第62話 戦場
草の香りが心を和ませる。
顔を撫でる
見渡す限りの大草原は、荒んだ心を癒してくれる。
そんな美しい光景に異物が紛れ込んでいる。
せっかくの風景をぶち壊す愚かな者達の姿は、私の心を
私の瞳には、二キロ先の軍勢が映っている。
それこそが、この美しき光景を台無しにする者達であり、敵であるミストニア王国軍だ。
だが、心は踊る。ついに、奴を、ファルゼンを、トキシゲを、討つ時がきたのだ。
きっと、
なぜなら、あの娘は心優し者であったから……
敵勢の光景を己が目で確認し、作戦会議室となる天幕に戻ると、将軍や参謀が雁首を並べていた。
どの者も険しい表情を浮かべている。
まあ、それも致し方ないだろう。
なにしろ、敵の軍勢は十六万。対して、こちらの戦力はというと、五万に満たないのだ。
しかし、たいしたことではない。
皆には悪いが、私が求めているのは、トキシゲの首のみだ。故に、ここでミストニアの軍勢を撃破し、王都に乗り込んでやるつもりだ。
ただ、今まで従ってきた臣下には、本当に申し訳ないと思っている。
国を興したのも、ミストニアとの戦を望むのも、全てが私怨によるものだからだ。
ユウスケは、物申したそうな面をしていたな。ふふふっ。
解っておるのだ。奴の言いたいことは。全て理解している。
しかし、これだけは譲れぬ。楓の仇だけは必ず取ると己に誓ったのだ。
怖気づいた臣下達の不景気な面を眺めながら自分の席に着くと、直ぐに参謀長が報告してきた。
「陛下。ミストニアの軍勢は、総勢で十六万五千とのことです」
何時もは強気の参謀長も、少しばかり臆しているようだ。
まあ、許してやるさ。こんな状況だからな。
動じることなく肩を竦めて見せると、今度は将軍の末席に座る男が口をおずおずと開く
「陛下。いかにしてあの大軍と戦うのでしょうか」
「虚け者め! ここに来て日和ったか。どんな大軍であろうと、倒さねば国民は蹂躙されようぞ」
良く言った。さすがは大将軍だ。
ここに来て気弱となった将軍に、将軍頭である大将軍リガリスの叱責が飛ぶ。
「うむ。リガリスの言う通りだ。お前は死を恐れておるのか? それとも、妻が、子供が、身内が、知り合いが、仲間が、力無き民が、ミストニアの
作戦会議を始める前に、怖気づいた臣下に心構えを問う。
左隣にいるリガリスが、まさにと言わんばかりに頷いている。
伊達に、長年この国を支えてきた訳ではない。
「大変申し訳ありませんでした。平にご容赦ください」
末席の将軍は、その場に畏まり許しを乞う。
別に罰を与えるつりもない。いや、罰を受けるのは、私の方だ。
復讐のために臣下を死地へと向かわせるのだ。きっと、あいつも顔を顰めているだろうな……だが、己が目的は必ず果たす。
「構わぬ。一人でも多く倒せ。
「はっ」
この場に居る将軍たち全員が頷く。
意思の固まった将軍たちを眺めして満足したところで、ミストニア王国軍を葬るための作戦会議に取り掛かる。
ユウスケよ。時は満ちたぞ! 早く来ぬと、お主の出番がなくなるぞ!
