第45話 愛の誓い
歓声と拍手が、まるで雨のように降り注ぐ。
敵の殲滅を知り、身の内に秘めていた不安が鎮まった途端に安堵が膨れ上がり、歓喜へと生まれ変わったのだろう。
そして、その感情は、安堵をもたらした者への尊敬と感謝に生まれ変わっているようだ。留めなく続く喝采は、間違いなくその表れだと思う。
ミストニア王国軍を撃退、いや、殲滅して砦に戻ると、空気どころか地が震えるほどの歓声で迎えられた。
手を振る者、手を叩く者、大声で感謝を告げる者、言葉にならない喝采を上げる者、その喜びようは様々なれども、誰一人の例外なく笑顔を湛えていた。
「別に感謝して欲しいと思った訳じゃないし、悪者で問題ないと思ってたが、こうやって喜んでもらえると、やっぱり嬉しいもんだな。つ~か、この砦って、こんなに沢山の人が居たんだな」
歓喜の声や喝采を少しばかりこそばゆく感じながらも、出迎えてくれた人間の数に驚く。
この光景からして、おそらく砦中に居る者の全てが出迎えてくれているのだろう。
「やっぱり、感謝されると嬉しいわね」
少し照れ臭そうに手を振り返しているエルザが、はにかむような笑顔を向けてきた。
誰かに感謝されることに慣れていないのか、彼女は少しばかり対応に困っているように見える。
「まあ、これまでだと、恐れられることはあっても、感謝されることなんて滅多になかったからな」
死人事件では、少なからず感謝されることもあったのだが、どちらかというと、破壊者の汚名の方が大きかったように思う。
なにしろ、死人を倒すのは良いが、散々と破壊しまくったし、畏怖されるのも仕方ないだろう。
おまけに他の国では、指名手配やら、聖敵やら、痴漢やら、散々な言われようなのだ。
「ほれ、ユウスケも手の一つくらい振ってやれよ」
これまでの悪名について考えていると、まるで「我が人生に悔いなし」と言わんばかりに、右腕を天に向けて突きあげているアンジェが、反対の腕で肘打ちをしてくる。
お、おい! お前は拳王か!? てか、頼むから昇天なんてするなよ?
恰も自分が全てを倒したかのように、自慢げにするアンジェに呆れつつも、勧められたこともあって少しだけ手を振ってみる。
「きゃーーー! ユウスケ様ーーーー!」
「法皇様が、私に手を振ってくれたわ」
「何言ってるのよ。あれは私に向けた笑顔なんだから」
「もう、最高! とてもカッコイイわ」
「私も嫁にしてもらえないかしら。いえ、愛人でもいいわ」
おいおい、もう、嫁の受付は終了したぞ。でも、あの子とあの子は、ちょっと可愛いな……
「ユウスケ様、もう手を振るのは控えて頂いてもよろしいでしょうか」
「そうニャ。これ以上、女をかき集めるのはNGニャ」
瞳をハートマークにする女性達を目にした途端、クリスが手を振ることを禁止してきた。
ロココに至っては、右手に飛びついてきて、無理やり引き下ろしてきた。
ああ、ラティに関しては、俺が肩車をしているので、誰よりも高い位置で両手を振っていたのだが、クリスとロココの反応に賛成なのだろう。両手で俺の頭を抱いてきた。
「ロココ、悪い虫を駆除するんちゃ」
「了解ニャ! って、なんで、わたしの役目ニャ。ラティがやるニャ」
「嫌なんちゃ。ロココの役目なんちゃ」
「フシャーーーー!」
相変わらず仲がいいな、こいつら……
ムキになるロココとクスクスと笑うラティの会話でほのぼのしていると、タリアンがやってきた。
「法皇様、聖女様、皆様の活躍は障壁の上から拝見させて頂きました。まさに神の降臨としか思えないほどで、心から感服致しました。湯浴みと食事の用意をさせておりますので、どうぞお疲れを癒してください」
タリアンは俺達の前にやって来ると、そこで恭しく跪いた。
すると、それまで喝采を上げていた者達が一斉に膝を折り、片膝を突いて
「この対応は、やっぱり慣れないし、落ち着かないんだが……」
「そうですね。私も困ってます」
思ったことをそのまま口にすると、マルセルも困った表情で同感だと頷く。だが、そこで自分の迂闊さに気付く。
おっと、ウッカリしていたぞ。風呂も飯も要らないと言うつもりだったのに……いや、それよりも、やってもらいたいことがあったんだ。
「申し訳ないが、残兵を拘束しているので、牢屋に収容してもらえないだろうか」
「畏まりました。雑務は私にお任せを」
