知に従わないのであれば、冥土に送ってやることになる。


「撃て!」


 兵士達の思惑通りに通路へと侵入すると、雨の如く降り注ぐ矢が襲い掛かってくる。だが、慌てることなく空牙を放つ。その一撃で無数の矢が消滅する。

 すると、今度は通路を埋め尽くさんばかりの魔法が放たれた。

 しかし、大鎌を一振りすると、巨大な爆発が起こり、全ての魔法を丸呑みした。

 そう、ファイアーボムで奴等の魔法を霧散させたのだ。ああ、大鎌を振ったのは、ただの格好付けだ。


 一瞬にして攻撃を無効化された兵士達は、誰もが顔を引き攣らせて固まっている。


「無駄なことだ。もう一度だけ告げる。死にたくなければ、手を出さぬことだ。さすれば、命を失うこともあるまい。これは死神の告知だと知れ」


 さすがに力の差を目の当たりにした所為か、恐れを為した者達が逃げ始める。一人、二人、三人と、逃げる者の数が増えて行く。こうなると、もう押し止めることはできない。あっという間に全ての者が逃げ出した。

 それに満足し、何事も無かったかのように、謁見の間に向けて足を進める。









 謁見の間は、とても豪華な広間だった。だが、多くの国で見慣れた所為か、それに感動することもない。

 広さで言えば、教室四部屋分くらいだろうか。これが広いのかは判断できないが、俺にとってはどうでもよいことだ。

 なにしろ、この国は間もなく亡ぶのだ。

 多くの武官や文官らしき存在を確認できたが、それもどうでもよい。

 やるべきことは、玉座の奪取、いや、この国の歴史に終止符を打つことだ。


 俺と嫁達が堂々と玉座に向かうと、居合わせた臣下達が、恰も道を作るかのように二つに割れる。

 その真ん中を堂々と進むのだ。よくよく考えると、この世界にきてから肝が据わったものだと、自分に感心させられる。

 そして、いよいよ玉座の前に辿り着いた時、マルセルが声を上げた。


「結界!」


 その途端、空気を切り裂く音が轟く。それと同時に、結界の外側に沿って稲妻が走る。

 当然だが、道を空けていた臣下達が巻き添えになって倒れている。


「味方まで巻き込むなんて、なんて酷いことを……エリアヒール!」


 マルセルは味方をも攻撃するその手法を非難しつつ、巻き添えとなった者に癒しを与える。

 まさに、聖者のあるべき姿だ。やはり、聖女の行いは一味違う。

 ただ、それに感心している場合でもなさそうだ。


「この雷は、天村あまむらニャ」


 電撃攻撃を放つ者の姿を目にして、ロココが憎々しげな声色で召喚者の名前を吐き出す。


「くくくっ、良く来たな。これが罠とも知らずに。あはははは」


 天村は、ダンジョンで魔物化していた者達と違い、素でイカレているようだった。


 何がどうなって、ここまで壊れたんだ? だが、壊れているからと言って、何をやっても許されるわけじゃないぞ。日本なら精神状態が云々なんて言って、裁判で無罪を主張するかもしれんが、死神の居る世界は、そんなに温くないぞ。


