第74話 白昼夢
いつもの調子で教室に入ると、いつもの調子で椅子がなかった。
おそらく、トイレにでも行ったのだろう。
いつものことなので、いまさら疑問に思うことなくトイレに向かう。
ただ、踵を返したところで、伊集院と少しだけ目が合う。
ん? 用事でもあるのかな? いや、そんなことはないか……だって、あの時、激怒してたし……きっと、気のせいだろう。
彼女と絡んだ時のことを思い出し、何かの間違いだと首を横に振る。
「それにしても、毎度のことながら、なんで俺の椅子は、生理現象を起こすんだ?」
必殺の独り言を呟きながら、びしょ濡れになった椅子を持って教室に戻る。
もちろん、椅子が自分でトイレに駆けこみ、水浴びをしたなんて思っていない。
これは、嫌がらせをやっている奴等の仕業だし、それが誰かも特定できている。
ただ、それを騒ぎ立てても、なんの利益もないと考えて、敢えて黙っている。いや、騒げば騒ぐほど、嬉々としてエスカレートすることだろう。
バカに付き合うほど暇じゃないんだよ。まあ、忙しくもないけどな……
びしょびしょの椅子を持って教室に入ると、既に出席をとっていた。
教壇の上に立つ、担任から睨まれつつも、知らんぷりを決め込んで席に戻る。
朝から、奴のウザい顔を見ると、ウンザリするんだけどさ。こいつも相手にすると、ウザさ倍増だからな。ここは敢えて無視で対処するのが得策さ。
関われば関わるほど、物言えば物言うほど、面倒なことになることは、既に実証済みだ。
だから、視線を合わせることなく、まるで教室に自分以外が居ないかのように振る舞う。
ただ、その行動が、奴の癇に障ったのだろう。
「柏木、どこに行ってたんだ!」
担任の
いちいち聞くなよ。知ってんだろ? 知ってて黙認してる癖しやがって! こんなやつは無視だ、無視! 相手をするだけ、時間と体力の無駄だ。
「ちっ」
奴からの舌打ちが聞こえてくるが、それをもシカトして、カバンからタオルを取り出すと、濡れた椅子を拭き、何事も無かったかのように座る。
もちろん、こんな出来事は日常茶飯事だから、タオルを持ってくるのを欠かしたりしない。
数人の男がニヤニヤとしているが、こんなことをして何が楽しいのだろうか。
だいたい、椅子をトイレまで運ぶ労力は無駄だと思うんだが、奴等はよっぽど体力と時間を持て余してるみたいだな。まあ、数年前の俺なら、間違いなく叩きのめしてるが、今はそうもいかない。
そう、ぶっ飛ばすのは簡単だが、空手有段者である俺が殴ると、色々と大きな問題に発展するのだ。
ホームルームが終わり、うざい担任が消えたところで教科書を取り出し、黒板に視線をむける。
担任の顔を見たくないので、ホームルームの間は、黒板方向に視線を向けないのだ。
ただ、少しばかり楽しみもある。
お、今日は来てるんだな……
磯崎の姿を目にして、朝から沈み込んだ気分が少しだけ浮上する。
だけど……何か大切な事を忘れているような気がする。何だっけ?
あれ? 珍しく磯崎の傍に女子生徒がいるぞ。確か、あれは鈴木綾香だったはずだ……鈴木綾香……何か引っかかる……
何かが胸につっかえているような気分で、珍しい光景に首を傾げる。
というのも、俺に嫌がらせをやっているグループから、磯崎も同様に嫌がらせを受けているのだ。
だから、彼女のところに他のクラスメイトが近寄ることはない。
ところが、二人はニコニコと仲良く話をしている。
うむ。なんか、よくわからんが、友達ができて良かったな、磯崎。
磯崎と鈴木が楽しそうにしているのを見やり、胸の奥を温かくする。
しかし、その途端、二人がこちらに視線を向けてきた。
ん? どうしたんだ? 磯崎は分かるが、鈴木の視線がなんか怪しい。
そもそも、磯崎とは友達だし、彼女が俺に視線を向けることは少なくない。
ただ、鈴木とは、それほど深く付き合ったことたないし……って、ないよな?
