第44話 テルン平原の戦い


 今朝は小鳥のさえずりがやけに騒がしい。

 これから戦いが始まるというのに……いや、鳥には関係ないことだよな。

 こんな時間から争い合うことの方が異常なのだ。


 ピーチクパーチクと騒々しい小鳥たちを眺めながら、思わず人間とは愚かなものだと考えてしまう。


 一晩だけだが、しっかりと休息をとり、アルベルツ教国に攻め込んできたミストニア軍の前に、朝一番で立ちはだかった。

 面子は、俺、エルザ、ラティ、ミレア、アンジェ、麗華、ロココ、マルセル、クリス、ルミア、エミリアの十一人だ。

 俺を除くこの十人に、サクラ、鈴木、アレットを加えた十三人が、嫁となる予定であり、破壊の魔王と十三使徒と呼ばれていたりする。

 少しばかり嫁が多いんじゃないかというツッコミはさておき、ミストニア王国軍のと戦いに話を戻そう。

 まずは、愚かなミストニア王国軍に使者を送ることを考えた。

 ところがそれを告げると、テルン砦の指揮官であるタリアンが、既にその行動を執ったという。おまけに、その使者が帰ってこなかったと聞かされて、すぐさま始末してやりたい気分になった。

 それでも行き成り殲滅はどうかと考え、ミストニア王国軍二万と五百メートルの距離で対峙したところで、綾香に作ってもらった拡声器を使って、奴等に警告することにした。


「そこのカスども。命が惜しくば、今直ぐ来た道を戻るんだな。さもなければ、一人残らず地獄に叩き落としてやる。十分だけ待ってやる。その後は、有無も言わさず葬り去るからな」


 頭にきていたこともあって、警告というよりも喧嘩を売っただけだ。


「そうなんちゃ。ゴミは塵にするんちゃ」


「跡形もなく片付けるニャ」


「がはははははっ! ユウスケ、最高だぜ」


 あまりに品のない警告に、エルザとマルセルが微妙な表情を向けてきたが、ラティ、ロココ、アンジェ、三人は大いにウケたようだ。喝采の声をあげた。

 ただ、警告が終わっても、ミストニア軍は逃げ出すどころか、まるで嘲笑うかのようにモンスターを生み出し始めた。


 あれは……魔獣召喚か? あの規模と内容からすると、ティムしている訳じゃなさそうだな。


 俺の知るところでは、モンスターをティムするスキルはあっても、召喚するスキルは存在しない。

 あれは固有能力で召喚していると考えるべきだろう。

 だが、俺達が知っているその能力者は、今は亡き佐々木佳代しかいない。


「佐々木以外にも、魔獣召喚の能力を持った奴が居たのかな?」


 そんな独り言に、麗華が律儀に返事をよこした。


「わたくしの知る範囲では、居ないはずですわ」


「そうなると、これはどういうことかしら?」


 首を横に振る麗華を見やり、エルザが訝しげな表情を作る。

 その間も次々とモンスターが増え、全部で千体となった。

 もちろん数を数える必要はない。マップ機能で合計が出るからだ。

 モンスターの種類は様々なのだが、佐々木の時と比べると、モンスターのレベルが低いような気がする。

 それに、あれだけのモンスターを一人が召喚できるものだろうか。


「まさか一人で召喚してる訳じゃないよな? そうなると、あの規模からして、能力者の数は半端なさそうだな。てか、そんなに能力者が居るとは思えんが……」


「関係ね~ぜ。全部、ぶっ飛ばしてやるぜ」


 あまりの不自然さに疑問を抱くのだが、麗しき脳筋アンジェにとっては全く以て関係なさそうだ。


 確かに、今はそれどころじゃないか……


「よし、そろそろ時間だ」


 合図を送ると、待ってましたとばかりにエルザの表情が「発光してる?」と唸りたくなるほど輝いた。


「向こうは、ヤル気満々のようね。うふふふ。楽しくなりそうだわ」


 そういうお前もな。滅茶苦茶、生き生きしてるじゃんか。つ~か、その顔はどうみても悪役面だぞ!