タリアンは嫌な顔一つせずに頷くと、快く了承の返事をしてきた。
やはり、ネームバリューよりも実力の方がものを言うみたいだ。初めから礼儀正しくはあったが、前にも増して恭しい態度に変わっている。
まあいいか、せっかくだから風呂と食事を御馳走になるとするか。
今更以て風呂や食事が要らないとは言えず、タリアンに後事を任せ、何も考えずに仲間を連れて風呂に向かった。
もうもうと立ち込める湯気が肌に心地よい。
やっぱり、激しく――ないけど……運動したあとの風呂は、ほんとに最高だよな。
貸し切りとなった男風呂でのんびりと広い湯船に浸かり、殆ど疲れていない身体を癒す。
女性陣に関しては、隣の女湯に入っていったので、おそらく今頃は同じように疲れを癒しているはずだ。
それにしても、この風呂を独り占めは、申し訳ないな……
あまりの広さに、少しばかり気が引けてくる。
なにしろ、湯船の広さは、一辺が六メートルくらいはあるだろうか。普通で考えれば、一人で入るなんてあり得ないことだろう。
ただ、実のところ、一人で入っている訳でもない。そう、隣ではいつもの如く、ラティがチャプチャプとやっている。
まあ、ラティだけなら大丈夫だよな? 見た目は五歳児だし……間違いなくセーフのはずだよな?
そんな思いがフラグとなったのだろう。湯船に浸かって一息ついたところで、入り口の扉が開かれた。
あれ? 貸し切りじゃなかったんだ……拙いな。ラティを女風呂に行かせなきゃ。まあ、隣が女風呂だし、上が繋がってるから放り投げればいいか。
「ん? どうしたん?」
放り投げるべくラティを抱き上げると、彼女が不思議そうな表情で首を傾げた。
その顔がとても愛らしく、思わず笑みを浮かべてしまうのだが、直ぐに溜息を吐くことになった。
というのも、マップを確認したところで、彼女を放る必要がないと分かったからだ。
またかよ……
「ユウスケ! 一緒に入るぞ~~」
そう、入り口から姿を現したのは、すっぽんぽんでナイスバディを見せつけてくるアンジェだった。
まあ、最近はちょくちょくあることだし、言っても聞くような奴ではないので、クレームを入れることなく肩を竦めるに留める。
だが、マップはそれで事済まないことを知らせてくる。
アンジェは良いとして、ヤバい奴がきちまった。
「今日も洗って差し上げますよ」
いえ結構です。というか、その笑みを止めてもらえませんか?
豊満な胸を出し惜しみなく露わにしたミレアが、アンジェに続いて入ってくる。
心中で丁寧に遠慮の言葉を紡ぐが、それが言葉になることはない。
なぜなら、ミレアの行く手を遮るかのように、美しい裸体が割り込んできたからだ。
「ダメですわ。今日はわたくしの番ですわ」
ミレアやアンジェには負けるものの、日本人とは思えないほどに素晴らしいプロポーションを持つ麗華が、身体にバスタオルを巻いた姿で入ってきたのだ。
さすがに、すっぽんぽんは恥ずかしいのだろう。いや、この場合、アンジェやミレアが異常なのだ。
ただ、俺の好み的には、すっぽんぽんよりもバスタオルスタイルの方が煽情的な印象を受ける。
おお~っ、なんか、すげ~そそるんだけど……麗華、めっちゃいいかも……
確かに、アンジェやミレアの胸は大きく、スタイルも抜群なのだが、いかんせん、恥じらうことなく開けっ広げな所為で、エロさが半減しているように思えるのだ。
それに比べ、麗華の初々しさは、俺の心をこれ以上ないほどに惹きつける。そう、ハートを鷲掴みという奴だ。
恥じらいで頬を染める麗華を目にして、心臓を高鳴らせていると、呆れ顔のエルザと上目遣いのマルセルが入ってきた。
「あんまりレイカばかり見てると、彼女が倒れるわよ? もう意識がもうろうとしているのではないかしら」
「た、多分、私も直ぐに大きくなると思いますから……」
エルザとマルセルは、成長期で大きくなっているとはいえ、さすがに恥ずかしいのか、麗華と同様にバスタオルを巻いている。
うむ。この調子だと、本当に直ぐ大きくなりそうだな……
タオルを巻きつつも、はっきりと分かるほどに成長しはじめたエルザとマルセルを見やり、その発言に納得していると、クリスが少しばかり渋い表情で、ブツブツと独り言を口にしながら入ってきた。
ん? クリスの奴、顰め面だけど、どうしたんだ?