鳥の群れが眼下を気持ち良さそうに飛んでいる。
空は晴れ渡り、涼しげな風が肌をくすぐる。
天空城のベランダから見る光景は、まさに自然が織りなす最高の美しさを奏でている。
いつもなら心癒すそんな光景も、いまは唯の風景でしかない。心がここから離れているのだ。
俺の心は最大の焦りを感じている。
それは、予てから解っていたことだ。しかし、いざ戦となって大きな不安と焦りを感じる。
というのも、なんとか戦を回避したかったからだ。
しかし、自分の行動が遅いがために、ミストニア王国とローデス王国の戦が今まさに始まろうとしている。
「ユウスケ、遅いニャ!」
ロココの言う通りなのだが……この戦を止めるためには、ファルゼンを討つしかない。
しかし、ファルゼンことトキシゲの秘密を解明することもできず、対処方法すら見いだせていない。
手掛かりはあった。だが、不完全な物であり、きっと使い物にならないだろう。
それを完成させる方法がある。
そう、神の雫さえあれば、何とかなるかもしれない。
そんな思いで、時間いっぱいまでエルソルに食い下がったのだが、結局は首を縦に振らせることができなかった。
ほんと、困ったものだ。沢山の人が死ぬかもしれないのに……
確かに、ミストニアは腐っている。だが、だからといって、全ての兵が、国民が、臣下が腐りきっている訳ではないだろう。
それを考えると、無暗に大きな戦をすることに疑問を感じてしまう。
『今、どの辺りだ』
『ローデス王国最東の街ロクス上空を過ぎてますから、国境まであと僅かです』
焦りを感じつつも、現在位置を確認すると、天空城を動かしている綾香から返事があった。
エルソルの説得に失敗したあと、仲間を連れてローデス城にワープした。
もちろん、義経にワープポイントの設置を許可してもらっているので、なんの問題もない。
ローデス城に到着すると、即座に綾香特製――パクリ天空城で移動することにしたのだが、街から出るのに時間を食ってしまった。
さすがに、ローデス城の敷地で天空城を出す訳にはいかない。況してや、ラティが竜に変身するなんて以ての外だ。
結局、街の外まで駆け抜けることになったのだ。
「ユウスケ、いまさら焦っても仕方ないだろ」
そんな男前なセリフを吐く人物は一人しかいない。そう、アンジェが俺の肩を叩きながら落ち着かせようとしてくる。
この二重人格女の漢モードは、いよいよ男らしくなってきた。
さり気無く俺の尻を触ってくるところが極めつけだ。いや、ただの痴漢モードだな。
「そうですわ。わたくし達は自分達にできることを頑張るだけですわ」
日に日に良い女となっていく日本美人の麗華が、俺の肩へ手を乗せながら励ましてくれる。
その日本人離れしたスタイルといい、その芸能人顔負けのルックスといい、本当に俺の嫁で良いのかと疑ってしまう。
「私もできるだけ多くの怪我人を癒しますから」
いまや聖女として名高いマルセルが、慈悲の言葉を口にする。
その想いとは裏腹に、最高の癒しを持ったと言っても、彼女が持つマナには限りがあるのだ。
だから、全ての人々を救える訳ではない。
「主は、やはり戦いを止めるおつもりなのでしょうか」
真摯な視線を向けてくるのは、完全に臣下として定着しつつあるクリスだ。
「私の心は、ユウスケ様と共にあります。あなたの願うものが私の幸せです」
崇拝モードに入っているのは、クリスの妹であるエミリアだ。
この娘はいったい何時から、こんなにも崇拝するようになったのだろうか。
「崇拝するのは危険よ。ユウスケだって、時には間違えることがあるのだし」
いやいや、時にはじゃないと思うぞ? 俺の人生なんて、間違いだらけだからな。
「その時は、みんなで正しましょう」
完全に崇拝モードに入っているクリス姉妹にエルザが注意するが、それをルミアがフォローしてくる。
銃さえ持たなければ、至って真面なのだ。
「大丈夫ニャ。わたし達は家族ニャ、みんなで頑張ればいいニャ」
ロココ……楽観的というか、楽天的というか……まあ、実際、その通りなんだよな。
「うち等は、できるっちゃ。何の心配も要らんっちゃ」
ロココの意見を後押しするように、美しき少女ラティが明言する。
「どうするピョン。ユウスケ様はどうしたいピョン?」
アレットが熱い視線を向けてくる。彼女の瞳からは真摯な想いが感じ取れる。
『私を仲間はずれにしないで下さい』