「なめんなよ。あたい達は十一人だが、ただの十一人じゃないぜ。いや、あたい一人で殲滅してみせるぜ」


 ショットガンを手にしたルミアが、素の時とは打って変わってニヒルな笑みを見せたかと思うと、ショットガンのポンプアクションで音を鳴らす。


 おいおい、お前、本当に十一才か?


「きっと、楽勝だと思っているのでしょう。ですが、目にものを見せてやります」


 少女とは思えない不敵な笑みを見せるルミアに呆れていると、クリスがミストニア王国軍を憎々しげに睨みつけている。


 まあ、相手がミストニアだし、思うところがあるんだろうな。


「がはははははははっ、血祭にしてやんぜ。血が騒ぐぜ」


 既にスイッチの入った麗しの脳筋アンジェ。でも、予言しよう。お前の出番はないと思うぞ。


「愚かな者達に、元勇者の実力を見せつけてやりますわ」


 ミストニアでの出来事を思い出したのか、その美しい顔を憤怒で歪ませたる麗華。


「お父様とお母様の仇……必ず報いを受けてもらいます」


 両の瞳を涙で潤ませたエミリアが、己が決意を露わにする。


「わたし達が来たからには、もう終わりニャ。お前等は既に死んでるニャ」


 両手に呪いのダガーを持ち、ロココは無表情でパクリネタを披露した。


「せめて、安らかに逝ってください」


 マルセルは胸の前で両手を組み、神に祈りを捧げる。


「私のポーションチートを舐めてもらっては困ります」


 一人だけ訳の分からないことを口にするミレア。


 いや、俺的には、お前の行動が一番困りものだっての。てか、舐めてくるのはお前だろ! 俺のナニはうまい棒じゃね~からな。


「うちも、竜になりたいっちゃ~~~~~~!」


 欲求不満のラティ……お前の気持ちは良く分かるぞ……


「まあいい。存分に十三使徒の力を見せつけてやれ」


 最後に俺が締め括ると、彼女達は意気揚々とミストニア軍に向けて足を踏み出した。









 恰も狂っているかのように、モンスター達が襲い掛かってくる。

 涎を垂らさんばかりのオーク系、グギャグギャとうるさいゴブリン系、俊敏な動きで地を駆ける四つ足系のモンスター、風を切って宙を走る鳥系のモンスター、地面を這う芋虫やスライム。


 おいおい、芋虫にスライムか!? そんなもん召喚して意味があるのか?


 思わず奴等の神経を疑いたくなる。だが、うちの面子は全く気にしていないようだ。


「アイスレイン!」


 エミリアの魔法が容赦なく炸裂した。

 彼女の放った氷の雨が、迫りくるモンスターを蹂躙じゅうりんする。

 氷の刃が、オークキングの巨体を難なく貫き、ゴブリンソルジャーの身体を微塵に切り裂く。四つ足のモンスターが悲鳴をあげ、宙を舞っていたモンスターが地面に叩きつけられる。脆弱な芋虫やスライムは、あまりの過剰攻撃で瞬時に消滅したみたいだ。

 その攻撃だけで、魔獣の四分の一が肉片と化した。

 魔法攻撃力を上げた彼女のアイスレインは、もはや氷の矢なんて生易しいものではない。まさに極太の氷の剣が雨のように降り注ぐのだ。

 おまけに、その攻撃は威力のみならず、有効範囲も凄いことになっている。

 きっと、時間とマナさえ余裕があれば、彼女一人で二万の大軍を殲滅することも可能だろう。


「モンスターについては、エミリアだけで楽勝だな。それじゃ、俺がカスどもにどでかいのをお見舞いしてやるぜ。えっ!?」


 モンスターの後方で驚愕するミストニア軍に一発食らわせてやろうと企むのだが、魔法を発動させるエルザの声が耳に届いた。


「カッターストーム!」


 魔法で作り出された刃の竜巻は、幅十メートル、高さ五十メートルの凶悪な攻撃だ。それが、ミストニア軍の右端から押し寄せていく。

 奴等は為すすべなく刻まれ、上空に巻き上げられる。


 くそっ、俺がぶちかまそうと思ったのに……いや、まだイケる!


