第73話 恩讐と存在理由


 エストの街は思ったより広く、綺麗なところだった。

 中央にある行政施設は、元々がこの街を統治する貴族のものだったらしいが、その貴族は横領や不正行為が発覚したことから処分の対象となり、現在は州の持ち物となっている。

 というか、そもそもこの街は、クリスやエミリアの父であるバルザック家が統治していたのだ。

処分となった貴族は、彼女達の両親が冤罪で処罰された後に、ファルゼンからこの街をたまわったらしい。

 だから、ある意味、正当な人物の手に戻ったと言えるだろう。

 それよりも、問題は目の前の状態だ。


「クリス、もう分かったから、いい加減にやめないか?」


「いえ、我が主を忘れるなど、誰が許そうと、私自身が許せません」


 エミリアはそうそうに記憶を取り戻して喜んでいたのだが、クリスも遅ればせながら記憶を取り戻した。そして、この状況が続いている。

 なんと、彼女は、かれこれ二時間くらいは、土下座をしているのだ。

 それに困ってしまい、周囲に助けを求めたのだが、嫁達からの言葉も馬の耳に念仏となっている始末だ。

 さすがに、困り果てているのだが、これを解決しないと先に進まないので、ちょっと厳しい態度に出ることにした。


「クリス、これ以上続けるなら、お前を放置して話を進めるぞ」


 その言葉を聞いた途端、クリスが神速で立ち上がった。


「主様、それだけは……」


「だから、全く気にしてないって言ってるだろ。お前も気にするな。なにしろ、あのエルザだって忘れていたくらいだからな」


「えっ!? エルザが?」


 引き合いにエルザの名前を出すと、クリスはやっとのことで折れてくれた。

 エミリアなんて、死神装束を解除した途端、思いっきり抱き付いてくると、熱烈な口づけをしてきたんだが……

 まあ、クリスは真面目だからな。そこが良い処でもあるし、今夜は優しくしてやるとしよう。


 クリスが復帰したところで、これまでの流れを簡単に説明した。

 その中で、今までの話では、ユウスケという存在を忘れている状況だったが、どうやら、洗脳の度合いが進み、いまや死神の存在も忘れられているようだ。

 現に、ミストニアを恐怖におとしいれたはずなのに、誰も死神のことを口にしていなかったらしい。

 まあ、地脈を使って洗脳しているようなので、地域的な差も大いにあるのだろう。


「では、ユウスケ様は、これからローデス王国に戻るのですか?」


 一通りの説明が終わったところで、エミリアがこれからについて尋ねてくる。

 本来はそのつもりだったのだが、せっかく、ミストニアに来たのだから、ミストニア北部にあるダンジョンを攻略しておきたい。


「それなんだが、せっかくここまで来たんだ。次の目的地をミストニア北部のダンジョンにしようかと思ってる」


 その意見に反対する者は居なかったが、クリスとエミリアが何か言いたそうにしていた。

 多分、自分達も付いて行くと言いたいのだろう。だが、そういう訳にはいかない。


「悪いが、クリスとエミリアは、継続してこの街を守って欲しい。マリアはまだ復調してないが、エルザ達は元に戻ってるからな」


 二人は残念に思っているのか、溜息と共に肩を落とすのだが、渋々と承諾してくれた。









 ミストニア北部のダンジョンは、それはそれは奇妙なダンジョンだった。

 というか、このダンジョンは危険だということで、誰も入れないようになっていた。いや、既に忘れられたダンジョンだと断言しても過言ではないだろう。

 今回、エルソルからもらった情報がなければ、きっと、探すだけでも大きな手間になっていただろう。


「レルガ大樹海に、こんなダンジョンが在ったんですね」


 そのダンジョン内に入り込んだのは良いのだが、その異様な光景を目にして、マルセルが呆気に取られている。


「というか、これって異空間ですよね」


 綾香の台詞も、この光景を目にすれば、誰もが理解できるだろう。


 このダンジョンは、地下一階に辿り着くまでの距離が半端なかった。

 というか、地下一階に辿り着くのに、丸一日ほど掛かってしまった。

 入口を入ってから、地下一階に到着するまで、ずっと一本道があるだけなのだ。

 当然ながら、途中でモンスターが出現するのだが、逃げ場もなければ、隠れる場所もなく、ただただ湧いて出るモンスターをひたすら倒しながら直進した。

 そして、ようやく辿り着いたフロアは、だだっ広い森林だった。


「どこかに、地下に降りる階段があるのでしょうか」


 麗華が森林を見渡しながら疑問を口にするが、ラティがその疑問を否定する。


「塔が見えるんちゃ」


 誰もが、ラティの指が指し示す方向に視線を向ける。ただ、アンジェの顔が引きっている。


「森林と塔か……」


 ああ、エルソルの塔を思い出してるんだな。あの時は、間違いなく死んだと思ったからな……まあ、本人も反省しているはずだから、まさか同じことはしないだろう。なあ、アンジェ!


