第61話 神の雫
琥珀色の液体が飛び散り、不愉快な音と共に宝石が飛び散るような輝きが目に映る。
唯のガラスでも、砕け散る儚さは一瞬の
本当に使えない奴等だ。何のために力を与えてやっているか、理解しているのだろうか。
糞虫どもめ。儂の目的が達成できしだい、即座に片付けてくれるわ。
「ローデス討伐の準備が整いつつあります」
この男もそうだ。この愚息トリアスめ。
せっかく、霧化の固有能力を転写してやったのに、おめおめと帰ってきおった。
何の成果もないだと……いや、あの邪魔なジパング国王を暗殺したと言っておったな。
あれだけの戦力と飛行艇を与えたというのに、たったそれだけの成果とは……おまけに、三宅は連れて帰ってきたものの、戦力については全滅などと……
「それで、いつ出立できるのだ?」
「一週間程度で可能かと」
何をやっておるのだ。宣戦布告してから、早や三週間近くにもなるのに。
「準備が完了できしだい、直ぐに出立させよ」
「はっ、畏まりました」
急がねばならぬ。あのユウスケという男は、思った以上に力を持っておった。
それ故に、固有能力部隊と三宅で強襲させたが、返り討ちに遭うとは……もはや一刻の猶予もない。
あの者が義経と手を組むと、何かと拙いという予感がするのだ。
それが何かは解らぬ。だが、奴にはエルソルも肩入れしていそうだし……いや、あの時の状態から考えると、既に無に帰しておるやもしれぬな。
それならそれで、こちらとしては万々歳なのだが……
それに、義経だ。あ奴も、いい加減にしつこい。
確か
しかし、あの娘のお蔭で『御霊移し』の固有能力を手に入れたのだ。
結果的にあの娘を始末することになってしまったが、決して損な行動ではなかった。
だが、あの義経の力も侮れぬし、なんとか始末する必要がある。
それもあって、ローデス討伐を急いでおるというのに……本当に愚図どもばかりだ。
心安らぐ畳の匂いが漂う。
やはり本物の畳は違う。
綾香の作り出す畳間では、なぜか、この匂いがしない。
屋敷の応急処置が終わり、昨夜は畳の上で休息を取った。
それにしても、重い……今日は誰だ?
瞼を開けると、体重をかけてくるロココの姿があった。
右を見るとミレアが、その大きな胸を押し付けてスヤスヤと眠っている。
左はというと、麗華が満足そうな寝顔で、静かに寝息を立てている。
その麗華の向こうでは、綾香が大の字で寝ている。
まあ、女らしさと言う点では失格だが、あいつも夜な夜な頑張っているし、大目に見てやるしかないな。
ここ最近の綾香は、夜遅くまで妄想に
妄想というと、とても聞こえが悪い。ただ、奴の場合は、それがアイテム創造に影響するので仕方ないだろう。
いつだったか、あいつの妄想ノートをチラッと見たのだが、それはそれは妄想といってバカにできないほどの物だった。
きっと、あの天空城を作るのに、一、二時間くらいは、唸りながら詠唱したことだろう。それはそれで常人では考えられない集中力だ。
まあいい。風呂にでも入って朝飯にするか。
ごそごそと起きだし、みんなを起こさないように寝室を出ると、誰も居ない湯殿に足を向けた。
足音を立てないように移動し、慣れ親しんだかつての男湯の扉を開ける。
そう、そもそもは男湯と女湯だったのだが、いまや混浴と女湯という姿に変貌している。
さすがに、この時間に入っている奴はいないだろう。
誰も居ない脱衣所に入り、ホッと息を吐く。
実際、贅沢な悩みだと思う。だが、偶には一人でゆっくりと風呂に入りたいのだ。
誰も居ない静かな浴場で寛ぐ。
朝風呂は最高だ。心底、癒される。
朝の風呂が格別だと思うのは、俺だけだろうか。
こうやってヒノキ風呂に入っていると、異世界で戦っているのが嘘のようだ。
戦いか……そういや、あのアイテムをどうすればいいんだ?
