第60話 選ばれし者


 見慣れたリビング、見慣れたソファー、見慣れたテーブル。

 それも当然だ。広さや大きさは違えども、綾香が作る物はいつも同じパターンなのだ。

 所謂いわゆるワンパターンという奴だな。

 それもあって、この部屋に居ると、テントなのか、それとも装甲車なのか、はたまた天空城なのか、自分がどこに居るのか混乱してしまう。

 ただ、今居るリビングが天空城であることは間違いない。というのも、テーブルの上に天空城を象った模型があるからだ。

 なぜに模型があるのかといえば、ただ単に奴の趣味だ。それ以外に、その模型には何の意味もない。

 因みに、装甲車のリビングにも、装甲車のミニチュア模型が置かれている。

 きっと、アニメか何かで、そんなネタがあったのだろう。


 さて、綾香の病気は良いとして、メトソ親子の家に現れた不埒ものを始末したあと、二人を天空城に連れてきた。

 というのも、あのバラック小屋生活は、あまりにも悲惨だからだ。

 それこそ、見ている方が辛くなってくる。そう、いたたまれなくなってしまうのだ。

 まあ、それは勝手な思い込みであり、この行為も独善的な自己満足だが、それでも、そうせざる負えないほどに、あの光景は心を蝕むのだ。

 現状はというと、親子に風呂を勧め、食事を与え、やっと落ち着いてお茶をしているところだ。ただ、メトソの母であるテルトナが、あまりに恐縮するので対応に困っていた。


「まあ、そんなに気にする必要はないから」


「そうなんちゃ。甘えればええんちゃ。ね~、メトソ」


 恐縮するテルトナをなだめると、ラティが相乗ってくる。


 ラティはニコニコしながら、くしでメトソの髪をいている。

 そう、メトソは女の子だったのだ。

 そのことをテルトナに尋ねると、女の子だとバレたら不逞の輩に狙われてしまうという話だった。


「それで、使命のところまで聞いたんだが、続きを聞かせてもらってもいいか? さすがに、あの暮らしを見て見ぬ振りはできないし」


「しかし、ここまでして頂いて、これ以上は……」


 テルトナは表情を硬くしたまま、こうべを垂れている。


 まいったな……完全に恐縮しちまったぞ……


 あまりに縮こまるテルトナを前にして困窮していると、エルザが救いの手を差し伸べてくれた。


「人助けは、主人の趣味ですから、気にする必要はないわ」


 今、主人って言ったよね? まあ、それは良いとして、人助けの趣味なんて持ってないぞ?


 少しばかり疑問を抱く援護を聞くと、テルトナが笑みを見せた。


「とてもきれいなお嬢さんだと思ってましたが、奥様でしたか」


 この世界の結婚が早婚だとしても、これには驚くよな。


 確かに、エルザは綺麗だし、性格も大人びているが、どう見ても少女だ。

 それでも、エルザのお陰でテルトナが軟化してくれた。しかし、他の面々が水泡作戦を発動させる。


「えっと、私も妻です」


 ミレアがモジモジと自己主張を始めると、ラティも満面の笑みを浮かべて頷く。


「うちも、ユウスケの妻やけ~ね」


 思春期を迎えて、幼女姿ではなくなったものの、未だ幼い少女には違いない。

 年齢的にもミレアなら分からなくもないが、ラティが妻というのは、少しばかり信じられない話だろう。いや、複数の女性が妻だというのだ。この時点で、誰もが疑問を抱くはずだ。

 ところが、綾香がダメ押しする。


「あの~、私も妻です」


 ここに居る全員から発せられた嫁発言を耳にして、テルトナはラティが膝の上に乗せていたメトソを即座に引き寄せ、不逞の輩を見るような眼差しを向けてきた。


 いやいや、別にお宅の娘さんを狙っている訳じゃないから……取って食ったりしないし……


 この後、散々と宥めすかして、やっとの思いで理解してもらった。

 いつもいつも、この手のやり取りは大変だ。悪党と戦っている方が、どれだけ楽なことか……


「私の主人は魔人族ではありましたが、とても優しい人でした。旅路の途中で盗賊に連れ去られようとしていた私を助けてくれて、更には妻にして頂いて、本当に幸せでした」


『まるで、貴方のようね』


 テルトナの話を聞いていたエルザが、伝心で類似性について述べてくる。

 しかし、エルザに返事をすることなく、その間も続けられているテルトナの話に耳を傾ける。


「主人は探求心という固有能力者で、魔道具の研究をしておりました。それで魔法王国と名高いマリルア王国に来たようですが、何について研究していたのかは、私達も知りません。ですが、ちょっとした魔道具を作っては、それを売って得たお金で幸せに暮らしていました」


