第59話 マリルア王国


 未だ焼け焦げて粉々にされた玄関を見ると、襲撃された時のことを思い出す。

 結果的には何事もなく済んだが、マルセルの固有能力が発現していなかったらと考えると、今にも身震いが起きそうだ。

 屋敷の修繕を指揮しているカツマサとマサノリは、いまや、信者ではないかと思えるほどにマルセルを崇拝している。

 それもそうだろう。死んだと思ったのに生き返らせてもらったのだ。

 マルセルの所業は、神と言っても差し支えない。


 あくせくと屋敷を直している者達を眺めつつも、シャークマスクが目立つ装甲車に入ると、爺ちゃんがリビングで日本茶を飲んでいた。

 その近くでは、ミレアがせっせと家事にいそしんでいる。

 しかし、そんなミレアがどうも余所余所しい。

 ちょっとだけ寂しく思いながら、爺ちゃんの向かいに腰を下ろす。


「どうしたんじゃ?」


 少しばかり真面目な表情を向けると、爺ちゃんが何時もの笑顔で尋ねてくる。


 何も知らないような顔で問い掛けてくるが、おそらく、爺ちゃんは大抵の事を知っているだろう。そして、今もそれを内に秘めて、知らん振りを決め込んでいるのだ。

 解ってる癖にと思いながらも、内なる疑問を言葉に変えるしかない。


「爺ちゃんは、どこまで解ってるんだ?」


「なんじゃ、急に」


 飽く迄も白を切るつもりのようだ。


「全部とは言わないが、少しは教えてくれてもいいじゃんか」


 いつまでも惚ける爺ちゃんに、ついついムキになってしまった。

 しかし、そんな態度を見ても、爺ちゃんはニコニコとしている。

 暫くそんな時間が過ぎて諦めの溜息を吐くと、爺ちゃんは眼差しを下げ、テーブルに置かれた湯飲みに視線を向けた。


「まあ、そんなに焦ることもあるまいて。直ぐに戦になったりはせんじゃろ」


 どうやら、戦争を回避したいという想いを理解しているのだろう。

 だが、ファルゼン――トキシゲの秘密を暴かない限り、勝ち目はない。そして、それが焦りを生んでいるのだ。


「なあ爺ちゃん、マリルア王国に、いったい何があるんだ?」


 その疑問にも、爺ちゃんは首を横に振り、少しばかり言葉を付け加えるだけだった。


「ワシにも解らん。ただ、お前がマリルアに行っている姿を見ただけじゃ」


 爺ちゃんの表情からすると、それは真実なのだろう。そんな気がする。

 結局、爺ちゃんとの会話はそれで終わり、食堂へと足を運ぶ。


 そこは、畳が敷かれた大広間だ。

 これは、急遽、綾香が即席で造った部屋だ。

 彼女が思った以上に屋敷の大広間を気に入っていたことがうかがえる。


「おはよう御座います」


 一番初めに挨拶をしてきたのは、サクラだった。

 彼女の表情は、これまでと全く変わらない。いや、やや紅潮しているかもしれない。

 というのも、昨夜はアンジェとの初夜を迎えたあとに、彼女とも熱い初夜を過ごしたのだ。

 彼女は自分の弱さをいつまでも後悔していたが、優しく諭してやると、元のサクラに戻ってくれた。いや、これまで以上に成長してくれたはずだ。

 初めての体験だったのか、少し痛がってはいたが、彼女はとても嬉しそうにしていた。

 それを目にして、彼女を奪われなくて本当に良かったと、心の底から思った


「おはよう御座います……」


 うおっ、どうしたんだ?