のんびりと湯船に浸かり、テルトナとメトソに託されたアイテムのことを思い起こす。
あの時、メトソはアイテム袋の中から、紫色の珠と手紙を渡してきた。
その様子からして、アイテム袋の鍵はメトソ自身だったようだ。
「これみたいなんちゃ」
その珠は、掌サイズの透明感のある材質であり、長い筒がついたような造形だった。
ハッキリ言うならば、フラスコの形と同じ、いや、フラスコそのものだった。
それは、どう見ても紫色のフラスコなのだが、固有能力を持った魔道具師が作った物だ。きっと何かの機能が盛り込まれているはずだ。
一緒に渡された手紙を開いてみると、そこには悲観的な内容が記されていた。
『人とはなんと微小で卑小な生き物だろうか。女神に与えられた使命さえ熟せない己の力に絶望してしまった。頼まれた物は
そのアイテムは、未完成品だった。恐らく唯のフラスコだろう。
しかし、気になるのが、『御霊固め』という言葉だ。
これにはピンとくるものがある。
そう、疑問に感じているのは、ファルゼン――トキシゲの復活だけではない。
なにしろ、眼前から忽然と消えた人間が二人もいるのだ。
一人はアルベルツ教国にいた黒服枢機卿――トルセンアという男であり、もう一人は、ミストニア王国皇太子トリアスだ。
どうにも、この世界には霧のように消える奴が多いな……
ワープを使う自分のことを棚上げし、姿を消す存在に疑問を抱くのだが、極めつけは、何をしても復活してしまうトキシゲだ。
奴はいったいどうやって復活しているのだろうか。
エルソルの話では、『空牙』で消滅しない存在はないと言っていた。
しかし、奴は難なく復活したのだ。
うむ、解らん……ただ、御霊固めというくらいだ。魂が分散していると考えて間違いないだろうな。
そうなると、この魔道具が完成すれば、何かの役に立つはずだ。
ただ、神の雫……なんか、嫌な予感がする。
まさかとは思うが、エルソルの愛の雫なんて言わないよな。そんな事態になった途端、必ず俺の身体を求めてくるはずだ。さすがに、妻でない者と契るつもりはないぞ。
ん? あれ? なんか変な感じがする……あれ? なんだ? この違和感……
何かは解らないが、なぜか、違和感を抱いてしまった。
なんでだ? 特におかしなことはないのに……ん~~~~~。あ、解った。
抱いた違和感が何であるか考え込む。だが、直ぐにそれに気付いた。
エロネタなのに、エルソルが出てこね~。だいたい、このネタが出てから、全く口を挟まなくなったよな。
本来なら、愛の雫の時点でしゃしゃり出てもよさそうなものだが、今回に限ってはダンマリだ。
何かあったのだろうか。まだ、向こうには、アンジェ、サクラ、マルセルの三人が居るはずだが……
よし、ここは、是非とも登場してもらおうか。
『お~~~~い! エルソル~~~~~~!』
シーーーーン!
おかしいな、無反応だ。いつもなら呼ばなくても出てくるのに。
『エルソルちゃ~~~~~~~~~ん!』
『……』
無反応だ。もしかして、ただの屍になったか? さすがに、それはないか。寝てんのかな……
エルソルと連絡が取れないことを不思議に、いや、不審に思っていると、風呂場の戸がガラガラと音を立てた。
「うちも入るっちゃ」
「わたしも入るニャ」
「わたくしも入って宜しいでしょうか」
素っ裸のラティとロココが、その後ろからタオルを巻いた麗華が、どやどやと入ってくる。
ああ、安息もこれで終わりか……
エルソルのことも忘れて、ガックリと肩を落とす。
「ああ、いいぞ」
既に身体を洗い終わっているので、湯船の中でぐったりしながらも、了承の声を上げる。
すると、三人は身体を軽く流してから湯船に入ってくる。
ラティが成長して大人しくなったかと思えば、ロココは相変わらずの元気良さで飛び込んでくる。
「おい! 磯崎としての節度はないのか?」
「そんなものは、魚の骨と一緒に捨てたニャ」
あれ? 猫って魚の骨を捨てたっけ? ああ、納豆以外は何でも食べるし、猫に見えて全く違うのかもな。複乳じゃないし……
全くどうでも良いことを考えていると、ほんのりと顔を紅潮させた麗華が隣にすり寄ってきた。
「ところで、これからどうするのですか?」
実はそこが悩みどころだ。
本当はガンガン攻めたいのだが、トキシゲの謎が全く掴めていない。いや、今回の件で、奴の魂が分散しているという推測はできた。
だからといって、対処方法が解った訳ではない。
既に、ミストニアの宣戦布告から凡そ三週間になる。
確か、クルシュも早やければ一ヶ月と言っていたし、そろそろ兵を動かしてきそうな気がする。