「メテ――」


 先を越されたことに歯噛みしつつも、大魔法をぶちかまそうとしたのだが、またまたエルザの声が轟く。


「カッターストーム!」


 ちくしょう! この女。無詠唱を良いことに、連発しやがった……ちょっと乳が大きくなったからって偉そうに……


 今度の竜巻は左端から敵に押し寄せている。

 逃げ場を見つけられないのか、ミストニア王国軍の兵士が竜巻に巻き込まれる。

 巻き上げられる敵が切り刻まれていることもあって、どこか竜巻が赤く染まっているように思う。


 両方から挟み撃ちとか、容赦なしだな……鬼か? いや、俺の出番を削るとか、間違いなく鬼だろ!


 綺麗に隊形を組んでいたのが災いしたようだ。

 竜巻から逃げだそうにも、周りの兵が邪魔になって身動きが取れないようだ。

 まさに、ご愁傷さまとしか言いようがない。


 戦闘開始早々に、エミリアの魔法でモンスターを蹂躙し、エルザの魔法で敵兵を切り裂いた。

 だが、敵軍の数は二万だ。その多くはまだまだ健在だし、指揮系統もしっかり生きている。


「さて、今度こそ、俺の出番がやってきたぜ」


 美味しいところを持っていかれたが、まだまだこれからだと、前にしゃしゃり出た途端だった。敵兵が放った矢の雨が降り注ぐ。


 ちっ、ちょこざいな。まあいい、俺の魔法で――


 避けるのは容易たやすい。だが、周りの仲間のこともあるので、魔法で撃ち落とそうと考える。

 ところが、魔法を発動させようとした俺の前に、麗華が躍り出た。


「魔滅結界!」


 うそ~~~ん。


 麗華が透き通った美しい声を張り上げると、途端に光り輝く透明の障壁が張り巡らされる。

 すかさず張られた結界は、始めて見た時より広範囲であり、見るからに堅牢な雰囲気だった。

 そう、彼女も頑張って成長したのだ。

 未だレベル100には届かないものの、当時の三倍近くのレベルになっている。これくらいの芸当は、お茶の子さいさいだろう。


 確かに、凄くなってるんだが、俺の出番が……


 感嘆と共に不満を感じながらミストニア王国軍を見やると、エルザの竜巻に蹂躙されて、四分の一が戦闘不能となっていた。

 モンスターに関しては、既に殲滅済だ。エミリアも敵軍掃討に乗り出している。

 戦闘を開始して、まだ十分程度なのだが、向こうからすれば信じられない損害だろう。

 ただ、敵軍との距離が二百メートルくらいあることを考えると、こちらの攻撃オプションは、エルザとエミリアの魔法、ラティの矢、ルミアの銃だ。

 残りの面子は接近戦がメインなので、今は後衛の護衛といったところだ。


 よし、それじゃ、俺もドカンと一発、行かせてもらおうか――


 今度こそはと意気込む。ところが、そこで敵兵の動きに変化が生まれた。


「あ、あれは……他にも能力者が……許せない!」


 憤怒の声が耳に届く。

 その声の主はマルセルだ。聖女が怒りに満ちた表情で敵軍を睨み付けている。

 そう、視線の先では、倒したはずの敵やモンスターが、突如として動き始めたのだ。

 死人化の能力者がそれほどいるとは思えない。だが、今は戦闘中だ。取り敢えず、その疑問を棚上げする。

 ただ、俺の中でも沸々と怒りが増していく。


「もういい、こんなくだらない戦いなんて、さっさと終わらせてやる。腐ったミストニアなんて、全て俺が葬ってやる」


「だ、だめよ、ユウスケ。貴方の力を見せてはダメ! 堪えてちょうだい」


 怒りの呟きを耳聡く拾ったのか、エルザが前から抱き着いてきた。

 ここ最近大きくなった胸が押し付けられ、柔らかい感触が伝わってくる。だが、それに意識が向かないほどに怒りが満ちていた。


「いや、どうでもいい。何もかも消滅させれば、奴等に知れることもない。全てを消し飛ばしてやる」


 心情を怒りのままに吐き出すと、背後からロココが背中に飛び乗ってきた。