天空城の操縦をしていて、ここに居ない綾香がクレームを入れてくる。
「大丈夫ですよ。忘れていませんから。それに盗聴器で聞こえているのでしょう?」
『うぐっ』
綾香のクレームに指摘を入れたのはミレアだが、どこに盗聴器が……迂闊なことが言えないな……
「旦那様、誰もがあなたのお気持ちを知りたがっております。焦らさずにお答えしてくださいませんか」
涼しげな笑みを湛えるサクラが、
この天空城に居るのは、俺を除くと、十三人の美しき嫁達であり、この世界で破壊神の十三使徒と呼ばれる存在だ。
誰もが視線を向けてくる中、天空城の操舵をしている綾香を除く十ニ人を見渡しながら、ゆっくりと自分の想いを告げる。
「俺は戦を止めたいと思っている。それに、できれば誰も殺したくない。なぜなら、戦場に駆り出されている者の多くは、きっと戦いを望んでいないだろう。更に言えば、お前達にもなるべく殺させたくない。俺を筆頭に、ここに居る全員が、既に沢山の命を奪ってきた。だからといって、これからも沢山の命を奪って良い理由にはならないと思う。今更かもしれないし、我儘な想いだが、それが俺の願いだ。だが、ここまで悪者でやってきたからには、最後まで悪者を貫き通そうと思う。さあ、いよいよ悪者たちの宴が始まるぞ! 覚悟はいいか!」
「それでいいと思うわ」
エルザがにこやかな表情で頷く。
「ユウスケの言う通りっちゃ。でも、悪は塵にするんちゃ」
美しい銀の髪を揺らしつつ、ラティが弓を取り出す。
「そうですわ。悪いのはミストニア王家とそれに付き従う者達ですわ」
黒曜石のような瞳を輝かせる麗華が、頷きながら神剣を召喚する。
「まあ、人間の本質なんて悪ニャ。だからって、何をやってもいい訳じゃないニャ」
「そうだな。そういう輩には、オレが鉄槌を食らわせてやるぜ」
ロココが肩を竦めると、アンジェが鉄パイプで己が肩を叩きながら頷く。
「そうですね。だから、旦那様が必要なのだと思います」
「うむ。その通りです。主様がいる限り、この世の弱きものは、いつか救われる時が来るはず」
「そうですね。あたしもそのお手伝いをしていきたいと思います」
おいおい、俺に水戸黄門でもやらせる気か?
サクラ、クリス、エミリアの三人が煽てるのだが、少しばかり呆れてしまう。
だが、嫁達は、誰もが同じ考えなのだろう。
「間違いないピョン。私もその一人ピョン」
「ふふふっ、そうですね。私も盗賊から助けてもらいましたし」
アレットとミレアが、その通りだと頷く。
「まさに神の御心ですね」
「今度は、あたし達が弱者を救う番だよね」
マルセルとルミアの最高の笑みを見せる。
なんか、完全にその気だな。みんな、マジで世直しをする気か? はぁ~、なんか、ファルゼン――トキシゲを倒すよりも憂鬱にくるな……
実のところ、ことさえ済めば楽隠居したのだが、嫁達の輝く瞳を目にして絶望的な気分になる。
そんなところに、綾香からの連絡が入る。
『戦場に到着しました。まずは目の前の処理ですね』
悪者が到着した。いや、降臨したと言うべきか。眼下に広がる草原で対峙している軍勢を目にして、思わずニヤリとしてしまった。
天空城を目にした者達が、戦のことすら忘れて唖然としている。
ミストニア王国軍、ローデス王国軍、どちらの者も指差しの状態で硬直したり、口をあんぐりと開けたりと、腰を抜かさんばかりだ。
まあ、それも当然だろう。始めてこれを目にして驚かない奴が居たら、それこそ変人だろう。
なにしろ、城が空を飛んでいるのだ。こんな大それた物を作る者なんて、そうそうは居ないだろう。いや、この世界において、うちの綾香以外に居ようはずもない。
「どうやら、開戦前に辿り着けたようだな」
『ミストニア王国軍は約十六万です。軍勢はローデス軍に向けて進行中です。その距離は約一キロです』
ホッと安堵しつつも、綾香の報告を耳にしながら、次なる行動に移る。
「エミリア! 真ん中にぶち込め! ああ、当てんなよ?」
「はい! 大丈夫です。任せてください」
号令と共に、エミリアの複合魔法が炸裂する。
彼女が魔法を発動させると、両軍の中間を横切るように、巨大な地割れが出来上がる。
地響きを起こす彼女の魔法の所為で、両軍とも途端に足を止める。
突如として発生した巨大な地割れを目の当たりにして、どちらの軍もぶっ魂消ている。
ミストニア王国軍と地割れの距離は、約五百メートルというところだ。腰を抜かして当然だろう。
