第39話 腐敗の教国


 金貨十枚もするカップが、壁にぶつかって悲鳴を上げた。

 中を満たしていた高級な茶葉を使ったお茶が、重厚な高級カーペットに染み込んでいく。

 普段であれば、絶対に自制するであろう行動を執ってしまった。

 そんな自身の行動を省みる余裕すらないほどに興奮していた。


「何たる失態だ。くそっ!」


 己の発言が、この格式ある部屋に似つかわしくない不適切な言葉だと、気にする余裕すらないほどに怒りが込み上げてくる。

 目の前の虫、いや、司教は報告を済ますと「それでは、ブランダルグ枢機卿。失礼します」とだけ口にし、触る神に祟り無しとばかりに、すごすごとこの部屋から出て行った。

 甘い蜜が無くなったと感じているのか、出て行く虫の眼差しは、私の終焉を予測したかのようだ。


 くそっ、あんな虫にまで哀れみの視線を投げ掛けられるとは……

 全ては無能な娘と孫の所為だ。拙い、拙いぞ。

 この問題が発覚したとしても、枢機卿としての地位に、なんら影響はないだろう。

 だが、私の夢である教皇の座が遠のいていく。いや、教皇になるなんて絶望的な状況となるだろう。

 ま、まてよ……あの娘さえ手中にすることができれば、まだまだ逆転の余地はあるのではないか。そうだ。奴さえ手中に収めることができれば……

 さて、どうやって手に入れるかだな……









 ふんっ、今更どう足掻あがこうと、お前は詰んでいるのだよ。

 くくくっ。フランダルグ枢機卿もこれまでだな。

 ああそうさ。私のことを虫でも見るようなあの目付きが、前々から気に入らなかったのだ。

 ざまあない、今夜は美味い酒が飲めそうだ。


「カルストア司教」


 ブランダルグの失態にほくそ笑んでいると、斜め後ろにいた黒ローブ姿の密偵頭が声を掛けてきた。


「これから如何しますか?」


 さて、如何したものだろうか。

 ブランダルグ枢機卿が失脚するのは構わないが、私の出世に影響が出るのは困る。

 他の甘い蜜を探そうにも、既に派閥は出来上がっているのだ。

 これから、どこかの派閥に入っても素気無くされるのがオチだ。


 教会はブランダルグ枢機卿に踊らされて『聖戦』なんて発動してしまったが、各国の反応は鈍い。いや、現在の状態からすると、概ね無視されていると言っても過言ではないだろう。

 ジパング国の隣国――デトニス共和国では、死人事件の所為で、それどころではない状態だし、もう一つのガルス獣王国に至っては異教の地だ。

 そう考えると、もうアルベルツ教国も終焉が見えてきたな。

 であれば、例の策を実行する時だろう。


「例の案を実行段階に移します。ミストニア王国に連絡を入れなさい」


「はっ、畏まりました」


 さて、今夜は美味い酒でも楽しむとするか。ああ、権力で手に入れた修道女もだな。くはははは!









 そこは中世風の異世界とは思えないほどに、目を覆わんばかりに眩い世界だった。

 綺麗な装飾が施された壁。天井から吊るされた豪華なシャンデリア。そして、至る所に設置された発光石を利用した照明具。

 まさに、LEDライトで照らしているかのような明るさを保った部屋だ。

 昼間と勘違いしてしまいそうなほどに明るいこの部屋は、ラウラル王国の来賓用食堂だ。

 そこに置かれた分厚く格式を感じるテーブルの上には、キャンドルスタンドが等間隔で置かれているのだが、それに乗せられているのはローソクではなく、綺麗な細工が施された発光石だ。

 さらに、テーブルの上には、これでもかと言わんばかりの豪華な食べ物が並べられている。


「こたびの件は、本当に感謝している。この通りだ」


 所狭しと豪華な料理が並べられたテーブルを前にして、ラウラル王が何度目になるかも分からない感謝の言葉を口にした。

 あまりに繰り返される感謝の言葉に、もはや、遠慮する気も、謹む気も、全く以て起こらない。

 それもあって、黙って首肯で返す。


「さ、さ、召し上がれ。足らない物や欲しい物があれば、何でも申してくれ」


 マルセルの回復魔法で復帰した王様は、表現できないほどに上機嫌だった。

 そんな王様の言葉を受け取りながらも、視線を左側に移すと、そこにはエルザの姿があった。

 今回の作戦には参加していないが、ラウラル王が是非にということで、仲間全員を呼んだのだ。

 そのエルザだが、あたかも俺の妻を主張しているような雰囲気だ……

 彼女は貴族出身だけあって、私の口は小さくてこれで精一杯です。みたいな感じで、ステーキ肉をナイフで極小に切ると、上品に口に入れる。


 恐ろしいほどの変化へんげぶりだぞ。確か、いつぞやはソーセージを丸齧まるかじりにしていたよな。いや、それよりも、その妻ですと言わんばかりの振る舞いはなんだ? いつの間にこんな状況に陥ったんだ……