「今回は、わたしたちに任せるニャ」


「そうだぞ! いつもいつもユウスケばかり暴れやがって、オレだって暴れたいんだぞ。もし、ユウスケが手を出すなら、オレは夜中に手を出すぞ!」


 ロココが俺の首に両腕を絡ませて押し留めてくると、アンジェが不穏なことを――全く関係ないことを口にした。


 夜這いかよ。さすがに、それは許容できない……が――


「ヘルファイア!」


 三人から止められつつも、怒りのままに火属性の最上級魔法を発動させた。

 その魔法は、直径百メートルにも及ぶ煉獄れんごくの炎だ。それは、有効範囲にある全てを焼き尽くす地獄の業火だ。

 凶悪な魔法を敵のど真ん中にぶち込むと、百メートル範囲の消えない炎の中でミストニア兵士がもがき苦む。

 炎に巻かれて焼き尽くされる敵兵に同情することなく、当然の報いだという気持ちで眺めつつ仲間に視線を向ける。


「わかった。あとは、お前達に任せる」


「ええ。任せてちょうだい」


「うち、がんばるんちゃ」


「わたしもニャ」


 エルザ、ラティ、ロココ、三人が笑顔でサムズアップをみせた。

 アンジェ、ミレア、麗華、マルセル、ルミア、クリス、エミリア、七人の未来の嫁達も力強く頷いている。


 凶悪な魔法をぶち込んで、少しばかり腹立たしさを紛らわせ、今回の戦いを嫁達に託すことにした。









 血と粉塵が舞う平原。

 無残に転がるモンスターと人間の肉片。

 バラバラになってしまえば、モンスターと人間の差なんて全くない。

 そんな地面を踏みしめ、死人がゆっくりと押し寄せてくる。

 その進行をマルセルの魔法が問答無用で阻む。


「エリア浄化!」


 魔法が発動すると、死人たちの身体が砂のごとく崩れ、終いには白い灰となる。

 だが、恐怖心すら持たない死人達は、恰も灰となることを望むかのように突き進んでくる。

 その規模は、バイオハザードなど軽く凌駕する。

 そもそも、二万の軍勢に加えて千以上のモンスターがいたのだ。そして、その半数以上が死人と化しているのだ。


「カッタートルネード!」


 エルザの声が轟く。


 彼女が起こした竜巻は、生きている者、死んでいる者、生死にかかわることなく、全ての敵を渦巻く強風の中に取り込み、容赦なく細切れにしていく。


「おらおらおら! さっさと、土に還りな!」


 その隣では、近付いてくる死人に向かって、ルミアがショットガンのポンプアクション音を立てながら散弾をばら撒く。

 もちろん、放たれる散弾は、聖属性を付与した聖弾だ。食らった死人は、弾痕を砂に変えて崩れていく。

 トリガーハッピーとなった彼女は、いつもの如く弾と一緒に暴言もバラ撒いている。


 そろそろ、死人の群れは終了しそうだが、あの生きてる兵士を倒すと増えるんだろうな。ほんと、ミストニアは、最悪な国だ。


「こんなことなら、私も浄化を取得すれば良かったです」


 戦場にあってメイド服という異様な格好のミレアが、沈んだ表情で後悔の言葉を口にした。

 彼女のユニホームであるメイド服だが、実はこれも唯のメイド服ではない。そう、綾香が戦闘用に開発したもので、物理攻撃や魔法攻撃の衝撃を緩和してくれるらしい。


 いやいや、一番初めに浄化されるべきなのは、お前だからな! 少しは純情になれよな。おちおち昼寝もできね~つ~の。


 悔しがるミレアに半眼を向けていると、顔を顰めたままのクリスの声が聞こえてきた。


「ですが、敵軍は半分ぐらいになりましたね」


 敵軍の状態をマップで確認すると、確かに敵兵の数が一万を切っていた。

 戦闘が始まってから、既に三十分ていど経っている。

 たったそれだけの時間で、一万の敵と一千以上の魔獣を片付けた。


 ミストニアを葬るために強化したが、本当に恐ろしい嫁達だぜ。こんな女達を嫁にして平和に暮らせるのか?