 亡くなった旦那のことを思い出したのか、テルトナは悲しげな表情を見せる。

 そんな彼女の話を聞いていた綾香が、疑問を感じたようだ。


「ご主人は、魔人族だったのですよね? どうやって姿を偽っていたのですか?」


 そういえば、そうだな。ラティには『相貌の指輪』という魔道具がある。だから、周囲を騙すのは、それほど難しいことではない。しかし、この魔道具はかなり希少な物だと聞いている。


 そんな綾香、いや、俺達の疑問に、テルトナは驚きの答えを返してきた。


「主人は『相貌の指輪』という魔道具を作って、それで姿を偽っておりました」


 もしかして、指輪の開発者か?


「どうも、主人の固有能力は、魔道具の解析と複製が可能なようです。だから、その指輪についても、文献から複製を行ったようです」


 なるほど、固有能力ならそれほど驚くことでもないか。

 だって、綾香の創造力なんて、神に等しいからな。

 まあ、発想がイマイチだから、出来上がる物が幾分か微妙だが……

 いやいや、そんなことより、続きを聞く必要があるんだ。


「それで、使命というのは?」


「いえ、少し大袈裟に言ってしまってすみません。使命と言うほどのものではないのです」


 そんな前置きをしながら、テルトナはゆっくりと話を続ける。


「先程も話した通り、主人は長い期間をかけてある研究をしていたようでした。どうやら、このマリルアにその情報があったらしくて、ここを拠点として研究していたのですが、生活費を得るために作っていた魔道具を狙った商人の達の手で殺されてしまったのです。私達は偶々買い物に出かけていたので助かったのですが、主人のアイテム袋が盗まれてしまいました」


「そのアイテム袋を取り戻すことが使命なの?」


 先読みのエルザが結論を口にするが、そんなことが使命になるのだろうか。


 死んだ旦那も、そんなものより彼女達の命の方が大切だろうに。それに、取り戻したとしても、中身は既に売り捌かれているはずだ。


 少しばかり疑問を抱き始める。しかし、テルトナはそれに気付くことなく頷いた。


「普通なら、アイテム袋を取り戻すことに命を懸けるなんて、馬鹿馬鹿しい行為だと思われるでしょう。私自身もそう思いますし、主人の日記に書かれた内容を知ることがなかったら、間違いなく、メトソと二人で逃げ出していたと思います」


 なるほどな。それなりの理由がある訳だ。しかし、命より大切なものがあるとは思えないが……

 俺の思考を読んだ訳ではないと思うが、彼女は日記の内容について触れる。


「どうやら、主人は神の御告げで研究を続けていたようなのです。その内容は解りませんが、とても大事な物だったようで、それを決して人に知られてはならないと。そのこともあって、アイテム袋には鍵が掛かっており、持ち主である主人本人か、鍵を持つ者しか開けられないようになっているそうです。それと、このアイテムを神に選ばれし者に渡すのだと書かれてました」


 一気にキナ臭くなってきたぞ……神のお告げって、エルソルか?


『お前が頼んだのか?』


 即座に問うと、ここには居ないエルソルが否定する。


『わたしじゃないわよ。間違いなく思念体の方ね。まあ、想像はつくけど』


 即教えてくれ、今直ぐだ。即行で頼むわ。


『え~~~~~~~。じゃ、ご褒美は?』


 おいおい、神がそんな物欲塗れでどうするんだよ。


『だって供物があってもおかしくないし~~』


 そう言われると、確かに、神前に供物を置いたりするよな……


『ほ~~ら~~~』


 まあいい。エルソル思念体がらみなら、何か役に立つ物だろう。

 取り敢えず、奪還する方向で進めるか。


『こら~~~~~っ、シカトするな~~~~~』


 この神様って、どんな世界から来たんだろうか。なんでシカトなんて言葉を知ってるのかな?


『だって、わたしは、あなた達地球人の子孫だもの。ふふふっ』


 なんだとーーーーーーーーーーーー!


