第76話 死神、潰れる
眼下には麦畑と地平線。視線を少し横に向けると、青々とした山が目に映る。
だが、これから向かう先では、この長閑な風景と打って変わって、凄惨な光景が作り出されるのだろう。
多くの人が、血を流し、呻き、苦しみ、もがき、死んでいくのだ。戦とはそういうものだ。
そんな災厄とも、最悪とも、呼べる戦場に向かっているのだが、なぜか恐怖を感じていない。
それどころか、どこか懐かしい雰囲気すら感じていた。
俺って狂ってんのか? 戦場に向かうんだぞ? なんで怖くないんだ? いや、それよりも、この不快感はなんだ?
恐怖を感じない自分の心境を不思議に思いながらも、心を蝕む別の感覚にイライラとしていた。
現在の状況はというと、マーシャル王国の飛空艇に乗り、空を飛んでいるところなのだが、それがどうにも、もどかしくて堪らないのだ。
自分の名前すら解らない状況の俺に、この不安定な精神状態を理解できるはずもなく、ただひたすらに心を落ち着かせようとしている。
「ロビエスト、あと、どれくらい掛かるんだ?」
自分自身でも理解できない苛立ちを感じながら、思わず到着までの時間を尋ねてしまう。
マーシャル王国の王であるロビエストは、苛立つ俺を見ても不機嫌になることなく、
「あと、半日は掛かるでしょう。我が国の飛空艇は旧式ですから、人員を多く運べる分、速度が遅いのです。新しい飛空艇の開発も行いたいのですが、莫大な費用が掛かるものですから」
やや、申し訳なさそうな返答だが、その裏には、国民に対する
そんな心優しき王様は、俺の不安を払拭するかのように、笑顔を絶やすことなく話を続ける。
「向こうは、一万五千の軍勢ですので、飛空艇ではなく、地を歩いているはずです。ですから、それほど焦らずとも、被害が急激に広がることはないでしょう。それに、早馬で民衆には
おそらく、ロビエストは勘違いしているのだろう。
その口振りからすると、民衆の被害が原因で苛立っていると感じているようだ。それ故か、民衆の安全を伝えれば、落ち着くと判断したのだろう。
ただ、ロビエストが立派な人物であると知れば知るほど、自分の器の小さいところが嫌になってくる。
こんなことでは駄目だ。気持ちを入れ替えよう。よし、これからについてだな。う~~~~~~~~~ん……
自分に言い聞かせてみたのだが、何ができるのかも解らない。ただ、
駄目だな……ここで悩んでも仕方ない。出たとこ勝負だ。
何を考えても無駄だと判断し、結局は開き直ることで、戦場に到着するまでの時間を過ごすことになった。
そこは炎の海だった。
間違いなく、そこには村が在ったのだろう。だが、いまや黒煙を巻き上げる炎の海と化している。
ただ、幸いなことに、逃げ惑う人々の姿を目にすることはなかった。
「酷いことをする。無抵抗の村を焼き払うなんて、何の意味があるのでしょうか」
隣では、ロビエストが眉間に
確かに、彼の言う通りだ。敵国を攻めるにしても、村や街を焼き払ってしまったら、仮に勝ち取ったとしても統治なんて出来ないだろう。
いったい何を考えて攻め込んでいるのだろうか。いや、本隊はまだ到着していないとなれば、先遣部隊が勝手に村を荒らしているのだろう。そうなると、単なる悪行というだけなのだろうか。
にしても、敵はどれだけいるんだ?
飛空艇の上から、暴れまわる敵の規模を見定めようとする。
その途端、視界に数字が表示される。
その数は、ざっと、ん? なにこれ!? 二千五百……なにこれ……もしかして、先遣部隊の数か? う~ん、でも、見慣れた感じがする。でも、これって、いったい何だんだ?
目に映る数字を疑問に感じた時だった。脳内で気の抜けたチャイムが響く。
『ヘルプ機能のエルで~す』
誰だよ、お前! 行き成り脳内で
『あら? 怒ってるんですか? てか、嫁ですが、なにか?』
はぁ~~~~? バカも休み休み言いやがれ! お前が嫁な訳ね~だろ! てか、お前は誰だよ。あ、エルって言ってたな。そのエルって誰だよ。
『あっちゃ~~~、転送に失敗したようですね』
ん、もしかして、お前が俺をマーシャル王国に送ったのか?
