第72話 最高の旦那様


 赤茶けた低い建物が続く街並み。

 ここからは、縦横一キロに及ぶ街を囲む障壁が見える。

 この塔は五階建てに相当する高さだ。その他は高くても精々が三階建てで、殆どの建物が二階建てだ。

 だから、ここからは広い街並みが手に取るように見渡せる。

 ここは、ミストニア州北部で最大の街。エストだ。

 そして、私達の故郷。やっと、帰ってくることができた故郷の街。


「エミリア、何時まで街を眺めているんだ」


 姉のクリステル、いえ、今は唯のクリスがいさめてくる。


 そう、現在、この街は暴徒による被害が絶えない状況だ。

 なぜかは解らないのだけど、数週間前から街の住民の一部が暴徒と化している。

 姉と二人で必死に鎮圧しているのだけど、どういう訳か、次から次へと湧き出てくる。


 こんな時に、あの人が居てくれたら……


 あれ? あの人って誰? とても大切な人が居たような気がするのに、どうしても思い出せない。

 それを無理に考えると、頭痛と吐き気が酷くなる。

 だけど、どうしても考えてしまう。私達の主様であり、夫である人。


 夫……なぜ、自分の夫の顔が思い出せないの……大切な人なのに……


「お姉様、私達って大事なことを忘れてませんか」


 姉は顔をしかめる。

 そして、そのまま頭を抱え込んでしまった。


「え、エミリア、わ、解っているのだ。だが、いまはこの街を守らねば……主様に申し訳が立たない」


 言われるまでもなく、姉も大切な何かを忘れていることに気付いている。

 だけど、この暴挙を食い止めることを先決にしている。

 とても素晴らしい、尊敬できる姉だ。でも……


「私達には、主様が居ましたよね? そして、夫だったはず――」


「言うな。いまは……この街を……私達はこの街を託されているのだ」


 言わずにはいられない。だって、大好きな人だもの……だけど、誰から? いったい誰が、私達にこの街を託しているの? マリアじゃないよね? あ、頭が、頭が痛い……


「クリス様、エミリア様、大丈夫ですか? 直ぐに癒しの魔法師を呼びます」


 頭を抱える姿を目にして、侍女が慌てている。余計な心配をさせて申し訳ない。

 彼女はお父様に仕えていた侍女で、この街に戻って来た時、私達に再び仕えたいと申し出てくれた。

 そんな彼女を不安にさせる訳にはいかない。


「だ、大丈夫だ」


「私も大丈夫です」


 姉と私が引き留めると、彼女は心配そうな顔で様子を伺っている。

 まあ、姉妹二人がうずくっているのだから、それも仕方ない。

 だけど、姉の言う通り、こんなことをしている場合ではない。

 こんな時に限って、問題が山積みなのだ。


「貴族を中心とした一万の兵が、この街に押し寄せてきます」


 そんな報告を聞いたのは、ほんの二時間前。

 報告した兵はとても焦っていたけど、私達の実力なら、なんの問題もないはず。

 そう思った矢先に、街の中でも反乱が起きている。

 間違いなく、街中の反乱分子も貴族の仲間だ。


「マリアは、何と言っている」


 痛む頭を擦りながら、姉が尋ねてくる。


「救援を送ると言ってました」


 聞いた通りを伝えると、姉は途端に顔を顰めた。


「誰だろうか、ルミアでも来るのかな。まさか、ラティやエルザが来るのかな。そんな事態になったら、被害が……」


 そうなのよ。エルザさんやラティが来たら、この街が終わるかもしれない。それこそ反乱分子よりも恐ろしい存在だ。それは、これまでの行動や実績で、嫌というほど理解している。