 思考を切り替えるために、他の仲間の様子を覗と、そこには、ラティとロココが競い合うように食べ捲る姿があった。


 な、なんて残念なんだ……


 ラティは、ローストした分厚い肉を突き刺したホークを右手に持ち、左手には鳥の炙りモモ肉を掴んでいる。そして、親の敵が如く交互に食らい付いていた。


 もっと落ち着いて食えよ。なくなったりしないんだからさ。


 ロココはと言えば……もうよそう……だいたい、お前、一応は転生者だし、現代日本でマナーとか行儀とか習っただろう?


 二人が貪り食べる光景を目にして肩を落とす。

 それもあって、仲間の観察を止めることした。

 ただ、そのタイミングで、なぜか、ここに紛れ込んでいる大悟爺ちゃん、いや、殿様が口を開いた。


「うむ、大事なくてよかったのじゃ」


 いつものニコニコ顔で、難なく事件が収まったこと、ラウラル王が病から復帰したことを喜んでいるようだった。


「ノブマサ殿、この度はご尽力いただいて、本当に有難う御座いました。この通りです」


 どちらも一国の王であるはずなのだが、ラウラル王は殿様に頭が上がらないようだ。深々と頭を下げた。

 まあ、嫁の父親だし、それも頼み込んで頂いた嫁だしな。


「いやいや、ワシは何もしておらんよ。全てはユウスケの手柄じゃ」


 殿様は何を考えたのか、俺に花を持たせた。


 ぶっちゃけ、本当に止めて欲しい。いったい何回の謝辞と礼を受けたと思っているんだ? もう、返事の言葉も尽きたぞ。

 だいたい、俺は忙しいんだ。こんなところで呑気に飯を食ってる場合じゃないんだよ。そう、やるべきことが山積みなんだよ。


 現状において、大きな目的は二つある。

 一つ目はアルベルツ教国の聖戦を何とかすることだ。

 だから、アルベルツ教国に行って色々な情報を収集しようとしている。

 次に、ミストニア王国の野望を挫くことだ。

 これについては、ミストニア王族および悪貴族を始末する必要がある。

 そのためには、仲間全員がレベルアップする必要があるのだ。

 ああ、未来の目標としては、のんびりとした生活を所望している。

 だが、最近になって不穏な空気が漂い始めた。

 それは、知らないうちに結成された婦人会なるものの存在だ。

 なぜか、エルザが会長らしい……

 婦人会から突き付けられた報告書では、現時点における俺の嫁が十三人になっている。

 嫁候補ではない、嫁が十三人だと言うのだ。


 おいおい、ふざけるなよ。幾らなんでも有り得ないだろう?


 おまけに、筆頭嫁はエルザらしい。

 その筆頭嫁は、まだまだ増えるだろうという不吉な予言を残した。

 そんな筆頭嫁さんに尋ねてみた。


「俺に選択権はないの?」


 筆頭嫁は冷たい眼差しで、恰も罵るように言い放った。


「誰かを選んだら、どんなことになるかも想像できないのかしら? その頭の中には何が入っているの?」


 ぐうの根も出なかった。確かに、その通りだ。

 ただそうなると、俺の未来の目標は、永遠に叶わないような気がする。


 ああ、話がかなり脱線してしまった。

 ラウラル王国についてだが、第一王妃メルシアと第一王子トラバルという自業自得親子は、王様や俺達の前で堂々と殺意を露わにしたことで死罪になるかと思いきや、公的証拠がないということで死罪を免れた。