 将来の嫁に戦慄していると、エミリアが手を緩めることなく水属性魔法を発動させる。


「アイスレイン!」


 魔法が発動すると、即座に氷の剣が生ある兵士に降り注ぐ。

 敵兵は逃げることも叶わず、次々と串刺しにされていく。

 まさしく、これは蹂躙と呼ぶべきだろう。しかし、悲しいかな、これは戦争なのだ。


 だから、逃げろと忠告したのに……バカな奴等だ。あの時、逃げていれば、死なずに済んだものを……


 少しばかり感傷的になっていると、立て続けに矢を放つ弓音が届く。

 長旅で疲れているはずのラティが、速射で次々に矢を打ち出しているのだ。

 彼女にはゆっくりと休むようにいいつけたのだが、どうしても戦闘に参加すると言うので仕方なく連れてきた。

 だが、彼女は疲れなどないかのように、敵兵を的確に仕留めている。


「相変わらず、ラティの弓は凄いな。必中じゃないか」


 接近戦オンリーのアンジェが、ラティの速射に感嘆の声をあげる。


 いやいや、アンジェ、お前の見た目と中身のギャップの方が凄いと思うぞ。


「そ、そろそろ、せ、接近戦ですわね」


 少しおどおどした麗華が、やや震えた声を発した。

 どうやら、初めての実践で緊張しているようだ。

 彼女はダンジョンでモンスターと戦うことはあっても、いまだ人を斬ったことがない。

 少しばかり怖気づいたとしても責める気にはなれない。

 どこか不安そうに見える麗華の肩に、優しく手を置く。


「麗華、あの時を思い出せ。やらなければ、お前が蹂躙されるんだぞ」


 麗華は何を考えたのか、自分の手を俺の手に重ねて目を瞑る。

 おそらく、自分に言い聞かせているのだろう。


 まあ、俺も初めての時はショックだったしな。ここはもう一押しする必要があるかな。


 初めて人を斬った時のことを思い出し、静かに精神統一している麗華を後押しする。


「麗華、お前は俺の剣だ。美しく、力強く、気品あふれる高貴な剣だ。だから、それで相手を切り裂くのは、お前じゃなく俺だ。お前が気に病む必要はないんだ。全ては俺の罪で、俺の責任だ」


 麗華は他人を傷つけることに抵抗があるのだろう。だったら、それを肩代わりしてやればいい。

 不安と負担を取り除いてやるための後押しだったが、彼女は首を横に振ると、その黒く綺麗な双眸を向けててきた。


「それでは、駄目ですわ。己が行いは自分自身で責任を取らなければなりません。でも、もう大丈夫ですわ。そう、わたくしはあなたの剣。敵を討ち、味方を助ける剣なのです。ユウスケ様、わたくしはいつまでもあたなの剣で在り続けますわ」


 俺の危惧きぐは、杞憂きゆうだったようだ。

 そう、彼女は自分自身で己を奮い立たせたのだ。

 ところが、きっぱりと啖呵たんかを切った彼女が、少しばかりモジモジしはじめた。


「ん? どうしたんだ?」


「あ、あ、あの~~~~、少しお願いが……」


 なにやら、お願いがあるらしい。ただ、いつもの麗華らしくない。


「あ、え、えっと、勇気をください」


 勇気か……簡単に与えることができるなら、幾らでも与えたいんだが、どうすれば良いんだ? うおっ! れ、麗華――


 どうしたものかと思案していると、麗華がいきなり抱き着いてきた。

 彼女が身につけている防具のせいで柔らかな感触こそないが、女性特有の良い匂いが漂ってきて、とても心地よかったりする。

 驚きはしたものの、麗華の温もりを感じて心落ち着かせていると、彼女の柔らかな唇の感触が伝わってきた。


 こ、こ、こ、これはキスというものかーーーー!