「なあ、何が罠で、どこが罠で、どういう被害になるのか、悪いが教えてくれないか?」


 既に狂っている奴だ。素直に聞けばペラペラと話すだろう。


「教えるか! ば~~~~か!」


 うっ、確かに俺が馬鹿だったみたいだ。背後から突き刺さる綾香の視線が痛い。


 少しばかり情けない状況晒してしまったが、すぐさまそれをフォローしようとした時だった。

 麗華から不穏な声が上がった。


「むっ、何かしら、えっ!?」


「うぐっ……」


 麗華の足元には、ミストニア王国第二王女アルテーシャが、尻餅を突いていた。


 おいおい、まさか、罠って、これのことか? 前にも失敗しただろうに……


「おいっ! お前も懲りないな。今度はうちの嫁に憑りつくつもりだったのか?」


 アルテーシャは忌々しいと言わんばかりに、俺を睨みつけると、すぐさまその場から消えた。

 修行の賜物か、麗華は体当たりを食らったはずなのに、全く姿勢を崩すことなく、キョトンとした表情を浮かべていた。


「くっ、女達にも対策を施していたとは……」


「うんなもん、当たり前だろうが! お前、頭が悪いんじゃないか?」


 アルテーシャの忌々しいと言わんばかりの声色が何処からともなく聞こえてきた。それに罵声で応じると、それっきり無言となってしまった。

 沈黙に包まれる室内で、麗華の疑問の声だけが聞こえてくる。


「逃げたのでしょうか? あれは何のつもりだったのかしら」


「ああ、あいつは精神生命体だろ。だから、お前に憑依しようとしたんだろうさ。お前に乗り移れば、俺が手を出せないとでも思ったんじゃないか?」


「なんて愚かな。いえ、卑劣極まりないですわ。絶対に許せませんわ」


 正鵠せいこくであるかは知らないが、俺の考えを伝えてやると、彼女は憤怒の形相で神剣を一振りした。


 そんなことよりもだ。これが罠なのか? だったら、拍子抜けもはなはだしいんだが……


「ところで、これが罠か? 他に何かあるのか? なあ、悪いが教えてくれよ。まあ、あったら、だけどな」


「うるせ~! 死ね~~~~!」


「何度も同じ手が利くか!」


 奴が雷撃を放とうとするが、その手が消失する。

 言わずと知れた空牙による攻撃だ。

 別に、この国の臣下がどうなろうと知ったことではないが、いつまでも奴の好きにさせておくのは、少しばかり業腹だ。


「ぎゃ~~~! 手が、オレの手が~~~~!」


 玉座の隣に立つ天村が右手を抱えて騒ぎ出すと、一人の女性が奴に薬を飲ませた。

 その女性に見覚えがない。多分、この国の人間なのだろう。

 彼女が何を飲ませたのかは知らないが、どうやら、その効果が現れたようだ。

 奴の消失したはずの手が、元通りになっている。


「情けを掛けたのが失敗ニャ」


 ロココに痛いところを突かれた。

 確かにその通りかもしれない。以前なら、有無も言わさずに始末したのだが、仏心を出した所為で元に戻ってしまった。


「くそ~! なんだ、その力は!」


「教えるか、ば~か!」


 さっきのお返しとばかりに、嘲りの言葉を放ってみたのだが、背後から突き刺さる綾香の視線が痛い。

 どうやら、これもマイナスポイントみたいだ。


「うるせ! くそっ、どうすりゃいいんだ!? アルテーシャ! おいっ、居るんだろ!」


 右手が元通りとなった天村が、額に脂汗を掻きながら騒ぎ立てる。だが、この際、奴のことは後回しでも良いだろう。

 所詮、召喚者なんて何もできない奴等だ。それよりも、問題はここの国王だ。

 奴のことを無視して話を進める。


「おいっ! お前がこの国の王様か?」


 豪華な装飾が施された衣装を纏った太り気味の男に視線を向ける。

 途端に、男は引き攣った表情で誰何の声を上げる。


「ぶ、ぶ、ぶ、無礼者、貴様は、な、何者だ!」


 ん? こいつは阿保か? 俺の告知を聞いてなかったのか?


「死神だと言ったはずだが?」


「そ、そ、そんな存在が居るはずがない」


 おお~正解だ! 死神なんていないぞ。いや、いまじゃ、俺が立派な死神かな?