『まあ、恐ろしく未来で、且つパラレルワールドだけどね』


 そんなのは、もう地球人じゃね~~~~~!

 まあいい、そんなことより、アイテム奪還の方が大切だ。


『う~~ん、イ・ケ・ズ~~~』


 うるさい!


 いつまでもダダを捏ねるエルソルを無視しつつ、アイテム奪還を行うべく家族会議を始めることにした。









 さっそく会議を始める。といっても、場所は変わらずリビングだ。

 テルトナとメトソの二人は疲れたのか、今は客間で休んでいる。

 まあ、テルトナは病み上がりだし、メトソも色々と苦労していたのだろう。二人とも天空城に来てからは、安堵の表情を見せていた。

 おそらく、緊張の糸が解けたのだろう。今はぐっすりと寝ているみたいだ。


 テルトナの旦那が作ったアイテムを盗んだ者についてだが、それは既に判明している。

 というのも、彼女達は幾度となく襲われ続けているのだ。

 その度に場所を変え、結局は、あのバラック小屋に行き着いたらしい。

 そんな折に病で倒れ、薬を得るためにメトソが自分の持っているアイテムを売りに出かけたらしい。

 そして、彼女が門前払いを食らったところに、俺達が居合わせたという訳だ。

 おそらく、爺ちゃんの未来予知は、これを示唆しているのだと思うが、その未来自体も未来予知がなければ起こらない出来事だろう。


 未来予知は置いておくとして、テルトナの話では、その悪人共の商会だが、名をエチュゴアという。

 越後屋に聞こえるのは気のせいだろうか……いや、綾香も思うところがあるみたいだな。


 実をいうと、今回の作戦について少し悩んでいる。

 なぜかというと、確かに相手は悪徳、いや、悪人だ。しかし、だからといって、俺達がアイテムを取り戻すのはどんなものかと考えてしまう。

 きっと、俺達が出張れば、刃傷沙汰になるだろうし、ある意味、ただの強盗のような気がしないでもない。

 そんなことを考えていると、エルザが少し不安そうな表情を向けてきた。


「どうしたの? ユウスケらしくないけど」


「いや、今回の作戦をどうしようかと思ってな」


 いまや心優しき妻となったエルザに、正直な気持ちを伝える。

 すると、彼女は肩を竦めた。


「ここ最近の貴方、少し変よ?」


「どこがだ?」


 自分のことなんて、自分が一番解ってなかったりするのだが、そんな俺に、エルザは容赦なく思うところを突き付けてきた。


「ユウスケ、貴方は何様なの? そもそも、貴方は何者なの? 何者に成ろうとしているの?」


 何者と言われてもな~。俺は俺だ。それ以外の何者でもない。

 この世界にきて力を得たことで、理不尽な者を潰しまくっただけだ。

 その間、俺に対する悪評も凄いことになっただろう。

 まあ、悪評なんて、そんなものは屁でもない。

 あ、そうか、悪者に成ろうと決めたんだったな。

 正義なんて糞くらえ。自分のやりたいことをやるんだ。そう決めたんだったな。


 うむ。初心にかえろう。


 自分の中で結論がでた。

 妻達に視線を向けると、彼女達全員が黙って頷いている。

 間違いなく、表情で読み取ったのだろう。

 それを理解して、この素晴らしい妻達に一言だけ告げる。


「ありがとう」


「それでこそ、ユウスケよ」


「うち等は、悪者が似合ってるんちゃ」


「そうですね。悪者を成敗する悪者ですね」


「良いと思います。今回は、どちらかというと鼠小僧ですね」


 感謝の言葉を口にすると、エルザ、ラティ、ミレアの三人は笑顔で頷く。

 綾香に関しては、少しばかり勘違いしているようだ。

 だって、こっそり盗むなんて、性に合わないのだ。

 当然、正面から木っ端みじんにする予定だ。


 ああ、これでマリルアでも指名手配になるかもな。せっかく、義経のお陰でローデスの指名手配が解けたんだが……まあ、悪名も悪くないさ。


 気分を一新して、越後屋、もとい、エチュゴア商会にやってきた。

 その店構えは、やたらと豪華だ。弱い者を泣かせ、強い者には金の入った菓子箱を届け、そうして得たものだろう。

 それを考えるだけで、許せないと思えてくる。いや、これは勝手な思い込みだけど……


「豪華な店構えね。というか、なんか、やり過ぎで下品な感じがするわ」


 エルザの目で見ても、それは立派なものなのだろう。いや、その華美な店構えが気に入らないようだ。


「きっと、真面な商売ではないのでしょうね」


 ミレアの感性も俺と同じなのか、その店構えを怪訝な表情で眺めている。


「多分、付け届けとかバンバンなんですよ。そちも悪じゃのうって奴ですかね」


 ふむ。どうやら綾香も越後屋の印象が抜けないようだ。


「さっさと潰すんちゃ」


 美しい顔を顰めたラティは、有無も言わさずに破壊すべしと告げてきた。

 そうだな。ラティの顔を顰めさせた時点で、こんな店は存在価値がない。


「じゃ、潰すか!」


 恰もちょっと寄ってく!? みたいなノリで破壊宣言をすると、誰もが異議なしと頷く。


 なんて清々しい気持ちなんだ。よし、ガンガンやるぞ~~~!


 店の玄関を抜けると、店内はこれまた豪華な造りだった。

 あらゆる場所が輝いていて、逆に品の無さを強調している。


「いらっしゃいませ。本日は、どういった物をお求めでしょうか」


 造り笑いを顔に張り付けた男がにじり寄ってくる。

 揉み手の速度が半端ないんだが、そのうち手相が無くなるんじゃないのか?

