第43話 開戦前


 どこまでも最悪で腹立たしく忌々しい。

 まさか、このような展開になろうとは、思ってもみなかった。

 なにしろ、あの勇者から力を吸い取る前にまんまと逃げられただけでなく、どこに逃げたかも分からない。

 追手として出した兵隊が誰一人として帰ってこないどころか、旗艦すら消息不明になってしまった。もはや、お手上げだ。

 こんなことなら、さっさと力を転写しておけばよかった。だが、いまさら悔いても後の祭りだ。

 トリアスの奴は頭を下げるだけで、何の対策も打てない。

 とことん腹立たしい事態だったが、遂に召喚者全員の能力を複写し終えた。それだけが、朗報といえるだろう。いや、我が王国の兵士に、その能力の転写試験も行えたことも幸いだとすべきか。

 そう、儂の能力は相手の能力を複写するだけではなく、転写が可能だ。


「父上。能力を転写した者たちの部隊が、アルベルツ教国の国境に到着したようです」


「そうか、愈々いよいよだな」


 転写した兵隊を三部隊に編制させて、彼の地へ送り込んだのだが、何もしていな癖に、トリアスが自信満々に報告してくる。本当に使えない奴だ。いや、それよりも、今はアルベルツを手中に収める方が重要だな。

 転写自体は、以前にも実績があるから問題ないとして、気になるのは適正や熟練度だな。

 一応、百人を一部隊として三部隊、そう三百人を二万の軍勢に混ぜて送り出したのだが、どれほどの成果をあげるやら……

 トリアスが差し出す報告資料の内容を確認し、概ね良好であることにひと安心する。しかし、これで何もかもが上手く行くとは思っていない。

 なにしろ、相手はあの死人化や竜を殲滅した奴等だ。


 色々と思案している間も、トリアスは報告を続けている。

 どうやら、奴も敵のことが気になっているようだ。


「アルベルツ教国の件ですが、本当にあのユウスケなる者が現れるのでしょうか」


 彼の国の司教から連絡をもらい、即座に例の作戦を行う手筈を進めていたのだが、その司教は失脚し、アルベルツ教国自体が乗っ取られてしまったらしい。

 なんとも儘ならない話だ。いや、お粗末だと言った方が良いだろうか。お陰で予定が大狂いだ。だが、結果的にはこれで良かったのかもしれん。


 予定ではローデス王国に攻め込む手筈だったが、勇者逃走の件で先延ばしにしたが功を奏した。

 そう、準備を進めていたお陰で、即座に兵をアルベルツ教国に送り込めた。

 だが、密偵からの報告が気になる。

 どうやらアルベルツを乗っ取ったのは、ユウスケなる男と聖女マルセルと呼ばれる女らしい。


 ユウスケ……何度も聞いた名前だ。我が国の行った策略を次々と潰したのも、間違いなく其奴だろう。それに聖戦の原因ともなっている男……一体どんな奴だ? いや、ユウスケという名前からして、召喚した者の一人だと思うが……そうなると、やはりあの女が裏で画策しているはずだ。エルソル、なんと忌々しい奴だ。

 おまけに、奴の手先が漁夫の利――アルベルツ教国を手中に収めるとは、なんと腹立たしいことか……

 まあよい。今回は転写を行った者の試験も兼ねて、アルベルツ教国を蹂躙するつもりでいたのだが、其奴の実力を確かめるのに丁度良い機会かもしれん。


「諜報部隊はどうなっておる?」


 儂の声でバカ息子――トリアスがビクつく。


 なんとも愚かで脆弱な者よな。ファルゼンよ、お前は己のみならず、身内まで役立たずなのだな。ふふふっ、まあよい。全てを我が手にした暁には、愚民と一緒に葬り去ってやるだけだ。