 サクラに続いてお淑やかな声で挨拶をしてきたのが、淑女モードのアンジェだった。いや、アンジェリークと言った方が似合うだろう。

 彼女は、とても恥ずかしそうにモジモジとしているのだが、本当にこれがあの実直剛健のアンジェだとは、誰も思わないだろう。

 どうやら、昨夜の契りで淑女モードから抜け出せないようだ。

 昨夜のアンジェは、とても可憐で淑やかな女だった。

 そんな彼女に再び恋してしまった。


 昨夜のことを思い出していると、アンジェはスススっと寄ってくると、朝の口付けをしてくれた。

 こちらからも優しく口づけを返した。

 そんなタイミングで、妻達が続々とやってきて、代わる代わるに朝の口付けを交わすことになる。

 全員の挨拶が済んだところで、馴染みの深い朝食を始めることにする。

 せっかく、ミレアを連れて来たのだが、爺ちゃんが和食を食べたいということで、女中達に殿様が生きていることを口止めして、屋敷と同じように働いてもらっている。


「やっぱり、ここのご飯が最高ニャ」


「そうですね。やはりお米に、お味噌汁、最高です」


「本当にそうですわ。この焼き魚といい、卵焼きといい、とても美味しいですわ」


 日本食万歳のロココ、綾香、麗華の三人が、朝食を絶賛している。

 ところが、シャケのような焼き魚を美味しそうに食べているエルザが、チラリとラティに視線を向けて顔を顰めた。


「確かに美味しいわ。その納豆以外はね」


「ん? これ、めっちゃ美味しいんちゃ」


 納豆を気に入っているラティが、首を傾げながら否定した。

 どうやら諦めたのだろう。エルザは肩を竦めて嘆息し、こちらに視線を向けてきた。


「ところで、どうするの?」


 多分、これからの行動が気になるのだろう。

 特に隠す必要もないので、爺ちゃんの遺言を果たすことを告げる。てか、死んでないけどな。


「マリルア王国いくぞ」


 エルザは一つ頷くと、思うところがあったのか、ボソリとマリルアについて言及した。


「魔法の国ね」


 それは、初耳の情報だった。


「そうなのか? 良く知らないんだが……」


「相変わらずですね」


 うぐっ、綾香に無知だと罵られると、やたらと胸が痛くなるぞ……てか、無知じゃなくて興味がないだけだ。


 おそらく顔が引き攣っているのだろう。綾香がしてやったりと笑んでいる。しかし、エルザは蔑むことなく教えてくれる。

 肌を温め合ってからのエルザは、とても優しくなった。いや、優しく強い女になったと言った方が相応しいだろう。


「あの国は、魔法と魔道具の研究が盛んなところで、様々な魔道具があるわよ。まあ、魔法に関しては、あなたの知識に敵う人は居ないし、魔道具でアヤカに勝てる者などいないでしょうけど」


 まあ、チートだからな。ヘルプ機能が何でも教えてくれるだけだし、綾香も創造神の力を持っているだけだ。ほんと、とんだインチキだよな。


 一通りの話が終わったところで、エルザが本質について尋ねてくる。


「それで、目的は何かしら」


 それが解らないから困ってるんだ。


「解らん。ただ、あそこに行く必要があるらしいぞ」


 返す言葉がないので、取り敢えず爺ちゃんの言葉を借りることにした。

 肩を竦める俺を目にして、エルザは、「ふ~ん」とだけ答えて、お茶を啜り始める。

 そんなエ彼女を尻目に、ロココが怪しげな眼差しを向けてくる。


「それで、誰がいくニャ? 全員かニャ? というか、わたしは絶対に行くニャ」


 間違いなく、参加メンバーを気にしているのだろう。というか、先に付いていくと釘を刺されてしまった。

 その途端、いつの間にか漢モードに変身したアンジェが、予想外の頼みごとをしてきた。


「ユウスケ、オレをエルソルの所へ送ってくれないか?」


 ん? 珍しいな。付いていくと大騒ぎするものだと思っていたが……いや、塔での件で、いまだ自分の力が足りていないと感じてんだな。まあ、彼女がそれを望むなら否定することもないさ。