「強敵ばかりです……いや、これも主様の魅力のなせる業ですか……」
ああ、なるほどな。まあ、この面子を見たら誰でも怯むよな。だって、みんな魅力的だし……でも、心配しなくてもいいのに。だって、お前も魅力的だと思うぞ?
不安そうにするクリスの想いを察して、励まそうと考えるのだが、それを遮るかのようにお子ちゃまたちが入ってきた。
「私も大きくなるのかな?」
「エミリアは大丈夫だと思うよ? だって、クリスさんは大きいし」
「ウニャーーーー! 乳の話はもういいニャ!」
全く成長していないエミリア、ルミア、ロココの三人は、年長組と自分達のブツを見比べながら、しょんぼりとしている。だが、ロココが
それにしても、全員で来たのか……ここで、他の男が入ってきたらどうするつもりなんだ? てか、なんでみんな並んでるんだ?
湯船に入るでもなく、横一列に並ぶ未来の仲間を不思議に感じていると、タオル一枚姿のエルザが一歩前に出た。
「ユウスケ、悪いのだけど、湯船から出て、そこに立ってくれないかしら」
いやいや、俺もスッポンポンだし、こんなところに立てと言われても、別のところが起立しちまうぞ?
「あ~、そうだったんちゃ。うちも並ぶんちゃ」
自分の下半身を気にしていると、ラティが湯船から飛び出してエルザの隣に立った。
もちろん、五歳児の見た目なので、ぺったんこのツルツルだ。
ん? 一体、何をやる気なんだ? まさか、みんなで俺を
みんなの行動を不思議に思いつつも、言われた通りに湯船から出る。
もちろん下半身は男らしい状態となっている。一瞬、誰もが瞳を輝かせたのだが、直ぐに真剣な面持ちとなった。
「出たぞ?」
「それじゃ、始めましょうか」
何を考えたのか、エルザが頷く。すると、真剣な表情で並んでいる誰もが頷いた。
因みに、並んでいる順番は、エルザ、ラティ、ロココ、麗華、マルセル、ルミア、アンジェ、クリス、エミリア、ミレアだった。
その順番に意味があるかどうかは知らないが、全員がタオルをとって素っ裸になると、その場に跪いて頭を垂れた。
おいおい、いったい、なにをおっぱじめる気だ?
思わず後退りそうになる俺を他所に、エルザが代表で口を開いた。
「我らが王よ、我らは己が一生をかけて、王に忠誠を誓う者で御座います。共に戦い、共に怒り、共に笑い、共に喜び、共に愛し合うことを願う者でございます。これからも御身のために、この身を、この心を、この精神を、捧げる者に御座います。何卒、我らに御身の御寵愛を与えられんことを切に願います」
う~む、半分くらいは意味が解らなかったが、多分、一生を共にしたいということかな?