「はっ、既に配置済みとのことです」


「分かった。もうよいぞ」


 退出するトリアスを見遣りながら、ウイスキーグラスの中に入った氷を回す。

 これで向こうの実力も明確となるだろう。その後は……一気に叩き潰してくれよう。









 何度見ても、この世界の夜空は美しい。

 満天の星とは、まさにこれを言うのだろう。

 そんな感想を心の中で綴っていると、なぜか、麗華が傍に寄り添ってきた。


「本当に綺麗ですわね」


「ああ、そうだな。東京じゃお目に掛れない星空だ」


 麗華はひっそりと俺の左腕を抱き、その豊満な胸を押し付けてくる。


 おいおい、お前の胸の所為で、星空どころじゃないんだが……つ~か、どうしたんだ、急に……


 どぎまぎしつつも、麗華の態度を怪訝に思う。しかし、彼女は気にした様子もなく話を続ける。


「以前、飛空艇に乗った時にも感じましたわ。あの時は本当に大変でしたわ。でも、ユウスケ様が助けてくださいましたし……本当に感謝していますわ。それに、嬉しかったですわ」


 彼女は少しばかり照れ臭そうにしながら、俺の肩に頭を乗せてくる。


 こいつ、やっぱりなんかおかしいぞ? 恐ろしくデレてる……まあ、可愛いからいいけど。つ~か、日本に居た時じゃ考えられない事態だな。


 すっかりデレモードに突入した麗華を怪訝に思いつつも、少しばかり幸せな気分に浸っていると、今度は筆頭嫁からクレームが入る。


「おほん! レイカ、抜け駆けは程々にね」


 その雰囲気からして、さほど機嫌を損ねている訳ではなさそうだ。

 それ故か、少しだけムッとした表情を見せながらも、麗華はコクリと頷く。


「分かってますわ、でも、偶には良いでしょう?」


「良いわよ? だから引き剥がしたりしていないでしょ?」


 内乱勃発かとビクビクしていたのだが、何事もなく無事に終了した。

 俺には分からんが、どうやら、婦人会内では色々と取り決めがあるのかもしれない。

 というか、分かりたくもない。


『でも、くっ付き過ぎなんちゃ』


 エルザは納得したようだが、ラティには不満があるようだ。念話でクレームを入れてきた。


 まあ、自分があくせく働いている上でイチャイチャされたら、そら気分も悪くなるわな。ごめんな、ラティ。後で穴埋めをするからな。


 星空の下を飛び続けているラティに心中で詫びる。


 現在の俺達だが、満天の夜空を飛行している。

 飛行といっても、綾香の飛行船が完成した訳ではない。

 そう、竜化したラティの背中に乗っているのだ。

 ミストニア軍が攻めてきたという報告を受け、即座にダートル組を除いた仲間全員を私室に集めた。

 そして、侵略の話を知らせた。その途端、誰もが憤りを露わにした。

 そんな面々に、続けて迎え撃つことを告げると、全員が参加したいと騒ぎ始めた。

 まあ、それに関しては予想できたことなので、それほど驚くことはなかったのだが、少なからず困ったのは確かだ。

 というのも、全員で参加する訳にもいかないのだ。だって、密偵などの件もそうだが、アルベルツはいまだ国が安定していない状況なのだ。

 だから、みんなには申し訳ないが、グループを分けることにした。

 もちろん、誰もが渋い顔を見せたのだが、俺が砦に到着さえすれば、後はワープで移動できると伝えると、渋々ながら頷いてくれた。

 そうして、アルベルツの首都を飛び立ったのだが、どうしてこうなった?

 巨竜となったラティの背中の上には、俺を含めて十人の仲間が座っている。

 そもそも、参加者全員で来ることはないと思うのだ。いや、それどころか、俺一人で移動すればいいのだ。だって、俺が砦に到着すれば、ワープで移動できるのだ。


 実はテルン砦への移動に関して、一人で飛んで行くといったのだが、ラティが自分も行くと言い始めると、今回の作戦に参加する全員が、付いてくると騒ぎ始めたのだ。

 結局、色々と議論した結果、ラティが巨竜になって全員を乗せていくことになってしまった。


 う~ん、効率が悪いなんてもんじゃね~よな?