 アンジェの要望に頷いてやると、サクラが真剣な表情を向けてきた。


「兄様、いえ、旦那様、わたくしもエルソル様の所に。お願いできますか?」


 ああ、サクラも自分を鍛え直したいみたいだな。


「うむ。じゃ、アンジェとサクラは、エルソルのところだな」


 取り敢えず二人の予定が決まったのだが、マルセルが静かに頷いた。


「それであれば、私もお供します。二人だけですと、治癒もままならないでしょうから」


 確かにその通りだが、それならミレアでも良さそうな気がする。


「ミレアは、どうする?」


 視線を向けると、ミレアは申し訳なさそうに頭を下げた。


「すみません。私だけズルをしていて、本当に申し訳ありません」


 どうやら、俺ポーションの件を気に病んでいるようだ。まあ、終わったことだし、俺は気にしてないのだが、他の奴等はどうだろうか。


「気にしてないぞ!」


「うちも気にしてないっちゃ」


「終わったことニャ」


 アンジェに続いて、ラティとロココの二人も、土下座するミレアからの謝罪を受け入れた。


「私も気にしてません」


「私もかな」


「まあ、わたくしは、うすうす気付いてましたわ」


「わたくしも気付いておりました」


 初めの三人に続いて、直ぐにマルセルと綾香が許しを与え、麗華とサクラが知っていたことを告げる。

 誰もが笑顔で許しを与え、これで終わりかと思いきや、最後にエルザが止めを刺した。


「ミレア。みんなが許しても、私が許さないわ。そもそも、主である私より先に頂くなんて、本来なら有り得ないことよ。だから、罰を与えます」


 うおっ、どうしたんだ?


 エルザは真剣な眼差しでミレアを射貫いている。

 叱責を受けているミレアは、額を畳につけたまま、主からの沙汰を待っている。


「今後は若い男に手を出すことを禁じます。そして、ユウスケの妻として尽くしなさい」


 ぬは~~~~! それはあんまりだろ! 強制的に妻にするつもりはないぞ。


 エルザの沙汰は、あからさまに無理強いだった。

 それもあって、ミレアが驚きで頭を上げる。


「そ、そ、そんな、そんな罰なんて……」


 さすがのミレアもこれには参ったのだろう。それも仕方ない。強制結婚なんて、俺もお断りだ。


「そんな罰なんて、罰にはなりません。それは……私の望みではないですか」


 うがっ……嫌じゃないんだ……


 ミレアが続けた言葉は、予想を覆すものだった。

 どうやら、ミレアも真剣に婚姻を望んでいたみたいだ。

 正座のまま輝くような涙を頬に乗せたミレアに、エルザは沙汰を続ける。


「貴女の想いは知っているわ。今回はちょっと先走ったけど、これからは気を付けなさいね。あと、私より先に子供を産むこと。貴女の年齢を考えたら急がないとね」


「お、お嬢様……ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」


 ミレアは膝足立でエルザの胸に飛び込むと、感謝の言葉を口にしながら号泣し始める。

 エルザは嬉し泣きをするミレアを抱き締めながら、こちらに厳しい眼差しを向けてきた。


「旦那様。そろそろ他のみんなにも、ちゃんと接してあげてちょうだい。少し放置し過ぎだと思うわ」


 エルザから窘められ、これまで内に秘めていた罪悪感を表面化させることになる。というのも、忙しさを理由に、各地で頑張る女性達を蔑ろにしていることは、自分でも認識していたのだ。


「分かった。マリルア王国から戻りしだい、みんなとの時間を作るよ」


「分かってくれて嬉しいわ」


 エルザは満足そうな表情で答えてくる。


 こいつ、本当に良い女になってきたな。


 以前の刺々しさを和らげ、色々と気配りをしているエルザに感嘆しつつも、つくづく女に恵まれているようだと、自分の妻達の存在に感謝するのだった。









 青く透き通るような空。

 だったら良かったのだが、珍しく雨の降る暗い空だ。

 そんな空を見ると、自分の心も沈んでしまうような気がしてくる。

 こんな時は、可愛い愛妻たちに甘えるのが一番だ。

 ということで、現在はミレアの膝枕で暫しの休息を取っている。


 現在は、天空城でルアル王国の上空を通過し、マリルア王国領に入ったところだ。

 今回も、どの移動手段にするかと揉めたのだが、ワープでローデス王国に移動し、そこから天空城で移動するのが、最善だと判断した。

 誰もが生憎あいにくの空模様に気分を沈ませる中、「それが何か?」と、ばかりに発動させている綾香特製ステルス機能のお蔭で、この城を見て騒ぎを起こす者など存在しない。


 今回の人選についてだが、エルソルの塔に行くことを望んだアンジェ、サクラ、マルセルをワープで送り出し、少し、いや、かなり残念がっている麗華と発狂しそうなロココを爺ちゃんの護衛に残し、懐かしのエルザ、ミレア、ラティ、綾香というメンバーでマリルア王国へ赴くことになった。