 エルザさんの魔法は、私と互角だけど、その心根は完全に破壊者だ。

 彼女の出来心で、この街が灰塵かいじんと化すかもしれない。

 それに、ラティさんが竜化なんてした日には、あああ、また頭が痛くなってきた。

 ただ、マリアは大丈夫だと言っていた。


 ん~、何が大丈夫なのだろうか……レイカさんでも呼んだのかな? でも、彼女も……


 よくよく考えると、マルセルとサクラ以外だと、誰が来ても破壊を生み出すような気がしてならない。

 でも、心配性の姉を安心させる必要もあるし、ここは上手に言い包めないと。


「マリア様が安全な方を送ってくれると言ってましたよ」


 大嘘だけど、仕方ないよね。ものは方便だって、誰かが言っていた。誰だっけ? 痛っ……


 再び痛み始めた頭を摩っていると、でまかせを聞いた姉がホッと息を吐く。しかし、やはり問題点に気付いたようだ。


「それなら良かった。でも、私達の仲間に安全な者なんて居たか?」


 うっ、ヤバイ。バレそうだわ。は、早く話を代えなければ……


「それはそうと、どういう作戦で対応しますか? 街中を放置して外の敵と戦いますか?」


 私の方向返還は完璧だわ。姉の思考はすっかり切り替わったみたい。


「そう、そのことなんだが、悪いけどエミリアが外を殲滅せんめつしてくれるか? 街中は、私と兵達で何とかしよう」


 まあ、そうなりますよね。それについては、薄々気付いてました。

 ただ、気になることがある。

 それは、マナの回復についてだ。

 どうも、最近、マナの回復が悪いような気がする。

 以前なら、回復できていた時間で、今は半分も回復しない。

 多分、マナがスッカラカンになったら、満タンに三日くらい掛かると思う。

 でも、そんなことを言っている場合ではないものね。

 ここは、上手くやりくりしてみましょう。


「解りました。外は私が殲滅します」


 快く頷くと、姉は申し訳なさそうな表情を見せた。


「悪いな。お前にまで無理をさせて――」


「いえ、この街は、私達の故郷ですから、誰にもけがさせません」


 本心をぶつけると、姉は嬉しそうに頷いてくれた。

 この人が私の姉で、本当に良かったと思う。









 兵達からの報告を聞き、街を囲う障壁の上に立った時、貴族軍の姿が三百メートル先に見えた。


 さて、どうしようかな。ここは一発、アヤカさんのアイテムを使おうかな。


 彼女からもらったアイテム袋から、特製の拡声器を取り出す。

 これは最高に優れモノだ。

 なんてったって、大きな声を出すことなく、遠くの敵に罵声を浴びせることができる。


「貴族軍に告げる。直ぐに投降しなさい。さもないと、神に代わって、私があなた達を断罪します。ああ、撤退でもいいですよ」


 すると、三百メートル先から大きな笑い声が聞えてきた。

 それも大合唱で笑っている。


 あっそう。私をバカにしてるのね。じゃ、食らってちょうだい。


「サンダーボルト!」


 いっけ~~~~~!