『そうなんですが、もしかして、記憶が飛んでます?』
飛ぶも何も、記憶なんて全くないわ!
『ごめんなさいです。どうやら亜空間転送に失敗した
いやいや、失敗した弊害のようですね! じゃね~~! いったいどういうことだ? 俺は、いったい誰なんだ?
「なんだと!? どうして避難していないのだ!」
エルという脳内キャラと口論をしていると、突如として、ロビエストが叫び声を上げた。
その声に釣られ、眼下に視線を向けると、そこには二十人くらいの男に追われる女性と子供姿があった。いや、それ以外にも逃げ惑う村人たちが目に映る。
許さね~。
弱き者が追われる光景を視界に捉えた時、込み上がる怒りを感じた。それと同時に、飛空艇から飛び降りていた。
「使徒様---------!」
飛空艇からは、ロビエストの叫び声が微かに聞こえてきた。だが、俺の意識は逃げ惑う親子に向いてる。
ただ、全身に受ける風圧を感じて懐かしさを抱いていた。
反射的に飛び降りたのは良いが、飛空艇の高度は想像以上に高く、このまま地上に到達すれば、間違いなくお亡くなりになるはずだ。
ところが、不思議なことに、全く怖くない。いや、清々しいくらいだ。いやいや、心地よさを感じてしまった。
『何を言ってるんですか。あなたは飛べるんですよ? それも、鳥どころか竜よりも上手く、速く、力強く、飛べるのです』
眼下には大地が広がり、落下の勢いで風圧が耳を叩く。それに既視感を感じていると、脳内嫁が飛べることを告げてくる。
そうか。なるほどな。俺は飛べるんだな。だから怖くないんだ。てか、どうやって飛ぶんだ?
『飛ぶことに意識を集中するんです。イメージです。イメージ!』
イメージって言われてもな~。あれ? イメージできる……
空を飛ぶイメージなんて考えたこともない。なんて反論しようとしたのだが、すぐさま空を駆け巡るイメージが湧き起こった。
途端に落下速度が収まる。そして、次の瞬間には、イメージ通りに空を舞っていた。
おおお、これだ! これ! きたきたきたーーーーーーー! そうか、飛空艇に乗っている間に感じていたもどかしさの正体は、これだったんだな。
鳥のように空を舞いながら、重力から解き放たれた感覚の
『お楽しみのところ申し訳ないのですが、
おお、そうだった。
エルの言葉で、現在の状況を思い出す。
逃げ惑う親子に視線を向けると、数人の兵士に追いつかれそうだった。
「ヤバイ、何とか妨げる方法はないのか?」
焦りから独り言を発してしまう。だが、その言葉を受け止めた者がいた。そう、脳内嫁のエルだ。ああ、まだ認知した訳じゃないから、嫁ではない。
『空牙を使うには、敵と親子の距離が近過ぎるし……ここは敵の意識を引き付けることにしましょう。爆裂魔法よ。ファイアーボムをぶち込んじゃいましょう。さあ、イメージしてね!』
ファイアーボムが何たるかは知らんが、いや、覚えてないが、何となくどうすれば良いのかは、身体が覚えているみたいだ。
魔法を放とうと考えた途端、身体が勝手に反応する。
「ファイアーボム!」
逃げ惑う親子からやや離れたところに手を
敵兵がその爆発に気を取られている隙に、親子の前に降り立つ。
突如として現れたことで、親子は驚きを露わにしたが、両手を広げて微笑みかける。
「もう大丈夫だ。お前達に指一本触れさせないからな」
親子を安心させるつもりで声をかけると、それだけで安堵したのか、力尽きたかのようにその場で
良かった。間一髪で間に合ったみたいだ。怪我とかはないよな?