 俺の不満を他所に、誰もが遠足気分で夜間飛行を楽しんでいるのだが、さすがに何時間も星空を眺めていると飽きてくる。


「確かに、星空はきれいだけど、眺め続けていると首が疲れるし、眠くなってくるわね」


「それに、夜空じゃ腹は膨れんしな」


 夜空に飽きてきたエルザが愚痴を零すと、麗しの脳筋アンジェが残念振りを披露してくれた。


 アンジェ……ほんと、お前だけはブレねぇよな~。


 アンジェの発言に呆れつつも、視線を他の者達に向ける。


 どうやら、退屈なのはみんな同じみたいだな。ああ、麗華を除いてだが……こいつだけは、めっちゃ嬉しそうにしてるし……


 ラティの竜化は、さすがにジャンボジェット機と同じサイズだけあって、みんなが寛げるほどに余裕があるのだが、やることがなくて誰もが退屈そうにしている。


 だから、来なきゃいいのに……


 退屈そうにする面々を目にして呆れて肩を竦めると、何を考えたのかロココが勢いよく立ち上がった。


「そうニャ。ここにテントを張ればいいニャ。そしたら、みんなでぐっすりと休めるニャ」


「おいおい、それじゃラティが可哀想だろう。だったら、初めから付いてくるなんて――」


 ロココの暴言を聞いて、思わず窘めようとしたのだが、一生懸命に空を飛んでいるラティから念話が届く


『ロココは、ここで降りるっちゃーーーー!』


「嫌ニャーーーー!」


『ロココ、許さんけ~ね』


「ニャッハハハハハ」


 ああ、退屈だからちょっかいを出してるだけみたいだな……


 ロココも本気で言った訳ではなく、ロココとラティのコミュニケーションみたいだ。つ~か、戦場に向かっているってのに、もう少し緊張感とか持てないもんかな。


「それはそうと、ミストニアは何を考えているのでしょうか?」


 全く緊張感のないラティとロココに呆れ、二人の騒ぎに耳を塞いでいると、今回の侵略について疑問を感じているらしいマルセルが、両手を組んだまま上目づかいで尋ねてきた。


 うっ、マ、マルセルも成長している……というか、もしかしてアピールしてるのか?


 そう、両腕で押し上げられている胸が、これまでよりも大きくなっているようなきがする。

 よくよく考えると、彼女もあと一年半もすれば成人だ。

 それもあってか、エルザと同じくして成長期に突入したようだ。


 エルザにしてもそうだが、この世界の少女の成長は、ちょっと異常じゃないか?

 既に、エルザ共々『C』はありそうな勢いだ。これは喜ぶべきなのかな?


 自分では鼻の下を伸ばしているつもりはないのだが、突如として頬に痛みを覚える。


「いつまでもガン見してはだめですわ。そんなに見たいなら、わたくしの胸を……」


 そう言って頬を抓ったのは、珍しく嫉妬の表情を浮かべた麗華だった。


 いや、そんなつもりじゃないんだ……こ、これは、男の性だ……許してくれ。


 男とは悲しい生き物なのだ。生まれながらして、女性の胸に惹き付けられるような呪いが掛かっているに違いない。


 抓った手を放した麗華は、誇るように腰に両手を当てて自慢の胸を突き出す。

 途端に、エルザが悔しそうにし、麗華は自慢げな表情でほくそ笑む。

 ところが、横から上位者が現れた。


「なんだ? 胸自慢か? それならオレの出番だ。さあ、ユウスケ、飛び込んで来い!」


 露出度の高い豊乳を見せつけてきたのは、もちろん麗しき脳筋アンジェだ。


 ハッキリ言って、ガチ好みだ……直ぐさま、その胸に飛び込みたい……だが、その前に、残念な性格をなんとかしてくれ。


 俺の視線がその豊かで弾力のありそうな胸に向くと、麗華が少しばかりムッとし、アンジェがご満悦となる。

 だが、上には上が居るのだ。そう、年下ハンターが現る。


「あ、ユウスケ様、また大量貯蓄ですか?」


 ミレアがメロンのような胸を揺らしながら、じわじわとにじり寄ってくる。


 や、や、や、ヤバーーーーーーイ! ヤバイ奴がきたーーーーーー!