 チラリと視線を向けると、アンジェがびくりと身体を仰け反らす。

 当然ながら彼女の大きな胸が強調されるのだが、それが気に入らないのか、ロココが半眼を向けた。


「アンジェ、解ってるニャ? 今度やったら、その乳を切り落とすニャ」


 ロココからの冷やかなツッコミが放たれるが、いつも元気な漢モードのはずなのに、アンジェはまるで貝のように口を閉ざしている。

 その表情は、やや厳しいものとなっているが、このままここで話をしていても始まらない。もちろん、アンジェを虐めて遊んでも仕方ない。


「それじゃ、塔に向かうぞ」


 アンジェの肩を優しく抱きながら、みんなに出発するむねを伝える。

 肩を抱かれた彼女は、少し涙が浮かんだ双眸そうぼうを向けてくると、コクリと相槌あいづちを打つ。そして、ボソリと漏らす。


「ユウスケ様、あの時は、本当にごめんなさい」


 ああ、何も言わないと思ったら、乙女モードに変わっていたようだ。


「気にするな。だが、お前が居なくなったら、俺は発狂するぞ? だから、十分に気を付けてくれよ?」


 彼女の頭を優しく撫でてやりながら、塔に向けて足を進める。

 すると、乙女モードのアンジェは、身体を押し付けるように俺の腕を抱いたまま歩き始めた。


 出発して二十分くらいだろうか、このフロアで初めての敵と遭遇そうぐうする。


「ゴーレム……」


 姿を現した敵を目にして、思わず絶句してしまった。

 その理由について、能力の影響で無表情となっているロココがボソリと漏らした。


「あの時と同じニャ」


「確かに、そっくりですね」


 ロココの感想に、マルセルも神妙な顔で頷く。


 アンジェは大丈夫なのか? そう感じて視線を向けようとした途端――


「うおおおおおおおおおおお!」


 アンジェは猛烈な勢いで突進したかと思うと、パイルバンカーでゴーレムを串刺しにした。

 その雰囲気は、何時もの勢いというよりも、かなり動揺しているように見える。


「全部、オレがぶっ潰してやる」


 あの時の出来事がトラウマとなっているのだろうか。

 少し、というより、かなり心配になってくる。

 急いでアンジェの隣に行くと、優しく抱き寄せる。


「アンジェ、俺達が一緒だ。大丈夫さ。お前は、俺が死なせないからな」


 途端に、彼女はパイルバンカーを地面に落とし、力無く胸に縋りつく。そして、両腕を首に回してきた。

 やはり、あの時の事件は、アンジェの心に深い傷を刻み込んだのだろう。

 ただ、いつも男勝りな彼女がこうやっていると、とても愛おしく思える。

 周りのみんなも、温かい眼差しで彼女を見守っている。

 すると、あの時、やはり死んでしまった麗華が、アンジェの背中を優しく撫でる。


 そうだな。ここであの時のことを知らないのは、サクラと二人の娘だけだからな。


「アンジェ、あの時、わたくしも死んでしまいましたけど、もう同じ失敗を繰り返すつもりはないですわ。それは、あなたもでしょ?」


 麗華が聖母のような優しい眼差しを向けて、アンジェを叱咤しったする。

 ただ、アンジェは抱き付いたまま首肯するだけだ。