親子の状態を確認してみたが、怪我をしている様子はなかった。
それを見てホッとする。しかし、次の瞬間には、敵兵と向き直る。
「おい! お前等、マリルアの兵だな」
誰何の声をかけるが、敵兵は答えることなく武器を手にして息巻く。
「あの魔法は、お前の仕業か? 偉そうに! ぬっ殺してやるぜ!」
「お、お前こそ誰だ! オレ達に逆らうと唯では済まさんぞ!」
「うひひひ、逆らわなくても始末するけどな」
「さっさと、そこを退いて女を差し出しな」
「もう、いいからやっちまおうぜ」
上から見た時は、二十人の男が追っていたが、この場に現れたのは五人だった。
この五人の始末に手間取ると、おそらく残りの奴等が集まってくることだろう。
まあ、それでも構わないんだけど……親子も居るし、さっさと倒した方が良さそうだな。
欲に塗れた薄汚い敵兵をサクッと始末すると決めると、エルが推奨攻撃を教えてくれる。
『空牙が良いわよ。簡単だし、速いし、綺麗に片付くわ』
良く解らんが、ここは脳内嫁の推奨を選択することにしようか。
「お前等、今更だが、引く気はないよな?」
「うるせ~」
「死ね!」
一応は最後通告をしてみたのだが、逆に敵兵の怒りを買っただけだった。というか、それが引き金となって、敵兵が襲い掛かってくる。
そんな愚かな敵兵に向かって右手を翳す。これも身体が無意識に反応した結果だ。
「空牙!」
敵兵に向けて直感的なイメージで空牙を放つと、五人の敵兵は黒い球体に
おいおいおい! これはなんだ? 敵が消えたぞ? もしかして、どこかに転移でもさせたのか?
自分の攻撃で敵兵が居なくなったことに戸惑っていると、またもや、エルが親切にも教えてくれた。
『そうよ。あの世に転移させたのよ』
ちょ、ちょっとまてよ! なんて攻撃をさせるんだ。てか、確かに綺麗に片付いたが……
彼女の答えは、消滅を意味していた。
思わずエルを罵倒していたのだが、背後で蹲っていた母親が礼を述べてきた。
「危ないところを、本当にありがとうございました。このご恩をどうやって返したら良いやら」
「いや、気にしないでくれ。俺が勝手にやったことだ。恩なんて要らない。それより、怪我はないか?」
まだ年若そうな母親が涙で顔を濡らしながら礼を述べてくる。だが、それを軽く流して、怪我の有無を尋ねる。
彼女は問題ないと首を左右に振る。
うむ、良かった。怪我がなくて、本当に良かった。だが、このままじゃ拙いよな?
安堵しつつも、この親子をどうしたものかと悩んでいると、上空からロビエストの声が聞こえてきた。
「使徒様、大丈夫ですか!? 飛び降りたのを見た時には、肝を冷やしました」
どうやら、飛空艇を地に下ろしたようだ。
ロビエストの後方を見ると、マーシャル王国の飛空艇が着陸していた。
多分、俺が飛び降りた所為で、慌てて着陸したのだろう。
「勝手なことをして申し訳ない。気が付いたら飛び降りてたんだ」
頭を下げて謝罪をすると、彼はいつもの和やかな表情で感嘆の言葉を口にした。
「いえ、さすがは使徒様です。民衆を助けるために、有無も言わさず飛び降りるなんて、飛ぶ能力があったとしても、そうそう出来ることではありません。それに我が国の民を助けて頂いて、本当にありがとうございます」
ロビエストとの会話を聞いていた母親は、どうやら、俺達が雲上人だと感じたようだ。その場に
しかし、ロビエストは、そんな母親に優しく話し掛ける。
「怪我はないか? 避難勧告が出ていたであろう? 直ぐに飛行船に乗るが良い」
母親は頭を上げたのは良いが、何度も地面と往復させている。
彼女からすれば、自分が住む国の王様なのだから、それも致し方あるまい。だが、いまは悠長にしている場合ではない。
そう、エルに教えてもらったマップ機能で、既に敵本隊が到着したことを知っていた。
「ロビエスト、敵軍も全軍が揃ったようだぞ。これからの戦いについて、直ぐにでも軍議を行う必要があるんじゃないのか?」
まだ、敵の本隊が到着したことを知らないロビエストに、そのことを伝え、出しゃばりとは思いつつも、これからの行動について言及した。
気が付けば、村人を追っていた敵兵達は撤退していた。
おそらく、本隊が到着したことで、集合することになったのだろう。
そして、マリルア王国軍とマーシャル王国軍は、距離を置いて互いが睨み合うことになった。
それにしても、軍勢に差があり過ぎる。
マップ機能で確認したところ、敵兵の数は約一万七千だ。それに対して、マーシャル軍側は七千に届かない。
おまけに、向こうは魔法師が五千もいると言うのだ。戦う前から勝敗が見えていると断じても過言ではないだろう。
ただ、その割には、俺の心は穏やかだった。その理由は解らない。でも、エルが言うには、俺一人で倒せるらしい。
つ~か、俺って、マジで使徒なのか? 一万七千を一人で屠れるとか、人間じゃないだろ!?