 少しばかりムカついたこともあって、遠慮なく魔法を発動させる。

 途端に、雨雲一つない空から、極太の稲妻が貴族軍に襲い掛かった。

 最上級魔法の一つよ。可哀想だけど、これは痛いでは済まない。


 さあ、もう一度笑ってみなさい。


「うおーー!」


「すげーーーー!」


「さすがは、ミストニアの魔女」


 障壁の上に立つ仲間の兵士達が、魔法を目にして驚愕きょうがく感嘆かんたんを声にしている。

 そう、私はミストニアの魔女、エルザさんはアルベルツの魔女と呼ばれている。

 他にも二つ名があったような気がするのだけど……

 確か、何とかの花嫁だったような。う~~~、何とかの部分を思い出せない。

 でも、いまは、それどころではないわ。


 サンダーボルトを食らって、貴族軍の四分の一は動けなくなったみたいね。ざま~ないわ。今度からは相手を見て嘲りの笑いをあげることね。さてと、次は何を進呈しようかな。


 なんて、偉そうに言っているのだけど、私のマナ量ではサンダーボルトを四発撃つと、完全にガス欠になる。

 だから、早く引き上げて欲しいのだけど。でも、そんなに都合よく行く訳ないよね。

 それじゃ、もう一発お見舞いしましょうか。


「カッタートルネード!」


 そう、私は三属性をカンストした。

 本当は火属性も取りたかったけど、エルザさんがダメだっていうから……

 うむ、なかなか良い感じで敵を蹂躙しているわ。これで敵の数も半分になるでしょう。


 予想以上の成果に満足していた時だった。


「この魔女め! 死ねーーーー!」


「そこの魔女を葬れ!」


「小娘の癖しやがって、生かしておくな!」


 突然、障壁の上に居た仲間の内、数人の男が斬り掛かってきた。

 でも、全く焦る必要なんてない。

 だって、これまで経験してきた戦いは、こんなに生温いものじゃないもの。


「愚かだわ。エアーカッター!」


 先頭にいた男を風の魔法が切り裂く。


 ああ、でも、彼等は知らないのね。

 確かに、私は巨大魔法で有名だけど、普通の戦闘能力だって、相手があなたたち程度なら、問題にならないくらい強いことをね。


「エアーカッター!」


 二人目の男が倒れる。


「くそっ、話が違うぞ。なんでこんなに強いんだ!?」


「魔法使いは、接近戦に弱いはずなのに」


 残った者達が愚痴を溢している。


「締まらないわね。それが最後の言葉? 言って置きますが、連合直属の者以外なら、接近戦闘でも負けないわよ。況してや、あなた達が相手なんて、目をつむっていても勝てるわ」


 残り四人のなった反逆者は、杖を振りかざす私を目にして、その場で固まる。


「仲間の兵は、下がりなさい」


 手っ取り早く終わらそう。そんな考えから、敵味方の選別を行う。

 それを理解したのか、味方の兵達は、反逆者を残して素早く距離を置いた。


「エアープレス!」


 魔法を放った途端、残った四人が障壁の上で潰れる。


 まあ、辛うじて生きているでしょう。


「直ぐに、捕らえなさい」


 押し潰されてぐったりしている兵を見やり、魔法を解除すると、仲間の兵士達が反逆者達を捕らえる。

 その途端、背後から殺気を感じた。そして、瞬時に間合いを取る。

 これくらいの回避行動は、魔法使いの私でも造作ない。


「くっ、なぜだ」


 どうやら、まだ隠れていたみたいね。でも、まだ解ってないのね。


「だから、あなたたち程度が何をやっても無理なのよ。エアーカッター!」


 後ろから襲ってきた男は、その一撃で無残に切り裂かれて障壁の上に倒れた。

 これで終わりと思いきや、更なる問題が起こってしまった。









 反逆者を片付けたところで、半分となった貴族軍に向き直った時、一人の兵士が障壁の上に駆け上がってきた。

 その雰囲気から敵でないと判断すると、杖を降ろして近寄って来るのを待つ。

 兵士は息絶え絶えといった様子で眼前に立つと、予想もしていなかった最悪の展開を知らせてきた。


「東から無数の魔物が押し寄せて来ています」


 なんてことよ。こんな偶然があるの? 拙いわ。マナも半分を切っている。

 この状態では対応しきれない。


「市長は何と言っているの」


 ああ、市長とは、姉のクリスだ。まさか、兵士達の前で「お姉様は?」なんて言えないもの。


「まだ連絡が取れていません。街中もかなり混乱している状態です」


 これは参ったわ。本当に拙い展開になってるわ。


 南門側には、未だ五千近くの貴族軍がいるし、街中は反乱分子でてんてこ舞いだし、東に魔獣なんて……東と言うと魔の森から来たのかしら。ただ、普通ではあり得ない。奴等が何かしたとしか思えない。


 解せないのは置いておくとして、本当に最悪だわ。う~~~~っ、助けてください神様。いえ、ダメよ。神様なんて頼ってはダメ。自分の力で何とかしなければ、あの方に合わせる顔がないわ。