 本来は、地位が剥奪されて幽閉されるか、教会送りとなるのだが、さすがに幽閉は不憫だと考えたようだ。

 なんとも甘い王様だが、自分の妻や子供であることを考えると、それも致し方ないような気もする。

 ただ、教会送りだと、アルベルツ教国が何を企むか分かったものではない。それ故に、色々と悩んだようだ。結局のところ、殿様の一言でジパング国の寺院送りとなった。

 次に鈴木から依頼のあった石油だが、俺達が必要は分くらいなら、何の問題もないということで、無償でもらえることになった。

 そんな訳で、恩賞については、石油を頂くので辞退させてもらった。

 ちょっとだけ、エルザの目が冷たかったけど、見ない振りをして断ったのだ。


 実を言うと、他にも問題が発生していた。

 それは、ルーカスの側近であるパトリシアが、俺達のグループに入りたいと言ってきた。

 これについては、純粋に騎士としての力量を上げたいとの願いだと信じている。

 まあ、これは軽い方だ……そう、軽いジャブ、いや、フェイントレベルだ。

 もう勘弁してくれという問題が勃発したのだ。


「あ、あの、私では駄目ですか?」


「いや、駄目と言うより、正直言って婦人会が……ぐがっ!」


 話の途中で、エルザからブーツを踏まれ、激しい痛みに呻き声を上げそうになる。

 なぜだ!? 俺のブーツは神器のはずだが……


「どうされたのですか?」


 痛みに呻く俺の目の前には、金髪グレーアイの可愛い女の子がいる。

 彼女の名はカシアスといい、十四歳の少女だ。

 何を隠そう、彼女は自業自得親子の娘であり妹だ。

 そうなると、もちろん、このラウラル王国の第一王女となる訳だ。

 どうも、彼女はミヤビに傾倒しているらしく、今回の事件には全く関与していなかった。

 しかし、実母と実兄が父親を弑逆しようとした罪で捕まったことにより、彼女の立場が危うくなっていると言うのだ。

 そんな折に、殿様が不要な発言をしたのが切っ掛けで、俺が預かることになってしまったのだが、彼女は成人に達していないものの、もう立派な女性だと言える。そんな彼女を引き取ると、周囲はどのように見るだろうか。

 当たり前に考えれば、既に売約済みだと思うだろう。

 俺が手を出す出さないに拘わらず、他の者からすれば、御手付きだと思うに決まっている。

 そうなると、引き取るということは、嫁にもらうのと同義になってしまうのだ。


 もう無理、無理です。ギブ、ギブーーーー!


 こうしてラウラル王国における事件は幕を閉じた。

 そして、俺の幸せな未来にも、悲しいかな、終焉しゅうえんが訪れようとしている。









 目の前にある都市は、これまでに見た中で一番活気のない街だと言えるだろう。

 ああ、最悪であることを言えば、デトニス共和国のダートルが最たる街であったが、あれは死人化ゆえに活気がないというより、生気がないと言うべき状況だったので例外だ。


 ラウラル王国でかなりの道草を食ってしまったが、再び作戦に戻った。そして、何とかアルベルツ教国の首都デンナムに到着した。

 結局、十八日の予定だったはずが、一ヶ月もかかってしまった。


 人影のない街外れでワープポイントを設置し終わると、そのまま戻るのも芸がないと考えて、一人で情報収取を行うことにした。

 だが、これが失敗だったのかもしれない。


 つ~か、こいつら、生きてんのか? ダートルの死人の方がもう少し活気があったぞ? まあ、向こうは瘴気もあったけどな……てか、こりゃ、この国は完全に腐ってそうだな。


 死人と大差ないと言えるほどに活気のない街の人々を眺めつつ、物理的に感じることのない腐臭に鼻を抓みたくなる。

 なにしろ、民衆の目が腐っているのだ。そう、冷凍サバの瞳の方が輝いて感じられそうなほどに、ここに生きる者達の目は淀んでいる。いや、これって生きていると言えるのだろうか。