「わたくしの勘では、そろそろローデスに向けて兵を差し向けてくる気がします。当然ながら、わたくしは参加しますが、ユウスケはミストニアとの戦闘に誰を連れて行くつもりなのです? 全員ですか? それとも……」
返事をせずに、これからの方針に頭を悩ませていると、麗華が戦闘の参加を進言してきた。
どうやら、彼女は置いて行かれることを
「参加したい者かな」
「わたしは参加ニャ」
「うちも行くけ~ね」
彼女の不安を悟って、正直な気持ちを伝えると、ロココが元気に、ラティがにこやかに、己が意見を主張する。
それを楽しそうに眺めつつ、麗華が結論をだした。
「間違いなく、全員がそう言うと思いますわ」
まあ、そうなるだろうな……
当然と言えば、当然の結果を思い浮かべて肩を竦めていると、麗華が申し訳なさそうにする。
「あの召喚者の三人ですが、できれば、戦闘に参加させて欲しくないのです」
「それは構わんが、なんでだ?」
参加させないことは別に問題ない。というか、居ても足手まといになる可能性の方が高い。だから、反対する気もない。
ただ、麗華の想いを聞いてみたくなった。
「わたくし達は、もう人を殺めてしまいました。ですが、あの三人はまだ綺麗なままですわ。そもそも、命を重んじる世界から来た彼女達に、戦いとは辛いものだと思いますの。ですから、まだその手が綺麗な者に戦いをさせたくないと――」
麗華の気持ちは理解できる。それに、敢えて反対するつもりもないが、そんな心構えで生きて行けるのだろうか。
ん? そもそも、日本に帰る方法がないなんて、誰も言ってないよな?
『エルソル~~~~~~~~~』
完全に無反応だ。本当にどうしたんだろうか。冬眠でも始めたのか?
「ユウスケ?」
エルソルに意識を向けていると、麗華が不安そうな表情を向けてきた。
どうやら、俺の反応が彼女を不安にさせたようだ。
「あ、ああ、すまん。お前の想いは解った。あの三人は戦いに参加させない方向で検討しよう。ただ、この先、それで生きて行けるのか? ここは日本じゃないんだ。自分の身は、自分で守る必要があるんだが……」
麗華の気持ちを受け入れながらも、自分の意見を述べる。
彼女も理解してるのだろう。コクリと頷く。
「そこは、わたくしが教育しますわ」
それなら良いだろう。それは彼女に任せることにしよう。
「それじゃ、他のメンバーは強化しないのかニャ? みんなをエルソルの塔に連れて行けば強くなるニャ」
麗華との話が終わった途端に、待ってましたとばかりに、ロココが立ちあがった。
うむ。確かにその通りだ。
「そうだな。戦闘に参加する面子は、一度はあそこに行ってもらうか。丁度、エルソルに用事があるし」
『ドキッ』
ん? なんか、心臓が飛び跳ねるような感覚が伝わってきたぞ? まあいいか。取り敢えず、朝飯にしようかな。
温かいお湯に浸かっているというのに、少しばかり悪寒を感じる。それを疑問に不可解に思いながらも、風呂から上がって朝食に向かうことにした。
ロココの意見を尤もだと感じて、各地で頑張っているメンバーを屋敷に呼び戻すことにしたのだが……
「主よ。私のことを忘れておられませんよね」
まずは、クリスが泣きながら足元に縋り付いてきた。
「すまんすまん。色々と忙しくて……だが、これからは一緒だ」
「ほ、本当ですか? お側に置いて頂けますか?」
やべ~~~~。クリスが号泣してるよ~~~~~! 本当にごめんよ。
「ユウスケ様、エルザ様ばかりズルいです。私も魔法が得意なのに……」
愚痴を溢してきたのは、クリスの妹であるエミリアだ。
一時は、世界最強魔法師の座を手にしたはずだったのだが、いまやエルザに奪還されている。
「本当に悪かった。エミリアのことも大切に想ってるからな」
「それじゃ、妻にしてくださいますね。話によると、一度撤回されたようですが、私もユウスケ様の妻としての幸せが欲しいです」
やべっ……そうだった。あの頃からずっと放置してたんだ……
先日、エルザにも言われたけど、これは真剣に時間を取って話し合う必要がるな。
「ああ、妻にするのは問題ない。だが、お互いの気持ちをきちんと確かめ合ってからな」
「はい。では、お時間を作ってくれるのですね。お待ちしております」
エミリアは、なんとか納得してくれたようだ。
この後、ルミアやミストニア脱出組からも、散々と泣き付かれたが、何とか宥めて穏便に済ませた。
しかし、問題は最後に登場したうさ耳だった。
「お久しぶりですピョン。私の名前を憶えてますピョン?」
兎耳をヘナっとしながら、ちょっと怒り顔のアレットがにじり寄ってくる。
「勿論だとも、アレット。お前のことを忘れたりはしないぞ。向こうの様子はどうだ?」
