第78話 レルガ大樹海


 装甲車の中にある会議室には、錚々そうそうたるメンバーが揃っていた。

 とはいっても、その殆どが俺の嫁達だ。


 この何の集まりかというと、カシワギ連合国の会合だ。

 そこには、記憶が戻っている者、戻っていない者、共に集められている。

 嫁以外の者というのは、ミストニア州のマリアだったり、アルベルツ州の九重、松崎、北沢の三人衆だったり、魔国のクルシュだったりだ。ああ、もちろん、爺ちゃんも居る。

 ただ、会議に参加する必要はないのだが、母親が集まっていることで、四人の子供達も仲良く遊んでいたりする。

 ああ、ルルラと美麗の成長の指輪については、現在は外した状態なので、二歳児達が集まって遊んでいるのだ。

 そんな微笑ましい光景を眺めながら、話を始めることにした。


「忙しのに、悪いな。今日は重要な話があって集まってもらった」


 前置きをしつつ、全員の表情を見渡す。

 誰一人として、話し始めたことに不満を持っている者は居ないようだ。

 もちろん、死神仕様ではないので、俺を覚えていない者達は、少なからず疑問を抱いているはずなのだが、不思議と不審な表情を見せる者はいなかった。

 それに満足しつつ話を続ける。


「今回の敵と事件について、先に話そう。今回の事件は――」


 まずは、全員に記憶の改竄かいざん呪縛じゅばくについて説明した。

 この話を知っている者は黙って頷き、そうでないものは驚きの表情を見せた。


「ダンジョンについてだが、アルベルツ州、ミストニア州、ローデス王国においては、既に討滅済みとなっている――」


 次に、敵の手法を妨害するために行っているダンジョン討滅の話を済ませ、続けてマリルア王国がマーシャル王国に侵略したことを報告する。


「先日の一件で、マリルア王国は、我がカシワギ連合の一州となった。また、マーシャル王国から同盟の要望が届いている。それに関しては同盟の締結を行うつもりだ。あと、マリルア州の管理は、麗華にお願いして、補佐にアンジェを付けた」


 この報告が終わると、室内の空気が震えんばかりの拍手が沸き起こる。

 喝采かっさいの拍手が終わったところで、本日最大の議題に移ることにした。

 そう、今後の方針についてだ。


「実を言うと、今回の件は、みんなが記憶を消されたことで、かなり焦って行動したのだが、ここ最近の敵の行動を見て感じたんだ。もう、あの敵に大した脅威はないと。だから、ゆっくり対処しても問題ないと判断した。そこで、優先順位を変えることにする。一番は世界樹の回復。二番目にダンジョン討滅。まあ、ダンジョン討滅に関しては、俺とラティの二人で片付くので問題ない。最後に精神生命体の始末だ」


 これについて、一番初めにブーイングをあげたのは、予想通りのアンジェだった。


「ズルいぞ! ユウスケ! オ、オレもダンジョンにいきて~~~~~~~~!」


 殆ど子供の我儘状態わがままじょうたいだが、他の皆は暖かい眼差しを向けている。それどころか援護えんごすら放たれた。


「アンジェは連れて行ってあげてニャ。マリルアの手伝いは、わたしがするニャ」


 何を思ったのか、ロココがマリルア王国の立て直しに名乗りを上げた。

 俺としては、全く構わないのだが、本当に良いのだろうか。

 理由を尋ねてみると、ロココが恥ずかしそうにする。


「ルルラをきちんと育てたいしニャ。それに……二人目が……」


 はぁ~~~~~~~~!? 二人目が出来たのか!? 避妊してなかったのか?


 俺の驚きよりも、周りのブーイングが凄かった。


「ロココさん、それは約束が違います! 私だって~~~~~~!」


 一番に声を上げたのは、なぜかマルセルだったが、最後は悲痛な叫びに変わっていたのは聞かなかったことにする。だが、追い打ちを掛けたのは綾香だった。


「陽菜乃! それは、ペナルティーです。後で皆にきちんと説明してください」


 綾香の声に、ロココはションボリと項垂うなだれたが、次の瞬間には祝福の嵐が生まれた。


「ロココ、おめでとう」


「おめでとうございます。ロココさん」


 エルザから始まり、ミレアと続き、他の面々も次々と祝いの言葉を贈るが、嫁が多すぎるので、祝辞は割愛することにしよう。


 喝采が収まったところで、話を再開するつもりだったのだが、全く終わりそうにない。

 そんな中で、サクラが爆弾を投下した。


「あの~、実はわたくしも……」


 とてもめでたくて嬉しいのだが、話が全く進まなくなってしまった。


 つ~か、今日の会議ってお披露目会だったのか? てか、俺の精力SUGEEE~~~~!