 それに、贅沢の粋を極めたような恰幅の良さだ。きっと、美味い物を食い捲って、女を抱きまくってるんだろうさ。

 ああ、これも先入観というか、ハッキリ言って、勝手な思い込みだ。


「お前が、店の主か?」


 完全に妄想中の俺が問いかけると、揉み手男は頷いた。


「はい。私がこのエチュゴアの店主で御座います」


 一つ頷き、直ぐに欲している物を告げる。


「アイテム袋だ。アイテム袋を求めてここにきた」


 店主の揉み手が、一瞬だけ止まる。

 だが、そこはさすがの商人魂と言えるだろう。

 すぐさま、揉み手の速度を元に戻して、造り笑顔を復活させた。


「どういったアイテム袋がお好みでしょうか」


 そうだな~、うむ、ここは即答だ。


「魔道具師から盗んだアイテム袋を欲している」


 今度こそ、店主の揉み手が完全に停止する。まるで時間が止まったかのようだ。


 ああ、そこで止めちゃいかんよ。動揺がバレバレだぞ。


 顔を強張らせた店主は、揉み手を止めたまま場を濁す。


「またまたご冗談を……当商会では盗難品など一切扱っておりませんので、そのような物は御座いません」


 では、仕方ない。重要参考人に登場してもらうとするか。


「どうぞ!」


 そう声を掛けると、これまでローブのフードを被っていたテルトナとメトソが、まるで印籠の如くその姿を露わにする。

 その二人を見た店主の表情は、キタこれ! と言わんばかりにニンマリとする。

 しかし、ほくそ笑む店主を他所に、アイテム袋の在処を確認する。


「メトソ、ぶつはどこにある?」


 メトソは、出合った時に魔道具屋の前で転がされた珠を両手に持ち、店の奥にそれを向けた。


「こっちっちゃ」


 どうやら、ラティの言葉は方言というより、魔人族の子供特有らしい。メトソもラティお同じような言葉を使っている。


 つ~か、お前、そんな大事な物を売ろうとしとったんかい! まあ、母を助けたい気持ちは解るので、そこは目を瞑ることにしよう。


 眼前に立つ店主はというと、テルトナ親子の姿を見た途端に変貌した。嫌らしい声で欲望を露わにしている。


「くくくっ、わざわざ獲物を連れて来てくれるとは、お前等は愚か者、いや、親切な者達だな」


「その台詞を二十四人の用心棒が居なくなってから言えたら、素晴らしいと褒めてやるよ」


「むっ……いや、能書きもそれまでだ」


 人数が知られていることを疑問に感じたようだが、店主は構うことなく懐から出した鈴を鳴らす。


 ああ、この鈴の音、まるでこいつらが地獄に行くためのレクイエムみたいだな……


 店主の終わりを告げるかのように鈴の音が鳴り響くと、店の奥から屈強な男達が続々と現れる。

 まあ、数はマップで確認済みだ。先に述べた通り二十四人だ。


「やれ! 女は殺すなよ。売れるからな。かなりの上玉だし、相当な金額になるだろう」


 店主がほざいているが、忠告くらいはしておこう。その台詞を吐いただけで、死刑確定だと。


「お前等、死んでもいいよな? 死にたくない奴は大人しくしていろ。戦わない奴は殺さないでおいてやる。ああ、店主はダメだぞ。地獄への旅立ちが確定してるからな」


 一応は忠告してみたのだが、屈強な男達が剣を片手に笑いはじめる。


 まあ、そうなるよな~~~。


「よっぽどのバカらしいな。あの世で後悔するんだな」


 散々に笑う男達を引き連れた店主が、あからさまに嘲笑っている。

 だが、その顔が直ぐに引き攣ることは知っている。