 未だに元気のないアンジェをラティが励ます。


「うちは、ユウスケや家族のために、命をかけて戦うっちゃ。みんな同じなんちゃ」


「ラティ……」


 彼女は涙で潤んだ眼差しをラティに向ける。

 ラティの隣では、ロココが親指を立てている。


「あれから頑張って、みんな強くなったニャ。もう、あの時のわたし達じゃないニャ」


 アンジェはゆっくりと頷く。

 本当のアンジェは、心が優しくて、気が弱くて、寂しがり屋で、内気な女なのだ。

 だから、俺が勇気を与えてやる。


「俺が、家族が、みんなが、お前のことを大切に想ってるからな。絶対に死なせたりしない。あの時は、俺も力が足らなかったが、二度と同じ轍は踏まないぞ」


 大丈夫だと頷いてやると、隣にやって来たマルセルが、真剣な面持ちで宣言する。


「あの時は、私も自分の非力さに絶望しました。ですが、もう誰も死なせたりしません。私の命に代えても守ってみせます」


 アンジェはコクリと頷くと、俺の胸から離れて涙を拭う。


「ごめんなさい。少し弱気になってしまって、でも、もう大丈夫です」


 乙女モードのアンジェが、力強く頷き、自分の気持ちを露わにする。


「私はユウスケ様のために、家族のために、頑張るわ。例え、この身がち果てようとも、もう弱音を吐いたりしない」


 元気になってくれたのを見て、とても嬉しく思うのだが、彼女の言葉が気になる。


 違うぞ。違う。アンジェ。


「アンジェ、弱音を吐いても良いんだ。みんなで助け合って頑張ればいいんだ。俺達は家族なんだから」


 その言葉に、誰もが笑顔で頷く。

 それに堪えるように、景気づけに声を張り上げる。


「ぱ~~~っと、片付けて帰ろうぜ!」


 その掛け声に、誰もが呼応する。


「そうっちゃ、景気よくやるんちゃ」


 ラティがその美しい面差しをニコリと笑ませると、天に向けて矢を放つ。


「さあ、ガンガンやるニャ」


 呪いのダガーを持ったままのロココが、無表情ながらもそれを天に突きあげる。


「わたくしの神剣で木っ端微塵ですわ」


「死神と十三使徒の実力で粉砕です」


「回復は任せてください」


 神剣を地に刺した麗華が右手を突き上げると、綾香が天に向けて弾丸をばら撒き、マルセルが笑顔で小さくガッツポーズを見せる。


「うわっ! アヤカ姉、あぶないニャ」


「あっ、ラティママの矢がふってきた! こわ~~~」


 天に向かって放った矢や弾が落ちてきたのを目にして、ルルラと美麗が顔を青ざめさせる。

 そんな二人の頭を撫でていたアンジェが、漢モードに切り替わった。


「あはははははは。そうだな。オレ達はこの世界で最強の悪者だ。暴れるぜ!」


 よし、これでいい。


 いつもの様子に戻ったのを確認し、安堵の息を吐くと、気分を入れ替えて脚を進めた。









 いつもの調子に戻ったアンジェを連れ、かなりのゴーレムを片付けることになったが、大破壊魔法を使うまでもなく、塔に辿り着くことができた。


 それにしても、エルソルの塔とそっくりだな……いったい、どういうことだ?