「な、な、な、何を言ってるんだ! ち~~~~とも溜まっとらんぞ! え、エルザ~~~~!」


 じわりじわりと近づいてくるミレアに戦慄しつつ、恥も外聞もなく未来の筆頭妻に泣きつく。

 すると、筆頭妻たるエルザが、満足そうな表情で俺の腕を取った。


「ダメよ! ミレア」


「あぅ……」


 主であるエルザに凄まれて、ミレアは残念そうに後退する。


 ふ~っ。あぶね~あぶね~。まあ、アレが嫌という訳じゃないが、なんか襲われてる感が半端ないんだよな……


 ミレアに絡めとられた時のことを思い出し、少しばかり肝を冷やしていると、突如として足元がグラグラと揺れ始めた。


『うちの背中で酒池肉林するんなら、変身を解いてみんな落とすっちゃーーーー!』


 ご立腹のラティが叫んだことで、誰もが顔を引き攣らせる。なんたって、この高さで放り出されたら、空を飛べる俺以外はとんでもないことになるのだ。


 結局、ラティのクレームが効果を発揮したのか、そのあとは静かな空の旅となった。









 ラティの憤慨により大人しくなったこともあり、俺達は話を元に戻すことにした。

 まずは、ミストニア王国についての考察だ。

 その話になった途端、何を思ったのか、麗華が真っ先に口を開いた。


「確か、彼等はローデス王国を討つといってましたが、どうして考えを変えたのでしょうか」


 これは以前にも聞いていた話なので、麗華の疑問は全員の考えの代弁と言えるだろう。


「それに、黒服枢機卿とアンネルアという女も気になるわ」


 そうだな。エルザの懸念も理解できる。それに、俺にも気になることが幾つかある。


「トルセンアかは分からないが、教会のお偉方で、ミストニアと手を組んでいた奴が居たんじゃないかな」


「どうして、そう思われるのですか?」


 全く理解できないのだろう、エミリアが首を傾げている。


 彼女はクリスの妹で、臣下に成ることを望んでいたはずだったが、いつの間にか未来の嫁に鞍替えしたらしい。

 ルミアと年齢が同じ所為か、いつも二人でコンビを組んでいたりするのだが、そのルミアも嫁になりたいらしい。もう、俺って詰んでるじゃないだろうか……

 そんな訳で、エミリアの疑問に答えることも、主であり未来の夫である者の役目かもしれない。


「そう感じたのは、ラウラル王国に居た刺客の件だ。あそこに居た刺客は、ミストニアの奴隷退治で始末した奴等と同じ服装と装備だった。どう考えても無関係とは思えない。そうなると、アルベルツがミストニアと繋がっている可能性がある。ただ、可能性からすると、個人的な繋がりと考える方が妥当だろう」


「えっ、そうだったの? どうして教えてくれないのかしら」


 ラウラル王国での戦いに参戦していないエルザが驚きを露わにしたのだが、直ぐに半眼をこちらに向けてきた。知らされてなかったことが気に入らなかったのだろう。


「わるいわるい。別に悪気はなんだ」


 適当に謝ると、彼女から「今度からは、ちゃんと報告してほしいわ」という要求はあったものの、嘆息しつつ肩を竦めるだけでことをすませた。

 ただ、ここで麗しき脳筋アンジェが、珍しく真っ当なことを口にした。


「ここでガン首揃えてあれこれ悩んでも、答えなんて出ね~だろ? だったら、のんびりした方が有意義だと思うがな」


 ぐはっ、この女にご尤もなことを言われると、なぜか、負けたような気分になってくる……


 結局のところ、「それもそうね」というエルザの締めで、この話を終わらせることになったのだが、問題はもう一つある。

 それは、移動時間だ。

 ミストニア軍が押し寄せているのは、東南の国境付近でありアルベルツ教国のテルン砦がある場所だ。

 そのテルン砦だが、アルベルツ国首都デンナムから馬車で一ヶ月の距離であり、凡そ三千六百キロだという。

 現在、ラティには無理を言って、時速八十キロくらいで飛んでもらっている。

 それも、殆んど休みも取らずに飛んでいるのだが、最短で二日くらいの時間が掛かる想定だ。

 そうなると、俺達が到着する前に戦闘が開始される可能性もある。

 やはり一人で飛んで行って、ワープでみんなを連れてくるべきだと主張したのだが、なぜか、全員に反対された。


 反対するのはいいが、間に合わなかったら洒落にならないんだが……


 困り果てていると、エルザがデコ電を片手に報告する。


「ドガスタの話では、敵軍は動いていないみたいよ」


 いつの間にデコ電を配布したんだ? でもまあ、ナイスなアイデアだ。というか、気付かない俺が愚かなのか……


「それにしても、不気味ですね」


 敵軍の行動が読めないことが気になったのか、ミレアが不安を露わにした。


 いや、お前が言うなよ。俺から言わせりゃ、一番ヤバイのお前だからな!