 少しばかり奴の言葉に感心するのだが、どうやら、この男は精神に異常をきたしているみたいだ。

 ぶっちゃけ、王様の精神状態なんてどうでも良いのだが、一つだけ確認することがある。


「どうしてマーシャル王国に攻め入った?」


 実を言うと、このタイミングで他国を侵略することの意味が見いだせずにいた。そこで、率直に尋ねてみたのだが、思わぬ答えが返ってきた。


「か、神の御告げだ」


 いったいどういう心境なのか、奴は素直に答えてくれた。ただ、これまた腑に落ちない。


『エル、なんかやったのか?』


『わたしは何もしてませんよ』


 神の御告げと聞いて、エルに問い合わせてみると、即座に否定してきた。その雰囲気からして、シラをきっている様子はない。

 ということは、アルテーシャに騙さているのかも知れない。


 まあいい。ここで悩んでも解決する訳じゃないし、この場の処置を優先しよう。


 神が誰なのかを棚上げして、目の前の豚を断罪することにした。


「悪いがこの国は俺が頂く。お前は今日から平民だ。それに逆らうなら、死神としての職務を全うすることになる。それが何を意味するか解っているよな?」


「い、いやだ、儂は国王だ! な、なんで、儂が平民なんかに――」


 マリルア王は地団太を踏んでいるが、口を挟む者は現れない。だが、次の瞬間、再びマルセルが魔法を発動させた。


「結界!」


 今度の結界は、周囲の被害も出ないようにと、かなりの広さで張っているようだ。

 その周囲を稲妻がうが、結界内の者には全く被害が出ていない。


「く、くそっ、オレを無視しやがって! 異世界の原始人の癖に!」


 天村は泡を吹かんばかりの勢いでののしるが、もはや奴の存在なんて、路傍ろぼうの石と変わらない。


「ケルトル、使徒殿と儂を連れて逃げてくれ」


 ここで逃げるのは下策だと思うのだが、どうやら、この男は王たる器じゃ無いようだな。まあ、それも今更の話か……


 王様からケルトルと呼ばれた女性は、さきほど、天村に薬を飲ませた女性だった。

 彼女は王様の言葉を聞くと、すぐさま王様と天村の腕を取る。すると、次の瞬間にはかすみの如く消えて行く。


「あっ! 逃げたニャ!」


「なに、逃がしてるんですか!」


 天村が逃げ出したことで、ロココと綾香が眦を吊り上げる。

 しかし、あんなゴミなんてどうでもいいのだ。どこかで害が出れば始末すればいいだけの話だ。

 それよりも、この国をまとめることの方が重要だ。


「ロココ、綾香、分かってるよな?」


「うっ……うん……」


「あう……はい……」


 髑髏の視線を向けると、二人がしょんぼりと項垂れた。

 少なからず、以前に約束したことを覚えているようだ。


「ゴミは逃げたが、あんなのはどうでもいいさ。まあ、ケルトルという女が使った魔法は気になるけどな」


 これは後で聞いた話だが、転送の魔道具というものがあるらしく、第一王女であるケルトルはそれの使い手らしい。


「さて、俺は死神だ。この国を俺が統治することに異議のある者は居るか?」


 そんな台詞と共に、謁見の間に残っている臣下達を見渡すと、誰もが黙って首を横に振っている。


 まあ、この状況で反論する奴は居ないだろうな。だって、それは己が命を無駄にすることになるし、あわよくば、再び臣下に成れる可能性も残っているのだから。ただ、王族を黙って見過ごすわけにはいかない。


「それで、王様は逃げたが、他に王族は居るのか?」


 結局、王族はあの二人だけらしく、その存在が何もかもを捨てて逃げ出したことで、臣下達も興醒きょうざめといった状態だった。

 その所為か、この国を死神が統治することに、誰一人として反対する者は居なかった。


「じゃ、悪いけど、麗華、この国を頼む」


 玉座に座った俺が、横に並ぶ妻達に向けてそう言うと、麗華が素っ頓狂すっとんきょうな声を上げた。


「わ、わたくしですか? わたくしがこの国を統治するのですか?」


「ああ、あと、アンジェも手伝ってやってくれ。今日からこの国は、カシワギ連合国のマリルア州だ」


「お、おい、オレもかよ! ダンジョン攻略はどうするんだ? だいたい、オレの出番がなかったぞ!」


 戸惑う麗華に返事をしてやると、序のように名前を呼ばれたアンジェが反論してくるが、彼女はかなりご立腹のようだった。

 なにしろ、出番を用意してやるつもりが、鉄パイプの一振りもせずに終わったからだ。


「わ、わるい……でも、これからがお前の出番だぞ?」


「こ、こんな出番はいらねーーーー!」


 アンジェは顔を顰めて悲痛な叫びをあげるのだが、それを聞き流して話を進める。


「悪いが、少し思うところがあるんだ。それに、ダンジョン攻略は、ぶっちゃけ、俺とラティの二人でも何とかなるからな。てか、その方が早そうだ」


 アンジェは思いっきり頬を膨らませていたが、暫くして落ち着いたかと思いきや、「オレもダンジョンに行きて~」と、まるで駄々っ子のような叫びを謁見の間に轟かせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る