 塔の姿を疑問に思いつつも、チラリと視線を横に向けると、アンジェが息を呑んでいるが、その背中を優しく抱いてやる。

 すると、彼女は「もう大丈夫だ」と答えてきた。


「それにしても、ここまでそっくりだと、気持ち悪いわね」


 アンジェのようにトラウマとなっている訳ではないが、麗華が少し顔を顰めて心情を吐き出した。


「そうだな。というか、エルソルが造ったんじゃないか?」


 憶測を口にするのだが、それを綾香が否定してきた。


「でも、本物はマナ枯渇で消えたのですよね?」


「自分の目で確かめた訳ではないが、エルソルはそう言っていたな」


 綾香の否定的な疑問に頷く。

 そう、いまやあの試練の塔は存在しない。


「悩んでも仕方ないニャ。とにかく、入ってみれば分かるニャ」


 結局、ロココの台詞で、いつもの当たって砕けろパターンとなるが、砕けてしまうと困るよな。

 ただ、そこで、マルセルが新たなる疑問を口にする。


「開けることができたのは、ユウスケだけですよね?」


 あの時、エルソルの塔は、俺に反応して開いた。

 だが、今回については、それと同じとは限らない。


「あったっちゃ。この前と同じなんちゃ」


 どうやって扉を開けるかと考えていると、前回と同様の場所に扉があったようだ。

 前回のことを踏まえて、今回は俺が一番初めに扉の開放を試みる。

 ところが、扉は全く以てピクリともしない。


 だったら、空牙で……あれ? 何かを忘れているような気がする。ああ、固有能力の使用についてだ。


「なあ、固有能力って使えるか?」


 全員が、忘れてましたというような表情となる。


「あっ、ラティは変身しなくていいからな」


 ここで行き成り竜になられても困るのだ。


「ぶ~~~~」


 ラティは頬を膨らませるが、他のメンツは固有能力の発動を確認しはじめる。


「神武装!」


「魔滅結界!」


「完全回復!」


 その雰囲気からして、特に問題は無さそうだ。


「空牙!」


 確認もかねておもむろに空牙を放つと、扉が消滅してしまった。

 すると、全員のジト目が俺に集中する。


 いや、わざとじゃないんだ……


「ま、まあ、入れるんだし、いいんじゃないか?」


 誰もフォローをしてくれないので、自分でフォローしてみる。


「コラ! 勝手に入るな!」


 嫁達が溜息を吐いていたのだが、その間に、愛娘のルルラと美麗が怖いもの見たさに、中を覗き込もうとしていた。

 その途端に、アンジェが疾風のような速度で、二人を抓み上げて戻ってくる。

 前回はアンジェが勝手に一番乗りして、逝ってしまったのだ。


「勝手な行動をするな! 直ぐにジパングに送ってやるぞ!」


 アンジェが真剣な顔で、ルルラと美麗をしかっている。

 さすがに、自分が同じ行動をって、大失敗した所為だろう。


「ごめんニャ。もうかってなことはしないニャ」


 ルルラは半ベソで必死に謝っている。


「あたしがわるかったのです。もう、しませんからゆるして。いたい! いたい!」


 眦を吊り上げた麗華が、美麗を引っ手繰たくると、すぐさま尻叩きの刑を始めている。

 だが、そこで、綾香が何かを見つけたようだ。


「あの~~~、アレ!」


 彼女は、自分の親指を俺が開けた穴に向けている。

 誰もが、綾香が指し示す方向へ視線をやると、まるで蜂の巣を突いたかのように、沢山のゴーレムが出てきた。


「ヘルファイアー!」


 その数に少しばかり焦り、有無も言わさず入口を炎の魔法で塞ぐ。

 だが、討ち漏らした数体のゴーレムが飛び出してきた。


 ピシュ! ピシュ! ピシュ!