 だから、気にすることなく日本刀を抜き放ち、戦闘開始の合図を送る。


「死にたい奴から掛かってこい」


 一番初めの死にたい奴が襲い掛かってくるが、剣を振り下ろす前に、それを握る手自体が無くなっている。


 余りの速さに、男は痛みを感じなかったのだろう。キョトンとした顔で己が腕を見ている。そして、自分の手首から先が無くなっていることに気付くと、店内を赤く染めながら呻き声を上げはじめた。


「ゴミは塵になるんちゃ」


 すぐさま二人目の死にたがり屋が襲ってきたが、ラティのカタールで同じように腕を斬り落とされていた。

 どうやら、ラティはかなり頭にきているようだ。

 それでも、戦うその姿は、可憐としか表現しようがない。

 成長してからの彼女の戦闘姿は、まさに美しいの一言に尽きる。


「やりやがったな! もう手加減なしだ!」


 いやいや、お前等が本気でやっても、うちの年少組にすら勝てないからな。


「地獄に落ちなさい」


 三人目の男は槍を突き出してきたが、その穂先がこちらに届く前に、ミレアの突きでこの世を去った。


「今ならまだ間に合うぞ。それとも死にたいか?」


 親切にも助かる機会を与えたのだが、既に興奮状態らしく、逃げる素振りすらない。

 男達は次々に襲い掛かって来るが、エルザの魔法や綾香の機関銃を使う必要すらなく、ラティとミレアの攻撃で戦闘不能、いや、屍となっていく。

 死を与えるほどではないのかもしれない。そう考えて忠告はしたはずだ。だから、こちらも罪悪感を持つ必要はない。


 見た目だけ屈強な男達は、二十四人が五人となったところで、さすがに勝てないと悟ったのか、逃げに転じる。しかし、ラティがそれを許さなかった。

 次々と逃げる男の足を射抜く。


「や、約束がちがうじゃね~か」


 足を射られた男が罵っているが、殺してはいないので約束をたがえてはいない。

 こんな奴等を野放しになんて、世のためにならんからな。当然ながらジパングの寺院送りだ。

 そして、無傷の者は、ガタガタと震える店主のみとなった。


 まるで感電しているかのように震える店主に、嫌味を投げかける。


「さて、褒めてやるから、もう一度言ってみろよ」


「い、い、いの、命だけは……」


 もはや、初めの勢いはない。いまや毎秒百回くらい震えながら命乞いをしている。


「じゃ、さっさとアイテム袋を出すんだな」


「は、は、はい……」


「あっ、エルザ、残りの処理を頼む」


「仕方ないわね~。任せないさ」


 ワープを発動させ、エルザに男達のジパング送りを頼み、テルトナ親子を連れてアイテム袋を取りに行く。

 その後、店主が金庫から取り出したアイテム袋を二人に確認してもらい、間違いないと確認が取れた途端、ワープを出して店主を放り込んだ。

 そして、店内にある何もかもをいただき、ジパングに戻ることにした。









 テルトナは建物を目にした途端、驚きの声をあげた。


「こ、こんな立派な所で生活させて頂けるのですか?」


 ここは、ジパング国にある難民収容施設だ。

 難民収容施設と呼ぶと聞こえが悪いが、ダートルでの難民となった人々を受け入れていると言うだけで、プレハブ小屋の仮設施設のようなところではない。

 それに、仕事の斡旋もしているので、大人で仕事を得た者達は、既に独り立ちしたりもしている。


「ここなら子供も沢山いるし、メトソも寂しくないだろう。それに隣は俺の屋敷だから、困ったら相談にくればいい。まあ、居ないことも多いが、留守番の者に伝えれば連絡は取れるからな」