「こら! 貴方たち、いい加減にしなさいよ! ここを何処だと思ってるのよ! 戦場よ。戦場」


 戦場で口づけをする俺と麗華に、エルザが顰め面でクレームを入れてきた。


 た、確かに、ここで、これはないよな……でも、麗華と口付け……本望だぜ。俺って幸せ者かも……


「まあ、いいんだが、この雰囲気でよくブチューってできるよな? お前等には、ムードなんて要らないんだな」


 少しばかりハッピーな気分になっていると、アンジェが呆れた様子で肩を竦めた。

 呆れられるのは仕方ない。俺と麗華の口付けは、魔法と死体とゾンビの中で行われているのだ。だが、麗しき脳筋アンジェに言われるのは心外だ。

 それはそうと、周囲の反感を他所に、麗華の唇は一向に離れる気配がない。嬉しいのは事実だが、いつまでもこうしていられないのも事実だ。

 そろそろ、こちらから唇を離すべきかと考えたところで、今度はラティが乱入してきた。


「うちも、うちもするんちゃー! 麗華だけ、ずるいっちゃー!」


 興奮したラティが、麗華と抱き合っている俺に飛びついてきた。

 ところが、問題はそこではない。そう、色魔が近付いてくる。


「あら、また貯蓄中ですか?」


 やべーーー! 舌なめずりしてやがる! 今晩はエルザから離れる訳にはいかないな。


「いい加減に離れるニャ」


 それって、どっちなんだ? 「離れろ」なのか、それとも「離れるな」ってことか?


 相変わらず、ロココの発言は判断に困る。


 結局、ひっ付き虫の如くいつまでも離れない麗華を、ラティとロココが二人掛りで引き剥がした。

 ただ、麗華はそれを不満そうにもせず、とろ~~~んとした瞳で呆けていた。


「麗華。発情期ニャ」


 おい! 麗華、猫に何か言われたぞ。


「というか、時と場所を選んでください」


 臣下クリスから諫言かんげんを受けてしまった……


 それに、心なしか敵兵の殺意が増したような気がする。なんか「あの男を殺せーーーー!」とか聞こえてくる。


「さあ、持ち場に戻りなさい」


「ちぇ。オレもしたかった……」


 エルザの戦いに集中しろという発言が聞こえたが、なぜか、アンジェの不穏な空気が増した。


 いやいや、お前、ムードがないって言ったじゃん。てか、アンジェとか……俺、逝っちゃうよ?


「バカなこと考えてないで、貴方もしゃんとしなさい!」


 エルザに怒られた……


 こうして残り八千弱となったミストニア軍と再び向かい合ったのだが、麗華を除く全員が少しばかり不満そうな顔をしていたのは、言うまでもないことだろう。

 そして、俺にとっては都合の良いことに、その鬱憤は全てミストニアの兵士に向けられることになった。









 口づけとはこれほどの効果をもたらすものだろうか。

 とはいっても、口付けをした者が凄かった訳ではない。いや、麗華は間違いなく奮起していた。

 ただ、それ以上に、口づけをもらえなかった者達は容赦なかった。

 鬼気迫る勢いで敵を蹂躙した。


「それにしても、逃げないよな~」


 もう完全に負け戦だというのに、誰一人として逃げ出さない。

 敵の行動を疑問に感じていると、アンジェがその美しい眉の片方を吊り上げた。


「そら、いくさなんだから逃げないだろ?」


 彼女の台詞は、やはり脳筋だった。


 もういい、お前は話すな。見た目は最高なんだから、黙っていてくれ!