 飛び出してきたゴーレムに、ラティが速射で矢を放つ。

 高速で放たれた複数の矢は、的を違えることなく、次々とゴーレムの胸を撃ち抜いていく。

 ラティに打ち抜かれたゴーレムは、綾香が作った矢の効果で胸に大穴を空けられている。


「風刃瞬撃!」


 続けて飛び出してくるゴーレムに、麗華が神技を繰り出すと、風の刃がゴーレムを切り刻んでいく。

 風の斬撃は、次々に出てくるゴーレムを唯のブロックに変えていく。

 そして、飛び出してくるゴーレムが居なくなる頃には、俺が放った魔法の炎が鎮火ちんかしていた。


「中には入るなよ! 空牙!」


 みんなに警告を飛ばしながら、建物の中に巨大な空牙を発生させる。

 すると、一瞬で室内が空っぽになった。

 さすがに、二の轍を踏む気はないので、少しばかり姑息だが、力押しで安全を確保する。

 そんな戦いを見ていたルルラが、呆れた様子で片方の眉をひくつかせた。


「パパ、チートニャ!」


 それを言うなよ……


 結局、能力が使えるなら、ちまちまと登るのは阿保らしいという話になり、ラティが竜化で全員を最上階へ連れて行くことになる。

 当然ながら、俺は飛翔で空を舞い、最上階に空牙で大穴を穿つ役を買って出た。









 塔の最上階に空けた大穴から室内を確認すると、そこには竜のような存在が横わっていた。

 ただ、尻尾が無くなり、そこから黒い霧が出ているところからして、どうやら壁に穴を空けた空牙の被害に遭ったようだ。


 なんとも、哀れなというか、締まりのない話だ。


 室内の様子を確認し終わったところで、用心しながら最上階に侵入すると、みんなが続いて入ってくる。


「わ~~! リュウよ。リュウの赤ちゃんよ! かわい~~~!」


 室内に入って一番に口を開いたのは、少し嬉しそうな美麗だった。


 ラティの竜化を見慣れている美麗からすると、竜の赤ちゃんに見えるのだろう。だが、その竜を目にしたルルラは、少し残念な表情で感想を述べた。


「シッポがないニャ。それに、ラティママの方がきれいニャ」


「シッポは……パパがやったんだよ。きっと! でも、多分生えてくるよ」


 目の前の竜を腐すルルラに、なぜか、美麗がフォローを入れる。というより、いつの間にか、俺が悪者になっている。

 ただ、トカゲじゃないので、尻尾は生えてこないと思う。


 そんなアットホームな雰囲気をかもし出していると、竜が勢いよく起きあがったかとおもうと、空気を震わせるほどの叫び声を上げた。


『階段を使わないなんて、何て非常識な奴等だ。これだから異世界人なんてゴミなんだ!』


 ん? どうやら、念話みたいだな。ああ、竜の声帯じゃ、人間の言葉を話すのは無理か。

 でも、言葉が解るということは、知能が高いか、もしくは、召喚者の成れの果てだと思うが、この場合、あの台詞から推察するに、間違いなく後者だろうな。


「それで、お前は誰なんだ?」


 奴の罵声を無視して誰何する。

 だが、奴は俺を無視してわめき散らす。


『うっせ~~! 女だけ置いて行け。オレが美味しく頂いてやる。ああ、伊集院なんて最高だな。貧弱そうに見えて、佐々木も中々良かったしな。やっぱり日本人が最高だ』


 誰かは解らないが、最低だということだけは理解できた。

 ただ、奴の言葉を聞き流せなかったのだろう。綾香が怒りの叫びをあげる。


「黙りなさい。このゴミ! あなたは地頭野ちずのですよね。佳代の無念を晴らします」


 どうやら、綾香には誰だか分かったようだ。

 ただ、俺にも聞き捨てならない台詞があった。


「あ、ここに居るのは、俺の嫁と娘だから、お前なんかにやる訳ないだろ。最低なお前には、もれなく後悔と消滅をくれてやるよ」


『な、なんだと~~~! 麗華とやったのか! こんな下等な異世界の人間如きが、麗華とやったのか!』


 地頭野は麗華にご執心しゅうしんだったようで、嫁だと告げると発狂し始めた。

 それに反応したのは、当の麗華だった。


「下等で、下品なのは、あなたですわ。二度とわたくしの名前を口にしないで欲しいですわ。それに、わたくしの夫、柏木勇助は最高の旦那様ですわよ」


 麗華が冷やかな視線で貫くと、奴は地団太じだんだを踏みながら喚き散らす。

 それと同時に尻尾が生えてきた。

 やはり、竜ではなく、トカゲだったみたいだ。


『柏木だと! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! オレの麗華をけがしやがって!』


 いや、お前に名前を呼ばれる方が穢れるから。


「黙れよ。ゴミ! なに俺の嫁を呼び捨てにしてんだ! このカス! お前なんて一生、左手を恋人にしてろっての! ああ、どうせ消滅するから、それも必要ないか」


 クズのような奴に大切な嫁を呼び捨てにされては、当然ながら黙っていられない。辛辣な言葉を浴びせかける。すると、ロココが隣にやってきたかと思うと、とんでもないことを口にした。