ん~、やっぱり、なんか落ち着かんな。なんか、違和感もあるし……いったい、何がおかしいんだ?
現在の状況に違和感を抱きながらも、時は進み一時間目が始まる。
一時間目は英語の授業なのだが、伊集院が相変わらずの綺麗な声で、英語の長文をスラスラと読んでいく。
相変わらず凄いな。勉強ができて、おまけに誰もが振り向く美人。付け加えるなら、グラビアアイドル顔負けのスタイルだし、完全に人生勝ち組だよな。
まあ、俺とは違う世界の人間さ……違う世界……伊集院が俺と関係ない……ん~、やっぱり、なんか引っ掛かる。
いったいどうしたのだ? なんか、何もかもに違和感を受けるんだが、それが何かわからん。なにが……
色々と悩むが、結局、何かおかしいと感じながらも、午前中の授業を終えた。
さあ、いくかな。
今日は磯崎が来ているので、屋上で昼食を摂ることになる。
そう、彼女が来ているときは、いつも一緒に昼休みを過ごしているのだ。
まるで、恋人同士のような行動だが、いまのところ、そういう事実はない。
実際、そうなってくれると嬉しいんだが、それを口にする勇気がない。
自分の勇気の無さに肩を竦めつつも、屋上に出る扉を開くと、既に磯崎が来ていた。
ただ、そこで目にした光景は、いつもと違っていた。
なぜか、鈴木綾香が彼女と一緒に居たのだ。
「あ、柏木君。今日は、綾香も一緒だけど良い?」
「ああ、構わんぞ。だけど、どうしたんだ?」
磯崎が鈴木の名前を呼び捨てにするのを聞き、頷きつつも違和感を抱く。
ただ、この違和感は、これまでと、どこか違っていた。
ん~、磯崎が綾香と呼ぶのには違和感がないんだが、なんか雰囲気が違うんだよな……もっと、こう……そう、猫みたいな感じだったような……
彼女達の前に立ったまま頭を悩ませていると、鈴木が申し訳なさそうな表情を見せた。
「今まで、本当にごめんなさい。私に勇気があれば、もっと早くこうして居られたのだけど」
鈴木とは、あまり話をしたことがなかったこともあって、どうしてこうなったのか、全く理解ができない。
ただ、彼女が今ここに居ること自体は、とても当り前のような気がする。ただ、何か足らない気もする。
もやもやとした気分だが、このまま突っ立っていても仕方ない。買ってきたパンが入った袋をもったまま腰をおろす。
そんなタイミングで、今度は背後から他声が聞こえてきた。
「わたくしもご一緒してもよいかしら」
うお、伊集院だ! 何でまた伊集院がこんなところに?
驚く俺を横目にしつつ、伊集院がロココの隣に座る……ん? ロココって誰だ? あれ?
両手で頭を掻きむしっていると、その行動を不審に思ったのだろう。磯崎が首を傾げた。
「どうしたの、柏木君」
不思議そうな表情を見せる磯崎。
その隣では、チート嫁が……チート嫁……いや、パクラーが……あれ? パクラーって? 嫁って?
「あのさ、今日の俺って、なんか変なんだ。大切なことを忘れているような気がするんだ」
素直に不思議に感じている気持ちを伝えると、麗華が頷いた。
麗華……なんで伊集院の名前を憶えてるんだ? 全然、記憶になかったんだが……
「偶然ですわね。わたくしもなのです。それに、なぜか、あなた達と一緒に居ないと落ち着かないというか……」
伊集院がその端正な眉をハの字に下げると、鈴木も真面目な表情で同意する。
「あ、それ、私もです」
全員が顔を見合わせて、頭を傾げている。
すると、磯崎がこめかみに指を当てたまま、自分に起こっている現象を口にした。
「どこかから声が聞こえるんです。ニャア、ニャアという声なんですけど」
途端に、伊集院が驚いて磯崎を見やる。
「あなたもですの? わたくしも、ママ、ママって聞こえますわ」
「えっ、伊集院って子供が居るのか?」
伊集院の言葉に、少しばかりショックを受ける。ただ、どうしても他人事には思えない。
すると、彼女は冷たい視線を向けてきた。
「だって、美麗は、ユウスケの子供でもありますわ……えっ、わたくしと……柏木くんの子供……美麗……」
麗華との子供……美麗……ユウスケ……美麗……麗華……綾香……ロココ……ニャア……そうか……思い出したぞ!