「使徒様、本当に宜しいのでしょうか。使徒様一人にお任せするなど、私の心は潰れてしまいそうです」
マップ機能や空牙に加え、人外的な能力を持っていると知り、自分の存在に疑問を感じていると、ロビエストから声が掛かった。そう、現在は軍議の最中なのだ。
この男は、本当にお人好しだな~。これで王様なんて勤まるのか? いや、これだから、取って代わろうとする者が現れるのか。それは、それで問題だな。
「いや、気にしなくていい。俺がそうしたいと思ってるんだから、どちらかと言えば、俺の我儘だ」
「ですが、いくら使徒様でも、お一人では――」
問題ないと告げるのだが、ロビエストは必死に食い下がる。
その表情からして、恐ろしく罪悪感を抱いているようだ。
まあ、自国のことを他人任せにして平気な者なら、間違っても手伝ったりはしない。
ただ、この場合は、さっさと頷いて欲しいところだ。
う~ん、説得するのも、説明するのも、どっちも面倒だな……
ロビエストを納得させる手間を惜しみ、結局、都合のよい手段を執ることにした。
「それじゃ~、使徒の御告げだ。拒否は許さんよ」
さすがに、この一言は効果抜群だったようだ。ロビエストは少しばかり悲しそうな表情をしていたが、渋々ながら頷いてくれた。
さて、なにがどうなって、こんな事態になったかというと、エルが俺一人で問題ないと言うから、そのままロビエストに進言したのだ。そう、一人で片付けてくると。
一宿一飯どころか、記憶のない俺を助けてくれているのだ。恩義を返し当然だろう。それに加え、エルが一人で大丈夫だというのだ。俺自身も奴等にムカついていたし、差し出がましいがしゃしゃり出ることにしたのだ。
「もう夕刻ですし、向こうも攻めてくることはないでしょう。今日はゆっくりと休みましょう」
ロビエストは最大限の敬意を払い、思いっきり気を使ってくれているようだ。
まあ、王様や臣下達に囲まれているより、一人でのんびりしていた方が気が楽なので、お言葉に甘えさせてもらう。
ところが、世の中とは無情なものだ。いや、もしかしたらフラグかもしれない。
軍議を終わらせてテントから出たタイミングで、兵士の声が響き渡った。
「た、たい、大変だーーーー! 大変だーーーー! 竜だーーーー! 竜が現れたぞ!」
「竜だ! 巨竜だ!」
「やばいぞ! 巨竜がこっちにくるぞ!」
兵士は泡を吹かんばかりに慌てた様子で、竜が現れたと連呼していた。
「何事だ! 騒ぐ前に、報告を!」
あまりの騒ぎに、ロビエストも思わず声を荒げる。
すると、一人の兵士が跪き、焦りつつも首を垂れて報告する。
「申し訳ありません。そ、それが……り、り、竜です。白い竜がこちらに飛来してくるのです」
竜だと! 白竜?
白い竜と聞いた途端、胸の中で熱いものが込み上げてくる。
どういう理由かは分からないが、とても懐かしさを感じる。
「それはどこだ? どっちの方角だ?」
疑問に思いつつも竜の所在を確認すると、兵士は慌てた様子でその方向を指差す。
胸の鼓動が高鳴るのを感じながら、すぐさま教えてもらった方角に向かって走る。
すると、大きな竜の姿を直ぐに目にすることができた。
なんか、めっちゃ懐かしい……てか、恋しいんだが……
その白く巨大な竜は、マーシャル王国軍とマリルア王国軍の間の平原に降り立った。距離にして、二キロくらいはあるだろう。
なんて綺麗な竜なんだ。この白く美しい姿は、神にすら匹敵するんじゃないのか? いや、あれは、天使だ。
白く美しい巨竜を目にして、感動と確信を抱きながら、マーシャル王国軍の陣内を抜けて走り寄る。
途端に、白竜が突然の
「グァギャーーーーーーーーー!」
人を、大地を、空を、何もかもを揺るがすような咆哮だ。
兵士達は、腰を抜かし、失禁している者すらいる。
それほどの咆哮であるのにも関わらず、全く恐怖を感じない。いや、それどこか、なぜか頭の中に声が響き渡ったような気がした。
そう、その声は、「やっと見つけたっちゃ~~~~」だった。
周囲の制止など気にすることなく、白竜に走り寄る。しかし、そこで思わぬ事態が起きた。
なんと、白竜はフライングボディープレスを噛ましてきたのだ。
「ぬおおおおおおーーーーーーーー!」
いまの自分なら避けることが出来たはずなのに、なぜか避けてはいけないような気がした。そして、ヤバイと感じた時には、すでに遅く、巨大な竜の下敷きになっていた。
「使徒様~~~~~~~~~!」
本日二回目のロビエストの絶叫が聞えたような気がしたが、それを最後に、意識はどっぷりと暗闇に沈んでいった。
う~、頭が痛い。酒も飲んでないのに二日酔いか?