 まあ、彼女は確かにヤバいのだが、それ以上の行為におよばないので、周りの嫁たちも黙認しているようだ。

 そういった経緯で、経験値増強ポーションナニを一人で独占している彼女のレベルは、俺とラティに次いで三番目となった。

 そして、ポーションについてだけは、絶対に口外するなと厳命している。

 そのヤバいミレアの言葉に反応して、これまた臣下で未来の嫁であるクリスが口を開く。


「不気味……そうか。もしかしたら、ユウスケ様を待っているのではないですか?」


「なぜ、俺を待つ必要がある? 俺が到着したら、奴等の勝ち目がなくなるぞ?」


 感じた疑問をそのまま口にすると、クリスは思うところを口にした。


「彼の国は、数々の謀略をユウスケ様の手によって阻止されてます。奴等からすれば、ユウスケ様は不気味な存在だと思うのです。であれば、それを見定める目的があるのではないかと」


 クリスの考えは、理解できなくもないが……もしそうなら……


「そうなると、二万の軍は当馬か?」


「そのように思います」


「私もそんな気がしてきたわ」


 クリスが頷くと、エルザもそれに同調した。


「今回の戦闘では、手の内を隠した方が良いかもね」


 確かにエルザの言う通り、攻め込んだ兵がこちらの力量を測るためであるのならば、こちらも全力を出すのは愚の骨頂だ。みすみす手の内を晒すなんて以ての外だ。ただ、何もかもを隠しては戦えない。


「だったら、何を秘匿する?」


「ユウスケの空牙や瞬間移動。ラティの竜化……他は特に問題なさそうな気がするわ」


 俺とラティだけかよ……


 面白くなさを感じると、ラティも念話で不満を爆発させた。

 ただ、移動でかなりの体力を消耗しているはずだから、そもそも戦闘に参加させるつもりがなかったりする。


「だって、ユウスケとラティが、私たちの切り札なのよ?」


 エルザがおだててくるのだが、唯単に自分が暴れたいだけなのかもしれない。

 彼女の表情が、やたらと期待に満ちているように思える。


「あ、あと、飛翔もだめよ! もっくんなんて、論外よ」


 それだと、固有能力を使うなと言っているようなものだぞ。

 まあ、このメンバーなら魔法だけで難なく殲滅できるだろうけど。


「分かった。だったら、魔法オンリーで戦うわ」


「あ、でも、複合魔法を使ってはダメよ」


 エルザが透かさず釘をさしてきた。


 せっかく取得したのにーーーー! よし、それなら……


 悔しいのでやり返すことにした。


「じゃ、エルザ達も使わないんだな?」


「あら、私とエミリアは問題ないわ。唯の魔法師だもの」


 ぐはっ、どうあっても俺に大人しくしてろという訳か。くそっ、見てろよ~~~! 絶対に大暴れしてやる。


 ほくそ笑むエルザに発言に不満を抱きつつも、何とかして暴れる方法は無いものかと、ひたすら思案するのだった。









 結局のところ、予定通り二日でテルン砦へと辿り着けそうだ。

 テルン砦は、未だミストニア王国軍からの攻撃を受けていない。


「あれがテルン砦か!」


 装甲車の正面スクリーンを見ながら、独り言を口にしつつ安堵する。

 あれから、ラティは昼夜を問わずに飛び続けたのだが、竜化の状態を知られるのは好ましくないと判断して、ひと山手前から装甲車での移動に切り替えた。

 ミストニア軍の動向については、ドガスタとデコ電を使ってやり取りしているので、切迫した事態に陥っていないことを認識している。それでも、実際に無事な状況を目にしてホッとする。


「思ったより大きいニャ」


 珍しく助手席を占有しているロココが、テルン砦を目にして嬉しそうに声をあげる。

 本来の専用者であるラティは、俺の部屋で熟睡中だ。ただ、なぜ俺の部屋なのかは疑問だ。

 ラティ曰く、俺の匂いが染みついているのが良いらしいが、いったいどんな匂いがするのだろうか。まさか、イカ臭いなんてことはないよな?