アレットのオーラに圧倒されつつも、向こうの近況報告をお願いすると、彼女は跪いて報告を始めた。
「あれから、暫くは怪しい者もいたピョン。でも、アルベルツ教国をユウスケ様が平定してからは、全く何も起きないピョン」
どうやら、アルベルツ教国の茶々さえなければ、至って平和だということだな。
「カシアスの件は、どうなってる?」
できることなら、カシアスをラウラル王国に戻したい。
「それは……諦めた方がいいピョン。もう、ラウラル王国では、カシアス王女がアルベルツ教国法王の元へ輿入れしたことになってるピョン」
うぐっ、既に外堀を埋められたか……いったい、何人を嫁にすればいいんだ? この調子だと嫁台帳を作る必要があるぞ。
そんな俺の不安を読んだかのように、アレットが脇に挟んでいた
「ユウスケ様の妻が増え過ぎたと思ってピョン。管理台帳を作ったピョン」
なんて手回しの良い娘だ……
ガックリと肩を落としつつも、何とか全員に釈明して配置転換を行う。
ラウラル王国については、もう大丈夫だという判断で誰も配置せず、教国はエルザを法王の秘書として常駐してもらうことにした。当然ながら、エルザの侍女であるミレアも同伴だ。
実は、その移動で一悶着あるだろうと考えていた。ところが、その予想は見事に外れる。なぜか、エルザは文句も言わずに、願いを聞き入れてくれた。
その代わり、戦いがある時は直ぐに呼んで欲しいとだけ言われた。
う~ん。素直なのはありがたいが、なんか不気味だ……
次に、召喚三人組については、戦闘に参加させないことを伝えた。
そして、強化合宿には連れて行かず、教国の行政をそのまま継続してもらうことにした。
ただ、三人とも、いずれはとか言っていたので、別途時間を作ることになった。
おいおい、お前等まで嫁になりたいとかやめてくれよな……
あと、マリアとカシアスについては実力がそれ以前だ。それもあって、ジパングにある試練の洞窟で、パトリシアと共に基本レベルを上げることにしてもらった。
そんな訳で、強化合宿に参加する者は、アレット、ルミア、クリス、エミリアとなったのだが――
「真っ白な処ですね」
「本当に真っ白ピョン」
参加者をワープでエルソルの部屋に連れてくると、エミリアとアレットが声を漏らした。
他の面子はこの光景に唖然としている。
というか、行き先が創造神のところだと伝えた時点で、声も出ない状態だったりする。
それにしても、エルソルが居ない。どこに行ったんだ? まさか、ポテチとコーラを買いにコンビニまでなんて言わんよな?
エルソルが居ないことを不審に感じていると、先行していたアンジェ、サクラ、マルセルが部屋に入ってきた。
「おっ、みんな来たんだな」
「いらっしゃいませ」
「ようこそ。みんなも来たんですね。ルミア、久しぶり」
「あ~~~ん! マルセル~~~~! ユウスケ様が酷いんだよ~~~~」
アンジェ、サクラ、マルセルの三人が後続組に話し掛けると、ルミアがマルセルに泣き付いた。
うぐっ、俺を見るマルセルの目が冷たい。お前だって共犯だろう? いや、それも大切なことだが、それよりもエルソルだ。
「アンジェ、エルソルは? 全然連絡が取れなくて心配してたんだが、何も起きてないよな?」
疑問を投げかけると、彼女は首を傾げた。
「うむ。何も起きてないぞ。そういえばエルソルは、どこに行ったんだ?」
「昨日からお姿を拝見しておりませんね」
アンジェの返答に続いて、サクラが全く姿を見ていないと伝えてきた。
「まさか、死んだりしてないよな?」
「あんなに力のある人が、そうそう死んだりしないと思います。というか、創造神ですよ?」
マルセルが有り得ないとばかりに首を横に振るのだが、少しばかり不敬だという視線を向けてきた。
こうなると、やっぱり例の魔道具の所為だな。
『ドキッ』
むむ、また心臓が跳ねるような感覚が……もしや、隠れているのか。
「あ、そうそう、皆の分の『力の種』は、預かってます」
なんと手回しの良い。これは絶対に怪しい。
マルセルに頷きながらも、さらに不信感が募る。いや、既に居留守を使っていると判断した。
「エルソル~~~~~~! 出てこ~~~~~~~~~~い!」
「ユウスケ、それは幾らなんでも不敬ですよ」
マルセルが窘めてくるが、気にすることなく、恰も自分の友達であるかのように対応する。
「出て来なかったら、もうマナをやらないぞ~~~~~~!」
さすがに、マナ供給ナシというのが利いたのか、薄っすらと白い光が集まり、いつの間にかエルソルの形を成した。
なんだ。やっぱり居るじゃんか。完全に居留守だったんだな。俺は押し売りじゃないぞ?