「ふふふっ。悪いな、義経。美味しいところは、全部持ってくぞ」
ここには居ない友人に謝罪しつつも、天空城から飛び降りる。
それを確認した竜化ラティが、綾香を除く全員を背に乗せて後を追ってくる。
竜化ラティに驚いたミストニア王国軍の兵士が愕然としている。
まあ、これには腰を抜かして当然だよな。だって、ジャンボジェット機よりもデカい竜だし……
あんぐりと口を開けたまま声も出ないミストニア王国軍の兵に満足しつつ、俺とラティは地割れを背にして奴等の前に舞い降りる。
竜化ラティを間近で眺めることになったミストニア兵は、驚愕する者、硬直する者、大騒ぎを始める者、震え出して
戦意が地の底まで落ち込んでいるだろう。奴等の表情を見れば、一目瞭然だ。だが、本番はこれからだ。
巨大な竜となっているラティの前に立つと、降りて来た嫁達が背後に一列となって整列する。
そして、麗華が一歩前に出てきたかと思うと、ミストニア兵に向けて宣言する。
「わたくしは勇者としてこの世界に舞い降りました。そう、ミストニア王国に降り立ったのです。しかし、わたくしが知ったのは、ミストニア王族の悪行です。それを知り、勇者という立場を捨てました。ですが、今解りました。わたくしはこの世界で悪行を葬り去るために勇者として選ばれたのだと。あなた達がやろうとしていることは、悪行ですか? それとも善行ですか? その行いを正しいものとして戦いを挑んでくるのなら、わたくしが勇者の力で葬ります。それが、わたくしに課せられた勇者としての使命なのですから。いま一度しっかりと考えてから行動しなさい」
力強い麗華の声は、ミストニア軍の全体に響き渡っているだろう。
拡声器ではカッコ悪いということで、綾香が作り直した小型マイクの威力だ。
そして、少なからず勇者の名には効力があったようだ。麗華の声にミストニア兵が乱れ始める。
まあ、勇者といえば、ミストニア王国で神格化されているのだ。敵兵が焦るのも仕方ないだろう。
それよりも、麗華が最高にカッコ良かった。俺としては、その姿を見ることができたのが嬉しかった。
そんな麗華が一歩下がったところで、ミストニア兵に最後通告を行う。
「よくぞ
ミストニア兵に通告を始めた途端、二百人くらいの兵が向かってきた。
その動きからして、能力者だということが窺える。しかし、話が終わるまで放置する。
「去る者は追わない。咎めもしない。だが、あくまでも戦うというのであれば、お前達の行動を容認するつもりはない。人の心を捨て、お前達にとっての死神となろう」
最後通告を終わらせたところで、三十メートル前方に迫った敵に向けて、二十メートル級の空牙を放つ。
瞬時に放たれた空牙は、約二百人の兵を丸呑みにして消え去る。
残るのは、直径二十メートルの丸く抉られた地面だけだ。
多少の能力を得たとしても、俺が持つ力の前では皆無に等しい。
「見た通りだ。お前達が十六万であろうが、百万であろうが、その気になれば、一本の毛を残すことなく殲滅するのは容易いことだ。さて、次は誰が死神の洗礼を受けたいんだ?」
一瞬にして二百人の兵を葬り終え、一歩ずつ足を進める。途端に、ミストニア兵の多くが逃走を始める。
それも当然だろう。唯でさえ巨竜を目にして絶望を感じていたところに、勇者の宣戦布告が放たれ、一瞬で二百人を跡形もなく消し去る死神が現れたのだ。
これで逃げ出さない者は、気が触れているとしか思えない。
それでも、喚き散らす上官の命令で矢を放つ者達もいる。
だが、上空にある矢を空牙が瞬時に無効化する。いや、消滅させる。
そして、ダメ押しとばかりに、敵兵の目と鼻の先に空牙を連発する。
奴等の足元は、まるでアイスクリームをスプーンですくい取ったかの如く、次々と抉れていく。
それを目にすると、一気に瓦解した。敵兵が悲壮を顔に貼りつけて逃げ出す。そうで無い者は、腰を抜かして動けない者だけだ。いや、他にも能力者が残っていたようだ。
何人かの兵が、モンスターを呼び出している。
しかし、それを見過ごすほどウチの嫁は優しくない。
「アースクエイク!」
「カッターストーム!」
召喚されたモンスター達に、エミリアの地属性魔法が炸裂し、モンスターを串刺しにたかと思うと、続けざまに放たれたエルザの複合魔法が、カマイタチを内包した竜巻でズタズタに切り裂く。
ピシュ! ピシュ! ピシュ!