 竜化ラティの背中に乗り、晴れ渡る大空を移動している。

 眼下には、みずみずしい緑の森が広がる。

 その光景だけをみれば、誰もマナが枯渇しているなんて考えもしないだろう。

 残り七つのダンジョン討滅を棚上げし、現在は世界樹を目指してレルガ大樹海の上を飛行している。


「やっぱり、城に篭って書類を確認するより、こっちの方がいいぜ」


 麗しき脳筋アンジェが城での業務にサヨナラできたと喜んでいる。

 見た目が絶世の美女だけに、余計に残念さが増しているように思う。


 今回の作戦だが、人員をかなり減らしている。

 そのメンバーはと言うと、俺は当然として、ラティ、アンジェ、マルセル、合わせて四人だ。

 まあ、ラティは言わずもがな、事務処理は嫌だと言うアンジェ、癒し手が居ないのは大問題だと言うマルセルが参加している。

 あと、マルセルは、二人目を宿したロココからこっそり何かを伝授されていたが、それは見なかったことにした。


「ところで、世界樹って、簡単に辿り着けるのですか?」


 マルセルの疑問も当然だ。なにしろ、世界樹といえば聖樹であり、この世界の根幹だ。そう簡単に辿り着けるところにあるとは思えない。


「エルの話では、一応、結界があって、誰も入り込めないはずだと言っていたな」


 事前に確かめた内容を伝えると、マルセルは首を傾げた。


「それなら、敵も入れないのでは?」


 そうなんだよな……俺もそこが疑問なんだ。誰も入れない結界があるなら、どうやって奴等は入ったのだろうか。


 尤もな疑問に頭を捻っていると、直感の鋭いアンジェが割って入った。


「そんなもん。入れないなら、入らなくても済む仕掛けなんじゃないか?」


 まさに、それこそが正鵠せいこくを得ているかも知れない。ただ、その仕掛けとはなんだ? 想像もつかないんだけど……


 アンジェの言葉で全てが解決という訳にはいかない。幾ばくかの疑問を感じるのだが、マルセルは納得したみたいだ。腕を組んだ状態で頷いている。

 そんなタイミングで脳内にエルの声が響く。


『そろそろです。地上に降りた方が良いですよ。どの道、結界の所為で聖樹を見ることは叶いませんから』


 エルの指示を直ぐにラティに伝えようとするのだが、そこで異変を感じる。


「なあ、森の様子がおかしくないか?」


 アンジェが怪訝な様子を見せている。

 彼女の言う通り、森の色がおかしい。青々とした森のはずが、黒々としたと表現できそうな暗いイメージに変わっていた。

 その様子を例えるなら、緑の森が火山灰でも被って黒く浸食されているかのようだ。


「ラティ、黒くなっていないところに降りてくれ」


『了解なんちゃ』


 ラティはいまだ青々とした緑を保っている場所に舞い降りたのだが、丁度良い空間がなかったのか、バキバキと木々をへし折ってしまう。


 おいおい、エコじゃないぞ! でも、まあ仕方ないか……


 肩を竦めつつもラティの背中から地上に降りると、彼女は直ぐに変身を解除して近寄ってきた。というか、抱き付いてきた。


「おいおい、どうしたんだ? 急に……」


 いつも以上に甘えてくるラティを怪訝に思う。ただ、その理由は直ぐに彼女からもたらされた。


「だって、うちも甘えたいんちゃ。ロココは二人目の子供だし、うちだって子供が欲しいんちゃ」


 どうやら、ラティも繁殖期はんしょくきに入ったらしい。満面の笑みでおねだりしてきた。

 すると、アンジェが瞳を輝かせた。


「オレも、今回の戦いが終わったら、いいか?」


 いいか? とは、子供を作ってもいいか? ということだよな? 別に規制してるつもりはないし、喜ばしいことだけど、こりゃベビーラッシュが来そうだな……でも、これは喜ぶところだよな?