「わたしにやらせるニャ。その男は、あの時、ドサクサに紛れてわたしの胸に触ったニャ」


「なんだとーーーーー! 磯崎の胸を触ったのか? ゆるさん!」


 怒りを露わにすると、彼女は無表情のまま首肯する。


「駄目だ! 俺が始末する。磯崎の胸に触ったなんて、絶対に許せん!」


 ロココの言葉が火をつけた所為で、思わず発狂してしまうのだが、突如として、アンジェと麗華が二人掛りで押し止めてきた。


「こら、お前等! なにやってんだ! 放せ! 放せ!」


 背後から羽交い絞めにするアンジェが、ロココと綾香に言い放つ。


「いまのうちだ。さっさとやっちまえ。早くしないとユウスケが暴れ出すぞ!」


「アンジェ、ありがとうニャ!」


「すみません。アンジェ」


「こらっ! アンジェ、麗華、放せ! おいっ、俺が始末するぞ! ダメだ! ロココ、綾香!」


 ロココと綾香は、アンジェに礼を言うと、俺を無視して戦闘に突入する。

 だが、奴は既に牙の並んだ大きな口を開けていた。

 どうやら、ブレスを吐くつもりだ。

 それを察したのだろう。すぐさまラティが矢を放つ。

 ただ、正確無比なラティの矢が、口の中に吸い込まれた途端、奴の頭が吹き飛んだ。

 恐らく綾香の矢が持つ威力なのだろう。奴の頭は木っ端みじんになってしまった。


「「あっ!」」


 それを目にした途端、ロココと綾香が絶句する。続けて、ギギギッとラティに視線を向ける。


「ごめんちゃ……てへ」


 凍り付くロココと綾香に向けて、ラティは舌を出して謝っている。でも、それくらいで、奴は死んだりしないようだ。

 マップが奴の存在を知らせてくる。


「油断するな! 生き返るぞ!」


 即座に警告を飛ばすと、二人は再び戦闘態勢を執る。

 途端に、奴の頭はみるみる再生されていく。


『ぐおっーーーー! このくらいじゃ死なんぞ! くそっ、全員食らってやる』


 頭が復活し、怒り露わに襲い掛かってくる。

 本当は存在自体を消滅させたかったが、それを我慢して奴の背後に空牙を放つ。

 予定通り、奴の背後に張られていた結界が解けると、台の上に置かれた黒い珠があらわになる。


「ラティ!」


 アンジェと麗華の大きな胸に挟まれつつ、すぐさまラティの名を呼ぶ。しかし、彼女は既に矢を放った後だった。


 さすがはラティだ。


 寸分たがわぬ射的で、ラティが改良型の矢を撃ち込むと、コアが粉々に砕け散る。


「佳代の痛みを知れ!」


 綾香は日本人らしい黒い双眸から、滂沱ぼうだの涙を流しながら機関銃を撃ち捲っている。

 まるで、流す涙の粒を弾丸に代えたかのように、大量の弾丸が奴の身体に撃ち込まれる。

 その反動で身体を踊らせる奴に向かって、疾風となったロココが左右のダガーで斬り付ける。


「お前は、最低の奴ニャ!」


 ロココの攻撃は、奴の前足を斬り裂き、後足を斬り付け、首に深い傷を刻みつけた。


『ぐおーーーー! なんだ、これは! 熱い! 痛い! ぐあーーーー! 何で回復しないんだ! アルテーシャ、話が違うぞ!』


 奴は二人から受けた傷の痛みに悶え苦しみながら、ここに居ないミストニア第二王女に向けて毒を吐く。


 間違いなく、上手い具合に丸め込まれたのだろう。

 だが、こいつの性根は、とても正せるとは思えない。

 今更だな。別に正義の味方という訳ではないし、この世界では唯の人殺しだ。いつか、俺に天罰が下れば良いことさ。


 悶え苦しんでいる竜、いや、地頭野に右手を向ける。


「マルセル!」


 マルセルの名前を呼ぶと、彼女はルルラと美麗を自分の胸に抱きしめる。

 できれば、娘達にこんな残忍な両親の姿を見せたくない。


「空牙!」


 その攻撃で、竜となった地頭野は無に還る。


「ユウスケ! まだ終わってなかったニャ! なんで、手を出すニャ」


 俺の行動が気に入らなかったのだろう。ロココがクレームを入れてくるが、首を横に振りながらたしなめる。