「何か切る札があるのでしょうか」


 見た目が最高なだけに残念さが際立つアンジェに呆れていると、ミレアが珍しく真面なことを口にした。


 確かに、奥の手があれば辛抱するのも分かるが、切り札ね~。あるのかね~、そんなものが。


 相手の動向を観察しながら、ミレアの発言について可能性を探っていると、エルザとエミリアの魔法から抜け出してきた部隊があった。

 人数にすると百人くらいだ。しかし、その部隊がこちらに向かってくるのを目にした時、誰もが驚くことになった。


「おいおいマジかよ」


 それは、百人からなる部隊なのだが、その動きは明らかに人間離れしている。

 俊敏さはといえば、高レベルのモンスターなんて目じゃないくらいの動きであり、どう考えても普通の人間では有り得ない。

 それが固有能力による力であるのは明白なのだが、百人が同じ固有能力を持っているというのは、いささか考えにくい。

 モンスターの召喚や死人化もそうだが、少しばかり異常な気がする。

 ただ、それについて考えている場合ではない。


「ミレア、ロココ、アンジェ、麗華、直ぐに前にでろ! 油断するなよ、敵は真面じゃなさそうだ。クリスはマルセルの護衛を頼む」


「よっしゃーーーー! やっと出番だぜ」


 一気に景気良くなったアンジェが、鉄パイプとバールを振り回しながら喝采の声をあげる。

 その雰囲気は、どう見てもヤクザの出入りか、ヤンキーのケンカだ。


「何がこようとも、私の槍で逝かせます」


 ミレアが綾香特製の長槍をビシっと構えながら、キメ台詞を吐く。


 お前の場合は、若い男以外もちゃんと逝かせろよ!


「よくきたニャ。呪いの餌食えじきニャ」


 二本の呪いのダガーをそれぞれ両手に持ち、冷たい表情で尻尾をくねらせるロココ。


 いやいや、実際に呪いに掛かってるのは、お前だからな。


「勇者の神剣をその身で受けて昇天しなさい」


 神剣を片手に、頬を紅潮させた麗華が吠える。


 あれ? 勇者は辞めたんじゃなかったのか?