「みんな、何を遠慮しているんだ? 俺は子供を作ることを否定していないぞ?」


 抱いた気持ちをそのまま伝えると、マルセルが恥ずかしそう身をよじる。


「では、私もお願いします」


 森の異変を目にしたばかりだというのに、いや、異常な状況を目にした所為か、三人は目的も忘れて幸せそうな表情で妄想の世界に突入した。









 子作り話と幸せな未来の妄想を終わらせ、黒く変色している森に足を進めた。

 そこで目にしたものは、死の世界、いや、腐敗の世界だった。

 理由は定かではないが、木々が腐り、雑草が腐り、地が腐っていて、まさに生無き世界に思えるほどだ。


「これって、もしかして、世界樹からマナが送られなくなった所為か?」


 アンジェが誰に話すでもなく、己の意見を口にする。だが、誰もその答えを持ち合わせていない。

 ただ、この光景を目にして考えられるのは、彼女の言葉を否定できないという事実だけだ。

 ところが、頭の中で否定の声が告げられる。


『違います。何か別の力が働いている所為だと思います』


 エルがすぐさま否定してくるのだが、その何かが解らなければ、如何とも対処のしようがない。


 ん~、腐敗の魔法とかなのか?


「マルセル、浄化してみてもらえるか?」


「はい! エリア浄化!」


 誰かの仕業というのなら、魔法の可能性もあり得る。

 そう考えてマルセルに頼むと、彼女は直ぐに浄化の魔法を発動させた。

 すると、魔法の効力が発揮された範囲だけ、ゆっくりと元の植物と土に戻り、自然が蘇ったように見える。

 そこから導き出される答えは一つだ。


「この結果からすると、どうやら魔法による腐敗のようだな」


 マルセルの魔法で効果があったことで、人為的な魔法攻撃だと判断する。


「そうですね。私の浄化魔法で復活したことからして、間違いなく魔法による腐敗でしょう」


「じゃ、術者を倒せば、これは収まるんだな?」


 マルセルが頷きながら同意してくると、アンジェが解決方法について言及する。


 この結果からすれば、その通りだろうな。もちろん、術者を始末して現状が回復する訳ではないが、少なからず腐敗は止まるだろう。


 誰もが違いないと頷くと、アンジェが気合いを入れ直す。


「じゃあ、さっさとぶっ飛ばしに行こうぜ!」


「そうだな。行くか!」


 ノリノリのアンジェを微笑ましく思いつつ、再び脚を進める。

 ところが、歩けども、歩けども、腐敗の森が続くばかりだ。

 凶悪なモンスターが出たりする訳ではないが、これだけ腐敗が進むと、さすがに気分が滅入ってくる。


「なあ、この森を全て浄化とか出来るのか?」


 歩みを進めながら、アンジェがマルセルに視線を向ける。しかし、マルセルは厳しい表情で首を横に振るだけだ。


「綾香に魔道具を作ってもらうんちゃ」


 マルセルの代わりとばかりに、ラティが話に割って入る。


 ん~、ナイスアイデアだな。確かに、綾香なら、これを解決できるアイテムを作れそうだ。ただ、すんなり真面な物を作るとは思えないけどな。


 綾香のぶっ飛びアイテムを思い出しながら足を進めていると、突如としてマップに反応が生まれた。


「敵の反応があったぞ。五人だな」


 現在のマップは一キロ範囲に絞ってある。それに関しては、特に理由が在る訳ではないが、今の俺達なら一キロで認識すれば対処可能だと判断しているからだ。


「よっしゃ~!」


 敵と聞いた途端、アンジェが歓喜の声を上げる。相変わらず元気な奴だ。

 ただ、少しばかり気になることがある。

 それは、精神生命体が出た時の対処だ。

 よくよく考えると、サクラしか検知できない。

 今更ながらに、そのことを思い出し、今回の人選に失敗したと焦りを感じていると、敵の存在が視界に入った。

 すると、敵の面子を目にしたアンジェが、片方の眉をピクリとさせる。


「召喚者だな。ミストニア王城で見たツラだ」


 そう、そこには、村上を始めとした五人の召喚者が居た。

 天村に関しては、まだ戻って来ていないのか、奴の姿はなかった。


 村上と残り四人か……ミストニアの王城で見た内の半分はダンジョンで魔物化してたし、これで全員となると、荒木達はどこにいったんだ? もしかして、村上達と同調してないのか?