麗華の台詞で、完全に思い出した。
そう、俺と麗華は夫婦だ。いや、ここにいる三人は、俺の嫁なのだ。
「ロココ、ルルラは何て言ってるんだ?」
ロココとよばれ、磯崎は怪訝な表情を見せる。しかし、直ぐに自分のことだと理解したようだ。
「ルルラ……ルルラ……ルルラは、ママニャ起きてニャと……」
磯崎がそう言うと、麗華が立ち上がった。
「美麗がわたくしを呼んでますわ。泣いているみたい」
というか、俺には聞こえないんだが……いや、そんなことより、今は現状把握の方が先だ。
「確か、ミストニア州の西、二ベルの街にあるダンジョンの最下層らしき部屋に入ったんだよな。そこまで思い出したぞ」
俺の台詞を聞いて、綾香が最下層らしき部屋で見たことを思い出したようだ。
「
「それって……」
綾香の台詞に、磯崎が絶句している。
その気持ちは解らんでもない。
だって、「メイムラ」で羊だろ? オマケに白昼夢と来たら、もう
「ここから抜け出すのには、迷村が鍵という訳か。じゃ、教室に行くぞ」
全員が相槌を打ち、麗華、綾香の順に昇降口へと向かう。
だが、そこでロココが抱き付いてきた。
「うわっ。どうしたんだ!?」
行き成りのことで驚いていると、ロココ、いや、磯崎は抱き付いたまま、上目遣いで話し掛けてくる。
「この姿で抱き付けるのも、これが最後だろうし、少しこうしいても良い?」
「ああ、あまり時間がないけど、少しなら構わんだろう」
磯崎の身体を優しく抱きながら頷く。
「ねえ、愛してるって言って」
これまた、恥ずかしい要求をしてきやがった。
しかし、その行為の恥ずかしさに頬を掻きながらも、彼女の望みの通りにしてやる。
「磯崎、愛してるぞ」
せっかく要求を履行したのに、彼女は首を横に振る。
「名前を呼んで欲しい」
どうやら、磯崎では駄目らしい。
こういうのは、素でやると物凄く恥ずかしい。そんな恥ずかしさを咳払いで葬ってから、彼女の要求を満たすために、再び囁く。
「愛しているぞ!
彼女は嬉しそうな表情で、ずっと? と、首を傾げる。ただ、既に瞳には大きな涙の粒が溜まり始めている。
「ああ、ずっと、愛してる」
ロココとは異なり、人間らしい双眸から涙を零しながら、磯崎は胸に顔を埋めた。
そして、もぞもぞと何かを言っている。
「凄く嬉しい……わたしも愛してるよ。ユウスケ」
どうやら、返答をしてくれたらしい。俺に要求した癖に、自分も恥ずかしいみたいだ。
真っ赤な頬に涙を流しながら、彼女は恥ずかしそうに身を捩る。
すると、後ろから二つの咳払いが聞えてきた。
「時と場所を選んでください」
「ユウスケ。後で、わたくしにもお願いしますわ」
綾香が白眼でクレームを入れてくると、麗華が自分にもと要求してくる。
「まあ、今回は特別だから許してくれ」
「あら、わたくしは怒ってませんわよ」
「そうですね。今回は大目にみます」
どうやら、二人とも納得してくれたらしい。
さて、元凶を探しに行くとするか。
正気を取り戻した俺達は、この幻想世界から抜け出すために、迷村を探しだすことにした。
屋上を後にして、急いで教室へ向かった。
というのも、幻想がスタートしたのが教室だったからだ。
しかし、残念ながら、迷村の姿はなかった。
「くそっ、奴はどこに居るんだ?」
「さあ、私も、彼女の行動原理を理解してる訳ではないので」
「彼女って、確か、あ、今日は居なかったですわ……」
「そういえば、出席確認の時に、禿が休みかとか言ってたニャ」
焦りを露わにしていると、綾香、麗華の順で応えてくる。ただ、磯崎が人の姿でニャン語を使ったものだから、全員の視線が集まる。
視線を向けられた磯崎は、ふるふると首を横に振っている。
礒崎、全然、誤魔化せてないぞ。でも、可愛いから許す。
磯崎の言動で心和ませていると、綾香が訝しげな視線を向けてきた。
「ユウスケ、能力って使えますか?」
そうか。全く気にしてなかった……
自分に呆れつつも無造作に空牙を放つ!