モンスターの悲痛な悲鳴が上がる中、風を切る音が耳に届く。ロココがボーガンでモンスターを召喚している者の額を次々に撃ち抜いているのだ。
「死にたくなかったら、尻尾を巻いて逃げな!」
ルミアはトリガーハッピーを発動するや否や、ショットガンで襲い掛かってくる能力者を木っ端微塵にする。
「愚か者よ! あの世で懺悔すると良いですわ」
「オラオラオラ! 十三使徒が一人、このアンジェリーク様が引導を渡してやるぜ!」
「例え操られていようとも、悪行を為す者を許すわけにはいきません」
「愚かな戦いを撒き散らす者は、みんな地獄に落ちるウサ……ピョン」
蹂躙とも呼べそうな遠距離攻撃を生きて潜り抜けた能力者は、すぐさま前に出た麗華、アンジェ、サクラ、アレットによって容赦なく葬られていく。
『うち、暇なんちゃ』
竜化したラティだけは、動くと被害が拡大するので、ジッとしているようにと厳命してある。
『次からは、もう竜にならんちゃ。めちゃめちゃつまんないっちゃ』
結局、約二千人の屍を晒したところで、ミストニア軍は全面敗走した。
この一戦により、俺の悪名は破壊神から死神にクラスアップした。そして、嫁達は死神の十三使徒という異名を広めることになった。
ミストニア軍を撤退させることには成功したのだが……
眼前には、不機嫌な義経と最高に上機嫌な臣下達が居る。
臣下達は、次々と俺や仲間を賞賛してくる。
だが、その言葉を聞くにつれて、友人の表情はどんどん悪化していく。
まあ、悪いとは思ってるが、あのまま戦ったらどれだけの被害が出ると思ってるんだ?