読まれると知りつつも、心中で不満を露わにすると、次の瞬間、エルソルはとても嫌そうな表情で一言だけ吐き出した。
「嫌よ! 絶対に嫌だからね」
白い、本当に白い、まるで白い絵の具だけを使って部屋を塗り潰したかのような場所だ。いや、きっと、そんなことをしても、こんなに白い空間は造り出せないだろう。
その白い部屋に置かれた巨大なソファーに座り、不機嫌な様子を露わにするエルソルを前にして、自分も対面のソファーに腰を下ろしている。
ここは、ご存知の通り、エルソルの『白の空間』だ。
連れてきた後続組は、力の種を無造作に呑むと、そのまま十二階の鍛錬場に向かった。
あいつ等って、あの種を飲むことが、どんな事か知ってるんだよな? 俺を裏切ると死ぬんだぞ? 一生、俺を愛して、俺に尽くすんだぞ? なんで
後続組の行動に慄きつつも、エルソルに視線を向ける。
彼女の顔は、いつもよりも強張っている。
何をそんなに嫌がってるんだ? 神の雫とは、そんなに拙い物なのか。
「不味いわよ。多分……」
むっ、飲み物ではないようだな。
「飲めなくもないわよ。飲んでる人達も居たみたいだし」
どうも、エルソルの声が硬いな……それに、話の内容も要領を得ないし……
「絶対に嫌よ。神の雫なんて……あの魔道具師、頭がおかしいんじゃないの! 絶対に変態だわ」
いやいや、変態って……魔人族だし、お前の子孫だろうが……
「うるさい! 突然変異よ! 突然変異!」
う~む。かなりご立腹のようだ。だが、魔道具が完成しないとファルゼン――トキシゲを倒せないだろうし……
「でも、絶対にイヤ! なにがあっても、断固拒否するわ!」
それより、さっきから一言も話してないんだが、話が成立しているところが神だよな。
「
エルソルは
「そもそも、あの思念体が悪いのよ! バカでしょ!?」
いやいや、あれは、お前の良心だよな?
「うぐっ」
「なあ、何かぐらいは教えてくれないか」
気になっていることを素直に尋ねてみるが、エルソルはそっぽを向く。というか、声にする必要もないんだけどな。
しゃ~なしだ。何か条件でも出すか――
「わたしと結婚してくれるなら教えてあげる」
はぁ? お前、焼きが回ってるだろ!?
口からは溜息しか出てこない。
でも、まあ、神の雫は必要だしな~。どうしたものか……このままじゃ、
「いいわ。教えてあげる」
おお、どうしたんだ。行き成り軟化したぞ。
「はい! 結婚すると誓いなさい」
どうして、そうなる……
「だって、女の口から言えないもの……」
結局、この日は諦めることになり、強化合宿メンバーと一緒に鍛錬に励むことにした。
あれから一週間の時が経ち、遂にアンジェとサクラが固有能力を発現させた。
アンジェの固有能力は『神武装』というもので、発動させると自分の周りにオーラが展開し、あらゆる攻撃から身を護る能力だったのだが、それが拙かった。奴は何を血迷ったのか、猪突猛進型の戦法に特化してしまった。
次にサクラだが、その能力は『心眼』というものだった。その能力は目に見えない存在をも見つけることができ、姿を隠した者すら捉えることができるようだ。だから、もしかしたら、霧化した相手も倒せるかもしれない。
他の面子に関しては、固有能力が発現しないものの、以前より格段と強くなっているのが見て取れる。
それはそうと、あれからのエルソルは、姿こそ隠すことはしなかったのだが、神の雫については禁句となってしまった。
ただ、それがトキシゲを倒す唯一の手段であるように思え、口を閉ざすエルソルにヤキモキするのだが、結局は何の手も打てないまま、遂に戦いの時が訪れてしまう。
そう、ローデス王国の義経から、その連絡が届いたのだ。
『ユウスケか! いよいよ奴等が来たぞ。私も出陣する』
血気盛んな様子を露わにする義経の声を耳にし、いまだにへそを曲げているエルソルに視線を向け、どうしたものかと頭を抱えてしまった。
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