堅苦しい言葉を脳内で必死にかみ砕いていると、エルザが続けて宣う。
「また、ここに居合わせた者は一部に御座います。この他にもアヤカ、サクラ、アレットがおりますれば、彼の者達も心同じくするものですので、どうか皆に変わらぬ寵愛を与えて下さいませ」
ここの全員と残りのメンバーを妻にしろと言ってるんだな……ここで
「難しいことはよくわからん。それに王と言われても、そんなものになる気もない。だが、お前達は苦楽を共にした仲間、いや、家族だ。それは、これからも変わらない。だから頼りない俺だけど、みんなの力で助けて欲しい。俺はお前達をずっと大切にするし、命を懸けて守る。俺は、みんなにそれを誓おう」
素直な気持ちを吐き出すと、並んでいる仲間、いや、嫁達がより深々と
よし。これで終わりだな。ふっ~、一時はどうなることかと思ったが、なんとか収まって良かったぜ。
これで誓いが終わったと安堵したのだが、どうやら、それは早合点だったようだ。
みんなより一歩前に居るエルザが、そのままスルスルと俺の前で出てきた。
「では、誓いの口付けを――」
彼女はそう言うと、眼前で瞼を閉じた。
ちょ、ちょ、ここでするのか? みんなが見てるし……
エルザの背後に並ぶ者達をチラリと見やると、ニマニマしていた顔をサッと伏せた。
「うっ……なんか、やり辛いんだが……」
「何言ってるのよ。ゾンビがウヨウヨしている中で、レイカと宜しくやっていたくせに! それよりも、早くしないとみんなが風邪をひくわよ?」
くっ、痛いところを突かれた……
渋々ながらも頷き、瞼を閉じたままのエルザに軽く口づけをする。
「愛情が足らないわよ?」
遠慮がちなのが不味かったのか、エルザからクレームが入る。
う~っ、やりゃいいんだろ! やりゃ!
覚悟を決め、こちらをチラチラと見ている者達から目を背け、エルザを力強く抱きしめると、そのまま熱烈な口づけを交わす。
何を考えたのか、エルザは俺の首に両腕を回してきた。
くっ、この女、やる気だな……ならば……
負けじと彼女の唇を
「エルザの時間は終わりっちゃ。次はうちやけ~ね」
後ろに並んでいたラティが勢いよく飛び出すと、俺とエルザの間に身体を割り込ませた。
「ちょ、ちょっと、ラティ! もう少し待ってなさいよ!」
「もう終わりなんちゃ。タイムアウトなんちゃ。エルザタイム終了ちゃ!」
ラティが容赦なく引導を渡す。
エルザは必死に抵抗を試みるが、後方からアンジェの声が飛んできた。
「エルザ、後がつかえてるんだぞ」
「お、お姉様……」
実姉であるアンジェの言葉で、エルザはすごすごと引き下がる。
どうやら、エルザは実姉であるアンジェに頭が上がらないようだ。ただ、元の場所に戻る彼女の表情はとても残念そうだ。
「じゃ、主様、今度はうちの番なんちゃ」
次は自分だと言われても、幼女だし……確かにラティは可愛いし、とても好きなんだが、幼女相手に熱烈なキスというのも、ちょっと抵抗があるよな……今だけでも大人の姿になってくれんかな~。
「主様、うちはいつも主様と一緒なんちゃーーーー!」
幼女とのキスに逡巡していると、ラティは自分から飛びついてきた。
そして、まるでご馳走にありつくかのように、俺の唇をぱくりと
おいおい、これって口付けなのか? いや、これで済むなら、それはそれでOKだな。
「ニャハハハハハハ。ラティが齧り付いてるニャ! そんなの口付けじゃないニャ」
こらっ。ロココ、要らんことを言うな。
ラティの口付けに疑問を抱きつつも良しとしたのだが、その光景がウケたのだろう。ロココが腹を抱えて笑い始めた。
もちろん、ラティが怒りを露わにする。
「む~~~! ロココ……ロココなんか、バカ猫なんちゃ! 髭でも生えればいいんちゃ~~! ふわーーーーん!」
「おっ、おいっ!」
「あっ……ラティ……まつニャ!」
大笑いされたラティは眦を吊り上げたかと思うと、ロココに罵声を吐きつけ、そのまま泣きながら風呂場から出て行った。
罵られたロココはというと、飛び出すラティを引き留めるべく、慌てた様子で手を伸ばす。しかし、ラティの姿が消えてなくなると、しょんぼりと項垂れた。
耳をぺたんと伏せているところを見ると、自分でも悪かったと感じているようだ。
ただ、髭については許容できなかったのだろう。ぽつりと拒否の言葉を残した。
「ああ……でも、髭は嫌ニャ」
いくらなんでも可哀想だろ!?