 息巻く四人を連れて、エルザ、ルミア、エミリアの前に出る。

 見た目だけは、恐ろしく可憐な少女隊だが、その強さは凄まじい。


 エルザに襲いかかってきた三人の兵に、アンジェの鉄パイプが唸りを上げで炸裂した。だが、その攻撃は、盾に阻まれて叩き飛ばしたに過ぎなかった。

 叩き飛ばされた兵達は、バランスを崩しながらも、即座に体勢を立て直そうとする。

 その動きからして、やはり普通ではなさそうだ。


「はーーーーっ!」


 敵の反応を見て警戒を強めたのだが、バランスを崩した三人は、高速の突きで喉を一突きにされてこの世を去る。そう、ミレアの高速多段突きだ。

 これをかわせるのは、うちのメンバーでも俺とラティ、あとはロココの三人しかいない。

 相手の動きは異常に速いが、どうやらミレアの突きを回避できるほどの技量はないようだ。


 まあ、確かにエロいが、それだけじゃないからな。


 ミレアの戦いぶりに納得していると、麗華の言霊が聞こえてきた。


「風刃瞬撃!」


 彼女が神剣を一振りすると、エミリアに向かっていた兵士三人が、構えた盾ごと真っ二つになった。

 人間離れした部隊でも、さすがに、神剣と神技には耐えられなかったようだ。

 一瞬にして三人が地獄に落ちた。


「くそっ、死ねーーーー! この裏切りもの!」


 切り裂かれた敵の直ぐ後ろから新たな兵士が現れ、残身状態の麗華に襲い掛かる。

 だが、その途端、敵兵の間を一陣の風が吹き抜ける。

 風の抜けた先には、呪いのダガーを振り切ったロココが立っている。


「ぐあっ」


「ぎゃーー!」


「あじ、あじぃ」


 三人の兵は確実に首を切り裂かれている。

 二人の兵が首から炎を上げ、残りの一人は切り口が広がっていき、終いには首が落ちた。


「エルザ、エミリア。二人は構わず敵軍に範囲魔法をぶち込め。ルミアは向かってくる奴等に、散弾をお見舞いしろ」


「分かったわ」


「はい。了解しました」


「キャハーーー! 食らえ! 食らえ!」


 指示を飛ばすと三人が頷く。どうやらトリガーハッピールミアは、全開でハッピーのようだ。

 彼女はしきりにポンプアクションを行い、散弾に火属性を付与しながら、ショットガンの弾をぶちまけている。

 これには、さすがの運動能力でも回避が追いつかないようだ。

 それでも、少なからず散弾を掻い潜ってくる兵士がいる。だが、前衛隊が手加減抜きの攻撃をぶち込む。

 麗華の神技が敵を引き裂き、ロココの呪いのダガーが炎と血しぶきを生み出し、ミレアが目にも止まらない突きで穴を穿き、アンジェの鉄パイプとバールが何もかもを粉砕する。

 さすがだな。恐ろしく過激で、恐ろしく美しい。

 美しき戦士たちに感嘆していると、後方で前衛隊に負けじと声が上がる。


「ファイアストーム!」


 とうとうエルザの複合魔法が発動した。

 奴も業を煮やたようだ。


 つ~か、おいっ、この魔法は危険すぎるだろ。


 敵軍に視線を向けると、軍勢の右側に炎の竜巻が起こっている。

 この炎の竜巻だが、サイズが尋常ではなかった。

 直径三十メートル、高さが五十メートルはあろうかという代物だ。

 敵軍は逃げ惑う兵で混乱しながらも、端の方から次々に竜巻で巻き上げられ、その中で焼かれていく。

 そんな凶悪無比な魔法に対抗するかの如く、エミリアの声が上がる。


「ヘルアース!」


 エルザの複合魔法が敵軍を蹂躙している所に、エミリアがダメ押しの複合魔法で止めを刺す。

 この魔法は地面が融解し、地に立つ者を全て呑み込むというものだ。

 これに足を取られると、空を飛べない限りは逃げ出しようがない。

 おまけに、エミリアがもつ魔法攻撃力向上スキルの効果で、その規模が半端ないのだ。

 凡そ五百メートル範囲が泥沼化し、次々と兵士を飲み込んでいく。

 俺が見たところ、この攻撃で残った敵軍の八割は壊滅しただろう。

 ところが、エルザは容赦なかった。

 残りの二割に、お代わりのファイアストームを食らわせた。


「おい、情報が欲しいから全滅させるなよ」


「分かってるわよ。というか、そろそろ打ち止めよ」


 あまりの過剰攻撃にクレームを入れると、エルザが百も承知と返してきた。

 ただ、マナ的に限界が近づいているようだ。あれだけ魔法をぶっ放せば、当然の結果だ。


 それにしても、これが当馬なら、どこかに偵察隊が居るはずだが……


 マップを確認してみても、敵軍以外の反応がない。

 少しばかり怪訝に思い始めたのだが、そこで閃いた。

 それは、死人と魔獣召喚ときたら、荒木が使っていた隠匿の能力を持った奴が居てもおかしくない。


 そうか……ミストニアは何らかの方法で固有能力を手に入れているのだな。これまでの感じだと、劣化コピーっぽいけどな……


 能力者が多いことの理由に当たりをつけたのだが、そうなると、今後の対応が少し厄介なことになりそうだ。


 ん? ああ、もう直ぐ終わりか……


 この戦いではなく、今後、固有能力を持った奴が現れる可能性について考えていると、いつの間にか戦闘が終了間際となっていた。

 残る敵兵は脚の半分を地面に沈め、逃げられなくなった者達だけだ。

 おそらく死体などは全て地中に埋まってしまったのだろう。

 惨たらしい屍が綺麗さっぱりなくなっている。


 相手を始末すると同時に埋葬かよ。なんて便利な魔法なんだ……


 ご都合主義な効果に肩を竦めていると、前衛隊も戦闘を終了させたようだ。

 特に怪我をした者は居なかったが、アンジェが少しだけ攻撃を受けたようだ。少しばかりションボリしている。

 今は口にしないが、まだまだ鍛える必要があるようだ。だって、嫁に怪我をされるのは、心臓に悪いからな。


 こうしてテルン平原の戦闘が終わった。ただ、この場合は後始末の方が大変そうだ。

 なにしろ、それなりの数が生き残っているからだ。

 いっそヘルアースで何もかもを埋めてしまうのが、一番の得策ではないかと考えつつも、戻ってきた未来の嫁達を労うことにした。

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