 大ピンチを前にして、思わず願ってしまった。


「神様! 死神様! 私の死神様! 私に力を!」


 それが誰かは分からない。頭の中に靄が掛かったかのように、あの方の姿を掻き消してしまう。

 周囲の兵達は、私が狂ったと思ったことでしょう。

 でも、ピンチの時には、あの方が必ず助けてくれた。


 神頼みとも思える行為に兵士達が呆れているかと思いきや、一人の兵士が顎でも外れたような声を上げた。


「あああああああああああ!」


 大声をあげる兵士に続いて、他の兵士達が空を指差して驚愕していた。

 その指が示す方向に視線を向けると、大空に真っ白な巨竜が羽ばたいていた。


「ラティーーーーーー! 来てくれたのね」


 竜化したラティの姿を見た時、私の頬に温もりを感じた。

 それは、そのまま障壁の石畳みへと落ちるのだけど、それを気にすることなく、大きく手を振っていた。

 すると、私の反応に呼応するように、その白竜は大きな雄叫びを上げると、貴族軍と街の間に降りる。

 その途端、男の人の声が聞えてきた。


「貴族と呼ばれたゴミ共に告げる。我は死神だ。投降するなら命だけは助けてやる。だが、戦うと言うなら、容赦なく冥府へと送ろう。そして、逃げる者は即滅だ」


 何これ、この辛辣を超えた暴言。物凄く懐かしい声。涙が止まらない。何で、何で、この声は誰、誰なの。死神様って言っていたけど、顔が思い出せない……


 その傲慢で毒々しい物言い。でも、懐かしい。この傍若無人なところが、とても懐かしくて、とても恋しい。


「死神だってよ。恐ろしい……」


「あの忠告を聞いたか? もう死ぬしかないよな? 怖すぎる」


「おまけに、巨竜だぜ」


「でも、オレ達の味方なんだよな?」


 障壁の上に居る兵士達も、その恐ろしさに震えている。


「あ、逃げた奴がいるぞ」


 巨竜に慄いたのか、はたまた、死神に恐れをなしたのか、貴族軍の中から逃げ出す者が現れた。

 まあ、逃げたくなるのも当然だ。仲間の私ですら恐ろしいほどの脅威だと思うもの。

 それに――


「えっ、一瞬で消滅したぞ」


「死神様、こえ~~~~~っ」


「どうやったら、人間が跡形もなくなるんだ?」


「思い出した。ミスラでも死神様の怒りを買って、一瞬にして蒸発した奴が居たらしいぞ」


 貴族軍も運がないわ。南側は平原だし、逃げようがない。

 だって、私の旦那様は、絶対に逃がさない。

 えっ!? 旦那様って……死神……傍若無人……


「でも、あれじゃ、もうどっちが悪者か分からんよな」


「バカ! 聞こえたら消滅させられるぞ」


 悪者……消滅……死神様? ユウ様? ユウスケ様……ユウスケ様!