ロココの態度を少しばかり頂けないと思い、項垂れる彼女に向けて一応は釘を刺しておく。
「ロココ、あとで謝っとけよ」
「わ、わかったニャ」
まあ、いつも仲の良い二人だし、直ぐに仲直りできるだろう。でも、これで興が醒めたし、身体も冷えてきたから、終わりでいいかな。
身体が冷えてきたのを感じて、透かさず湯船に戻ろうとしたのだが、その途端、俺の脚にロココのしっぽが絡まる。
「どこ行くニャ? まだ、わたしが終わってないニャ」
おいおい、まだやるつもりなのか? てか、こいつらの雰囲気からして、終わらせてくれそうにないか……
顔を上げて瞼を閉ざすロココ、次に後方で待機する者達を見やり、諦めて誓いの口づけを続けることにした。
砦に気持ちの良い朝がやってきた。
沢山の小鳥が
そんな心和む光景も、今の俺にとっては何の気休めにもならない。
ロココと誓いの口付けを済ませたあと、残りの全員と誓い合ったのだが、やはり、アンジェとミレアは只者じゃなかった。
アンジェは何を血迷ったのか、俺をお姫様抱っこすると、そのまま唇を奪いやがった。
ほんと、どこまで
男らしいアンジェに戦慄したのだが、ミレアがさらに輪をかけていた。
というのも、誓いの口付けのはずが、奴は何を考えたのか、俺の前で跪いたのだ。
いったい、どこに口付けする気だったのか……
おまけにそれを指摘すると、奴は残念そうに立ち上がって口付けをしてきたのだが、思いっきり舌を絡ませてきやがった。
誓いの口付けで舌を入れるなんて、どこまで節操がないんだ? ほんと、あの女だけは、マジでヤバいぜ……てか、あいつら、俺のことを『王』とか言ってたけど、絶対にそんなこと微塵も思ってないよな? 今は未成年者が多いから良いが、エルザが成人する来年あたりは、覚悟を決める必要があるかもしれんな……
十三人の嫁を相手にした夜のお務めとか、どれだけ滋養強壮剤を飲んでも耐えられそうにないなどと考えつつも、気分転換に砦の周りを囲むように造られた障壁の上に登り、エルザとエミリアの所為で変わり果てたテルン平原を眺めていると、背後からから声が掛かった。
「おはようニャ」
「ああ、おはよう」
振り返ると、そこにはロココが立っていた。
まあ、色々と鍛えた俺の後ろを取れる者は限られているので、大体の察しはつくし、その語尾からしてロココしか考えられないのだが、一応は彼女に視線を向ける。
そこで、少しばかり怪訝に思う。というのも彼女の表情が優れないのだ。
まさか、昨日のことでラティと揉めているのだろうかと考えたが、食事の時にはいつも通りだったのを思い出して、首を傾げてしまう。
「どうしたんだ?」
「あのニャ。ラティの様子がおかしいニャ」
「ん? 昨日の件は、謝ったんだろう?」
「うんニャ。その件は終わったニャ。ラティも許してくれたニャ」
昨日のことじゃないとしたら、ラティに何かあったのだろうか。
つ~か、相変わらずイエスかノーか分かりにくい返事だ。
「じゃ、何がおかしいんだ?」
昨夜の就寝時には、機嫌を直したラティがいつもの如く俺の布団に潜り込んできていたし、それほどおかしな態度を執ったりはしていなかったように思う。
それ故に、ロココがおかしいというのが理解できない。いや、もしかしたら、仲の良いロココにしか分からないほどの機微なのかもしれない。
「なんか、いつもよりも大人しいニャ。ちょっかいをかけても、うわの空だったりするし……というか、今は完全に塞ぎ込んでるニャ」
ふむ。そういや、今朝は反応が薄かったような気もするな……まあ、悩むよりも本人と話した方がよいだろう。
「分かった、ちょっと本人に聞いてみるわ」
「それがいいニャ」
こうしてラティのところに訪れたのだが、その落ち込みようは一目で分かるものだった。
というのも、辿り着いた先では、ラティが膝を抱えて座っていたからだ。
ありゃ? こりゃ、完全に落ち込んでるみたいだな。いったい、何があったんだ?