 村上達を目にして、荒木を連れて居なくなった仁井家、駿河、脇谷の三人が気になってしまう。

 ただ、奴等がそんな俺の考えを知るはずもない。


「こんな所まで来るとは、死神は暇なんだな。な~、柏木!」


 どうやら、村上は俺のことを認識しているようだ。

 そもそも、死神が俺であることはミストニアの王城でバレているのだが、それを覚えているところをみると、おそらく、こいつらは洗脳されていないのだろう。


 まあ、そんなことはどうでもいい。取り敢えず、まずはこいつらを始末することだ。


「ああ、暇で暇で仕方ないんだ。だから、嫁を連れて散歩にきたのさ」


 自慢げに軽口を叩くと、奴は異様な反応を示した。


「な、な、なん、なんだと、その天使もお前の嫁だというのか!」


 その天使? ん? ああ、ラティのことか。確かに天使級の美しさだからな。


 奴の視線を辿って、天使がラティのことだと気付く。


 ふふふっ、ラティは最高に可愛いからな。羨ましいか!?


 思わず楽しくなり、自慢げに自慢を重ね、おまけに倍率ドンで自慢を上乗せすることにした。


「ああ、ラティは最高だからな。戦って良し、一緒にいて良し、夜も良しだ。もう、最高だぜ! まあ、お前の手が届く相手ではないがな。一生右手でやってろ! ああ、左手でも可だな」


「嬉しいっちゃ~~~!」


 思いっきり褒めちぎると、彼女は嬉しそうに抱き付いてくる。

 その行動が琴線に触れたのだろう。奴は地団太を踏みながら、怒りの形相で毒を吐き散らす。


「ふぬうううう! くそっ! くそっ! くそ! 柏木風情が……殺してやる。殺してやるぞ!」


 風情っていうなよな。だいたい、俺からすりゃ、お前はゴミだ。


「うちの旦那様を殺すなんて、絶対にゆるさんっちゃ~」


 少しばかり腹立たしい気分で、声にならない罵りを心中で吐き出していると、ラティが怒りの声を上げるや否や、奴の額に向けて矢を放った。

 その目にもとまらぬ速射は、間違いなく奴の額を貫くだろう。


 ありゃ、もう終わりか? ん?