 店の雰囲気も暗いし、置いてある商品も、なんか草臥くたびれてるんだが……


 何気ない顔で足を進めつつ、ショーウィンドウから見える店の様子を覗うのだが、どの店もカビが生えていそうな雰囲気だ。


 ああ、余談ではあるが、俺の人相はイケメン君だ……

 もう説明は要らないと思うが、これは鈴木作とだけ言っておく。

 くれぐれも言っておくが、俺の希望を反映した訳じゃないからな。


 恐ろしく活気のない街に呆れつつも、少しでも情報を得ようと耳を傾ける。

 すると、あちらこちらから街の住人の愚痴が聞こえてきた。


「ほんと、この国は最悪だぜ。なんでもかんでも寄付金の額で決めやがって! 階級だってそうだ。結局は金のあるやつが好き放題にやってるだけさ」


「いっそ、他の国に移るか? ミストニアとかの方が豊かそうだし……」


「いや、それも儘ならんよ。途中には、雇われ盗賊が居るらしいからな」


「おいおい、滅多なことを口にするんじゃね~。しょっ引かれるぞ」


 こりゃ、この国の腐敗はかなり進んでいるようだな。これが神をたたえる国なんていうんだから、呆れて物が言えないぜ。


 街の人々がこぼす愚痴で、この国の惨状を知る。

 とんだ食わせ物だと感じつつも、続けて聞き耳を立てる。

 ただ、今度は噂話ではなく、やや狭い路地から放たれる怒声だった。

 どうやら不逞の輩が女性でも口説いているのだろう。もちろん、力づくで。

 

 いっちょ助けてやるか! というか、悪党は許さんとばかりに路地に入り込んだ。

 だが、そこに居たのは、予想と反して不逞の輩などではなく、白いタバードを身につけた聖騎士ぽい三人組の男達だった。


 ん? な~んだ。ただの取り締まりか……つまんね~。


 悪党を始末する機会を失って、少しばかりがっかりする。

 それと同時に、女とそれを取り囲む男達を見て不思議に思う。

 というのも、取り締まられているのは二十歳ぐらいの女なのだが、どういう訳か、それほど焦っている風ではないし、着ている服は修道服だ。


「侍祭アンネルアだな」


「だったら、何ですか」


「カルストア司教傷害の罪で捕縛する」


 どうやら、この女は司教様に暴力を振るったようだ。

 まあ、この国の様子からすると、その司教とやらも真面とは思えんが……


 屈強な男に取り囲まれ、罪状を突きつけられたのだが、その女は負けじと言い返す。


「あの男が、私にいやらしいことを強要したからよ。取り締まるならあのエロ司教が先じゃないですか」


 ふむふむ、司教はその権力で女を垂らし込もうとして失敗したらしい。

 やっぱり最低の奴だったな。それなら多少は殴られても当然だ。いや、切り落としてやった方が良いかもしれん。


 少しばかり女に同情し、エロ司教とやらを蔑んでいると、騎士の一人が顔を顰めた。


「だからといって、切り落としてしまうのは、やり過ぎだ」


 ああ、マジで切り落としたのね……それは、まあ自業自得だよな。だけど、なんか俺の股間もきゅーーーってなったぞ。


「あんな男、二度と使えない方が世のためよ」


 それは一理ある。俺も賛同しよう。


「うるさい! とにかく、こい!」


 話が通じないと感じたのか、聖騎士三人組は力に物を言わせることにしたようだ。

 だが、彼女は只者ではなかった。そして、それが聖騎士三人組にとっての運の尽きだった。


 なんたって、ナニを切り落とすような女だからな……


 突如として、彼女は掴みかかる男の頭に勢いよく回し蹴りを入れると、即座に一歩下がった。

 ふむ、あの蹴りなら、間違いなくK-1で戦えるぞ。


「かはっ……」


 蹴りを食らった一人目の男が、一ラウンド開始早々にノックアウトとなり、それを目にした二人目がまなじりを吊り上げて殴り掛かる。


「このアマ! ふざけやがって!」


 彼女は慌てることなく、殴り掛かる男の踏み込み足にローキックを叩き込んだ。

 蹴られた男は堪らず引っ繰り返る。そこに止めの踵落かかとおとしが炸裂した。


 こりゃ、すげ~や。こいつ、ほんとに女か?