「ロココ、いや、磯崎、もういいんじゃないか。何時までも過去を引きる母親の姿を子供達に見せるつもりか?」


 ロココはハッとしたかと思うと、そのまま黙って項垂うなだれた。

 そんなロココをマルセルに抱かれたルルラが静かに見ている。

 この際なので、俺の中にある葛藤を口にする。


「みんなも聞いて欲しい。俺達はどんなに綺麗事を言っても、所詮、人殺しだ。そう、悪者であり咎人とがびとだ。だが、誰も俺達をさばくことはできないだろう。唯一それが可能なエルソルは、なにを考えているのか、俺達を捌こうとしない。だから、せめて恨みを持って人を殺めるのは止めたい。そして、弱き人を助けるための力に成りたいと思うんだ。それが俺達に残された唯一の存在理由だと思う」


 全員が俺の言葉を噛み締めるように聞いていた。

 それを見やり、ダメ押しする。


「まあ、理不尽な死から弱き者を助けるために、別の死が生まれるのも滑稽な話だが、やはり、秩序を保つためには、罪や罰は必要だと思う。そして、俺達に対する罰は、この世界の安寧あんねいに、この身を捧げる他ないだろう。だから、今更な話だけど、怨讐おんしゅうに終止符を打ちたいんだ。おそらく、爺ちゃんはこうなることを知っていて、俺に殺すなと言っていたのだろうな」


 一気に捲し立て、ゆっくりと全員を見渡す。

 すると、麗華が真剣な表情で一歩前に出た。


「わたくしはユウスケに賛成ですわ。あなたの言う通りだと思います。そうする理由があったにせよ、わたくし達は人を殺め過ぎましたわ。それは簡単に許されることではないと思いますわ。だから、ユウスケと共に、この世界のために尽くしますわ」


 麗華はそう言うと、清々しい笑顔で頷いて見せた。

 そんな麗華の宣言が終わった途端、マルセルがその場にひざまずいてこうべを垂れる。


「それでこそ人の上に立つ者の考えであり、想いであると思います。私もユウスケの意見に賛成です。そして、何時までも共に在ります」


 マルセルに続いて、アンジェ、サクラ、ラティが賛成だと頷く。

 次々と賛成する家族を尻目に、綾香がおずおずと自分の想いを口にする。


「私に遭ったことは良いとして、佳代にしたことは許せないのです。でも、怨讐で相手に罰を与えることは、私の自己満足なんですよね? だって、佳代が生き返る訳でも、喜んでくれる訳でもない……分かりました。恨みを忘れることは出来ませんが、復讐心に突き動かされて戦うことは止めます。それに、佳代のような犠牲者を無くすために頑張ります」


 綾香も、何とか納得してくれたようだ。

 残るはロココだが、ずっと、うつむいたままだ。


「ロココ」


 彼女は涙ぐんだ瞳で見つめてきた。その顔は表現し辛いが、とても寂しそうだ。

 その表情からは考えを読み取れないが、間違いなく、彼女自身も葛藤と戦っているのだろう。

 そんな姿を見ていたルルラが、母親であるロココに抱き付く。


「いやニャ、こわいママニャはいやニャ。いつものやさしいママニャがいいニャ」


 どうやら、復讐心を持って戦う母親の姿が恐ろしく思えたのだろう。ルルラは一生懸命にロココに訴えかける。

 抱き付いて泣いているルルラの頭を優しく撫でているロココの表情は、それまでと違って優しさが浮かんでいるように見える。

 どうやら、愛娘に助けられたみたいだ。


「分かったニャ。ママが悪かったニャ。ごめんニャ、ルルラ」


「よかったニャ。ママ、だいすきニャ」


 ルルラは優しく撫でてくれるロココを見上げて嬉しそうにしている。


 なんか、親子と言うより姉妹みたいだな。


「ユウスケ、今までごめんニャ。少し意固地になっていたみたいニャ。これからは気を付けるニャ。心を入れ替えて、ユウスケと一緒に世界征服するニャ」


 いったい何をどう反省したのだろうか、ロココの最後の台詞を耳にして、俺のみならず、誰もが絶句するのだった。

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