「……メェ~」
空牙をくらった黒板が、見事に消滅した……
「ちょっと、場所を選んでください」
綾香は周囲を見渡しながら
その証拠に、黒板が削り取られたにも拘わらず、クラスメイトは誰一人として驚いていない。
「周囲の奴は、誰も気にしていないぞ」
肩を竦めてみせると、磯崎が気付いたことを知らせてくる。
「でも、何か、悲鳴のような声が聞えたニャ」
うむ、確かに聞こえたような気がしたが……クラスメイトじゃなさそうだな。
周囲を見渡しながら、鳴き声の発生元を探るが、怪しそうな者は居なかった。むしろ、怪しいのは削り取られた黒板の方だ。
なにしろ、黒板が消滅したということは、隣のクラスが見えるはずなのだが、そこにあるのは、唯の闇だ。
「あれって、どうなってるんだ?」
消滅した黒板に近づき、その闇を観察してみるが、それが何なのか全くわからなかった。
ただ、分かったのは、悲鳴が聞こえたということだ。
ん~、そうなると、もう一回、鳴かせてみせればいいんだよな? 鳴かぬなら、鳴かせてみせようホトトギスだな。
色々と考えた末に出した結論を思い浮かべ、ニヤニヤ顔を嫁達に視線を向けると、三人とも直ぐに察したのか、コクコクと頷いている。
しかし、敢えて口にする。ぶっ壊せと。
「遠慮はいらん。やっちまえ!」
「参れ、神剣! はぁ~~~~~! 烈風乱舞!」
「メェ~~~!」
攻撃命令を出した途端、麗華が神技でベランダ側の窓を吹き飛ばす。
壁やガラスが吹き飛んだベランダ側は、見えるはずの校庭が見えず、唯の闇だけが存在した。
「食らえ~~~~~!」
続いて、綾香がロケットランチャーで後側の壁をぶち破る。
「メェ~~~~~~~~~!」
攻撃を加える度に、悲鳴が大きくなっていく。
空牙の時と同様に、隣の教室は見えず、壁の代わりに真っ黒な闇が生まれた。
「風刃瞬撃!」
麗華が容赦なく、今度は廊下側に神技をぶち込む。
これで、俺達の四方は全て黒い闇に包まれたのだが、未だにこの白昼夢が終わることはなかった。
「残るは、床と天井なのだが……そもそも、この天井って、既に支えがないよな。空牙!」
ブツブツ言いながら空牙を天井に放つと、そこにも闇が生まれるだけで、全く復帰するような気配がない。
「これは、どういうでしょうか」
綾香が疑問を口にした途端、ルルラの声が聞えてきた。
「パパニャ。うちらをころすきかニャ?」
「パパ。ひどいです。しぬかとおもったです……」
うっ、すまん。ルルラ、美麗……って、二人の声が聞こえるということは……
すぐさまルルラに尋ねる。
「ルルラ! 敵はどっちだ!」
すると、俺の手が何かに持ち上げられる。
「麗華! 綾香!」
その手が持ち上げられる意図を察して、即座に二人の名前を呼ぶ。
「風刃瞬撃!」
「ロケット弾でも食らえ!」
「みんな、避けるニャ!」
名前を呼ばれただけで意を汲んだ二人が、即座に俺の手が指し示す方向に攻撃を放つ。
その攻撃を感じ取った瞬間、ルルラが回避するようにと叫ぶ。
「メェ~~~~~~~~~~~~!」
二人の攻撃が暗闇に消えると、女の悲鳴が聞こえてきた。
やったか!? あれ? これって、フラグ?