 まあ、綾香に関しては天空城の操作があるので、置いてくる訳にもいかない。

 そんな綾香からのクレームが入る。


『ユウスケ、私が頑張って天空城を飛ばしてるのに、あんまりじゃないですか?』


 ミレアの膝枕で寝っ転がっていると、どうやって嗅ぎ付けたかは知らないが、綾香が念話でクレームを入れてきた。


『まあ、いいじゃない。私達は女にしてもったんだから、これくらいは大目に見てあげないと』


『そうなんちゃ、みんなズルいっちゃ』


 綾香のクレーム念話が全員に伝わっていたのか、エルザが彼女をなだめる。しかし、すぐさまラティの不満が轟いた。

 それに綾香が反論するかと思いきや、そのままぷっつりと黙り込んでしまった。


 ん? どうしたんだ? 珍しく大人しく引き下がったな……


 無音となった綾香を怪訝に感じていると、エルザが勝手に予想する。


「きっと、初夜のことを思い出して、思いっきり恥ずかしがっているのね。ふふふっ」


 本当の理由は定かではないが、恐らくはエルザの言う通りなのだろう。なにしろ、こいつはニュータイプだからな。


 そう言えば、大人の階段を登った訳だが、もっと乱れた関係になるのかと思っていた。ところが、思いのほか何時も通りの生活を送っている。

 これは、勝手に想像していることだが、きっと、契りを交わした彼女達は、そうでない家族たちに気を使っているのだろう。

 まあ、自分達だけが先に契ってしまったのだ。各地で頑張っている家族たちに対して、罪悪感を持ってもおかしくはない。というか、俺自身が罪悪感を持っている。

 だから、あの契りに関しては夫婦の儀式だと思うようにしていて、できるだけ早くみんな平等に愛を確かめ合いたいと考えている。


『マリルア王国に到着しました』


 すっかり初夜の恥ずかしさから復帰した綾香が、マリルア王国に辿り着いたことを知らせてきたのは、それから数時間後のことだった。









 マリルア王国の王都メサイアは、典型的な異世界そのものだった。

 普段は目にすることのない模様があちこちに描かれ、変わった形をした民家などが並ぶ。これこそ魔法が普及した異世界の姿だといわんばかりの様相だ。


「さすがに、魔法の国ね」


 おいおい。エルザ、それは俺の台詞だ。


「エルザは来たことがないのか?」


 素朴な疑問を投げ掛けると、彼女はキョロキョロと彼方此方を眺めながら頷く。


「ないわよ。そもそも、私が初めて国外に出たのは、貴方に助けてもらった時よ」


 なるほど、あれがエルザにとっての初めての外国か。あの事件のことを想うと、害国と言えなくもない状況だったんだな。それにしても、あの時は、まさかこんなことになるなんて思いもしなかったな……あの強気のお嬢様が、まさか嫁になるなんて……


 盗賊の牢屋で目覚めた時のことを思い出しながら歩いていると、どこかで放たれた罵声が耳に届く。


「こんなガラクタ、持ってくるんじゃね!」


 特に何も考えもなく、反射的に罵声を追って視線を向けると、ぼろ布に覆われた子供が店から転がり出てきた。

 その後に、丸い物が投げ出されて、その子供の前に転がる。


「二度とくるんじゃね~! この疫病神が!」


 店の入り口では、髭を生やした恰幅の良い男が、その子供に向けて怒鳴り付けている。


 何があったかは知らないが、随分と酷い対応をするもんだな。小さな子供じゃないか。


 その光景を目にして憤りを感じていると、ラティが繋いでいた右手を離し、スススっと子供の所に歩いて行く。


「大丈夫?」


 ラティが手を差し伸べると、子供はすぐさまその手を打ち払った。

 しかし、顔を上げラティの姿を目にすると、見惚れてしまったのか、そのまま凍り付く。

 まあ、ラティの美しさを見たら、それも仕方ないだろう。

 それこそ創造神の血を引いているのだ。だた、その創造神は、ちょっと残念だがな。


『不敬よ』


 ぐはっ、こんなに離れていても思考が読めるのか!?