 どうして忘れてたのよ。大切な旦那様じゃないの。


「あ、巨竜が暴れ始めたぞ!」


「やばいわ~~、あんな竜に踏まれた何も残らんわ~~~」


「あ、黒い玉が、一瞬で周囲を消滅させたぞ」


「有り得ね~~~。もう人間の仕業じゃないぞ」


「バカだな。あれは人間じゃね~、神様だぞ。神様。そう、死神様だ」


 そうよ。あの人達は、全てを消滅させ、全てを塵にかえ、周囲に恐怖を植え付けて行く。


 双眸に懐かしい光景が映る。

 それが、あっという間にぼやけてしった。

 溢れ出る涙が視界を奪ってしまう。

 でも、分かるわ。そう、何度もやったわ。私もあの光景の中で暴れ回ったんだもの。

 そうよ。何もかも、全てを灰塵にしたわ。

 そして、最後には、旦那様が全て無にするの。

 全て思い出した。


 私の仲間、いえ、家族が暴れている姿を目にして、兵士達が身震いしている中、直ぐにデコ電を取り出す。

 震える手で番号を押す。そう、旦那様とのホットライン。


『もしもし、エミリアか?』


 懐かしい声が聞えてきた。

 多分、一ヶ月も離れていないと思う。

 でも、とても懐かしく思うの。


『もしもし、聞こえてるか?』


「ごめんなさい。忘れていて、本当にごめんなさい。もう、絶対に忘れません」


 謝罪の言葉しか頭に浮かばなかった。

 ところが、彼は優しい声色で礼を口にした。


『謝ることはない。思い出してくれて、すげ~嬉しいぞ』


「私もです。早く会いたいです」


 今にも旦那様の胸の中に飛び込みたい気持ちで胸がいっぱいになる。ただ、そこで重大な話を思い出す。


「ユウスケ様、東から魔物の群れが来るようです。私のマナは、残りが少なくて……あと、街の中でも反乱が……」


 必死に現状を伝えると、旦那様は力強い返事をしてくれた。


『何も心配するな。魔物は俺が片付けてくる。街中なら、アンジェとロココを残そう。ここはもう終わるから、後処理を頼むわ』


 デコ電を手にして彼の言葉に頷きつつ、視線を貴族軍に向けると、既に白旗を振っていた。


 それも仕方ない。いえ、戦うこと自体が間違っている。

 だって、私の旦那様を相手に戦うなんて、それこそ無謀の極みなのだから。









 貴族軍の処理を兵士達に頼み、私は直ぐに姉の手助けに向かった。


「オラオラオラ!」


 ああ、アンジェさんが既に大暴れしている。

 お願いだから、建物は壊さないでね。


「元気だったかニャ?」


「ロココ!」


「苦しいニャ~~!」


 私を見付けて挨拶してきたロココに、思わず抱き付いてしまった。

 だって、とても懐かしく感じるんだもん。


「あ、エミリアママニャ!」


「ホントだ~!」


 えっ? この二人は誰? いえ、どこかで見たことがあるわ。

 ん~~! もしかして……ルルラと美麗? ちょっと見ない間に……


「幾らなんでも、成長し過ぎでしょ!?」


「まあ、そうだよな!」


 一通り殲滅したアンジェさんが頷いた。


 いやいや、どうやったらこんなに成長するの? どう見ても、十年くらいは先に進んでるわ。


「エルソルのアイテムを借りてるニャ」


 当然の疑問に、ロココが答えてくる。

 ただ、疑問は膨らむばかりだ。そもそも、アイテムを借りる必要があったのだろうか。


「どうして? 何かあったの?」


「それについては、ユウスケから聞いてくれ。話すのが面倒臭い」


 さすがはアンジェさんだわ。面倒臭いの一言で全てを終わらせちゃった。


「それより、クリスはどこだ? まだ終わってないんだろ? あ、やばい。エミリア、早く敵を教えろ!」


「急に、どうしたんですか?」


 なぜか、アンジェさんが恐ろしく焦っている。


「ユウスケからニャ。向こうが終わったんで、こっちに来るって言ってるニャ」


 あはっ、旦那様が来たら獲物がなくなるから焦ってるのね。アンジェさん、相変わらずね。

 でも、彼には死神として、街の人に喝を入れてもらった方が効果的だと思う。


「アンジェさん、悪いんだけど、旦那様の天誅が必要だわ」


「なんだと~~~! エミリア! お前もユウスケの味方か!」


 いやいや、みんな味方でしょ?


「ここ最近、ユウスケとラティに全ての敵を取られて発狂してるニャ」


 呆れた様子のロココが逐一説明してくれた。

 まあ、そのオチは、今始まった話ではないけどね。

 あっ、でも、もう遅かったみたい。だって、彼がもう着いたみたい。

 空を飛ぶ旦那様に手を振ると、直ぐに降りて……って、ひょえーーーーー! それはなに! 滅茶苦茶怖いんですけど……


「ユウスケ様、その恰好は何ですか? 思わず、お漏らしするところでした」


 だって、顔が髑髏どくろで凄く怖いんだもん。


「ああ、コレな! 綾香の悪乗りだ」


 彼の様相について尋ねると、聞きなれた声が帰ってくる。

 でも、この格好だと、なぜか抱き付けない……抱き付きたいのに……

 まさか、そういう狙い? 女除けなの? 綾香さーーーーん!