少しばかり焦りつつも、攻撃が放たれた方向に視線を向けていると、黒い闇が雨で流されるかのように溶けて行く。
徐々に見え始めた世界には、片腕を無くし、お腹に穴を空けた羊女がいた。
周囲を見渡すと、俺達四人以外は、誰もが行き絶え絶えといった様子だ。
怪我はしていないようだが、間違いなくマルセルが必死に治癒したお陰だろう。
「もう、パパのくうが、こわすぎです」
「ラティママニャが助けてくれなかったら、うちが巻き込まれるとこだったニャ。パパニャのバカニャ」
うっ、言葉も無い……
ラティを見やると、彼女は黙って頷いていた。
「ありがとう。ラティ」
ラティは、首を横に振りつつ微笑みを浮かべた。
「みんなの子供やけ~ね。助けるのは当たり前なんちゃ」
やはり、ラティは最高だ。いや、俺の嫁達は、全員が最高だ。
「よし、さっさと終わらせるぞ!」
現実世界に戻ったことで、もはや勝負は決まっている。
そう感じて、いつもの調子で声をかけると、ラティが愚痴を溢してきた。
「例の結界は、空牙じゃないと破れそうにないっちゃ」
なるほど、それで消耗戦になってたのか。
奴も、既に麗華と綾香からやられた傷が回復しているし、どうやら、いつものダンジョンコアとの融合みたいだ。
さて、どうするか。ここで奴を始末するのは簡単だ。だが……
必要悪になると決意したこともあって、これまでと違って一気に始末するのではなく、迷村だった羊に最後の忠告をすることにした。
「迷村、心を入れ替えてやり直すつもりはないか? このままだと、お前を消滅させる他ないが」
出来れば投降して欲しいと思ったのだが、彼女は縦割れの瞳孔をこちらに向けて、メ~メ~言い始めた。
「うるさいメ~! もう終わりメ~~! お前達の所為で、こんな姿になったメ~~~!」
さすがは羊だ。語尾が全てメ~になってる。
「お前が反省して、一からやり直す気があるなら、お前を元に戻すことができるぞ。それでも、止める気はないのか?」
迷村は逡巡していたが、直ぐに厳しい表情となった。
「どうせメ~、やり直しても同じメ~。もう、死にたいメ~~~!」
でも、このまま死なせるのは……
「その齢で死にたがるには早いだろう。真面目に生きていれば良いこともあるぞ。やりたいこともあるだろう?」
完全に説得モードとなっている。
やや、ロココと綾香の視線が突き刺さるような気もするが、多少は人道的な行動を執っても良いともう。
「だ、だったらメ~、私と結婚してメ~~~!」
「ああ、それは無理だ!」
ヤバイ、即答しちまった。だって、俺の好みじゃないし……
「みんな死ねメ~~~~!」
即答で拒否されたのが引き金となったのか、奴は怒りを収められなくなったようだ。
「ちっ、仕方ない。俺が結界をやるから、ラティはコアを頼む。他は奴を死なない程度に痛めつけてくれ。それが終わったら、美麗、頼むぞ!」
全員が指示に頷きで応える。
「空牙!」
空牙を放って結界を消滅させると、すかさず、ラティがコアを射抜く。
すると、ロココが疾風となって、奴の腕を切り飛ばした。
それとほぼ同時に、麗華が反対の腕を切り落としていた。
「メ~~~~~~~~!」
両腕を切り飛ばされて、痛みの余りにもがき苦しむ迷村に、美麗が能力を使って再生を行う。
「再生~~~~!」
すると、羊の巻き角が徐々に小さくなっていく。
続いて身体に覆われていた白い毛が、どんどん短くなり、縦割れの瞳孔も、しだいに丸い人のものに戻っていく。
「えっ、えっ、えっ、なに、これ、人に戻れた……戻れたの?」
迷村は自分の身体が人に戻ったことに動転し、腕や足を何度も確かめている。