『当り前じゃない。わたしとあなたの愛の証よ』


 いやいやいやいや、お前と愛なんて育んでないからな。


『キスしたじゃない』


 それは、無理矢理に奪ったんだろ!


『ちぇっ、でも、繋がりがあるのは本当よ』


 そ、そうだったのか! 分かった! このヘルプ機能が怪しい。


『ピンポーン! せいか~~~~い! 良くできました。ご褒美に、わたしを、あ・げ・る』


 もう好きにしてくれ……


 エルソルと疲れる遣り取りをしている間に、ラティは子供を立たせ、埃をはらってやっている。だが、雨上がりの路地で転がったこともあって、ビショビショになっている。

 その惨めな姿は、見ている方が悲しくなるほど可哀想に思えてくる。

 どうやら、エルザもそう感じたようだ。もの言いたげな視線を送ってくる。

 その瞳が言わんとするところは、手伝ってやれということだろう。


「大丈夫か?」


 声を掛けると、ラティに見惚れていた子供が視線を向けてきた。

 身長は昔のラティくらいだろうか、なぜか、額に厚手のバンダナを巻いている。

 その子供はこちらを見やると、今度は不思議そうな顔をする。


 ん? 俺の何かがおかしいのかな? まあ、おかしいところは沢山あるだろう。だが、不思議に思うほどにおかしな見た目ではないはずだ。間違いなく、そのはずだが……


 暫く不思議そうに見ていた子供だったが、ゆっくりと俯く。


 どうしたんだ? なんか意味ありげな視線だが……


 子供の態度を訝しく思っていると、ラティが投げ飛ばされて転がっていた丸いアイテムを拾い、優しげな笑みを浮かべて子供に差し出す。

 その子供はそれを受け取ると、大切そうに胸に抱きながら、ポツリと言葉を発した。


「あんがと」


 その言葉を聞いた時、ピントきた。そして、ラティに視線をやる。すると、彼女も見詰め返してきた。

 そんな彼女に、一つだけ頷く。

 そう、この子は魔人族か、その血を持った者だったのだ。









 ボロボロのバラック小屋。

 ヒビの入った水瓶みずがめに、ガラスさえない窓。

 極めつけは、冷たい地面の上に敷かれている汚れたゴザだ。


 子供を家まで送ると、そんな貧しさを知らしめるかのような場所に辿り着いた。

 たった六畳間くらいしかない室内には、やつれた女性が横たわっている。

 どう見ても病気だろう。それもかなり酷い状態だと思う。


 まあ、こんな環境に居れば、治るものも治らないよな。


「ありが、ゴホ、ございました。メトソを助けていただい――ゴホッ、ゴホゴホ」


 横たわっていた女性が、メトソと呼ばれた子供に手伝ってもらい、上半身を起こしながら礼を述べてくる。


「いや、横になったままでいい」


 無理をするなと言うと、ミレアが服の裾を引っ張ってくる。その意図は単純明快だ。それを察して無言で頷く。


「完全回復!」


 そう、彼女は魔法を使うことの承諾を申し入れてきたのだ。


「えっ? えっ!? ええっ!」


 ミレアの魔法が発動すると、自分の体調が良くなったことに気付いたのだろう。彼女は驚きを露わにする。


 まあ、驚くわな。こんな治癒能力を持っている人間がそうそういる訳がない。俺ですら、この魔法を使える者を二人しか知らないのだ。


「ありがとうございます。なんとお礼を言って良いやら。しかし、私達には何もございません。どうやって、このご恩をお返しすれば良いのやら」


 元気になったと感じたのか、喜ぶメトソが抱き着く。それを抱きとめたまま、彼女は頭を下げてきた。


「いや、礼には及ばない」


 とても喜んでいる親子に問題ないと告げながらも、こんな貧しい生活している彼女達に、何をしてやれば良いのだろうかと考えていた。

 お金を与えるのは簡単だ。

 連れ帰って何不自由ない生活をさせることすらできる。だが、それで良いのだろうか。

 そうやって、貧しい者に癒しを与えれば、みんなが幸せに暮らして行けるのだろうか。解らない。どうすれば良いのか、皆目見当もつかない。


『悩むことはないです。好きにして良いのです』


『そうなんちゃ、ユウスケはどうしたいんちゃ?』