「うぐっ……」


 うはっ、かなり痛そうだ……


「くそっ、手加減してやれば、これか」


 ここまでくると、さすがに素手では勝てないと考えたようだ。

 三人目は、容赦なく剣を使うべく柄に手をかけた。

 まあ、全く手加減していたようには思えんけどな。なんか、格好悪いぞ、こいつ。

 実際、こうなると聖騎士の方も収まりがつかないだろう。


「このアバズレが! 大人しくしろ!」


「いやよ。だいたい、女一人に三人がかりで、卑怯だとは思わないの」


 最後の聖騎士がシンプルな十字の片手剣を右手で引き抜いた。

 二人目を倒して、すぐさま間合いを取っていた彼女は、動じることなく罵声を浴びせかけた。

 俺の見たところ、剣を抜いたとしても、聖騎士に勝ち目はないだろう。

 というのも、彼女をかなりの凄腕だと感じたからだ。


「やっーーーー!」


 案の定、男が上段から剣を振りおろすと、彼女は半身だけを動かして素早く躱し、鋭い右フックをその男の首に叩き込んだ。


 あ~~~あ、ありゃ~、むち打ちで永遠に悩まされることになるな。相手が悪かったみたいだ。ご愁傷さまというやつだな。


 白目を剥いて倒れる聖騎士を見やり、少しばかり同情的な気分になっていると、彼女は何を考えたのか、こっそりと眺めていた俺に襲い掛かってきた。


 俺は関係ないし、やめてくれない?


 もちろん、そんな心情など知る由もない彼女は、一人目の時と同じように回し蹴りを叩き込んできた。

 だが、一度見ているのもあるし、元空手マンで現在レベル百十を超えている俺としては、そんな温い蹴りを食らうはずもない。

 直ぐさま上体を回転させながら屈めると、その反動を使って後ろ回し蹴りを彼女の腹部に叩き込む。


 やべ、やり過ぎたかも……久しぶりの格闘で熱が入ってもうた……


「ぐふっ……」


 蹴りを真面に食らった彼女は、胃の内容物を吐き出しながらうずくまる。

 死にはしないだろうけど、少しやり過ぎたので、即座にミドルヒールを掛けてやる。

 男達の方は……放置でも良いだろう。


「くそっ……お前等なんか、お前等なんか……」


 ミドルヒールである程度は回復したのだろう。意識を保っている彼女は、呪詛を吐き出すかの如く唸っている。


「いやいや、俺は奴等の連れじゃないし、そもそも教会の者じゃないんだけど」


 彼女は、その言葉を耳にした途端、キョトンとした顔に変わった。

 仕方ないので、これまでの流れを説明してやることにした。


「そ、そう、そうだったのね。ごめんなさい」


「いや、いいんだ。久々の格闘で楽しかったし」


「うぐっ、私は痛かったんだけど……」


「すまんすまん、ついつい力が入り過ぎちまって……」


 説明が終わると、彼女は直ぐに許してくれた。

 というより、そもそも彼女の勘違いなので、俺は全く悪くないんだけどな。

 こうして彼女と和解したことで、この街について色々と教えてもらえることになった。









 彼女――アンネルアに連れられて入ったのは、街外れにある古ぼけた一軒家だった。

 彼女が言うには、ここで姉と二人暮らしらしい。


 二人暮らしね……


 俺が見た感じでは、この家で人が暮らしているなんて、とても思えない。

 気付かれないように、部屋のあちこちをチラリと見やる。

 いたるところに埃がたまり、隅には蜘蛛の巣が張っている。

 どんな理由があって、彼女が嘘を言うのかは知らないが、敢えて突っ込む気もない。というか、俺には関係のないことだ。それどころか、女難の相が出ている身分としては、なるべく女に近寄りたくないというのが本心だ。