「ほ、本当に良いのですか?」


 信じられないとう表情で聞き直してくるが、頷きながら付け加える。


「ああ、それに仕事の斡旋もしてるからな。きちんと働いて生活してくれたら、俺的には何の問題もない」


「なにからなにまで、本当にありがとう御座います」


 テルトナは何度も何度も頭を下げてくるが、いい加減に勘弁して欲しい……逆に、こっちの方が辛くなってくる。


 今度から、人助けは隠れてやることにするかな~。


 そんな感じで取り敢えずは片付いたのだが、問題はアイテム袋の中身だ。

 というのも、彼女の夫が残した日記によると「神に選ばれた者」というキーワードがある。

 俺が選ばれているかどうかは知らないが、できれば遠慮したい言葉だ。

 そもそも、どうやって判断するつもりだったのだろうか。

 そんな疑問に頭を捻っていると、メトソがこちらにトコトコとやってきた。

 近くまで来た時に分かったことだが、メトソが大切そうに両手に持つ珠が俺に向けて光を放っている。


「お兄ちゃんなんちゃ」


 まるでラティみたいだ。こりゃ、将来がたのしみだな。きっと、美人になるぞ……いやいや、今問題にするべきは、光の方だな。


 ラティの幼女時代とよく似ているメトソを見やり、心中で感嘆の声をあげていると、彼女の後にやってきたテルトナが驚きの表情を貼り付けて跪く。


「ああ、やはり、貴方様が神に選ばれし者……」


 おいおい、もう許してくれよ……


 ウンザリとしながらも、結局、アイテム袋の中身を受け取ることになってしまった。









 静かな部屋に鳥のさえずりが届く。

 室内の壁や調度は、簡素ながらも木目の美しさを際立たせている。

 そして、このテーブルもそうだ。

 表面に模様となって表れた立派な年輪を眺めていると、恰も人間の卑小さを嘲笑うかのように思えてくる。


「アンネルア。例の鍵はどうなっている?」


「申し訳ございません。どうやら、ユウスケの手に落ちたようです」


 アルベルツ教国で拾った娘がおずおずと謝罪してくる。


 そうか、あの男が手に入れたか。まあ、それも良かろう。

 そもそも、ヨシツネの土産と思って探していたのだからな。

 あの男も律儀というか、愚かというか、いまさらながらに、あのトキシゲなど討ったところで、かえでが戻って来る訳でもないのに……

 確かに、私も暫くは許せないでいた。

 しかし、長い年月がその憎しみさえも消し去ってしまった。

 それに、トキシゲのやろうとしていることを考えると、少し様子を見るのも良いかと思っていた。

 ただ、この頃のやりようは、些か目に余るものがある。故に、こっそりとヨシツネに手を貸すことを考えていたが、そうか、ユウスケが手に入れたか。

 どうやら、あの者はヨシツネの好みだったようだな。友なったと聞いていたが……


「あの者が手に入れたのなら、それも良かろう」


 ヨシツネを含め、あの者達にトキシゲの秘密を暴くことが可能だろうか。仮にそれを乗り越えたとしても、あのトキシゲを倒すことができるのだろうか。いや、どうやら、エルソルはユウスケに何かを期待しているようにも見える。

 彼女は、ユウスケに何をやらせるつもりなのだろうか。


権蔵様ごんぞうさまこれから、如何なされますか」


 さて、どうしたものかな。


 当初はユウスケなる者が障害になり得ると考えたのだが、少しばかり早合点だったのかもしれない。

 あの者達がトキシゲを討つまでは、様子を見るのも一興だ。

 ただ、もしトキシゲを討つことに成功するようなら、将来的に私の目的の妨げとなるやもしれぬ。

 その時のために、あの者達の動向を欠かさず探る必要があるだろう。


「暫し様子を伺うことにする。だが、監視は怠らぬように」


「はっ、しかし、あの者は転移能力がありますので、かなり困難であると考えられます」


 確かにな。付け加えるなら、飛行能力や空中都市まで造りだしたのだ。監視も一筋縄では行くまい。


「うむ。できる限りで良かろう」


「では、式魔を放ちます」


「そうしてくれ」


 鍵を手に入れただけでは如何にもならぬが、あの者のお手並み拝見といくか。

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