『そうですよ。ユウスケ様の心は何を感じているのですか?』


『貴方の思うようにすれば良いのよ。善も悪もないわ』


 黙考していると、表情から思考を読んだのか、綾香、ラティ、ミレア、エルザ、それぞれが思い思いに伝えてきた。

 その言葉はまちまちだが、答えは一つだ。そう、誰もが好きにしろと言っているのだ。

 彼女達の言葉に後押しされて、即座に決断する。


「もし良ければ、俺達のところにこないか?」


「えっ? それは、どういう意味でしょうか?」


 うえっ。言い方がまずかったかな? ドン引きしてるし……


 母親は驚愕を貼り付けた顔で固まっている。


「いや、邪な考えじゃない。俺の処には、様々な被害で生活に困った人々が集まって暮らしてるんだ。決して贅沢はできんが、普通に暮らすには問題ないはずだ」


 デトニス共和国の難民たちのことを思い出しながら、そう話してみたのだが、彼女はゆっくりと首を横に振った。そして、その理由を話し始める。


「実は、私達には使命があるの――」


 バキッ!


 その不愉快な破砕音は、彼女の言葉を遮った。


 ん? 誰だ? 人の家を勝手に壊す奴は!


 音の発生源に視線を向けると、入口の扉が壊されていた。


「お、ここだ! こんなと所に隠れてやがった」


 その声は、不快感をみるみると上昇させる。


 どこにもゴミはいるものだ。ほんと、胸糞悪いぜ。汚い面を見せんなよな。


 壊れた入り口から、体格の良い四人の男が顔を覗かせている。

 見るからに最悪の人種を代表しているかのような面構えだ。

 その男達を目にした時には、既に不快感が危険レベルに達していた。


「おっ!? 男を連れ込んでるのか?」


「いや、上玉の女もいるぜ。ひひひっ」


「あの銀髪の女、最高じゃね~か」


「何言ってんだ。やっぱ、あのボインの姉ちゃんだろう」


 男達は愛妻を目にして、口々に下種な言葉を吐き出す。

 奴等の言葉は、不快感を限界突破させる。


「消えろ!」


 口から出たのは、その一言だけだ。


「な、なんだと!」


「粋がってんじゃね~よ」


「先に男を始末しようぜ」


「ゴミ屑のようにしてやるぜ」


 死なないと解らないのか? いや、こんな奴等は死んだ方がいいんだ。生きてたって、害にしかならんだろう。


「死にたいのか? 今ならまだ間に合う。さっさと出て行って、真っ当に暮らせ」


 下種たちの罵声に対して、最後通告で応じた。

 いつもなら瞬殺するのだが、親子の前で血を流すのがはばかれたからだ。

 しかし、情けは無意味だったようだ。


「うっせ! 死ね!」


 怒りを露わにした男が、襲い掛かってくる。


 取り敢えず追い出すか。ぶっちゃけ、もっくんか空牙を使えば、血すら流れないがな。


 息巻いて向かってくる男に、正拳突きを食らわせる。

 男は後ろに居た三人を巻き添えにして吹き飛ぶ。

 その一撃で、男は死んだかもしれない。だが、全く問題ない。


 ゆっくりと入口に向かい、起き上がる三人を見据えて告げる。


「さあ、誰から地獄に行くんだ?」


 三人は腰から剣を抜き、鬼の形相で毒を吐きつけてくる。


「調子に乗りやがって、ぶっ殺してやる」


「あの世で後悔しな」


「お前を始末した後で、あの女達は、おれゴフッ」


 下種な言葉は、最後まで言わせない。

 三人目の男は、回し蹴りで頭を有り得ない角度に向けていた。


「次に逝くのは誰だ?」


「しねーーーー!」


「おりゃーーーー!」


 既に、罵倒する余裕すらないらしい。


 結局、その二人は、俺の拳でこの世を去った。

 怒りに任せて地獄に送ったが、終わってみれば、始末するほどではなかったかもしれないと思い始める。


 爺ちゃんと約束したんだがな……


 少しばかり罪悪感を抱きながらも、みんなが待つ小屋の中に戻る。

 この後、メトソの母親からここを離れられない理由を聞かされ、この街でひと暴れすることになるのだった。

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