 あまりにも呆気なく終わったと思ったのだが、予想に反して、奴は自分の額に向かって来る矢を掴み取った。

 その動作は、お世辞にも洗練されているとは言えないが、奴の実力を垣間見せるものだった。

 その様子からして、能力に頼るだけではなく、かなり鍛えたのだろう。

 もしかしたら、例の仕組みを仕込む時に、各地のダンジョン最下層まで赴いたのかも知れない。


「オレ達は、もう、あの時とは違うんだよ。力の差を思い知らせてやる」


 村上は予想を裏付けるような発言を残し、他の面子と一緒に襲い掛かってきた。

 こうして村上を始めとした、五人の召喚者との戦闘の火蓋が切って落とされる。









 ラティの身体が風を切り、召喚者である男の攻撃を避ける。

 返すカタールの一振りで相手の腕を斬り飛ばす。

 なぜか、その召喚者の名前も思い出せない。それほどに関心が失せているのだろう。


「ぐぎゃ! いてぇーーーー! くそっ! なんだ、この女。速過ぎるぞ! オレ達が最強じゃなかったのか」


 ラティに腕を斬り飛ばされた元クラスメイトだった男は、悲鳴と共に愚痴を溢す。

 だが、鮮血に染まったカタールを両手に持つラティは、容赦なく現実を叩きつける。


「最強なんて、おこがましいっちゃ。この世界で最強なのは、うちの旦那様なんちゃ」


 華麗な剣舞をみせるラティは、情けをかけることなく反対の腕をも斬り飛ばす。

 ところが、男の腕が直ぐに元通りになり、再び攻撃を浴びせてくる。


「トカゲと同じなんちゃ。元から絶たなきゃダメなんちゃ」


 ラティは容易く奴の攻撃を避けながら、呆れた表情で毒を吐き出す。


 そんなラティから視線を外してアンジェに向けると、やはり名前を思い出せない召喚者の男と戦っていた。

 相手が撃ち込んでくる攻撃を避ける事無く、ただ只管に鉄パイプとバールで殴り飛ばしている。

 もう、イノシシが顔面蒼白で逃げ出しそうなほどの猪突ぶりだ。


「なんなんだ! この女、どんな攻撃をしても全く効かないじゃないか」


 男は恐怖に震えながら泣きを入れるが、アンジェの一言で吹き飛ばされる。


「修業がたら~~~ん!」


 自慢げにののしってるが、お前等もチート能力のお蔭だからな。てか、もう少し回避するって考えは起きないのか?


 相変わらず攻撃一辺倒の戦い方を目にして呆れてしまうのだが、そんな俺はと言えば――


「な、な、な、なんだ、こ、この、この強さは……お前は人間か? いや、人間じゃね~だろ! なんか、チートしてんだろ!」


 ――もっくんの一閃で、四肢を失った村上が震える唇を動かしながら、己が感じた恐怖を言葉に代えていた。


 まあ、チートはしてるが、それはお前等だって同じだろ? 人を人外みたいに言うなよな!


 奴は己が敵わない者を全て人外という枠に収めて、自分へのなぐさめにしているのだろう。

 正直言って、哀れだとは思うが、容赦する気はない。己が行いは、チート云々なんて関係ないのだ。

 ただ、奴等の態度が少し気になる。


 こいつら、もう勝てないと分かってるはずだと思うが、なんで逃げないんだ?


 やられまくっているというのに、一向にして逃げ出そうとしない村上達を疑問に思う。

 幾ら復元の能力で元に戻してもらっても、どれだけ武器を振り回そうとも、どれだけ魔法を射ち放とうとも、勝てないことは火を見るよりも明らかだ。

 ところが、罵声こそ吐き出すが、戦いを止める素振りすら見せない。

 今も村上の四肢がよみがえっている。後方で能力を振るっている女達のお蔭だ。

 だが、その援助に何の意味があるのだろうか。終止符を打つべく、溜息混じりにいましめの言葉を吐く。


「おい、女。お前達は、何時まで、この男達に苦痛を味合わせるつもりだ? 一生やるのか? 俺達が手加減していることも理解できないのか? 本気で始末する気なら、お前達の能力が発動する前に塵にすることも出来るぞ?」


うるさい! 村上君、頑張って!」


 女が村上を叱咤しったするが、奴は顔を引きらせながら後退りを始める。

 さすがに、現実が見えてきたのだろう。


「どうしたの? 戦わないの? 最強なんでしょ!? なんで逃げるのよ!」


 女は悲鳴のような言葉を何度も村上に投げかける。だが、村上は首を横に振りながら反論する。


「無理だ! こいつら、化け物だ! 勝てる訳がない」


 遂に、村上がギブアップ宣言する。その途端、それを聞いた女の顔が般若の如く怒りを露わにする。


「何言ってるのよ。そんなこと、初めから解ってるわよ。だから、何度も復元させているんじゃない。いつも偉そうにしてるんだから、頑張りなさいよ。もっと、苦痛に歪む顔を私に見せてよ。あんた達なんて、一万回くらい死ねばいいのよ。きゃははははは」


 ああ、そういうことか……なんとも女の恨みは恐ろしいもんだな。俺も気を付けなきゃ……


 この女は村上の味方をするために、ここまで付いて来た訳ではないのだろう。

 こいつらが女達に何をしたか知らない。だが、きっと、彼女は復讐のためにやっているのだ。


 こういうのを自業自得というんだろうな。まあ、日頃の行いの結果なんて、自分がピンチの時に返ってくるもんさ。てか、こいつらをどうしたもんかな……


 怒り心頭の女が喚き散らす姿を見やり、肩を竦めつつもこの後の処理を考えていると、村上達が罵声を浴びせ始めた。


「くそっ、このアバズレが! 後で酷い目に遭わせてやる」


「復讐? 意味が解らん。散々遊んでやったのに」


しつけのやり直しだな!」


 村上を含め三人の男が罵りの声をあげると、彼女は逆上する。


「何がアバズレよ。私を犯した挙句に三人でやりたい放題しやがって。私が喜んでいるとでも思ったの? 早く死んでよ。ねえ、柏木君、こいつ等を殺してよ。私の人生を台無しにしたこいつ等を甚振いたぶって、死にたいと思うくらいの苦痛を味合わせてから殺してよ。はい! 復元したわよ。もう一度、身体を斬り飛ばしてやって!」