 どうみても廃墟としか思えない部屋で、お茶が出るわけでもなく、ただただ彼女の話を聞く。

 まずは彼女のトラブルだが、どうもカルストア司教という人物が、酔っ払って襲い掛かってきたらしい。

 その行為に酷く憤慨した彼女は、怒りに駆られてスパッとやっちゃったらしい。

 その話を聞いた時、思わず身震いをしてしまった。

 ただ、彼女の話をきいていて違和感を抱く。しかし、その原因が解らない。

 解らないことに時間を費やすのも無駄だと感じ、取り敢えずは棚上げして話の続きに耳を傾けた。


 この街の、いや、この国の話を聞かせてもらったのだが、それは街での噂と同じように酷いものだった。

 というのも、この国は教国だけあって、一見真面そうに思えるのだが、裏では完全なる支配階級の仕組みが出来上がっていて、弱く貧しい人に優しくない国となっていた。

 例えば、怪我をすれば教会で治癒してもらえる。但し、高いお布施が必要で、それを払えなければ、肉体や身体で払う必要があるらしい。

 また、少しでも教会や国の悪口を言おうものなら異端扱いでお縄となり、それも肉体や身体で償うらしく、下手をすると、即死罪となったりすることもあるという。

 彼女曰く、こんな国は早く滅亡してしまえば良いといっていた。

 そんな彼女は、最後に一言「腐っている」と罵った。話を聞く限りでは、全く以てその通りだと思う。


 短くない時間、彼女から話を聞かせてもらっていると、入口の外に人の気配を感じた。というか、マップに表示されている。

 彼女は気付いていないらしく、この国の腐ったところをあげつらっていた。

 ただ、暫くして戸を叩く音がする。

 その音で来客に気付いた彼女は、「ちょっと、ごめんなさい」と頭を下げると、思いのほか慌てた様子で入口に向かった。

 彼女は少しだけ戸を開け、こちらを気にしながら外の人間と話をしている。おそらく、聞かれたくない話なのだろう。

 少し気になったが、無暗に首を突っ込む気もないので、知らん振りを決め込む。

 それから幾許いくばくかの時が過ぎたところで来客が帰り、彼女が戻ってきた。

 ただ、彼女の様子が少しばかりおかしいように思える。


 ん? どうしたんだ? さっきまでの威勢のよさがなくなったが……


 何かを言いたそうにしているのだが、躊躇ちゅうちょしているように見える。

 仕方ない、ここは助け船をだすか……ということで、こちらから尋ねてやる。


「何かあったのか?」


「何でもないんだけど……」


 どう見ても、何でもないようには見えない。

 ただ、彼女は意を決したように、一つ頷いてから口を開いた。


「あんた、見かけと違って強いよね」


 ん? 俺の見た目って、そんなに弱そうか? 心外だな……


「まあな、一応鍛えているからな」


 あああああ、そういえば、見た目は鈴木の所為で超優男だったーーーーー!

 まあいい。そんなことより話を進めよう。


「あんたって、この国の人間じゃないでしょ」


「うむ、旅の途中だ」


 おお~~~、俺も嘘が上手くなったよね~~~!


「あんた、この国をどう思う?」


「お前の言う通りじゃないか? 腐ってるとしか言いようがないが」


「ほんとうに、そう思う?」


「ああ、嘘偽りなく最悪だと思うぞ」


 う~~~~ん。頭の悪い俺でも、何となく流れが見えてきた。


「もし良かったら、私を助けてもらえないかな~~~~って」


 やはり予想通りの展開になった……てか、深入りしたくないんだが……


「助けるって、そもそも、お前達が何をしているかも知らないのに答えようがない」


「それもそうだよね……」


 冷たいかもしれないけど、慈善事業で世界を回っている訳ではない。

 例え彼女のやろうと、いや、やっていることが善行であれ、手伝うとは限らない。

 というか、思いっきり断るつもりでいる。


 うむ。そろそろ潮時だな。お腹も減ったし、ジパングに戻るとするか。


 さっさと断って屋敷に帰るべく席を立つと、彼女が血相を変えて身を乗り出した。


「ま、まって、じ、実は、私達はレジスタンスなのよ」


 何となく予想できた内容だ。


「はぁ~、それで?」


 彼女がレジスタンスなのと、手伝うことには何の因果関係もない。


「私はこの国を変えたいの。こんな悪徳司教たちが蔓延はびこる国ではなく、純粋にエルソル様の教えを布教できる国にしたいの」


 その勇気や志は立派だが、エルソル……それは頂けない……


『何が言いたいのですか? 不敬ですよ?』


 ぐぎゃ、ヘルプ機能がクレームを入れてきやがった。

 ヘルプ機能だとか言っていたが、やっぱり、エルソルなんだな。


『いつか罰が当たりますよ?』


 もはや、否定する気もないらしい。てか、勝手に心を読むなよな。いや、さっさと断って帰ろう。

 ヘルプ機能のクレームを無視して、話を終わらせることにする。


「申し訳ないが、おことわ――」


『手伝ってあげてください』


 おいおい、マジかよ~~~~。エルソル、お前、自分を崇める宗教だからって、ちょっとばかり身贔屓みびいき過ぎなんじゃないのか?


『そう思うなら、お殿様に聞いてみると良いです』


 くは~~~~っ、大悟爺ちゃんが聞いたら……口では言わんけど、眼差しがな~~~。


 大きな溜息を吐き、肩を落としたまま、渋々ながら承諾した。


 な~~んか、行く街、行く街、問題だらけじゃないか? これまで何もなかった街がないんだけど……


 こうして不本意ながらも、アルベルツ教国のトラブルに巻き込まれることになってしまった。


 う~~~ん、帰ったら未来の筆頭嫁に怒られそうだ……

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