「それにしても、どうして、髑髏なんですか?」


 そう、なぜ死神がこの装束なのかが解らない。


「ああ、俺達の居た世界では、死神の定番がコレなんだよ」


「あ~、いま気付いたニャ。そう言えば、この世界に死神のイメージなんてなかったニャ」


「おいおい、今更かよ」


 ユウスケ様が死神のイメージを教えてくれたんだけど、ロココは気付いてなかったんだ……相変わらずね。

 いやいや、それより旦那様にお願いがあったのよ。この格好なら丁度いいかも。

 いまは街を安定させる方が先だもんね。


「ユウスケ様、街の者に警告してください。飛びっきり強烈な奴を!」


「ん? よし、任しとけ!」


 私の頼みを聞いた旦那様は、快く応じてくれたのだけど、やはり髑髏の顔は止めて欲しい。









 旦那様が、私を背中から抱えて空を飛んでいる。

 今は髑髏の顔が見えないから大丈夫よ。


「ユウスケ様……愛してます」


 素直な気持ちを伝えると、彼の手がピクリと反応した。

 でも、直ぐに答えてくれる。


「俺もだ、エミリア。俺もお前のことを大切に想ってるからな」


 でも、愛してるって言ってくれない……

 彼の腕を握る私の手に、少しだけ力を加える。

 すると、少し逡巡してから、答えてくれた。


「愛してるぞ」


「嬉しいです。最高に幸せです」


 本当は、とっても恥ずかしがり屋なの。

 そんな彼に、そう言わせるのが快感なんだけど。てへっ。

 あっ、彼に甘えているのだけど、この幸せな時間も終わりを告げる。視線の先に姉の姿があったからだ。


 ちぇっ、もう空中デートが終わっちゃった。


 思わず舌打ちしたい気分になるのだけど、な彼は地上に降りようとしない。


 空中に静止したままだわ。どうしたのかな?


「我は死神だ! 貴族軍は我が殲滅した。この街の秩序を乱す者は、我が断罪する」


 首を傾げていると、彼が行き成り忠告を始めた。


 うううっ、これは凄い効果だ。戦っている者も、陰から様子を伺う者も、全ての者がこっちに注目している。


 あ、味方の兵士がピンチだわ。拙い、あのままだと殺されちゃうわ。


 劣勢な兵を目にして焦っていると、彼が右手を向ける。その途端、止めを刺そうとしていた反乱分子が消滅した。


「我の断罪は、消滅あるのみ。投降するのであれば、命だけは助けてやろう。逆らう者は消滅あるのみだ。逃げた者は苦痛に呻きながらこの世を去ることになるだろう」


「うるせ~、降りて来い!」


 あっ、なんて愚かな……


 罵声を上げた者がいる。どうやら、死にたいようだ。

 私が肩を竦めた途端、彼が右手を向けた。


 あ~身体の半分が無くなったわ。痛そう~~~。


「次は誰だ?」


 彼が片手を向けたまま警告すると、これまで戦っていた者が次々に剣を捨て、悲痛な表情で両手を上げる。

 逃げ出した者も居たけど、彼が全て消滅させている。


 奴等にとっては悪夢でしょうね。というか、もう投降するしか助かる手立てはないわよ。


 奴等が唯一助かる方法を指摘してあげたいのだけど、そんなことを考えている間に、旦那様は地に降りる。


「きゃーーー!」


「うわーーー!」


「助けてくれーーーー!」


「すみません。もう戦いません」


「許してください」


 彼が地に降りた途端、ここに居る敵も味方も、彼の髑髏と大鎌の姿をハッキリと目にして、誰もがその場に平伏ひれふした。

 きっと、今回のことは、この街で永遠に語り継がれるでしょう。

 死神とは、どれほど恐ろしい存在かを、絶対に逆らってはいけない存在かを、この街の者達は延々に言い伝えることになるのよ。

 だって、彼は、敵も味方も、全ての者が平伏す存在。そして、最高の旦那様なんだからね。

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