 女は完全に狂っていた。いや、復讐心が彼女を鬼に変えていた。

 三人の男も、これには愕然がくぜんとしていたが、村上が直ぐに行動を起こした。


「うっせ! このアバズレ! お前が死ね!」


 そう、奴はその女に襲い掛かったのだ。

 だが、無情にも奴の攻撃が彼女に届くことはなかった。

 なぜなら、奴の両足が腐り落ちたからだ。


「な、なんだ、これ! あ、足が! 足が! お、おいっ! オレに何をしたんだ? カスミ、早く復元しろ!」


 動転する村上が、今襲い掛かろうとしていたことすら棚上げして、女――ああ、思い出した。あの女は似鳥佳澄にとりかすみだったかな――に復元しろと叫ぶのだが、彼女は腹を抱えてケラケラと笑い始める。


「きゃははははははは、いい気味よ。もっと腐ればいいのよ。めっちゃお似合いだわ」


 こえ~~~、女は魔物だな……帰ったら、みんなに優しくしようっと……


 あまりの狂いっぷりに身震いしてしまう。

 ただ、その間に、村上のみならず、他の二人も身体が腐り始める。


「くそっ、くそっ、殺してやる! うあっ、あ……ちくしょうーーーーーーー!」


「あ、うあ、身体が、あ、た、助けてくれーーーーーーー!」


「裏切り者がーーーー! あ、手が、あ、あーーーーーー!」


 三人の男の身体は、物凄い勢いで腐って行く。

 足が腐ってモゲ落ち、伸ばす手が朽ちて崩れ落ちて行く。

 睨み付けていた表情も、既に腐り落ちて、元の顔すら解らない状態となり始めた。


「あはははは! バカじゃない? 助ける訳ないじゃない。あんた達なんて、悲惨な目に遭って死ねばいいのよ。もう頃間だから、苦しんで死んでね」


 腐敗していく男達に、その言葉を投掛けたのは、もう一人の女だった。

 間違いなく、この女も酷い目に遭ったのだろう。

 二人の女はグルになって、この男達に復讐するためだけに、ここに居るようだ。

 そんな彼女達は、三人の男が腐り果てたのを確認すると、こちらに視線を向けてきた。


「さあ、もういいわよ。気が済んだし。殺してよ、柏木君。あの黒い球体で汚れた私達を消してちょうだい」


「そうね。私達の復讐も終わったし、思い残すことなんてないわ。さあ、お願い、私達を一瞬で葬って! 出来たら瞬殺がいいわ。痛いのは、もう嫌なの」


 二人の女はそう言うと、幸せそうな表情を浮かべて目を瞑った。

 どうしたものかと視線を妻達に向けると、悲しそうな顔で俺を見ている。


 まあ、そう思うよな……でも、同情でこいつらが救われるのか? まあいいや……


 何が言いたいのかなんて、直ぐに理解できる。伊達に六年以上も夫婦をやっている訳ではない。


「悪いが、お前達を殺す気はない。お前達には、これから己の幸せを探してもらうつもりだ。過去に何があったかは知らんが、たった二十年程度で人生を捨てるのはあんまりだろ?」


「何言ってるのよ! 早く殺してよ! もう私は汚れてしまったんだから」


「そうよ。これ以上、生きてたって、幸せなんてあるはずがないじゃない」


 二人は猛烈な勢いで否定する。しかし、だからといって、はいそうですか、殺してあげますという訳にもいかないのだ。


 さて、どうしたものかな、なんか説得する方法がないもんかな……てか、こいつらの不幸は分からなくもないが、それは誰にでも起きる。いや、この世界じゃ、往々にして起きる事なんだよな~。