意識が朦朧とする中で、頭痛の原因を考えていた。
「ラティさん、幾らなんでもあんまりです!」
「ごめんちゃ。ユウスケを見たらつい……」
そんな意識に、激怒する女性の声としょんぼり気味の声が届く。
なんだ? また、ラティがやらかしたのか?
ラティを表現するなら、女神だと述べるだろう。だが、その性格はちょっとだけ残念でもある。というのも、まだ年が若い所為か、少しおっちょこちょいなところがあるのだ。
「私の癒しがなかったら、死ぬところでしたよ」
「うっ、ご、ごめんちゃ……」
どうやら、発狂しているのはマルセルのようだ。
彼女が怒号の声を上げるのも珍しい。ラティはいったい何をやらかしたんだ?
「でも、そろそろ起きる頃じゃないのか?」
「そうですわね。怪我の方は完全に回復しているはずですし」
この声は、アンジェと麗華だな。あれ? 俺って、今、どんな状況? 頭痛は良いとして、身体も重いんだが……
「ほら、いい加減にパパから降りるニャ」
「だってニャ。パパニャがおきないニャ」
「ひさしぶりのパパですから……」
ロココの叱責に、ルルラと美麗が食い下がっているようだ。
ゆっくりと
「パパニャが、おきたニャ!」
「パパ、おはよう! だいじょうぶ?」
目を覚ましたことを知ると、何が大丈夫なのかは良く解らないが、ルルラと美麗が嬉しそうに声を上げた。
ただ、二人を見て違和感を抱く。
ああ、そう言えばエルソルの成長の指輪で、二歳らしからぬ
「大丈夫ですか? 痛むところはありませんか?」
二人の愛娘について考えていると、マルセルが容態を気にしてきた。
「ちょっと、頭痛がするけど、もう大丈夫だ。それよりも……ここは?」
周囲を見回すと、どうやらテント内に寝かされているようだ。
よくよく考えると、出先であっても必ず綾香式の居住空間があったので、こういうテント内で寝るのも久しぶりだ。
「それは、こっちの台詞ニャ」
「そうですよ。何でマーシャル王国に居るんですか?」
疑問をそのまま声にすると、ロココと綾香が食って掛かってくる。
マーシャル王国? あ、あ、あ、確かに居たな……おおおお~~~~! 全部思い出したぞ~~~~~~! エルソル~~~~~~!
「思い出した! これはエルソルの仕業だ!」
脳内で怒りの咆哮を上げたが、エルは全く無反応だった。間違いなく、怒られると察して沈黙しているのだろう。
結局、この後、家族に事の発端とこれまでの経緯を説明したのだが、マルセルから疑問の声が上がった。
「でも、エルソル様は、眠っておられるのでは?」
そうだ。確かマナが足らないからって、天空城の中で長期安眠しているはずだ。
誰もが怪訝な表情を見せている中、脳内でエルがおずおずと自分の正体を明かした。
『わたしは……エルソル様が眠っている間の管理を任されたエルソル思念体です』
本当かいな……あいつのことだから、偽装ってこともあるよな?