「それより、いい加減、みんなに話さないのか?」


「何のことニャ?」


 白を切っているのか、本気で気付いてないのかは分からないが、ロココが首を傾げたまま視線を向けてくる。


「磯崎についてだよ」


「……」


 転生前の名前を出すと、ロココは俯いて黙り込んだ。序に猫耳と尻尾もシュンっと垂れさがる。


 まあ、彼女のことだし、俺が口を出す必要もないことだが……


 暫く沈んでいたロココだが、俯いた状態でぽつりぽつりと声を発した。


「いまさらニャ……今、それを口にしても……彼女達も困るニャ……きっと罪悪感を持つだけニャ」


 ロココは、自分の正体を知った召喚者――麗華や綾香がショックを受けると考えたようだ。

 転生者であることを口にして、彼女達に罪の意識を持たせてしまうことを懸念しているのだろう。

 その口調からすると、ロココも彼女達のことを大事な仲間だと感じているのだと思う。

 初めの頃に比べ、随分と心を許した様子のロココを目にして、心が温まるような気がした。


「まあ、いいさ。お前の好きなようにしろ。俺達は仲間というより、今や家族だからな」


 笑顔で頷いてやると、ロココはズバっと顔を上げ、猫耳を立て、尻尾をクネクネさせて微笑んだ。


「わかったニャーー!」


 何が嬉しかったのかは分からい。ただ、彼女は一気に絶好調のロココに戻る。そして、己が願望を口にした。


「わたしも早く嫁になりたいニャ~~~~!」


 うっ……「も」って、まだ誰も嫁になってないからな! それに、お前はまだ十一歳だし、最低でもあと四年は無理だからな!


 とても嬉しそうなロココを見遣りながら、猫人族って盛りがあるのかな~? なんて場違いなことを考えているうちに、テルン砦に到着した。

 テルン砦の門前に装甲車を停車させると、ドガスタから連絡をもらっていたのだろう。直ぐに門が開かれ、迎えの者が現れた。


「ようこそお出でくださいました。私はこの砦を預かるタリアンと申します。法王様や聖女様におかれましては――」


 タリアンと呼ばれた地方聖騎士団隊長の長々とした挨拶が終わったところで、簡単な自己紹介をすませ、速やかに会議室へと場所を移す。

 ただ、移動の間も、俺とマルセルを見た者たちが、ひざまずいて祈りを捧げている。


 おいおい、またかよ……


 どこに行っても、俺やマルセルを見て祈りを捧げてくるので、少しばかりうんざりする。

 隣では、マルセルも溜息を吐いていた。


 いい加減、この祈りの習慣をなんとかしないとな。迂闊に街も歩けんぞ? 『法王と聖女を見ても拝むな』なんて法律でも作ってやろうかな~。


 生活習慣の改善方法を考えつつも足を進め、テルン砦の中にある会議室に到着した。

 まずは、タリアン隊長から現状や立地などの情報をもらい、明日からの作戦について話し合う。

 作戦といっても、それほど大袈裟なものではなく、聖騎士団はこの砦を守備するだけだ。

 そして、敵軍を葬り去るのは、俺たちの役目とさせてもらった。

 その作戦に対して、タリアン隊長がそんな不敬な行動は執れないと首を横に振ったが、そこは聖女命令で黙らせた。

 彼としては、聖女や法王の前で自分の実力を見てもらいたかったのかもしれない。

 しかし、俺達からすれば、被害を最小限に食い止めたいという想いがあったので、悪いけど却下させてもらった。

 こうして会議を済ませ、タリアンに進められた客室を断り、砦の敷地内に置かせてもらった装甲車で、明日の戦いに向けて英気を養うことにした。

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