「ユウスケ。よくもやってくれたな」
義経の恐ろしく機嫌の悪い声を耳にし、それまでニコニコしていた臣下達が、顔の筋肉を引き攣らせる。
「お前の敵は、あの兵達じゃないだろ? 味方の兵も含め、関係ない人間を巻き込むのは賛成できんよ」
「うぐっ、痛いところを突きやがる」
義経が不機嫌な表情を
だが、そんな義経を気にしつつも話を続ける。
「まあ、本番はこれからだろ」
「うむ。そうだな」
途端に表情を真剣なものにした義経が頷く。
そして、周囲を気にしつつも小さな声で確認してきた。
「それで、奴の秘密は解明できたのか?」
逆に痛いところを突かれたが、全く分かっていない訳でもないので、これまでに解ったことを説明する。
まあ、殆んど憶測なんだけどな。
「奴は魂を分散させているみたいだ。だから、攻撃を受けても元に戻れるみたいなんだ」
「な、なに! それは
ほう、ひょんなとこから情報が出てきた。
「それって、どんな能力なんだ?」
義経は無念そうな表情で首を横に振る。
「悪い。私も詳しくは知らないのだ。だが、魂を分散させることで、肉体自体の存在を希薄にできる力だ。だから、奴は首を落とされても生きていたのか……しかし、どうやって……」
義経の言葉を聞いた途端、パズルのピースが嵌ったような気がした。
「ファルゼン、いや、トキシゲは固有能力を写し取り、その能力を他の者に転写することができるはずだ。だから、魂を分散する固有能力を楓さんから奪ったんだと思う。そして、自分が使っているに違いない」
憶測を自信満々に話すと、義経が悔しそうに顔を歪める。
「して、その分散化を防ぐ方法は?」
首を横に振りながら説明を始める。
「魔道具は手に入れたんだが、未完成品なんだ。ケチな神様が手伝ってくれないんだ」
『な、な、な、ケチですって~! 誰がケチなのよ! このバカチン!』
脳内でエルソルが暴れている。
『だって、それくらい手伝ってくれてもいいじゃないか。そもそも、お前の思念体の望みでもあるんだぞ?』
『ぐふっ……』
そんなやり取りをしていると、サクラが前に出てきた。
「もしかしたら、わたくしの固有能力で、何とかできるかもしれません」
サクラの『心眼』であれば可能かもしれない。
実は、それも考えていた。だが、それだけを頼りにして奴を倒しに行くのは危険すぎる。
そこで、思わず大きな溜息を吐く。そう、諦めることを決意した。
『わ~~~~~~かったよ。嫁にすればいいんだろ? だけど、お前、俺のことを愛せるのか?』
『まじ!? マジマジ!? うほっ! やった~~~~! わたし、頑張る』
人を愛すのを頑張るって、なんか違う気がするんだけど……普通は愛した人を頑張って助けるとか、想い続けるとか、そっちだろ? まあ、嫁にするという条件も異常だけどな。
『男は小っちゃなことをグチグチ言わない。わたしが居た世界では、結婚斡旋会社なんて腐るほどあったんだからね』
まあ、それは俺の世界でもあったけどな……
『じゃ、魔道具を持って直ぐに来なさい』
なんてゲンキンな奴だ。
『うるさいわよ。あっ、絶対に一人でくること!』
はいはい……
ワープでエルソルの所に行くと、彼女は少し顔を紅潮させて待っていた。
その態度が不可解に思うが、直ぐに今回の彼女の行動理由を知ることになる。
そう、彼女が俺の手を引いて連れて行った場所は、な、な、な、なんと、トイレだった。
初めは不審に思ったのだが、ここで神の雫と言えば、もうあれしかない。
「エルソル? 俺が一緒に行く必要なくね?」
「それは、あのバカ思念体と変態魔道具師に言ってよ!」
どうやら、この魔道具が何なのか、どういう物なのか、エルソルには解るらしい。
「はい。しっかり持ってなさい」
この後、暫しエルソルと怪しい時間を過ごした。
つ~か、目を瞑っていればよかったんだよね? でも、それだと上手くフラスコに収められないし。ということで、神秘を知りました。そして、『神の雫』なる物を手に入れたのだが……
「約束して!」
「なにをだ?」
エルソルが頬を紅潮させて、人差し指を突きつけてきた。
「絶対に口にしない。絶対に匂いを嗅がない。絶対に使用用途以外に使わない」
そんなことは、言われなくても分かっとるわ!
これから決戦だというのに、一気に緊張感を霧散させるエルソルだった。
最高に盛り上がっていた俺の気持ちを台無しにしやがって!
不満タラタラではありつつも、無事に神の雫を入手し、ワープでローデスに戻った。そして、全員の賛否を確認する。
何をかって、もちろんトキシゲの討伐に関してだ。
誰もが首を縦に振るだけでなく、それぞれが己の想いを告げてきた。
そんな中に、嫁以外の存在もあった。
どうやら、義経も同行するらしい。まあ、それは当然だよな。
こうして準備万端となったところで、最終決戦の場であるミストニア王国の王都に向かうことにした。
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