まあ、素直に信じるならば、エルソルは思念体を作ってから眠りに落ちたようだ。
てか、なんで思念体がこんなことを? それに、エルソルの良心で思念体を作った割には、やたらとそそっかしいよな。
『死神様、失礼ですね。そもそも、わたしはエルソルの良心ではありません。好奇心です』
ぐはっ、あいつ、良心が失敗だったもんだから、今度は好奇心で造ったのか!? 信じられん脳みそだな。
『それは……否定できません』
おいおい、思念体が認めちゃったよ。まあ、この件は後でもいいかな。みんなが黙り込んだのを不審に思ってるし、早く説明しないと……
「冬眠するまえに、好奇心で造った思念体を残して行ったみたいだぞ」
面倒なんで、色々と端折って説明したのだが、誰もが簡単に納得してくれた。
ただ、誰もが呆れた様子だ。
ほんと、残念な神様だな……
ということで、記憶喪失の件に関しては解決した。しかし、これで全てが終わりという訳ではなく、場所を移してこれからについて話し合うことになった。
見慣れた会議室に腰を下ろすと、装甲車に招かれたロビエストが驚愕の表情で感想を漏らした。
「ここは、これは、この作りは、いったい……ここは何なのですか!?」
どうやら、上手く言葉に出来ないようだ。この装甲車の外見もだが、車内に招くと大抵の者がぶっ
それも仕方ないのだろう。この世界では考えられない仕様なのだ。いや、日本でも考えられない仕様だけど……
驚愕するロビエストに関してはさて置き、俺達は今後の方針を話し合うことにした。
まあ、あの軍を引かせるなんてことは、俺達にとって造作もないことだ。
本題は別にある。ただ、そこで、ロビエストが割って入った。
「使徒様は記憶が戻ったのですか? 貴方様はいったい何者なのでしょうか。竜を呼び、多くの妻を従え、このような尋常ならざる乗物を持つなど、並大抵の人だと思えないのですが」
ああ、そうだった。まだ、ロビエストには説明してなかった。
自分のことを棚上げしていたのを思い出し、有りの侭を説明する。
「ロビエスト、悪い、俺は使徒じゃなかった。実は、死神なんだ」
俺がミストニア王国を滅ぼした死神だと知ると、ロビエストは整った顔を酷く崩し、あんぐりと口を開けたまま固まってしまった。
仕方ないのでフォローを試みたのだが、どうやら、何も耳に届かないようなので、彼を放置して話を進めることにする。
「さてと、マルリア王国軍だが、さっさとお灸を据えてダンジョン攻略に戻ろうぜ」
ロビエストのことなど眼中にないとばかりに、アンジェがダンジョン攻略を推奨してくる。
「そういえば、俺が居ない間、どうしてたんだ?」
アンジェの言葉を聞き、ふと疑問に思ったことを問いかける。
すると、さも大変だった言わんばかりに、マルセルが溜息を吐いた。
「ユウスケが居ないと、うちの家族は崩壊です。サクラさんは倒れて寝込むし、エルザさんは飛び出して行こうとするし、アンジェさんは泣き崩れる――」
「こ、こらっ! マルセル!」
マルセルの言葉をアンジェが慌てて
もちろん、マルセルが話を続けられるはずもない。しかし、話は途中だし、続きも気になるところだ。
その想いを乗せて視線を麗華に向けると、なぜか彼女は満面の笑みを浮かべた。
「ふふふっ。やはり、わたくしですわよね。えっと、まあ、当初は右往左往したのですが、それではユウスケに顔向け出来ないということで、捜索はエルザさんに頼んで、このメンバーはダンジョンを攻略してました。どうやら、わたくしの神剣でもダンジョンコアに張られた結界を解除できたので、アルベルツのダンジョンは踏破しましたわ。その後、エルザさんから連絡があって、マーシャル王国に居るだろうと……ノブマサお爺様から聞き出したらしいですわ。それを聞いて、竜化したラティに乗って来たという訳です」
さすがは安定の麗華だな。大抵のことを卒なく熟してくれる。
ところが、話に焦れてきた綾香が急かしてくる。
「それはそうと、マリルア王国をどうするんですか? やっちゃいますか?」
行き成り過激な発言だが、反対する気はない。
そんな綾香に同調するように、ロココが自分の案を押してくる。
「ここの軍を引かせても、何の意味もないニャ。さっさと王城に行って〆た方が早いニャ。わたし達は悪者ニャンだから、それが似合ってるニャ」
確かに、その通りなんだが、復帰したばかりのロビエストがドン引きしてんぞ? まあ、この際、放置でもいいか。
結局、色々と話し合った結果、対面している軍隊を敗走させてから、敵の王城に乗り込むことで話が纏まった。
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