そう、美麗の再生は、奴の斬り飛ばされた腕まで再生している。
そんな彼女に、綾香が冷たい視線でツッコミを入れる。
「どうでも良いですけど、早く隠した方が良いですよ。丸見えです。それもちぃパイが……」
確かに、小さい……綾香よりも、かなり小さい……ふぐっ。
心中でのことなのに、比較対象に綾香を出したことがバレたみたいだ。思いっきり腹パンを食らってしまった。まあ、痛くないんだけどな。
「きゃっ、見ないで、見ちゃいや!」
もう遅いのだが……既に、生まれたままの姿を堪能させてもらったよ。ごっちゃんです。
まあいい、あとは呪印を空牙で消せば終わりだ。
ダンジョンコアのあった台座へと近付くと、これまでと同じように、地面に施された呪印に向けて空牙を放つ。
怪しさいっぱいの呪印が空牙によって抉られると、室内が一気にダンジョンの様相に戻った。しかし、その途端にダンジョン内が揺れ始めた。
「何をしたニャ!」
まるで俺が何かを仕出かしたかのように、ロココが声をあげるが、それに反論している場合でなさそうだ。
直ぐにワープを出し、みんなに撤退することを告げる。
「みんな。直ぐに入れ! 急げ!」
叫び声を聞きつけ、全員が急いでワープ内へと駆け込む。
麗華とアンジェは、素っ裸の迷村を連れて中に入る。
これで、全員だな。よし、俺も戻るか。
その時だった。突如として何かがぶつかってきた。
大した力では無かったので、ビクともしないが、ぶつかって来た存在は、跳ね返されて転がっている。
「ほ~~! 第二王女じゃね~か、こんなところで何をしてるんだ?」
そう、そこに居たのは、ミストニア王国第二王女であったアルテーシャだった。
奴は驚きの表情を浮かべつつ、俺を睨みつけている。
何を驚いているのだろうか。このタイミングで出て来るということは、俺がここに居ることを知っていたはずだ。
「な、なぜ、なぜ、お前の身体を乗っ取れないのだ!」
ああ、なるほど、なんでぶつかって来たかと思ったら、身体を乗っ取ろうとして失敗したんだな。
「愚かだな。何の対策も講じていないと思っていたのか?」
くふっ。実際は、なんの対策も執っていなかったが、きっと綾香の作った守りのブレスレットのお蔭だろう。
だが、ちょっとだけ、格好つけてみた。
「な、なんて忌々しい。その身体と力さえ奪うことができれば……」
まあ、丁度いいや、ここで逝ってもらおうか。こいつに関しては、生かして置く気がない。
「悪いが、いや、別に悪くないけど、覚悟してくれ。お前の存在だけは、見逃す訳にはいかないんだ」
そう言い放ち、もっくんを手にする。
「ちっ、今に見ているがいいわ」
奴は口惜しそうに言い放つと、俺の周りを吹き飛ばし、そのまま姿を消した。
どうやら、イタチのニギリッペ。いや、最後っ屁のようだな。
暫く様子を窺うが、奴が現れることはなかった。
「ちっ、逃げられたか……まあいい、とにかく、ここから早く逃げ出さないと……」
あっ、便乗されたら拙いと思って、ワープを消したんだった。
周囲は奴の所為で粉々になっているし、上から岩の塊が雨の様に降ってきやがった。
ちぇっ、ここで呑気にワープを出している場合じゃなさそうだな。少し安全そうな場所まで移動するか。
瞬時に、安全な場所まで移動してワープを出す判断をした。
というのも、俺の力量なら、降り注ぐ岩なんてどうにでもなると考えたからだ。
ただ、その安易な考えが仇となり、新たなトラブルに突入することになってしまった。
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