「なあ、お前等がどんな仕打ちを受けたのかは知らんが、ここは異世界だし、これから知り合う者は、お前達のことなんて知らない。いっそ、リセットしちまえよ。少なからず、お前等が幸せになるための手伝いはするぞ?」


「……リセット……やり直せるの?」


「あの辛かった日々を忘れて、幸せな人生が送れるの?」


 二人は半信半疑な気持ちを露わにしながらも、自分達の幸せな未来を想像しはじめたのだろう。

 ただ、彼女達にそうだと言ってやるわけにはいかない。だって、幸せは訪れるものじゃない。自分が掴むものだ。


「悪いが、幸せになれるかは分からん。だいたい、幸せなんて人それぞれだ。ただ、それを得られるかどうかは、自分達の努力しだいじゃないのか? そういう意味では、お前等にも沢山の可能性があると思うぞ?」


「可能性……」


「自分で掴む……まだ、間に合うのかな?」


「ああ、余裕だろ! 残りの人生の方が、断然多いんだからな」


 不安そうにしていた二人は、お互いの顔を見合わせたかと思うと、抱き合って号泣し始めた。

 納得してくれた女二人を見やり、安堵の息を吐いてると、突如として、ラティが矢を放った。


 あれ? ラティって、いつから眼鏡を掛けるようになったんだ?


 矢が放たれたことにも驚いたが、それよりも、いつの間にか彼女がメガネっ子になっていることを疑問に感じてしまった。

 というか、ラティに限らず、残りの二人も眼鏡を掛けている。


「綾香が二つの魔道具をくれたんちゃ」


 疑問を口にする前に、ラティが綾香の名前を口にした。

 すると、マルセルが自分の手を広げて、一つ目のアイテムが持つ力の説明をしてくれる。


「一つ目は、探知の指輪です。これを着けていると思念体のような不確実な物体を探知できます」


 更に、アンジェが眼鏡について教えてくれた。


「このメガネは……ふふふっ、カッコイイだろう!」


 いや、アンジェの言葉は、全く以て説明になってなかった。だが、間違いなく、その眼鏡で視認できるということだろう。


 つ~か、なんで俺には寄こさんのだ? もしかして、綾香の不満の表れか? やばい、帰ったら相手をしないと……


 日頃の行いを思い出して焦りを感じていると、アンジェが眼鏡を投げて寄こした。


 あっ、俺の分もあるんだな……よかった……綾香、サンクス。


 ここに居ない綾香に感謝しつつ、その眼鏡を掛けると、アルテーシャの姿を見ることが出来た。


 見えた。俺にも見えたぞ! なんて、アニメチックに感動している場合じゃないな……てか、これが精神体なのか?


 モヤモヤした霧のようなものを目にして、精神体の姿に疑問を持つ。


「くっ、どうやって、私の存在に気付いた」


 憎々しげなアルテーシャの言葉が響いたが、それに言葉を返すことなく、能力を発動させる。


「亜空間結界!」


 能力の発動と同時に、俺達の居る一帯が一瞬にして様相を変えた。

 上も黒く、下も黒く、横も、斜めも、どこまでも黒い空間。一瞬にして真っ黒な世界を作り出したのだ。


「エルソル様は、真っ白だったのに……」


「似合ってるっちゃ」


「悪者だからな」


 俺の作った空間を見回した三人が、それぞれの感想を口にした。

 若干、マルセルが引いていたのが残念だ。


 マルセルに受けの悪かった空間だが、これはエルソルに言われて練習していたものだ。

 彼女曰く、最終決戦にはこれがないと逃げられてしまうとのことだったので、チャンスがくるまで取っておいたのだ。ふふふっ……決してご都合主義ではない。


「えっ、こ、ここは、ここはまさか!」


 精神生命体が怯えたような声を漏らす。だから、親切にも説明してやるのだ。てか、ただの嫌がらせだけどな。


「ああ、ここは、お前の墓場だ」


 そう、これこそが、奴を封じ込めるための切り札だ。


 というか、ラティ達三人をここに連れてくる必要ってなかったよな? だって、あとは、もっくんで始末するだけだし……


「じゃ、悪いけど、逝ってくれ」


 奴が聞く最後の言葉を残し、俺は時間停止を発動させた。

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