ロココが気にする理由を理解して、どうしたものかと考えるが、無言でラティの傍に座る。
彼女はゆっくりと視線を向けてきたが、寂しげな表情で溜息を吐くと、再び俯いた。
「どうしたんだ? いつものラティらしくないじゃないか」
「……」
彼女の頭を撫でながら、優しく話しかけたつもりだが、彼女は珍しくだんまりだった。
こりゃ、重症だな……
昨日はこんなに落ち込んでなかったんだが、一晩でこんな風になるなんて、何があったのだろうか。
無理に聞き出すのもどうかと思い、地縛霊のようになっている彼女を無言で自分の
どうやら、その行動は正解だったのだろう。彼女はちょっとだけ嬉しそうに、俺の胸に自分の頭を預けてきた。
「何があったんだ?」
多少は元気が戻ったような気がして、もう一度、彼女に問いかける。
今度はモジモジしながらも理由を話してくれた。
「あんねぇ~、うち、墓参りに行きたいんちゃ」
墓参り? ああ、そういえば、ここは魔国と近かったな。もしかしたら、故郷に近付いた所為で里心がついたのかもな。
彼女が魔人族であることを思い出し、故郷を恋しがったのだと判断した。
それに、ラティの両親が他界していることは、以前に話を聞かされていた。だから、彼女の寂しがる気持ちも理解できた。
彼女の生まれた魔国だが、ここからだと、少しばかりミストニア領を通るものの、魔物の森を抜ければ、直ぐに魔人半島と呼ばれる魔人領土に入ることができる。
どうするのが一番良いのかと考えるが、答えは考えるまでもなく決まっている。そう、ここは一肌脱ぐべきなのだ。
「じゃ~、いくか!」
「えっ!?」
「墓参りだよ、ラティの両親の墓参りだ」
彼女はとても驚いていたが、気にすることなく自分の気持ちを伝える。
「ラティと俺はもう家族だろ! だったら、ラティの親は、俺の親だし、きちんと挨拶しとかないとな」
彼女は驚きの表情を収めると、そのキラキラとした瞳から大粒の涙をこぼしはじめた。
「おいおい、泣くことはないだろ!?」
「うん……ありがとうなんちゃ」
ラティはボロボロと涙をこぼしながらも、笑顔で抱き着いてきた。
どんだけ強くなっても、この世界で最高峰の力を身につけても、やっぱり、子供は子供なのだ。
俺の胸の中でひとしきり涙を流すラティを抱きしめていると、それを遠目で見ていたのだろう。ロココとエルザがやってきた。
「いいわよ。こっちのことは、私に任せなさい。貴方達は心置きなく墓参りに行ってくるといいわ」
ん? なんで知ってるんだ? って、ああ、ロココの耳か……
彼女達が居た場所からだと、ロココには丸聞こえだったようだ。
おそらくは、ロココが耳にした内容をエルザに伝えたのだろう。俺が説明する前に、彼女は快く承諾してくれた。
「だって、私達は家族でしょ? 遠慮することはないわ」
「そうニャ、わたし達は家族ニャ。ちゃんと旦那様の報告をしてくるニャ」
エルザが優しくラティの頭を撫でると、ロココはいまだにポロポロと涙をこぼす彼女に抱き着く。
ラティ、よかったな。それに、俺って本当に幸せ者だな。ただでさえ一夫多妻制状態なのに、こんなに理解があって、家族想いの嫁達に巡り合うなんて、ほんと奇跡かもしれんぞ。
エルザやロココの優しさに感謝しつつ、ラティの両親の墓参りをすべく、彼女と共に魔人領へ向けて出発することにした。
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